兎と亀 ver.ワイルド
アメリカ、西海岸のバーにて1人、肩に深い傷跡を残した男が酒を飲む。
店の扉が開き、カウベルが鳴る――――目をやると、今日この店に男を呼び出したサラリーマンが帽子を脱いでわざとらしく礼をしていた。
男が呆れながら首を振ってこっちへ来いと示すと、サラリーマンも頭を上げて男の居るテーブルに。
「こんな場所に呼び出して遅刻とは、いい根性だな」
「悪いね、向こうさんの話が長引いたんだ」
「向こうさんね…………で、それは今日まで隠してた依頼内容に関係しているのか?」
「もちろんだ――――アンタに頼みたい仕事はね、兎の退治だよ」
「帰る」
男は途端に機嫌を悪くして席を立った。
それをあらかじめ察知していたかの様にサラリーマンはため息をこぼし、席から足を出して進行妨害を。
そして、入店時から持っていたアタッシュケースを男に見せた。
「その仕事なら最初から来なかった」
「知ってますとも。でも、貴方にも責任はある」
「責任だと? 俺は5年前のあのレースで兎のを失った上に、こんな傷まで残した! だからアイツとはもう走らないって決めてるんだ!」
「貴方、今ここ西海岸で自分がなんて呼ばれているか知ってます?」
「知ってるさ、亀だ! 俺だって自分をそう思ってる、アレからチンケな運転しか出来なくなった!」
男は怒鳴り、テーブルを思い切り叩いた。
グラスが倒れ中に残っていた酒が溢れる――――サラリーマンがそれを勿体無いと、テーブルから溢れた水滴を手で受け止めて飲んでしまい、それから男に再度着席する様促す。
「貴方が兎の時代は良かった――――あそこには活気と、そして秩序があった。だが今の兎は違う。アレはただ騒ぎ、野放しにし、好きに駆け回るだけの集まりだ。私達はアレの被害に遭い、客足も遠退いて店は閑古鳥が泣いている。皆願っているのですよ――――また、貴方に兎になって欲しいとね」
兎とは、ここ西海岸に於ける走り屋のトップの事だ。
兎の命令ならば皆は警察の足止めでも、盗みでも、殺しだってやる。
このサラリーマンは、そんな現兎の横暴に嫌気がさしているのだ。
「金ならあります、マシンもこちらで用意しましょう――――だからどうか、再び兎へとお戻り下さい」
「……………………俺の、レーススタイルは知ってるな?」
「勿論ですとも、即決即断。レースを取り付ければ、その日の内に必ず行う。用意は出来ていますよ」
「一度だけだからな」
男は店を出る、酔いは既に冷めていた。
店の外にはニヤニヤと男を眺める集団が――――そして道路には、2台の車がスタンバイしていた。
1つは金髪の男――――即ち、現兎が乗った車。
そしてもう1つは空。
この男が乗るための車だ。
「よう、俺に負けたノロマの亀――――また負けに来たのか?」
「知ってるか? 驕った兎は最後に負ける――――異国日本の昔話だ」
車のエンジンは既にかかっている――――ハンドルを握り、これから走る道を睨み、アクセルに足を置く。
車の傍に立つ美女が旗を持ち、カウントダウンを開始。
3…………2…………1…………そして0と同時に旗は振り上げられ、二つのエンジンが大きく唸った。
ゴールは丘の上、聳え立った1本の木だ。