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戦端開く

 港湾騎士団。正式名称は、「聖母マリアへの祈りと祝福を受けし者たちの巡礼を守護するための騎士修道会」であるが、ソマスたちがシルキ港に集って結成を宣言したことから、このような通称で呼ばれている。


 騎士団といっても、かつての防衛十字軍にいたような少数精鋭の集団ではなく、構成員の多くが貴族でありそれぞれ自前の軍勢を率いているため、港湾騎士団が転生十字軍内の最大勢力となっている。


「我々の仲間が港湾騎士団の奴らに取り込まれても困る。ここは、我々も独自の団体を作るべきではないですか」


 と、リュークが提案した。


 この頃、私とリュークとパイシェンは、軍勢をまとめるため私の故郷のロア城に戻っていた。ロアフォーレン侯領との戦いの際に集めたズィーメリー兵は一時帰領させていたため、再びまとまった人数を招集するべくズィーメリーの騎士たちは奔走していた。


「ズィーメリー騎士団という名前の騎士団が、防衛十字軍時代に存在していたと聞いたことがある。その意思を我々が継ぎ、復活させたということにするのはどうだろう」


 パイシェンの提案に、リュークは頷きながら


「しかし、勝手に名乗っていいのでしょうか。誰かに許可とか取らなきゃいけなかったりしませんか? もし騎士団の生き残りとかがいたら、話を通した方がいいんじゃないでしょうか?」


 と案じた。


「そういえば、アルカトどのは防衛十字軍に参加していたじゃないか。きっと生き残りについても知っているだろう」


 というわけで、私とリュークはアルカトのもとを訪れた。リュークはアルカトと以前会議で揉めたことがあるために気まずく、私が同行することとなったのだった。


 アルカトはロア城の一室で旅支度をしていた。他の騎士たちのように慌ただしく働いている様子はなく、悠然と私物を片付けていた。彼にズィーメリー騎士団に関する質問をぶつけると、


「ああ、そんなもの勝手に名乗ったらいいじゃないか」


 との答えが返ってきた。


「あの……もし生き残りがいたら、その人に怒られたりしませんか?」


 私が重ねて訊くと、


「うーむ……防衛十字軍が自然崇拝者との戦いに負け、聖地カナーノキアの支配を失った時、ズィーメリー騎士団もほとんどが死んでしまった。生き残った者も、今更十字軍に関わりたくないのではないか」


 そういうものか。私は納得したような、していないような気分になった。


「ところで、アルカトどのはどこか行かれるんですか?」


 私は相手の旅の姿をしているさまを見て言った。


「ああ。自領に帰る。というか聞いてなかったか? 俺は転生十字軍には参加せん」


「えっ、どうしてですか。防衛十字軍にも参加なさっていたのに」


 私は目を丸くして見せると、アルカトはまくしたてるように


「防衛十字軍に参加していたからこそ、だ。もう二度とああいう場にいたいとは思わん。十字軍は狂気だ。ルエイもソマスも、みんな頭がどうかしている。俺が思うに正義とは相対的なものだ。自分には自分の正義があり、他の奴にもそいつなりの正義がある。それなのに十字軍の奴らは自分の正義だけを絶対的だと信じ込み、戦争を正当化する。俺にはそんなことはできないね」


 と言ってから、「ああ、今のは他の奴には言うなよ。教会から糾弾されると厄介だ」と付け加えた。


「それじゃあ、アルカトさんはこれからどうするんですか?」


「さあな。ここで終わるつもりもない。俺なりの野望を追いかけるよ。縁があれば、また会うこともあるかもな」


 アルカトはちょうど荷造りを終えたようで、立ち上がって体を伸ばす。


「それとお嬢ちゃん、善意で一つ忠告してあげるよ」


「なんですか?」


「イレーネ・ルン・フィーラという奴には気をつけろよ。あいつは、裏切り者だ」


 そう言い残すと、アルカトは自身の治めるメルグ侯領へと帰っていった。彼の言葉通り、彼とは後に再会することとなるが、それが戦場になるとはこの頃は思ってもみなかった。


 *


 私たちはズィーメリー騎士団を結成し、騎士団長はパイシェン・ファ・マイヤーが務めることとなった。


 兵をととのえた私たちはロアフォーレン侯領を東に出てズィーメリー王国に入り、途中ズィーメリーの騎士たちが集めた兵と合流しながら南進した。ロアフォーレン侯領の経営は、母フェリーカを獄から出して、任せることにした。


