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第一話 どぐされ王子との出会い


 太陽の日差しに当たればキラリと煌めく金髪。曇っていても彼が持つ加護故か、ぽわぽわと微かに発光する金髪。雨が降った日には湿気が保湿に変わってその色味を深く、濃くする金髪。


 今日は晴天なので前中後で言えば前者だが、そんな一日中頭がキラキラしく発光しているアレクサンダー王子、通称どぐされと共に仕方なく書店から出て、一旦どぐされ側の馬車へと乗り込んだ。

 真正面に向かい合う形で腰を下ろし、どぐされ王子は私が密かに購入する筈だった書物をこれ見よがしにパラ見している。


「殿下」

「アレク」

「アレクサンダー王子」

「アレク」

「アレクサンダーさま」

「アレク」

「アレチッ」

「エリー、人の愛称を舌打ち込みで呼ぶのは如何なものかな?」


 婚約者という関係と言えど、片方は王子殿下で片方は公爵令嬢。

 身分的なもので言えば王子の方が圧倒的に高いことは知れるが、彼等をよく知る者たちはこれが二人のコミュニケーションの取り方だと認識しているので、最早誰も何も言ってこない。


「日がな政務でお忙しい筈の殿下が何故、こんな辺境までいらしているのかしら? あー帰城しましたら机の上に溜まったお仕事が大変ですわねぇーホホホホホ!」

「ははは、心配してくれるんだね。でも大丈夫さ。愛しの婚約者が僕とのデートの下見のために、わざわざ辺境まで行こうとしていると耳にしたからね。そんな健気な君のために、僕も頑張ってお仕事向こう一週の日の廻り分は(さば)いてきたんだ。ねえエリー。何のために君はこの書物を購入しようとしていたんだろうね?」


 あり得ないデートの下見とかいい加減なことを言う口は無視して、パラ見し終わって片手で私に向けて見せてくる、その書物の表面に他国の字で(つづ)られているそれは――『四国旅行記』。


 四国とはここ西のサンドロック王国を含む、東国リーフロフト、南国ウォーターテール、北国イグニケルのことで、その書物はリーフロフトの吟遊詩人であるガンバーが大陸を巡り歩き、最後に辿り着いた地で書き記した彼の生涯の旅の記録なのだ。

 病を患っていたガンバーは書き終えたその三日後に天へと召され、その家族が少ない冊数ながらも書き写して、各国にいるガンバーが縁を繋いだ友人らに送ったとされている。


 しかし丁度その時期に<アグニの終焉>――イグニケルで起こった稀に見る火山噴火が発生し、それは左右に位置するサンドロックとリーフロフトにも及ぶ大災害に見舞われたせいで、大陸に八冊しかないとされる『四国旅行記』の五冊は、行方知れずとなってしまったのだ。


 所有が明確になっている三冊の内一冊は、ガンバーの出身国であるリーフロフトの王城内にある大図書に眠り、一冊は同じくリーフロフトの名門貴族であるホルマン公爵家が所有。

 そして最後の一冊はオリジナル。ガンバーの子孫によって脈々と今も受け継がれているという。


 何故私がそんな現存しているかも分からない行方知れずとなった残り五冊の『四国旅行記』を探していたのかと言えば、それは――


「大変に歴史的価値の高い書物だからですわ。旅行者が歩んだその旅路とは異なり、吟遊詩人であったガンバーは詩人の視点で旅行記を記しましたわ。吟遊詩人とは事件や歴史、史実を物語として音楽にし、民へと広く伝える者たちのこと。誰もが知っているようなことを歌うのでは遅く、情報の収集力は誰よりも優れていなくてはなりませんもの。情報とは鮮度です。活きの良い情報を得るためには、深い人脈が必要ですわ。現存するガンバーの旅行記の所有は向かい国リーフロフトの王城、名門公爵家にございます。殿下、ガンバーの友人らに送ったとされる『四国旅行記』が、何故高貴な身分の方々の手に渡っているの……ぎゃあああああっ!!?」


 ――バチッ! ボッ! ……と。


 軽薄な笑みを浮かべて私の話を聞いていたどぐされが、その手の中にある『四国旅行記』を燃やして、秒で灰にした。


「何するんですの!? 何してくれてやがるんですのこのどぐされンダー!!?」

「要約すると、『これを盾にして脅せば私達の婚約解消または破棄、間違いなし!』だろう? 本当にやりたいことを隠すために、長ったらしい話で煙に巻こうとする君は本当に昔から馬鹿の一つ覚えだけど、そんなところが逆に素直で正直で可愛らしいね?」

「キイイイィィッ!!」


 クッソですわ! 本当に昔からこのどぐされはクッソですわ!! 燃やしたのもサンドロックの表に明かしてはいけない何かが書いてあったからに違いないからですわ!!

 ……どぐされ王子めっ、その一日中光っている頭に虫が夜(たか)ればよろしいのよ!!!



 ――そう、初めて出会った時からこの王子はクソでどぐされだった。





 サンドロック王国第一王子アレクサンダーと私、エレイン=カレンベルクが婚約を結んだのは、齢五つの頃。年齢は同じ。所以政略的な婚約であり、何なら初めての顔合わせが婚約の場だった。


 今の私を見れば信じられないかもしれないが、当時の私は引っ込み思案で、人見知りの激しい子どもだったのだ。あと追加で一人じゃ眠れないほど夜の暗闇が怖くて、お気に入りのもふもふテディベアを抱えていないとダメな子どもでもあった。


 お父様が治めているエーベルヴァイン公爵領は、王都から馬で移動しても日の廻りを八回くらい要するほど遠い場所にある。

 宰相であるお父様だけが王都のお屋敷で暮らし、お母様と三つ上のお兄様と私は他領よりも自然豊かな公爵領でゆったり伸び伸びと三人で、屋敷の者と領民らとで楽しく暮らしていた。


 そんな楽しく暮らしていた私達一家に突如として舞い込んできた、不幸――不慮――不吉――キリがない――とにかく王家からの召喚状が届いてしまい、しかもそれが宰相家の娘である私と王子の婚約調印をするから城に来い、という内容だったのである。


 こっちに何の相談もなく決められたことにお父様に対して激怒するお母様、テディベアを抱えていないと眠れない子が将来の王妃……?と不安げな顔を隠しもしないお兄様。

 そしてここから追い出されるのだと勘違いしてピギャー!と大泣きする私の阿鼻叫喚が、エーベルヴァイン公爵のお屋敷に渦巻いた。


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