04
手紙を裏返して読み進めるうち、アデリーヌの唇から獣がうなるような声がもれた。
これまで年に何度か騎士団の報告を携えて王都を訪れる際、アデリーヌは第二王子の婚約者であるレティシア嬢と顔を合わせている。
大柄で筋肉質なアデリーヌとは違い、華奢で可愛らしい、美しい金髪の令嬢。王家に血も近いのだろう灰紫色の瞳は穏やかで、王妃だろうと、王子妃だろうと、麗しい国の花となるのに相応しい女性だった。
とはいえ、アデリーヌがあまり興味の無い貴族家や王家のあれこれをここまで覚えているのには理由がある。
端的に言ってしまえば、アデリーヌの副官であった男が不相応にもレティシア嬢に心を寄せていたからだ。
年に数度、王城でほんの少し顔を合わせるだけ。特にレティシア嬢から特別な想いを感じさせる何かがあったわけでもない。ただ、毎回顔を合わせる。
手紙のやり取りをするでもなく、贈り物をするでもない。オレンジの木が並ぶ中庭から廊下に差し込む柔らかな陽射し。その光の中で、侍女を引き連れた美しい令嬢と、適切な距離を保ちながらもとろけるような眼差しを注ぐ北壁の騎士。
一幅の絵を眺めるように、アデリーヌはよくそれを眺めていた。用事が終わればすぐに立ち去らなければならないというのに、声をかけるのを躊躇うほど完成された美しさと穏やかな時間がそこにはあった。
長くアデリーヌの副官であり、この春から北壁騎士団の副団長に就任したベルガルド・バルツァーは、北部貴族のバルツァー男爵家に生まれた四男であった。
辺境伯家に三男が仕えているため、北壁騎士団に入団した。濃い茶色の髪に、榛色の瞳をして色味こそ地味だが、背が高く、大きな体に似合ったおおらかな性格の男である。
アデリーヌが王都へ行く時には、いつもこの副官ベルガルドを伴っていた。
かたや男爵家の四男、かたや王妃にも手が届く王子の婚約者に望まれる侯爵令嬢。いい加減にわきまえさせなければと、この春に騎士団長副官から副団長に異動させたばかりだったのだ。
「ままならぬものだな」
もう王都に伴うことはないと思っていたが。
この手紙の通りのことが起こるのならば連れて行かざるを得ない。
最後まで手紙を読み切るとアデリーヌは大きなため息をついた。
正使が到着するまでの間に、王都に比べれば乱れがちな騎士団の綱紀を改めて正さなくてはならない。
剣や槍を研ぎ直し、鎧に曇り一つないよう磨かせ、騎士団の建物自体も清掃と、旗の確認が必要だ。
出来れば早めに進軍の準備までしてしまいたいが、正使を待たなければいけないだろう。
頭の中で段取りを整理する内にぴたりとアデリーヌの手が止まる。
ちょっとの間考えてから、誰もいない部屋でそっと口元に手をあてて微笑みを隠す。
「いや、大団円といかせてもらおう」
実家にいくつか手紙を出さなければならないし、シェイマスに言われたようにドレスも作らなければならない。必要なのは、休暇の調整だ。
心が決まってしまえば、戦う者の動きは早い。立ち止まるのも、振り返るのも苦手だが、進む方向が定まれば後は進むだけ。
アデリーヌは立ち上がって卓上ランプから手紙に火を付けると、ランプには覆いをかぶせて消した。
じわじわと燃える手紙を見ながら暖炉の前に進み、指で持てないほど手紙が燃えるのを待ってそれを放りこむ。
燃やしてしまえと言われた通りに燃やした手紙の最後には、帝国との戦線への招集とは別に、北壁騎士団から王城で行われる春の園遊会に騎士を出すよう書かれていた。
おそらく、伯爵家の令嬢たるアデリーヌを戦地に送らないために無理を通した結果の命綱なのだろう。
アデリーヌは手紙が一切れ残らず焼けるのを確認してから暖炉の火にも灰をかぶせて始末をした。
明日になって灰を捨てても、そこに物騒な手紙があったことなど誰も気付かない。