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蝙蝠の歌  作者: u
3/5

ペダルは回り始めた



-1-



高校1年の冬。




年も暮れに差し掛かって、乾いた空気が長い廊下を駆け抜けていく。



放課後。

期末テスト1週間前は部活動が無く、いつもより静かな教室。

普段は吹奏楽部の演奏や、グラウンドで練習するサッカー部やラグビー部、中庭で稽古する少林寺拳法部の掛け声が飛び交っているのだが、今日は閑散としていて、その違和感がとても心地良い。


「数学を教えて欲しい」という女友達であるムラジのお願いで、僕は教室に残っていた。

数学は得意というレベルではなかったが、好んでいた。それに、人に何かを教えるという行為は、教職を目指していた僕にとっては望んででもやりたいことだった。


ムラジから「もう1人教えてほしい子がいる」との連絡を受けた。僕は了承したが、人見知りなこともあって少し緊張した。ただ、女子バスケ部の人だという前情報をもらって、男子バスケ部の僕はその共通点に少々安心した。



ムラジが教室に来た。

「ごめんねー、残ってもらって。」

笑いながらそう言った。ムラジは人柄が良くて周りに敵を作らないタイプだった。

「全然良いよ。あ、えっと、そっちがさっきメールくれた…」

「ほんっとにお願いしますー!私ほんまにほんまに数学苦手で…。」

猫型ロボットに縋り付く駄目少年みたいな顔で僕に迫ってくるその姿は、かなりのインパクトだった。

「あー、うん。うまく教えれるかわからないけど。でもとりあえず頑張ろうとは思う…ミサキさんやっけ?」

「あ、初めまして!いつも部活で見かけるけど、話すのは初めてやね。ミサキです!」

とにかく元気がいいというか明るい。人見知りな僕にとってはこれくらいグイグイ来てくる人の方が助かった。

「じゃぁとにかく始めようか。」




数学を教えるというのはこれほどまでに難しいのか、と痛感した時間だった。高校1年が習う数学は、分解していけばそのほとんどが算数で解決できる。解らなければ、そこを細かく紐解いていくと大抵算数で解決できると思っていた。だがそれはあまりにも甘い考えだった。

「何がわからないのかわからない。」

それを言われた時、僕はかなり焦ってしまった。しかし僕にもその経験がないわけではなかった。



中学生の頃、僕は数学が大の苦手だった。連立方程式で躓いてしまい、成績が伸びず、親の命令で進学校に通う兄から何度か家庭教師まがいのことを受けたのだが、僕もその時同じセリフを兄に言って困らせた。


「兄よ、すまない。」


頭でそう呟きながら僕はどうにか女子生徒2人に数学を教えた。ムラジは飲み込みが早く、理解すればスラスラと問題を解き始めたが、ミサキさんにはやはり難しかったようだ。それは少し考えれば無理もない話だ。

ミサキさんは、通う高校は一緒だが学科が違っていた。僕は普通科という何の変哲もない学科だったが、ミサキさんは国際科という英語等の文系に特化した学科だった。偏差値も普通科に比べてやや高かったのだが、文系に特化している分、理数系は苦手だったようだ。サトウさんもミサキさんと同じクラスだった。



四苦八苦しながら何とか2時間ほどの勉強会を終えて僕たちは帰り始めた。門を出てすぐの下り坂、登り坂の二手に分かれる道。ムラジは家の方向である下り坂に自転車を漕いで行った。

僕とミサキさんは登り坂の道から駅へと向かった。僕は自転車で通学していたので駅には特に用も無かったのだが、何となくここでミサキさん1人置いて「それじゃ」と言うのも駄目な気がした。と、言うより僕は少しミサキさんと話がしたかった。それは恋心といったような感情では無く、少し相談があったのだ。