「いいのか? ランクテよ。私はお前のいない隙に兵をまとめて反乱を起こすかもしれんぞ」


 と、母は言ったが、


「この領地はもう転生十字軍のものですし、私は十字軍の騎士です。私に戦いを挑むことは、十字軍及び教会及び神に逆らうことです」


 と釘を刺しておいた。


 その後ズィーメリー騎士団の軍勢は、ズィーメリー王国とビタリー帝国本領の境にある街で、帝都ロムスから北上してきたソマスらの軍勢に合流した。


「お久しぶりですね、ランクテどの。来ていただいて、とても心強いです」


 ソマスはそう言って歓迎してくれたが、他の港湾騎士団の面々は私たちのことを警戒しているのが分かった。まず、私たちの数が多い。私が率いるロアフォーレン侯領勢の兵数が約三千人で、一人の貴族が率いている人数としては転生十字軍内で最大だった。ズィーメリー騎士団の他の騎士が率いている人数は四千で、あわせて七千。これに対し、ソマスたち港湾騎士団の兵力は八千、その他の兵力五千。つまり、今まで一万三千人だった転生十字軍が、私たちの加入によって一気に二万に膨れたのだ。戦力が増して喜ばしい一方、転生十字軍が乗っ取られないかどうか、港湾騎士団の方々が不安に思うのも当然だった。


 *


 聖地カナーノキアへ向かう道は、二つある。一つは陸路で、ビタリー帝国本領を東に抜け、魁湖と北海に挟まれたドゥリース王国を通って自然崇拝者の支配領域に侵入し、南下してカナーノキアを目指す道だ。もう一つは水路で、ビタリー帝国本領のどこかの港から出航して魁湖を南東に進み、カナーノキア西方の湖岸のどこかに上陸する道だ。魁湖の制湖権は十字軍側にあったものの、軍勢を運ぶ船が準備しきれないという理由で、転生十字軍は陸路を選択した。


 ソマスがドゥリース王国通行の許可を求めると、ドゥリース王は渋々といった感じで許可を出した。しかし、兵の加勢や食糧の提供といった協力はなされなかった。


「なんでドゥリース王はあんなに消極的なんですかね?」


 私はソマスに尋ねてみた。


「自然崇拝勢力と土地を接するドゥリース王国は、自然崇拝者との交易や外交をうまくやってきたのだろう。おそらくその均衡を我々に壊されたくないんだと思う。巡礼者の保護の必要性も、そのために聖地カナーノキアを支配下に置く重要性も、ドゥリース王にとってはどうでもいいんだ」


 そう語るソマスの目は、なんかちょっと怖かった。


 ドゥリース王国の東端に、セルエル峠という天然の要害がある。ここを通らなければ東側へ抜けられないという地政学的な重要地点で、自然崇拝者側の王国・チェルシャラン朝が砦を築いて二万五千の兵に守らせていた。


「籠城されたら、なかなか攻め落とせませんね」


 と会議の場で私が言うと、


「いや、相手は必ず出撃してきます」


 とソマスは言った。


「どういうことですか? 籠城すれば有利なのに」


「いやいや、そもそも籠城というのはそんなに簡単なものではありません。まず、士気を保つのが難しい。それに、大軍での籠城はコストがかかりすぎます。数では向こうの方が上回っていますから、打って出て短期間で勝負をつけにこようとするに違いありません」


 ソマスの落ち着いた口調には、不思議な説得力があった。港湾騎士団副長・モーガンが「よし!」と立ち上がる。


「我々は、のこのこ出てきた敵さんを完膚なきまでに蹂躙し、敵将を討ち取る!」


 おう、と幹部騎士の面々は賛同を声を上げる。


「イレーネ、よろしく頼む」


 ソマスが声をかけると、イレーネは黙って頷く。彼女は作戦会議の場では基本的に何も発言しない。だが、決まって最後にソマスが「よろしく頼む」と言い、イレーネはその意を汲むのだった。それは、先陣を切って突撃する役目を引き受けてほしいということであった。


 *


 ソマスの予想通り、砦の門が開いてチェルシャラン朝の軍勢が布陣を始めた。こちらもほぼ布陣を完了している。中央にはソマス、イレーネら港湾騎士団の主力が陣取り、右翼には私、リューク、パイシェンらズィーメリー騎士団が配置され、左翼にはモーガンら一部の港湾騎士団勢とルエイなどその他の軍勢が兵を構えた。


