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Count on me  作者: 泡沫
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中編

 私が通う、玉響(たまゆら)高校は、1年3学期制で年に5回クラス分けがある。 年度の始め、1学期中間考査後、1学期期末考査後、2学期中間考査後、2学期期末考査後の5回だ。

 A組からE組まで、36人×5クラスあり、考査ごと成績順で割り振られる。

 さらに、席替えも同じタイミングで行われ、成績の高い順に後ろの席から割り振られる。

 つまり、成績がクラスと席を見た瞬間にわかるということである。


 私は入学直後に1年A組に配属され、何も考えることなく座席に座った。

 代表の言葉を任せられなかったから、主席ではないことはわかっていたので、入学式ではそれに興味があった。

 そして気づいた、自分の右隣に座っていた男が首席だったのだと。彼の名前は里見というらしい。


 中学時代、部活と勉強に打ち込んだつもりで、どちらもそれなりにはなったが、私は運動よりも、勉強の方が得意だと内心では思っていた。だからこそ、高校では勉強に打ち込み、誰にも負けないようになろうと、決めた。そして、右隣の男をすぐに敵認定した。


 入学式の次の日のオリエンテーションで、クラスと席順の意味を知った。

 私は入試では次席だったらしい。

 そう知ってから、首席(ヤツ)への敵意は高まるばかりだった。


 A組の授業は、予習を前提としたもので、確認や応用を問われることが多かった。

 予習の多さに、最初こそ天手古舞(てんてこまい)だったものの、慣れてくれば、自主勉強の時間も取れるようになって、これならばと、中間考査への自信もつけていた。


 そして迎えたはじめての中間考査で、私は次席だった。

 隣はまたしても里見(ヤツ)だった。

 私は睨んでいることがバレないように覗き見ると、里見は興味もないように、つまんなそうな顔してぼーっとしてたのだった。


 私は苛立った。

 私が喉から手が出るほど欲しいと思っているものを手にして、喜ばないどころか、興味もない、とは何事だと。ホッとした様子も見せない。

 まるで、当たり前かのようにそこに君臨する奴が憎たらしかった。

 少しでも、あの顔を歪ませたい、負かしたい。

 私を脅威とも思っていない奴がどうにも許せなかった。奴の目に自分は映っていないのだ。



 「里見さん、ちょっといい?」

 敵意を隠すためにか、無意識に彼に"さん"付けをして、教室から連れ出した。


 周りが騒がしかったけれど、今は気にしている場合じゃないと、人気のないところを探して、どうにか静かなところを見つけたところで、話を始めた。


 「…こんなところに連れてきてどういうつもり?俺も暇じゃないんだけど。」


 いつも休み時間は寝てるか遊んでるくせに何を言ってるのかと思ったけれど、否定することもないと無視して話を進める。


 「それは申し訳ないと思ってる。けど、こういうことを大衆の面前で言うのも変だと思って。」


 「雨宮委員長、あんたとそんなに話したことないよな?」


 学級委員をやっているからか、委員長呼びされることが多いが、学級委員は委員長ではない。

 そんなツッコミはしまいつつも、里見の疑問に答えた。


 「そうだな。必要事項以外はあんたじゃなくても、そんなに話したりはしていないよ。」


 休み時間は勉強とそれこそ学級委員の仕事で忙しい。

 まあ、席が近い人とか、話しかけてくる子とかとは話すけれど、学校外で会うとかそういうプライベートな話はしたことがない。


 「……そういうタイプには見えなかったけど。」


 「どういうタイプを指しているのかが定かではないけど、ちょっと虫の居所が悪いんだ。」


 鬱陶しそうな目をして意味の分からないことを言い出すから、私の機嫌は若干悪化した。

 拳を握って、この怒りを鎮めるために指をポキポキ鳴らすと、今度は怪訝な顔をした。

 ずっと、能面みたいな顔してどうでもよさそうに生きてるのかと思いきや、意外と百面相が趣味らしい。


 「……は? 何言ってんの? 委員長じゃ俺をどうこうできないだろ。」


 そう言われて、なんとなく気づいた。

 そうか、人気のないところで指をポキポキ、つまり、私闘が始まると思ったんだな。

 まぁ、格闘技とかの経験はないし、力でも…鍛えてはいるけど、パワーのみでいったら勝てないかも。


 というか、私はそんな暴力振るう奴だとと思われてるのか?


