第33話 春川 琴音。
なくなる物と頻度は、次第にエスカレートしていった。
その対象は、文房具から本。本から衣類へと変わっていく。入学したばかりということもあり、さやかは萎縮してしまい、日に日に元気がなくなっていった。
そんなある日、俺は、ことねが、さやかの本を持ち出すところを目撃してしまった。幸い、周りに他に人はいなかった。
ことねに言った。
「おまえさ。そういう嫌がらせやめろよ。気に入らないなら、面と向かって言えよ」
すると、ことねは悪びれることもなく言い返してくる。
「は? なに言ってんのあんた。わたし、本拾ったから戻そうとしただけだし。ってか、なんでここにいんのよ。きもいんだけど」
そういうと、ことねはどこかに行ってしまった。
すぐに担任に報告しようかと思ったのだが、さやかにも迷惑がかかりそうなのでやめた。
それから1週間ほどした頃、琴音が話しかけてきた。
「あのこと、誰かに言わなかったの?」
「あぁ。別に嫌がらせがなくなればいいし。このまま終わるなら誰にもいわねーよ。ってか、おまえ、ああいうのやめた方がいいぞ?」
「説教? なにさま?」
そういうと琴音は舌打ちして、どこかにいなくなった。まぁ、俺が何様だろうが、本を隠そうとしたお前よりはマシだと思うんだが。
それからは、さやかのことは嫌ってはいるようだが、露骨な嫌がらせはなくなった。
そんなある日のこと。
校舎の3階で、琴音が先輩に絡まれているのを目撃してしまう。琴音は1人で、女の先輩は3人だ。
おおかた、琴音に原因があるのだろう。
ひとつ下の階段の踊り場で、少し様子を見ていると、3人が詰め寄って、何か声を張り上げた後、ことねの襟を掴んだ。すると、ボタンが飛んで、コロコロと、こちらまで転がってきた。
琴音は、すっかり怯えてしまって、言い返すこともできないようだ。
正直、自業自得だと思うし放置したかったのだが、この後、琴音が転落とか大怪我したりしたら、後味悪いもんな。それになにより、こういうイジメみたいなやり方は嫌いだ。
『……しかたねーな』
俺は、あたかも走ってきたように装い、先輩に話しかけた。入学早々、リベンジ対象になりたくないし。できるかぎりフレンドリーに、当たり障りない感じで。
「ハァハァ。せんぱーい。なんか、誰かがチクったみたいで、もうすぐ教員きますよ。俺、教えないといけないと思って走ってきました」
すると、先輩たちは顔を見合わせた。
「ねぇ。やばいよ。いま問題になったら、推薦もらえなくなっちゃうかも。いこーよ」
こんなクズでも推薦で大学に入れるのか。世も末だな。まぁ、ここに俺が走ってきてる時点で、チクッた犯人についても、普通に俺が第一容疑者だと思うんだが。こいつらの頭じゃ、推薦あっても落ちる気がする。
俺は、にへらーとして頷いてやり過ごした。
3人は、急いで下の階に逃げて行った。
ことねは、ボタンが飛んで大きく開いたシャツの胸元を押さえて、座り込んでしまった。膝が笑ってしまって立ち上がれないらしい。
俺は、ことねを見下ろす。
琴音は、実は可愛い顔をしている。目は少しきつそうだが、丸顔でまつ毛が長く、きれいな二重で、品のいい顔立ちだ。ロングで軽くロールしていて、栗色をさらに明るくしたような髪色もよく似合っている。普通にしてれば、モテるんじゃないかと思う。ちょっとギャルっぽい気の強そうな子がこうして弱気にしている姿は、むしろ、グッとくるものがある。
これがリベンジ系のラノベだったら、陵辱して身体に教えてやる、ってなるんだろうけどな……。
ふぅ。
俺はため息をついて、ことねに手を差し出した。
「どーせ、お前が生意気なこと言ったんだろ? 事情はきかねーが、お前、普通にしてれば可愛いんだからさ。加藤のことも正攻法でいけよ。そしたら、手伝ってやるからさ」
ことねは俺の手を握った。
心なしか、その手は汗ばんでいるようだった。
ことねはよろめいて俺の胸にもたれかかってきたが、足に力が入らないらしく、そのまま崩れ落ちそうになった。
『あぶねっ』
俺は右手で、ことねの背中を抱き寄せた。すると、思ったより華奢で軽かった。髪がなびいて、ふわっとシャンプーの匂いがする。
ことねは、あたふたして、バッと俺から身体を離す。らしくもなく耳まで真っ赤にすると、消え入るような小声で「ありがと」と言った。そして、そのままどこかに行ってしまった。
『って、助けてやったのに、なんなのあの態度』
それ以来、ことねは、さやかに嫌がらせをすることはなくなった。何故か加藤に告白することもなかった。
そして、気づくとこっちを睨んでいることが多くなった。目つききついし、怖いんだけど。ガンつけられてるみたいだよ。
1人で廊下に出たら、カツアゲされるのかも知れない。
まぁ、どうやら俺は、ことねに嫌われているらしい。俺もことねは苦手だがな。
ほんと、なんなんだろーな。
スペック並盛りの童貞男には理解できん。女子は意味わからんよ。