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01

アデリーヌ・ペイシェル騎士団長の執務室は寒々しい。


暖炉に薪を追加し、執務室の机に置かれたランプに火を灯しながら、この春に北壁騎士団の団長付き従者となったセダは部屋の中をゆっくりと見回した。


淡いグレーの壁紙に濃い胡桃材の床、深緑の絨毯は毛足の長い一級品だ。

資料棚はきっちり整頓され、私物のほとんどない仮眠室には一般兵と同じ支給品の毛布しか置いていない。上質だが飾り気のない革張りのソファーが唯一私費であつらえられた物で、一息つくための酒が置かれた飾り棚に置かれているのは銀細工の美しいカップと、団長の名誉を表わすトロフィーや小盾だけ。


騎士団長に相応しい品位はあるが、アデリーヌがどのような人物かをうかがわせるものは無い。少なくとも目につくところには。


いくら騎士として名高いとはいえ、アデリーヌの名の通り、団長はペイシェル伯爵の令嬢でもある。

だからといって余計な気を回した従者はあっという間に部屋付を外される。

お心の癒やしになればと花を飾った者、薄く華奢なつくりの茶器を勧めた者、令嬢と男の騎士を同室にするのは良くないと進言した者などは皆もういない。

おかげで平民とさほど変わらないような貧乏男爵家出身のセダが団長に付けたのだが。


セダは、アデリーヌに傾倒しているが、決して自分の欲を出したりはしない。女性らしさを求めることもないし、自分に目を向けて欲しいとも願ったりはしない。

確かにアデリーヌは美しい女性だ。

艶やかな深紅の髪をなびかせ、スッと通った鼻筋に、アーモンド型の瞳は琥珀色をしている。世の令嬢と比べればがっしりとしているが、男とはまるで違う体を紺地の制服に包み、サーベルを手に真っ直ぐと立っている。セダは、アデリーヌの美しさだけではなく、その荒い気性と、騎士としての生き方を敬愛している。


ちらりと時計を眺めるともう良い時間で、セダは気難しい主人の横顔を思い出しながら珈琲豆をひきはじめた。


廊下からカッカッとブーツが床に当たる音が聞こえる。足音から察するに人数は3人。

お客様がいるならばと、執務室の端にある給湯室の棚から紅茶の缶を取り出す。

普段は珈琲ばかり好んで飲む主人だが、最近流行りはじめたばかりの珈琲の苦みを受け付けない者も多い。バタンと執務室の扉が開く音がする。

給湯室から顔を覗かせたセダは、思っていたよりも豪華な服の客人に目を見開いた。


「セダ、茶の用意を」


「かしこまりました」


いつもより丁寧に頭を下げる従者に頷くと、アデリーヌは客人に向き直ってソファーを勧めた。


「手狭ですまんな」


「お気遣いなく。本日はただの先触れですから」


「何がただの先触れだ。先触れに従者がつくなど聞いたことがないぞ」


「それはほら、これでも私、王都騎士団の副団長の席を頂いておりますから」


穏やかな声音に、軽妙な話し方をするシェイマスがアデリーヌは嫌いではない。


「そこで実家の名前を出さないところがシェイマスの良いところだな。それにしても久しぶりに弟の顔を見たよ、気遣いに感謝する」


ペイシェル伯爵家は武によった家であり、跡継ぎの長男に補佐能力の高い三男をつけ、次男と四男は王都騎士団に入団している。

長女と次女はそれぞれ家のために嫁ぎ先を見つけたが、三女であるアデリーヌはどこでも良いと言った結果、北壁騎士団に入団した。


王都と比べるべくもない規模の北壁騎士団ではあるが、団長職をいただいているため姉としての面目は立っているだろう。片眉をあげて弟の顔を見ると、弟は真顔のまま軽く会釈を返してよこした。

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