 ソマスが前に出て声を張り上げる。


「あなた方を滅ぼすつもりは無い! ただこの峠を通してくれさえすればよいのだ!」


 敵方からも大将らしき人物が出てきて応答する。


「そちらこそ、今すぐ武装を解いて引き返されよー!」


「残念だが、応じかねる!」


 ソマスは自陣に戻り、代わってイレーネが前に出る。しかし今度は、敵にではなく自分の率いる騎士兵士たちに向かって呼びかけた。


「我々はこれより突撃を敢行し、敵の中央を突破する。十字軍騎士の強さを見せつけよ。共に戦い、共に殉教し、天国への階段を登るのだ。デウス・ウルト!」


 神はそれを望まれた、という意味の異世界の熟語「デウス・ウルト」を兵士たちが口々に叫ぶ。


「突撃ーーっ!」


 イレーネ率いるウィンガルト伯領勢が一斉に駆け出す。先頭を走るのは、重装騎兵たちで、皆身長の三倍はあろうかという長い槍を携えていた。一見その突撃に何の戦術も無いかに思えたが、その理由はすぐに判明する。


「ラファエルよ、異教の輩を戒めたまえ」


 イレーネは鎧の内側に仕込まれた棘を自分の体に刺し、流れ出た霊漿液を鎧に埋め込まれた聖雲氷に注ぐ。途端にイレーネの体が靄のような白い光に包まれ、一気に爆炎が吹き上がった。神秘術だけでは説明のつかない、凄まじい力が湧きあがっていた。


「あれが、聖遺物……」


 その様子を遠目に見ていた私は、思わずごくりと唾を飲んだ。神秘術の力を増幅させる古来のアイテム、それが聖遺物だった。私も目にするのは初めてだ。というのも、聖遺物はこの世界でまだ七つしか発見されておらず、ロアフォーレン侯領のような田舎ではまず見ることができなかった。


 その七つのうち、二つが転生十字軍の手元にある。一つはイレーネが身につけている「鈍白の霹靂」で、もう一つはソマスが手にしている「真紅の十字架」だ。「鈍白の霹靂」は淡い光をまとった木の枝のような物体で、本当の材質は何か分からない。素手で直接触れるとピリピリと肌が痺れる感覚がするため、「鈍白の霹靂」との名前が付いた。イレーネはそれを、鎧の左肩の部分に括り付けている。


 聖遺物によって増幅されたイレーネの神秘術”ラファエルの戒飭”が、イレーネの一隊を包み込みそうな程の炎を呼び起こす。それは、敵兵から降り注がれる矢の雨を焼き尽くし、その攻撃から自軍を守った。


「槍兵、前へ!」


 敵軍は慌ててイレーネの突撃を受け止める態勢をとろうとする。これに対し、イレーネは炎を今度は前方に向かって放射し、最前列にいる敵兵をたちまち燃え上がらせた。生き残った敵兵はそれでも槍を突き出して戦おうとするが、それもことごとくイレーネ勢の重装騎兵の長槍の餌食になっていった。


「な、なんて光景なの……」


 私は、目の前で起こっていることが信じられなかった。イレーネが率いている兵力は千五百かそこらだ。それが、二万五千もの敵軍の中央を難なく突き進んでいく。まさに精鋭と呼ぶにふさわしい一隊だった。


「ソマスさまより、全軍攻撃を開始せよとのご指示が下りました」


 伝令が告げると、パイシェンがズィーメリー騎士団の諸将の前に立った。


「我らズィーメリーの騎士たちも負けてはいられない。華々しく戦果を挙げ、港湾騎士団の奴らをあっと言わせようぞ!」


 歓声を上げ、ズィーメリー騎士団の軍勢が動き出す。まず最初にパイシェンが先頭を切って駆け出し、続いてリューク勢が動き出す。少し待って、私もロアフォーレン侯領勢を動かした。


 イレーネの一隊は既に突破を完了し、敵陣の背後に回って敵の退路を塞いでいた。チェルシャラン軍は中央で分断された上に砦に戻る道も失い、半ば包囲される形になった。イレーネに追われるようにして、敵兵がじりじりと前に押し出されてくる。その哀れな自然崇拝者たちとズィーメリー騎士たちが衝突し、私たちの戦いが始まった。

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