表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/73

第53話 琴音のアルバイト。

 

 現地につくと、既にスタッフさんやモデルさんが集まっていた。俺たちを見つけると、カメラマンさんから挨拶してくれた。


 「今日は朝早くからありがとうね。俺はカメラマンの更科。今日はよろしくな。君が凛くん? これまた……琴音くんに負けない逸材だわ。ライさんの周りにはどれだけ可愛い子がいるんだか」


 そういうと、更科さんは肩をすくめて現場に戻っていった。


 撮影は、市街地のとある公園だった。

 たしかに、撮影時間やアングルを工夫すれば、どこかの大自然の中に見えるだろう。雑誌などの撮影がこんな身近に行われていることが意外だった。


 モデルさんは、琴音の他に3人ほど。3人とも美人だが、琴音も決して負けていない。


 見学は俺らと30歳前後の女性が2人。先生と呼ばれているから、脚本家かなにかなのかな?



 モデルの準備がおわり、更科さんが琴音にカメラを向ける。


 すると、琴音の表情が一変した。


 年に不相応な憂いを含んだ眼差し。その目を見ていると、強烈なメッセージを感じるのに、感情が窺い知れない。


 喜怒哀楽すべてを含んでいるようで、抽象画を見ているような気分になる。


 更科さんが琴音を真っ直ぐ見つめて呟いた。


 「え、この子……」


 そういうと視線をファインダーに戻して、パシャパシャとシャッターを切り始めた。



 琴音が表情をかえるたびに、足を組み替えるたびに、そこにいる誰もが注視してしまう。


 カメラ越しの琴音を見ていると、どんどん引き込まれる。俺は自分に鳥肌がたっていることに気づいた。


 『この子は特別な才能をもっている』


 その才能は、素人の俺にもはっきり分かってしまうほど、鮮烈だった。


 きっと、琴音の壮絶な生い立ちが、この空気感を生み出すのだ。琴音のそれは、絶対に許されるものではないが、でも、彼女に価値のある何かを生み出したのなら、せめてもの救いのように感じた。


 凛も同じように思ったらしい。

 両膝をかかえ、俺の袖をつまんでくる。


 「ことね、すごい……」


 ほんとに。

 俺らは天才が目覚める瞬間に立ち会ってるのかもしれない。


 たえまなく歓声があがる。

 琴音のポーズや表情には、特別な指示がないのに、ストーリーがあるのだ。


 撮影がひと段落ついたとき、俺たちの隣の女性も感動してしまったらしく、涙を拭っていた。すると、その女性が琴音に声をかけた。


 「琴音さん。演技はできますか? 来年に予定されている、わたしの作品の舞台に出てみませんか?」


 琴音はすっとんきょうな声をあげた。


 「え?」

 

 「あ、申し遅れました。わたし、小説家をしている綿貫わたぬきと申します。今日は、たまたま撮影シーンの取材のため見学させてもらってまして」


 彼女の名前は、綿貫 椿。いま何百万部も売り上げている大人気漫画の原作者らしい。たまたま取材もかねて、見学に来ていたとのことだ。


 もし、舞台に出れるとなったら、とんでもない大抜擢だ。


 凛に目を見合わせてしまった。


 すると、更科さんが割り込む。


 「先生、勝手なことをされたら困ります。琴音くんは、わたしが雇ってるんです。こっちに優先権が……。それにこの子、演技は素人ですよ?」


 綿貫先生も負けない。


 「いや、わたしの作品にはこの子以上の適任はいません。わたし、撮影をみてて泣いちゃったんです。こんなの生まれてはじめて。なんていうのかな。綺麗なのに悲しくて」


 琴音は状況をわかっていないらしい。


 「それって、次もバイトに来ていいってことですか?」


 綿貫先生は、両手で琴音の手を握る。


 「いいもなにも、専属で。今後、わたしの舞台が終わるまで他の話は全て断ってください。ほんと、今日、ここに来てよかった。主演がどうもピンとこなくて、投げやりな気分になってたんです」


 隣にいるのは編集の人だろうか。綿貫先生は隣の女性と相談している。綿貫先生は穏やかな容姿に不似合いに声を荒げた。


 「あ? 押し込んでよ! それは、あなたの仕事でしょ? わたし、この子じゃなかったら、原作使用を許諾しないんで」


 琴音は不安そうにこっちをみる。


 これって、またとないチャンスだよな。前に何かで人生には3回チャンスがあると聞いたことがある。


 琴音にとって、これが、そのいずれかであるのは明らかだ。


 俺と凛は、イイネの手をした。


 琴音はニコッとする。


 「先生。いいけど、一つ条件があります。わたしのプロフィールに、好きな人がいるって明記してください。恋人募集中とか絶対ダメです。それが通らないなら、どんなにお給料よくても無理です」


 って。


 ほんとに言ったよ。この人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