 「…いや別に、どうもしないが、見下されるのは腹が立つ。前置きが長くなった、本題に入ろう。」


 もう、さっさと終わらせるに尽きる。

 その変な偏見はもう諦めるけど。


 「次の期末考査で私と、勝負してくれないか。」


 「は?」


 なぜそんなに呆気に取られた顔をするのか。


 とはいえ、勝負をふっかけた理由を知る権利もあるだろうと思い直して、私は説明することにした。


 「私は高校では勉強で主席を取ると目標を決めていた。だから、現在首席にいるお前は私の敵なんだ。なのに、お前はその順位に執着もせず、当たり前に思ってる。」


 「だったらなんだ。そんなに欲しいなら首席なんて別に。」


 「正直、そんな気はしてた。お前は私を脅威とも思ってないし、首席であったことにホッともしてない。…お前は、なんか、どうでもいいって顔してる。」


 「……」


 「それで宣戦布告させてもらった。」


 私が今、どんな顔してるかは分からない。

 けど、心は確かにスッキリした。


 「よろしく頼むよ。」


 私はそう言って、教室に戻ろうとした。


 「待て。」


 「なにか?」


 「委員長の宣戦布告受けて、俺になんのメリットがあるの?」


 「……確かに、失念してました。」


 「ん…金銭関係は、お小遣いを親からもらっている身としてはNGですし、」


 難しいな、勝負を吹っかけた以上、確かに報酬は必要だ。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、里見が言った。


 「委員長が1日俺の奴隷にでもなってくれるの?」


 それが彼の望みなのだろうか、分からないけれど、相手が提案したものに乗るほかない。


 「いいよ。」


 私は即答した。


 「へ?」


 「まあ、1日っていうのは確かに無理があるし、お金関連NGで法に触れず、学校生活とか他の人に迷惑かけないのなら、『勝った方のお願いをきく』でいいよ。1日を1個にする代わりに、科目ごとの勝負にすれば、全部勝てば10個くらい?ちょうどいいんじゃないか。」


 丸ごと要求を飲むのは癪だし、なにより、1日中というとハードルが上がって実行性が下がりそうだという懸念があった。


 「本気で?」


 自分で提案したにも関わらず、里見は目を見開いて驚いていた。


 「メリットがないって言ったのあなたでしょ?これでは不十分?」


 「いや、十分だ。というか、本当に意味わかっていってる?」


 里見は私の問いかけにワンテンポ遅れて返事をした。


 「当然。」


 なぜ、そんなに心配そうな顔をするんだ?


 「俺が極悪人だったらどうするつもり?」


 「…別に、犯罪はナシって言ってんだから。あと金銭関係なしだから、カツアゲもできないし。」


 「いや、それはそうだけど。…いや、もう何を言っても無駄だな。」


 話が通じないのはそっちの方じゃないか。

 懸念事項があるなら、明確に指摘すべきでしょう。

 

 「心配なら書面にするけど。」


 「もう好きにしてくれ。俺は教室に戻る。」


 投げやりにそう言い逃げた。




 「皐月さまっ!」


 里見と話がついたので、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、先の方から私の名前を叫んで近づいてくる人がいた。


 「白川さん、髪切ったの?とても似合ってるよ。」


 挨拶がわりの世間話をすると、彼女は顔面を両手で押さえてのけぞった。


 「くぅぅぅ♡皐月さまにそう言っていただけるとっ!末代まで語り継ぎます!」


 「相変わらず、大袈裟だな、本当のこと言ってるだけなのに。」


 彼女は、クラスメイトで、入学してからよく話しかけてくれるので、ありがたい存在だ。


 (ウッ、流石…玉響(たまゆら)貴公子(きこうし)。破壊力半端ない……じゃなかった。)

