第35話 凛をさがせ。
俺は凛を探して山頂のビジターセンターを目指す。
山頂につくと、すでに他の人影はなく、さっきまでオレンジだった風景は、すでに薄灰色になりかけていた。
「りん!! いるかー??」
凛の姿はない。
売店のシャッターを下ろしているおばちゃんがいる。何か知っているかも知れない。
「すみません。俺と同じくらいの年で、メガネにジャージの女の子みませんでしたか?」
おばちゃんは一瞬考えたが首を横に振った。
「このへんには居ないと思うよ。高尾でも時々遭難があるからね。危なっかしい観光客がいたら、わたしらも声がけしてるんだよ」
おばちゃんにお礼を行って、その場を離れる。
凛。どこにいるんだよ……。
こんなことなら、強引にでもうちらの班に入れれば良かった。
なにが『人間関係は、凛自身で作るべき』だ。俺は凛のためだというフリをして、結局は面倒なことに首を突っ込みたくなかっただけじゃないのか。
さっき、凛が琴音たち3人と話してなかった時に、予兆はあったのに。
凛は今頃、怪我をしているかも。
1人で心細くて、どこかで泣いているかも。
やっぱり、声をかけるべきだった。なにが『様子をみる』だよ。
なんなんだよ。俺は。
バカで愚かすぎる。オトナ気取りで、自己陶酔していただけだ。
あたりを探すが、やはり凛はいない。
熊が出るかもしれないし、怪我だけじゃすまないかもしれない。俺の中で心配な気持ちがどんどん膨れあがる。
走りながら、頭の中に、凛との会話が、無数に浮かんでは消えた。
2人で家に帰っている時に、凛がこんなこと聞いてきたっけ。
「……高尾山って天狗さまいるんでしょ?」
「いやいや、ただの言い伝えだって。高尾には薬王院があるんだけどさ。天狗はそこの修行者だって話だよ?」
「へぇ。高尾山いったらそのお寺に行ってみたいなぁ。天狗さまの団扇みつけたら、蓮くんにあげるっ」
「凛って、なんかおばちゃんっぽい(笑)」
なんの根拠もない。
だけれど、薬王院に行ってみようと思った。
薬王院につくと、既に参拝時間は終了していたが、お寺の中には明かりが見えた。僧侶はまだいるのかも知れない。
迷惑は百も承知で、呼び鈴を鳴らした。すると、ご僧侶が出てきてくれた。
事情を説明し凛のことを聞いたが、見かけていないと言われた。
ご僧侶は心配そうな顔をしている。
「よければ、こちらで救助要請しますか? ……そうですか。では、これだけでも使ってください」
救助要請については、とりあえず断ったが、懐中電灯を貸してくれた。俺は答える。
「少し探して居なかったら、お願いするかもしれません。ところで、このへんでヤツデが生えている場所はありませんか?」
ヤツデは、天狗が団扇にする葉っぱだ。ヤツデ自体は、山のどこにでも生えているが、もう少し下った階段傍に、特に大きな葉が生えているとのことだった。
俺は礼を言って、階段をめざす。
高尾山は気軽な山というイメージだが、実際に年間200件以上の死亡事故が起きている。熊も心配だし、階段で見つからなかったら、救助を頼むしかないだろう。
階段についた頃には、あたりはさらに暗くなっていた。俺は、さっき借りた懐中電灯で辺りを照らして凛を探した。
すると、階段横の谷側でなにかが光った気がした。
「りん!! いるのか!!」
「……くん。れんくん……」
声がした方を照らす。
すると、草むらの中にへたりこんでいる凛がいた。
よかった。凛がいた。
凛は足を怪我して、足場が悪いので自力ではその場から出られなくなってしまったらしい。
俺は階段の縁に左足をかけて、凛に右手をのばす。
……ギリギリ手が届いた。よかった。
凛の左手を持って引き上げる。そして、左手で凛の腰を支えて、一気に抱き寄せた。
凛は、髪の毛は葉っぱだらけで、ぐしゃぐしゃになっている。身動きが取れなくなってしまったので、通りがかりの人に助けてもらおうと思ったらしい。すると、誰も通らないし暗くなるしで、途方にくれていたようだ。
凛は俺に抱きついてきた。
呼吸はひっくひっくとして、肩は震えていた。
「こわかったよぉ……。やっぱり蓮くんきてくれた」
色々と言いたいことはあるが、無事でよかった。
凛が落ち着くのを待って、凛を背負って階段を降りる。
しばらく進むと、スマホが圏内になったので、担任に連絡した。学校側では救助要請をする直前だったらしい。
できれば、転校したばかりの凛が悪目立ちするのは避けたい。
ふと周りを見ると、俺たち以外にも、ちらほらと徒歩で下りる観光客がいるようだったので、自力で下りると伝えた。1号路は殆どが舗装路なので時間をかければ大丈夫だろう。
それからは、凛を背負って慎重に下りた。
凛の両足を抱えているので、ジャージが上にずれて足首が露わになった。
すると、凛の左足首にとんぼ玉がついたアンクレットが巻かれていた。さっき、ライトに反射したのは、たぶんこのとんぼ玉だろう。
「凛。とんぼ玉をアンクレットにしたの?」
凛はなぜか恥ずかしそうに頷いた。なんで恥ずかしそうにしてるんだ? 意味わからん。
「なんで恥ずかしがってるの? 俺に足みられて興奮したとか?」
すると、凛は俺の首に吸血鬼のようにかじりついてきた。普通に痛い。凛が口を離すと、唾液で首がスースーとする。
凛は顔を俺の背中に擦り寄せて、小声で言った。
「蓮くんの首、しょっぱい。興奮なんてしてないよ。……ほんと、鈍感なんだから。ばか」
ほんきで意味が分からんが、下に着くまえに聞いておきたいことがある。
「凛。琴音に何かされたのか? たとえば、1人でどこかに行けって言われたとか」
もし、悪意で凛をこんな目に遭わせたのなら、絶対に許せない。
「ううん。わたしが天狗さまの葉っぱみつけて、勝手にしたことだよ。少し離れて歩いてたから、3人とも気づかなかったみたい」
それでも置き去りにしたのは、かなりどうかと思うが。
凛は首を振って続ける。
「れんくん。怒らないで。琴美ちゃんは悪くないの」
凛の性格だと、これが本当なのか、琴美を庇っているのか、判断がつかない。
正直、次に顔を合わせたら落とし前つけさせようと思ったのだけれど、大騒ぎにするのはやめとくか。
それから1時間ほど歩いて、集合場所に戻った。
戻ると既に辺りは真っ暗だった。学年副担任の先生が待っていてくれて、俺たちは先生の運転で家まで送ってもらうことになった。
学年副担任が、女性の先生でよかった。男性教員なら、有無を言わさず俺だけ殴られていたと思う。葵先生は、俺たちをみると、特大のため息をついて言った。
「まずは、よく無事に戻ってきたね。本当はビンタでもして、お説教したいところなんだけれど、君たちのおかげで、わたしも疲れちゃったよ。学校で担任の先生にたっぷり叱られてくださいな」
そうは言いつつも、あおい先生は嫌味がなく、優しげな口調だ。男女問わずに人気があるだけのことはある。
運転をしながら、先生が凛に話しかけた。
「凛さん。そのアンクレット。学校はアクセサリー禁止だよ。今日は見なかったことにするけれど、学校にしてきたら没収だからね。それにしても、そんなの左足に巻いちゃって、凛さんは好きな人でもいるの?」
すると、凛は俺の袖口を掴んでいた手を離して、俯くと頬を赤らめた。
「……内緒です」