05
「団長、お呼びですかい?」
「いい加減、お前はノックを覚えなさい」
アデリーヌがはあ、とわざとらしくため息をついて見せると、側にいたセダがキッとベルガルドを睨む。
従者から騎士として名を上げ、団長の副官になり、いまや副団長に成り上がったベルガルドは身分の高い者からは嘲りを、身分の低い者からは嫉妬と羨望を受けやすい。とはいえ、セダの場合はアデリーヌを共に支える仲間意識のようなものを持っていたはずなのだが。
「セダ、諦めろ。これは必要だから仕方が無い」
「はい・・・」
「俺だけさっぱり話がわからんのだが」
ガシガシと頭をかきながらベルガルドが執務室に足を踏み入れる。
この大男の前にいると自分がまるで普通の小さくか弱い女性になった気がするなとアデリーヌは琥珀色の瞳を細めた。
セダに合図を出して、執務室の扉を閉め、鍵をかけさせる。
「ベルガルド、良い知らせと悪い知らせのどちらから聞きたい?」
にっと口を歪めるようにして笑う時、ろくな事がないとベルガルドはよく知っている。
「どっちも無しってことにはならねぇ、かな?」
「ならんな」
「じゃあせめて良い方からで頼みます」
「よし、たまりにたまったお前の休暇だが、入団時から今日までの分、全てを今日・・・とはいかないな。来週から消化することになる。休暇明けにはお前が団長に就任だ」
「はあ!?」
「おめでとう、ついに騎士団長まで成り上がったな」
「俺、副団長になったばっかりなんですけど!?」
「おめでとうございます、休暇明けにはベルガルド団長とお呼びしなければいけませんね」
パチパチパチと手を打ちながらセダが棒読みでベルガルドを祝う。
ベルガルドはがくっと片膝を床について呆然とこちらを見つめている。
「いや、まじで何なんですか」
「さて、悪い方の知らせだが」
「無視かよ」
「戦争が起こる」
セダとベルガルド2人から、ひゅっと息を鋭く吸う音がした。
「今週末には王都から正使が来る。この1週間はきりきり働け」
「はあ。それで休暇って言うのは」
「休暇という名目でお前は私とペイシェル伯爵家だ。この冬の間の社交界に顔を出さねばならん。副団長に副官の仕事をまわして悪いが、寄付金集めと噂の精査だ」
「それは構わねぇですが・・・」
「すまんが、お前がパートナーを務めろ。信用できる人が足りない」
その当たりでセダの上品な顔からチッと舌打ちが聞こえるのに振り返って苦笑した。
「セダ、休暇の間はここを任せる。アルベルト子爵令息辺りを頭にすえて備蓄と整備だ」
「お任せください」
ベルガルドには不服だという顔を隠さず、アデリーヌにはにっこりと微笑んでみせる。
「お前、器用だな・・・」
ベルガルドが呆れたように呟くとまたもやキッと睨まれた。
「団長に恥をかかせないでくださいよ、ちゃんと踊れるんですかあなた」
「あー、練習しとくわ」
「良いさ。家で服を仕立てるついでに講師も呼ぶ。残念ながら私も令嬢としての復習が必要だ」
執務机にひじをついて、はぁっとアデリーヌはため息をつく。
ちょいちょいとベルガルドに手招きすると、どさっと書類をまとめて並べた。
「同じ書類にサインが必要なものは重ねて置いてある。書面を確認して全部に署名しろ」
昨日、王都騎士団から来客があったと、ベルガルドも聞いている。そこから事務手続きのためにこうした書類をそろえてくれたのだろう。
その分、完全に目が死んでいた。
「・・・はい、団長」
そもそも自分に不利なことや、無意味なことをアデリーヌがするわけがないとベルガルドは知っている。とはいえ、読まなければ怒られることは学んでいるので、さっと書類の表題に目を通してから、やたら多い書類にサインをしていく。
「午後一番に隊員を集めろ、全員だ。私とお前は春まで戻れん。荷物をまとめておけ」
「承知しました」
サインをしたものからセダがインクが滲まないよう懐紙をはさんでまとめていく。手慣れたものであっという間に書類の束が出来た。それを渡されたアデリーヌは漏れがないか確認しながらいくつかの書類の順を整え、ひらりとベルガルドに手をふって退室を許した。