 「皐月さま、あの!先ほど、里見くんを連れ出したってほんとですか?」


 前のめりに彼女は詰め寄ってきた。


 「ああ、本当だよ。」


 その勢いに押されつつ答えると、彼女は泣き崩れた。


 「うぅぅ、皐月様まで、あの…、というか、その笑顔って…。」


 「ああ、言いたいこと言えて、スッキリした。」


 「え、まさか、振られ…」


 今度はよろけてあとずさった。

 リアクションがいつもオーバーで感情豊か、初めて会った時はなにかしてしまったのかと思ったが、いつもこうなので、そのうち慣れてしまった。


 「ふられ? なにを言っているの?」


 「なにって、皐月さま、里見くんとどんなお話を?」


 少し立ち直ったらしい彼女に聞かれて、


 「いや、考査で負けてイライラしていたので、サンドバックになってもらった。」


 勝負のことをここで言うのもなんか憚られたので、里見にぶちまけてスッキリしたと端的に伝えた。


 「え、それだけ?」


 「それだけ、ではないけど。考査の話だよ。」


 「ふぅぅぅぅぅぅ。そういうことでしたか。はぁぁぁ。びっくりしました。よかったです。(私たちの)皐月さまがついに…と思ったらいてもたってもいられず。」


 彼女は肺に溜まっている空気を全て吐き出すように息を吐いてからそう言った。


 「ついにってなに?」


 「いえ、気にしないでください。どうか、そのままの皐月さまでいてください。」


 「あ、うん。わかった?」


 彼女のいうことは稀によくわからないけれど、それも彼女の魅力だと思う。


 「では、お忙しいところ失礼しました!」


 白川さんは走って去っていった。



 翌日には某文書作成ソフトで書面を作成し、印刷したものを里見に突きつけた。


 「途中でシステム思い立って、それを加えたのがこっちで、最初のままなのがそっち。好きな方でいいから名前書いて。」


 賭けの勝敗が決してすぐに要望が決まらない可能性を考慮して、互いに色のついたコピー用紙をチケットとしてもっていて、負けたらそれに署名して相手に渡し、そのチケットの枚数だけ相手の要望を聞くというルールを付け加えた改案も用意した。

 当然ながら、改案は勝手につくったので、元の案も並べて出して好きな方に決めてもらうつもりで持ってきた。


 「……本気で作ったのか。」


 「…空気読めてなかったか?」


 私は不安になって聞くと、


 「いや、別に。面白いからいい。…署名すりゃいんだな?改のほうでいい。」


 里見は気にしていないように答えて、筆箱からボールペンを取り出して、名前を書き始めた。


 「ああ、あと日付も。家でスキャンしてpdfにしたらそっちにも送るよ。…ああ、でも連絡先わからないか。…Airdropでいいか?」


 「徹底してるな。」

 (そこで連絡先を交換しようとはならないのか。)


 里見は日付を確認して書き入れてから興味深いのか文面を眺めていた。


 「よく、面倒だと言われるんだが。勝負事はきっちりしたい性分でね、それに、後々トラブルが少ないだろう?」


 周囲にあまり理解されにくい行動原理を自嘲気味に言った。

 

 「それは長所だろ。こういうのは俺に向かない。」


 意外にも好意的に返されたので、一瞬ポカンとしてしまったが、段々と胸の奥がむずむずしてきて、じっとしてられない気がしてくる。


 「なんだ?」


 私があまりにも返事しないことを不思議に思ったのか、里見がこっちに顔を向けた。


 「いや、その…そういう返しは新鮮で、どうしていいのか、ちょっと混乱してる。」


 「ふぅん。」


 なにか含みをもたせた返事に馬鹿にされたような気がして、尋ねると大笑いされた。

 大笑いした理由も教えてくれず、里見を変な奴認定したのはこの瞬間だった。

 

「後編」は本日23時に更新予定。


【裏話】

このシリーズの他の作品を読んでくださっている方は疑問に思っているかもしれませんが、入学当時、白川ゆりはA組(学力最上位クラス)でした。クラス内でも上の下くらいのポジションです。1年の間はずっとA組にいましたが、2年の最初のテストでC組に移動しました。白川ゆりは幼馴染にしてサッカー少年の芦屋大地の勉強をずっと見ています。彼がこの高校に合格したのも入学時からC組にいるのも9割方彼女のお蔭です。白川ゆりは芦屋大地の家庭教師をしながら1年の間A組上位をキープしていたわけですが、2年次の文理選択で白川は理系を、芦屋は文系を選択。白川は芦屋の家庭教師のために毎回のテストで理系範囲と文系範囲の両方を勉強していくことになり、A組をキープすることが難しくなってしまいました。白川は雨宮のことが大好きなので、A組に居たかったのですが、既に認知されている状況でもあったことから、A組残留を諦め、A組ではないならということで、B組くらいの実力はあるがテストで点数をわざと下げて、芦屋と同じC組に籍を置いています。(※当然ながらA組は授業の進捗も課題の量も半端じゃなく、B組もA組ほどではないけれども課題は多い。したがって、課題の量を抑えるという意味も込めてC組にしたんだと思います。)実は勉強に関して最もポテンシャルが高いのは白川ではないかという疑惑はあります。…が、雨宮と里見には本気出しても敵わないかもしれません。そこら辺は謎が多い。

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