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第九話 王子が公爵令嬢に語るあの日の真実


 意味深且つ、人相の悪い顔で勝負をつけると言っていたアレクサンダーと共に、私は十回の日の廻りを経て王都へと帰還を果たし、その足で王城へと登城する。と言うかさせられた。

 ちなみに両陛下には、既にアレクサンダーから謁見の旨を記した早馬を送っている。


「一度屋敷に帰宅してからでも……。それに両陛下に謁見するのに、こんな恰好では」

「陛下たちはそんなこと気にしないさ。君は可愛い息子の可愛いお嫁さんだからね。ああ、それとも僕の私室で着替えるかい? 丁度君に贈ろうと思っているドレスがあるんだよ。ペッポロチーヌっぽい」

「結構ですわ。そんな食虫サボテンっぽいイカれたドレスを着て謁見するくらいなら、このままでよろしくてよ」


 馬車から降りてそんなちょっとしたやり取りをするものの、浮かない顔をする私を覗き込んだアレクサンダーは、何を思ったかパチリと頭を発光させた。


「……エリー? まさかまだ僕から逃げようと」


 思わぬ言葉にすぐさま彼を睨みつけ、ふいと顔を背ける。


「殿下のことを政略だと思えなくなった時点で、既に私は殿下との勝負に負けておりますもの。それにいくら私が逃げても、貴方はいつも最後には私を捕まえましたわ。だから……私と殿下の未来に勝算があるのなら、もう私は逃げませんわ。貴方からも――自分の気持ちからも」

「エリー!」

「ぴぎゃあああっ!! 人前で堂々と抱きつくなこの変態王子っ!!」


 婚約が結ばれてから何十回と喰らわせてきた脛蹴り。けれど隠してきた本当の気持ちが知られてしまったせいか、前までの威力を発揮できなくなったし、気持ちが自分にあると知った変態どぐされもすぐに復活した。

 いや、どぐされの場合は馬車の中で連日蹴り続けてきたので、痛みに慣れてしまったのかもしれない。


「ならどうしてまだ浮かない顔を? どんな恰好をしていてもエリーはふわふわで可愛いよ。ペッポロチーヌドレスでも」

「ペッポロチーヌペッポロチーヌうるさいですわ! ……初めて登城した時のことが、ちょっと」


 心に残っている苦い記憶のことを濁して口にすると、またもやパチッと音を鳴らす。


「ああ。僕の婚約者になると言うのに、他の男を抱いてきた時のことだね」

「ぬいぐるみを抱いてきただけでそんな物言いをされる筋合いはありませんわよ」

「そう言えば婚約の調印が終了した後、城内は君のことで持ち切りだったな。ほら、公爵夫人は結構仕上がっている(かた)だろう? ずっと公爵領から出てこない幼き姫君は、如何(いか)に鍛え上げられてゴリ……となっているのかと想像していたのに、その実態があのふわっふわだからね。皆、『あんなにお可愛らしいとは……! あ、血はカレンベルクが勝ったのか!』と、それはそれは驚いていたよ」

「……え、そうだったんですの?」

「そうだよ?」


 思わず目を丸くして確認すれば、あっけらかんと返される。

 私は当時すれ違う人たちから向けられる視線をイヤだと感じていた。てっきりそれは、公爵家の令嬢として相応しくない振る舞いをしているのを見咎められているからだと、そう思っていたのに……。


「私てっきり……」

「てっきり?」

「……いえ、何でもありませんわ。殿下、あの」


 幾度となく胸に去来する不安を抑えながら、隣を歩くアレクサンダーを見上げた。小首を傾げる彼の琥珀は今まで以上にとろりと甘やかな光を(たた)えて、私を見つめ返してくる。


「あ、の。彼の国とは、どのようにして決着をつけますの? いくら襲撃者が風雲石を所持していたからと言っても、それだけで彼の国の仕業だと直訴するのは難しいのでは」

「何も問題ないし、心配することもないよエリー。王女の件についても、神罰についてもね」


 そう言って下ろしている髪のひと房を手に取り、薄く笑んで唇を落としてきた。本当に今まで以上にスキンシップの遠慮がなくなっている……。

 手入れしていても外で鍛錬するから日に焼けてしまう土色の髪なのに、どうしてそんなに大事そうに触れるのだろう。……アレクサンダーの黄金に輝く髪の方が綺麗なのに。


 下手をすると潤みそうになる(まなじり)に力を入れ、彼から自身の髪を取り戻す。一瞬惜しそうな表情を見せるも、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべて手を差し出してくる。

 遂に辿り着いた謁見の間の扉。入場する前に一度深呼吸し、そうして彼の手を取った。


「行こうか、エレイン」

「はい、殿下」


 扉の前に立つ衛兵が繊細な装飾を施されたそれを押し開いた後、私達の名を高らかに告げる。

 柔らかなビロード地のカーペットの上を踏みしめながらゆっくりと歩を進め、両陛下のおわす壇上の下で足を止めた。アレクサンダーが頭を垂れ、私もカーテシーをして挨拶をする。


「アレクサンダー=ヨアヒム=サンドロック、ただ今我が婚約者であるエーベルヴァイン公爵令嬢、エレイン=カレンベルクと共に帰還致しました。両陛下におかれましては…」

「よいよい。我々しかいない場で、そう堅苦しい公的挨拶など必要あるまい。楽にせよ」

「はい、陛下」


 面を上げて姿勢を正す。ここに着くまでに確認したが、内々に事を運ぶためかこの場にいるのは両陛下と私の父である宰相、そしてハース団長と陛下付き近衛騎士数名のみであった。


「してアレクサンダーよ。書簡にはリーフロフトとの開戦とあったが、遂にその時が訪れたのか?」


 王陛下から発せられた内容に内心ギョッとするも、何とか面に出さずに(こら)える。

 確かに終わりにするだの戦いを始めるだのと言っていたが、誰が陛下にもそのままの言葉で伝えていると思うのか。けれど少し引っ掛かる。

 陛下は「遂に」とも仰った。ならばいつからか、彼の国と戦争を起こすことも視野に入れていた……?


 私が考えを巡らせる間にも、アレクサンダーは鷹揚に頷いて陛下へ「(はい)」と返す。


「婚約が決まった時からずっと大切な婚約者を狙われ続け、何度企てを阻止しようとも害虫のようにしぶとく這い上がってくる。その根性……いや、欲と言うべきか。見上げたものだと思いますが、奴等のせいで愛しい婚約者にまで本気で逃げられ始めましたので、いい加減私も堪忍袋の緒がぷっつんと切れましてね。慈悲も何もなく、罪を罰で返す所存です」

「そうか、そうか……。リーフロフトも馬鹿なことをしたものよ……」

「アレク、移水鏡(うつしみかがみ)は既に用意させております。向こうにも風雲石で王女との婚姻の件に関しての会談ということで報せておりますから、要人ばかりがいる部屋に着くことでしょう」

「ありがとうございます、妃陛下」


 王妃陛下が仰った風雲石というのは、遠い地にいる相手へと声を風に乗せて届けることが可能な、加工済みのもの。

 各国でしか採れない特別石は加工すれば日々の生活に利用することができるが、襲撃者が所持していたような原石状態では石の力が強すぎて、人を傷つけてしまうのだ。


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