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狂乱モラトリアム -entirel-  作者: 雨狂水音
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17日常

「美味しいですね」


珈琲店、期間限定のラテ。温かいそれは寒くなってきた気候に丁度良くて、ああ、と返して温まった息を吐き出した。

この店は、全席禁煙だ。遊歌は以前から煙草の煙が苦手だったのだが、記憶が戻ってからはそれが一層顕著になった気がする。最近は分煙をしている店も多いが、俺は意識して全席禁煙の店を選ぶようにしている。

煙草の煙があるからと言って、必ずしも酷い悪影響があるわけではないが、遊歌の調子次第では空気が悪くなる事も珍しくない。それを宥めるのが面倒とかいう事も無いが、せっかくのデートなわけだから、和やかにいられる方がいいに決まっている。


やがて、俺と遊歌の前に注文の料理が運ばれてきた。

遊歌は時々、料理に手を付ける前に俺をじっと見つめている事がある。人に強く見つめられるのは不得意なので、初めは緊張したものだが、最近はあまり気にならなくなった。

こういう時の遊歌はなぜか、俺が料理に手を付けてから漸く自分のものを食べ始める。先に食べる事に罪の意識を感じているのか、何かを警戒しているのか、そこまではわからなかったし聞く必要性も感じなかった。

見つめてくる事に関しては二度ほど理由を聞いてみたが、「え、そんなに見つめていましたか」と首を傾げるので、追及はしない事にしたのだった。


美味しいか、と聞くと、遊歌は余程のものでない限り「はい」と笑う。それでも俺が「少ししょっぱいかな」とか不満を零すと、それはそれで同意してくる。味覚が似ているか、美味しいか否かを論じるほどの事でもない範疇と感じているのだろうと思って、気にしない事にしている。

冬暁はこういう時、「良かったら一口どうか」と勧めてきたが、遊歌はそういった事は自分からは殆どしない。聞けば友人もいなかったそうだし、そういう行動が頭の中の引き出しに無いんだろう。

「殆ど」というのは、俺が勧めた時にはその返しに同じように勧めてくる。唯、俺が勧めるのは遊歌が食べたそうにしている時だけで、そうでない時は俺自身もあまり勧めたりしない方なので、こういう事は少ない。冬暁とよく外食し合っていた頃は勧め合っていたから、空気感というか迎合というか、そういうのもあるんだろうけれど。


遊歌は自分の事を「常識がわかっていないかもしれない」と不安がる時があるが、皿に米粒などを残したりはしない。確かに時々、俺は常識だと思っていた事に対する認識の違いで驚かされる事はあるが、知識よりもこういったマナーがなっていれば、逆なのより人としてはずっと上等なんじゃないかと思う。そもそも、俺だって偉そうに常識を語れる人間でもないのだし。


食事が残り少なくなってくると、今後の動き方について話し合う。

一緒に出掛ける時の計画も前はしっかり決めたりしていたのだが。記憶が戻りたての頃の遊歌は今よりずっと不安定で、電車にも乗れないとか喫茶店にも入れないとか人混みで混乱するとか、そういう事があって遊歌が気にしてしまうので、予定は曖昧に立てておく事にした。

今はだいぶ落ち着いたもので、調子が悪い時でも電車を一本見送ったり、出先で具合が悪くなった時には手を握って宥めていればその後また一緒に歩けるようになってくれた。

今日は、時間があれば買い物でもしようかと話していたから、それを提案する。空気が冷え込んできたし、マフラーでも欲しいなと話していたので。


遊歌は、「そうですね、じゃあそろそろ行きましょうか」と微笑んで席を立った。

最近、遊歌の笑顔を見ていると良い音で胸が高鳴る。最近というのも妙な話だ。一般的な順番としては、そういう温かい感情を抱いた相手と恋人になりたいと思うものなのではないだろうか。そう思う事も無いわけではなかったが、遊歌は俺といて幸せだと言ってくれるし、離れたくないと思ってくれているようなので考えるのをやめた。俺だって遊歌と一緒にいたいし、余計なノイズでこの関係に瑕疵ができては堪らない。

伝票を取って会計を済ませて、遊歌が俺に代金を支払おうとするのを断る時、遊歌の恋人らしい事をしている気がして誇らしくなる。まったくそのくらいで、高校生の恋愛じゃないんだからとは、自分でも思っている。何だかんだ、遊歌と一緒にいられる事に浮かれているんだろう。

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