02
あたためられた白磁のカップが運ばれ、シェイマスとアデリーヌの前に並べられる。
葉を模した銀の小皿に乗せられたのは、塩気の効いた焼き菓子と苦みの強いチョコレート。
これはいつだったかシェイマス副団長はさほど甘味が得意でないと話したことをセダが覚えていたからだろう。セダの仕事に満足してアデリーヌはカップに手を伸ばした。冬が近い晩秋の夕暮れにちょうど良い、柑橘の香りをのせた紅茶も良い選択だなと頷く。
「良い従者をお持ちだ」
「侯爵令息に茶の手を褒められるなど鼻が高い。あれはサルエル男爵家の三男のセダだ」
薄い金髪に濃い緑の瞳、それなりに整った顔立ちの男、セダが紹介されるのに合わせて頭を下げた。銀盆を持つ手は騎士らしく分厚い。体つきも悪くないなとシェイマスは目礼を返す。
「サルエルというと、ペイシェル家の寄子でしたか?」
「そうだ、堅実という文字が服を着て歩いているような良い家だぞ」
「アデリーヌ殿の評価には間違いがない、君いつか王都にきたら私を訪ねてくれ」
「セダはやらんぞ?それに我が家の弟に不満などないはずだ」
「良い従者というのはいくらいても良いものですよ。特に茶の趣味が合う者は何人いても足りない。とはいえ、弟君に不満などないし、セダ殿がアデリーヌ殿のお気に入りなら仕方が無い。残念だが、諦めよう」
両手を軽くあげて降参のポーズをとるシェイマスと軽く笑い合う。
場が暖まったところで、アデリーヌは率直にシェイマスに尋ねた。
「それで、用向きはなんだ?」
「第二王子殿下からご下命があります」
簡潔な返答に息をのむ。思わずシェイマスの後ろに立つ弟の顔を見ると内容までは知らなかったのか顔を強ばらせていた。
「・・・なんと、正使の先触れだったか」
「まあ、王家からの正使が来るのに1週間はかかるでしょう。正使がいらした時に肝心の騎士団が訓練中でした、では格好がつきませんからね」
「はは、いつかやってみたい気もするがな。しかし、第二王子からというと、帝国か」
現在、アデリーヌ達の住むモーヴァン王国は2つの火種を抱えている。
王国北東部に位置する帝国との関税額をめぐる外の争い、そして王位継承をめぐって起きている内の争い。これが全く別の問題とも言えないのは、王位継承にあたって、帝国との関係を無視することは出来ないからだ。
そこで、フィリップ第一王子は歴史と伝統ある王国側から正式に国交を結ぶことで関税額の引き下げを帝国にのませるべきだと主張し、アンディ第二王子はしばしば起こる辺境での小競り合いから戦端を開き武力をもって国境を定義してから帝国との交渉を始めるべきだと主張していた。
王はどちらの案であっても構わないのだろう。期限を3年と決め、それぞれ王子たちに好きにやらせるつもりであるとアデリーヌは父から聞いている。その期限も、この冬であと1年半となる。
第二王子からの下命ということは、功を焦る若者の無茶に付き合え、そういうことなのだろうとアデリーヌは苦笑いをこぼした。
「これは、うちの団長から預かった私的な手紙です」
懐から差し出された手紙を受け取る。
「返事は必要か?」
「いや、読んだら燃やせ、と」
じっとこちらを見つめるシェイマスは少し顔色が悪かった。
セダがいる場でこれを取り出すということはそれほど内容の機密性は高くない。しかし不穏な内容であることも間違いないのだろう。
「今からならドレスも間に合う。冬の社交界には顔を出した方がいいでしょう。・・・見送りは不要です」
黙り込んだアデリーヌの心中を慮ってか、早口にそう言うとシェイマスはこちらの返事を待たずに立ち上がり、セダに軽く手をあげて部屋を出ていく。
最後になって不安そうに眉を寄せ、気遣う視線を向ける弟を、アデリーヌは柔らかい姉としての微笑みを浮かべて見送った。