第38話 さやかと琴音。
クラスに戻ると、琴音がさやかに頭を下げていた。周りに人だかりができているが、琴音はそんなのお構いなしだ。
さやかは自分の席に座って、それを聞いている。
「ウチ、さやかに嫉妬して意地悪した。ごめん。許してもらえるとは思ってないけれど、本当に悪かったと思ってる。それで済むとは思ってないけれど、ノートとか弁償……」
謝れとはいったけど、早すぎでしょ。それに、さやかの都合も考えないと……。
琴音に声をかけようとすると、琴音は泣いているようだった。俺がオロオロしていると、さやかが席から立ち上がった。
さやかは、手を琴音の方にむけて、琴音をなだめるような身振りをした。
「もう、いいから。わたしにも悪いところがあったかもだし……」
琴音は首を横に振る。
「ううん、ウチが嫉妬しただけだから。さやかは何も悪くない」
すると、さやかは埒が明かないと思ったのか、席から立ち上がった。
「じゃあ、殴らせて。それでホントに水に流すから」
え。さやか怖い……。
琴音は頷く。
(パアンッ)
さやかは右手で、琴音にビンタをした。本気で叩いたようだ。琴音の髪の毛が勢いで舞い上がり、琴音はよろめいて、隣の机にもたれかかった。
琴音は、左頬を押さえて、よろよろと立ち上がった。そして、また頭を下げる。
すると、さやかは琴音に頭を上げさせた。
「わたし、本気で殴ったから。もうこの話はこれでおしまい。ねっ?」
なんかすげーな。女同士。
男より男前だぞ。
さやかは言葉を続ける。
「春川さん。あなたのこと、名前で呼んでいい? わたしのことも呼び捨てでいいから」
琴音は頷くと、何度も振り返りながら、自分の先に戻った。
俺はさやかに話しかける。
「さやか。大丈夫か?」
「うん。大丈夫……かは分からないけれど。あんなに頭下げられたら許すしかないでしょ。なになに。心配してくれるの?」
「あたりまえだろ」
「嬉しい!! 他に人いなかったら、抱きついたのになぁ」
これからは、ぜひ、凛も他の人にカウントしてくれな?
それにしても、琴音に行動力がありすぎる。
俺が爆死する前に、凛のこととか色々話しておかないとな。
今日はバイトの日だ。
学校が終わって、ブラブラと校門から出ると、琴音がいた。カバンを左肩に背負うように掛け、校門に寄りかかるように立っている。
こっちに気づくと、小さく手を振った。
「琴音。さっそく、さやかに謝ってくれたんだな」
「うん。ウチが絶対的に悪いことだし。謝るのは当然っていうか。それにレンとも話せるようになったし。スマホの連絡先教えてよ」
琴音と連絡先を交換した。
すると、琴音はすぐにメッセージを送ってきた。可愛らしい熊のスタンプだ。
それから歩いて、一緒に駅に向かう。
琴音は、ずっと俺の横に擦り寄るように歩いている。いちいち胸があたる。男子高校生を刺激しないでほしい。
信号が赤になって、横断歩道で立ち止まる。
……あと、これは言っておかないとな。
凛の名前を出せないのが、もどかしいけれど。
「琴音。最初にいっとくけど、俺、好きな人いるから。だから、お前と付き合ったりはできないけど、いいか?」
すると、琴音は黙ってしまった。
信号が青になって、人混みがふたたび動き出す。
琴音は数歩歩いて、こちらを振り返ると、眉を下げ、視線を少しおとし、半笑いで言った。
「ウチみたいなのと付き合ったら、レンが肩身狭いし、大丈夫。ウチ嫌われ者だから」
琴音は、もっと悲しそうな顔になると、右手を軽く握り胸の辺りに添えた。そして、ウィンクのように片目を瞑って言葉を続けた。
「彼女じゃなくて、エッチ……、セックスだけの関係でもいいよ? 男の子ってそういうの好きでしょ? レンもウチみたいな軽い子……淫乱相手なら、遠慮なくできるだろうし」
淫乱……素敵な響きだが、ホントに軽いなら、なんでそんなに悲しそうな顔するんだよ。
琴音、いまのお前。
この世の終わりみたいな顔してるぞ?