-イイダについて-


ミサキさんは女子バスケ部のマネージャーだった。マネージャーは他に2人いて、2人とも同級生だった。そのうちの1人、イイダというマネージャーが僕に好意を持っていた。

イイダは僕と同じクラスメイトで、出席番号も近かったこともあってよく話す仲だった。性格は非常に難しく、男子生徒と喋る時は特に笑う事はない。かと思えばざっくらばらんに、他人の踏み込んで欲しくないような心の隅に斬り込んでくる。好き嫌いのはっきり分かれるタイプだったが、個人的にはそういうタイプの人は嫌いではなかった。誰にでも良い顔をする八方美人の僕にとって、自分の思ったことを素直に言える人が人間的に面白かったのだ。だが、そのイイダが僕に好意を抱いている事には意外だった。


勉強会の1週間程前に、僕はイイダとトラブルがあった。その時には既に僕もイイダからの好意に薄々気付いていたのだが、イイダはおそらく天邪鬼なのだろう。好意を持つ人ほど強く当たってくる。小学生男子が好きな女の子に悪戯する、あれだ。僕はイイダと話す中でわざときつく当たってくる言葉にイライラしていた。そしてイイダが言動をエスカレートしていくことで、言い争いが始まった。

イイダが天邪鬼なことも理解していたが、言葉選びがあまりにも酷く、そこを詰めていくとイイダは涙を浮かべて急いで帰り始めた。僕はそこまで辛い思いをさせる気はなかった。そこで1度冷静になって話をしようと止めに行ったのだのだが、

「もういいよ!どうせ君は私のこと好きじゃないもんね。わかってるよ。はいはい。さよなら。」

その言葉を残してイイダは去っていった。


何が何だかわからないが、告白など無しに、僕は特に恋愛感情を持たず、自分に好意を持っている女性に振られたのだ。これは人生で一度きりのことだった。状況が飲み込めない僕は、イイダを止めた階段の踊り場でただ呆然と立っていた。




それから何日か、イイダのことが気になっていた。クラスは一緒といえど当然会話は無く、イイダはいつも通りにクラスメイトと交流しているが、あの時僕はイイダを傷つけてしまったのではないか、ちょっとした罪悪感が心の何処かにあった。




-イイダについて 完-






僕はイイダのことを同じ部活のマネージャーであるミサキさんに相談したかったのだ。



「気にしなくていいんちゃう?あの子も悪いし。君が考えることちゃうよ。」



相談内容を明かした3秒後、笑いながらミサキさんはハッキリとそう言った。少し意外だった。「女子は女子同士で庇い合う生き物」だと思っていた僕は、まさかこの話で僕が守ってもらえるような言葉が来るとは思っていなかった。僕の相談はほんの数秒で解決した。

相談が終わればそのまま帰るつもりだったのだが、どういうわけかその後、ミサキさんとの何気ない会話は流れるように進んだ。特にお互いが話題を振るわけでもないのに、勝手に話題が出てきてお互い盛り上がれる。井戸端会議のママさん達のようだった。駅までの二十分程がすごく充実していた。



駅に着いて、どちらが誘ったのだろうか。会話を続けるためか、それとも会話を終わらせたくなかったのか、駅の近くにあるドーナツ屋に2人で行くことになった。

ミサキさんは甘いものが好きなようだった。僕も嫌いでは無いが店に行く程では無い。ただ、モチモチした食感のドーナツは以前から好んで食べていた。


ちょうどその日はドーナツ屋の全品100円セールで、

「得したね」

とミサキさんは笑っていた。が、僕の好きなモチモチのドーナツは、元々が100円だった。

「せっかくのセールなんやから、別の高いやつ頼んだ方が得やん!」

「いや、僕は自分の好きなものを食べる。セールに踊らされん。」

大阪のおばはん根性丸出しのミサキさんと、頑固親父ののような僕は互いにその意見を笑い合っていた。どうしてか、その時は人の顔を窺わずに自分の心を話している感覚で、それが新鮮で、非常に楽だった。

会話は止まることを知らず、どんどん話が弾んでいく。

ここではっきりと言える事は、この時僕はミサキさんに対して恋愛感情は全く無かった。ただ「話の合う人」というカテゴリーの中の新しい友達だった。おそらくミサキさんも同じような感覚だったと思っている。

