03
すでに今日の執務はあらかた終わっている。
まとめられた報告書にいくつかサインをすると、アデリーヌはセダも部屋から下げた。
「セダ、今日はもう帰って良いぞ」
「はい、お先に失礼します」
手紙の内容によってはセダにも中身を共有することもあるだろうが、アデリーヌは自分がそうしないだろうという予感があった。秘密を知る者は少なければ少ない方が良い。
執務机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、シェイマスから渡された手紙の封を切った。
署名はないが、アデリーヌには見覚えのある文字で、王家の事情から、下命される内容の予測、冬の社交に顔を出して確かめるべきことが書き連ねられている。言葉を飾らず隠さず、副団長が直接手渡して、読んだら燃やせと言うのに相応しい、穏やかならざる内容が紙の裏表をつかってびっしりと書かれていた。
この手紙に書かれている内容が本当なら、アデリーヌが団長を務める北壁騎士団は死にに行けと言われているようなものだった。
モーヴァン王国にある騎士団は大きく分けて二つ。
花形でもあり王都を護る王都騎士団、そして国の東西南北を護る国境騎士団だ。
戦争となればまず国境の砦に常駐する兵が戦いの火蓋を切って落とす。
事前におよその場所や日時は決まっているため、戦線にほど近い国境騎士団が第一弾だ。
さらに戦端が広がれば、名誉を求めて辺境伯を始め伯爵家以上の貴族家に仕える私兵団が加わることもあり、そこから国の存亡をかけた争いともなれば傭兵団、冒険者や農民の次男以下が徴兵されることもある。
常に各地の戦況を見て内政や外交と歩を揃えて指示を出し、備蓄や供給の管理をし、王都を最後まで守り通すのが王都騎士団となる。
とはいえ、それほど大規模な戦争はもう百年以上起こっていない。
アンディ第二王子殿下は帝国の武に重きを置く文化に着目し、アデリーヌたち北壁騎士団が勇猛に戦えば戦うほど、後の交渉で優位に立てると期待している、そうだ。
「民草の被害を思ってのことと言われれば是非もないのだがな」
東壁ではなく北壁騎士団を戦場に出すのは、東壁よりも貴族家出身の者が騎士団に少なく、供給地となる農村はあれど、東ほど町が点在していないことを考えれば理に適っている。
こちらが攻める時でも同じことだが、供給地点として機能しないよう兵は家々から略奪し、民草の肉体のみならず抵抗する心を折りにいく。農村と町では住人の数も機能も段違いになるため、致命的とは言わないまでも、町が侵略されれば痛い。
しかし、実際のところは、東部にある小さな教会を戦地にしないためだろうというのが王都騎士団長の考察だった。
彼の書くところによれば、第二王子と懇意にしている聖女がその小教会の出身であり、その土地が荒れることを憂えているという。
王位継承争いどころか、王子の恋のしわ寄せで死んでくれと部下に言うのは辛い。と、そこまで考えて、おやと首をかしげた。
「アンディ殿下には婚約者があったはずだが・・・」
中央貴族出身の正妃様と違い、第二王子殿下の母である側妃様は西部を治める侯爵家の出身。
西部にある聖王国との結びつきが深い家ではあるが、その分中央貴族との繋がりはやや薄い。
それを補うため、王都の中央貴族たるノルン侯爵令嬢レティシアとの婚約を結んだと記憶していた。
王位継承戦に名乗りを上げている以上、戦地の調整くらいはしても、恋だの愛だのでわざわざ自ら瑕疵をつけるはずもない。
ということは、小教会出身の聖女といっても平民ではなく、特別な恩寵を持っているか、どこぞの家が隠した令嬢の可能性もあるのだなとぼんやり思った。