しかし、ここまで話の合う人がいるのかとは思っていた。話のリズムや流れ、笑いどころ、全てが心地よかった。

たまたま好きな歌手の話になった。

「僕コブクロ好きやねん。」

「え?私も好きなんやけど!」



ここまで合う人がいたのか。




コブクロは小学生の頃から好んで聴いていたが、中学で出会った友人からインディーズ時代の楽曲を教えてもらい、それからファンクラブに入るほど好きになっていた。だが、コブクロは僕が高校生になる頃にはもうかなり世間的に認知されていて、好きという人はいるもののインディーズ時代の楽曲を知る人はその友人以外いなかった。



「私、最近の曲よりインディーズの時の曲が好きやねん。」



ミサキさんがそう言った。これにはさすがに驚いた。今まで出会った事ない人に出会えて、思わずその場で2人で無言の握手を交わした。

会話はそのまま途切れることもなく続いていった。笑った顔が似合うミサキさんの顔は、笑うと眼の真ん中が吊り上がるような、下弦の月の様な眼をしていて、その眼がとても素敵だった。僕は少しずつミサキさんに惹かれていく感じがしていた。



夜遅くなるといけないので、その日は程々に終わって2人は駅の改札で別れた。僕は自転車で、ミサキさんは電車で。



帰路についた僕はすぐにお風呂に入った。思い出すのはミサキさんの笑った時の顔だった。浴槽に浸かりながら、その顔を思い出しては緩む自分の顔を正すように何度もお湯で顔を洗った。





何日か過ぎて、僕とミサキさんのメールのやりとりは続いていた。

リズム感なのかタイミングというか、ミサキさんとのメールのやりとりさえも心地良かった。

僕はミサキさんを好きになっていた。




ただ、気になることが3点あった。

1点目はミサキさんの好きな人。

ミサキさんはクラスのマドンナ的存在とは言い難いが人気者で誰からも好かれるタイプ。八方美人な僕とは違い、純粋に人と楽しめるタイプなのだ。こんな人が誰を好きなるのだろう。僕は気になっていた。

友人伝いに聞いた話によると、ミサキさんは1度斎藤に告白したことがあるらしい。斎藤は国際科の同級生で、強豪であるサッカー部のメンバー。しかも部内で一目置かれている存在だ。顔もいわゆるイケメンで、男女共に人気が高い。結果、ミサキさんは振られたそうだ。

ただ、そんないい男を好きになる人が僕を好きになるわけない。そう思った。



2点目はサトウさんのことだ。僕は1〜2ヶ月ほど前に彼女に振られている。サトウさんとミサキさんは同じクラスで、女子のネットワークを考えると僕が告白したことは耳に入っているはずだ。「前振られたばっかりで別の人にもう告白?」そんな女子たちの会話が聞こえるようだった。



最後はイイダのことだ。

ミサキさんはイイダと同じ部活のマネージャーだ。僕が告白したとして万が一、ミサキさんが僕に好意を持っていたとしても、イイダが恋した相手、恐らくミサキさんも恋愛相談に乗っていただろう相手と数週間で恋仲になるというのは、女友達として避けたいところでは無いだろうか。間違いなく避けるだろう。




この3点をみて、どう考えても僕に勝算は無かった。



時間を置けば解決する点もあるが。

なぜそこで冷静でいられなかったのだろう。そんなことを考えていたある日、お風呂で携帯をいじっていた僕は、何の躊躇いもなく送ってしまった。


「ミサキさんのこと、好きなんやけど…」


このご時世で言い難いが、男としてはあまりにも情けの無い告白の仕方だった。

相手の顔も見ず、声も出さずメールで、加えてなんとも歯切れの悪い文末。相手がなんて答えて良いのか、1番わかり難い文章を送りつけてしまった。なのに、なぜこの男はやり切った顔をしているのだろうか。



全ての心配は、なぜかミサキさんへの気持ちで溶かされるようだった。それで僕は不細工ながらも告白をすることができたんだろう。

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