夢の始まり
平成21年(2009年)7月27日(月曜日)、私、周愛玲は朝一番の『成田エクスプレス』に乗って、『成田国際空港』へ向かった。荷物が沢山あったので、琳美が大学の授業を休み、『成田国際空港』まで、見送りに来てくれた。有難かった。私は彼女に礼を言った。
「琳ちゃん見送り、有難う。じゃあ行って来るね」
「愛ちゃん。お祖母ちゃんたちによろしくね」
「うん」
「早く帰って来てよね」
「うん。それじゃあ、さょうなら」
出国ゲートで、別れる時、琳美が泣きそうな顔をしたから、私も泣きそうになった。でも琳美と別れ、出国審査窓口に行って、出国スタンプをパスポートに押してもらうと、気分はもう、中国のことでいっぱいだった。私は免税店で御菓子などを買ってから搭乗ゲートへ行き、JAL797便の搭乗を待った。搭乗口近くの椅子に座っていると、『スマイル・ジャパン』の倉田社長からメールが入った。
*オハヨー。
成田に着きましたか?
気を付けて行ってらっしゃい。
首を長くして、帰るのを待っています*
私は、倉田社長の気遣いの繊細さに感心し、返信メールを送った。
*メール、有難う御座います。
今、搭乗口で待っているところです。
いよいよ出発です。
頑張って行って来ますね。
店の準備が終わったら直ぐに帰ります。
元気で私の帰りを待ってて下さいね*
兎に角、私は『スマイル・ジャパン』の倉田社長の意向を受けて、会社費用で中国に出張するのであるから、中国に行って、出店手続きをきちんと完了させなければならなかった。私は、その責任を充分に感じながら、JAL797便に搭乗した。機内はほとんどの席が埋まっていた。私は席に座るや、ヘッドフォンをつけて、日本の歌を聞きながらまどろんだ。搭乗機は定刻に『成田国際空港』を飛び立ち、広がる青空の中を『大連国際空港』に向かって飛行した。飛行する事、3時間。韓国の上空を飛行し、11時50分、搭乗機は『大連国際空港』に到着した。何時ものように赫有林と葉樹林が、私の両親と一緒に、『大連国際空港』に、車で迎えに来てくれていた。私は沢山の荷物を有林たちに任せ、両親と共に互いが元気であることを確かめ合いながらマイクロバスに乗った。『大連国際空港』から高速道路を猛スピードで走り、営口市の外れにある実家に、明るいうちに到着した。マイクロバスから私が降りると、春麗姉夫婦が、ヨチヨチ歩きの麗琴と一緒に、私を出迎えてくれた。祖母の関玉梅や楊優婷も夕刻にやって来て、私の歓迎会となった。母や姉たちが、あらかじめ用意してくれていた中国料理は、懐かしく、とても美味しかった。祖母の玉梅たちにとって、私は日本の会社で働いている自慢の孫のようだった。彼女は、食事をしながら私の事を褒めた。
「入社して数ヶ月で、服飾の仕事を任され、賞与までいただき、その上、会社の費用で飛行機代を払ってもらい、営口に出張して来るなんて、愛は立派になったね」
私は玉梅祖母に褒められ、気恥ずかしかった。
「小さな会社だから、1人1人が懸命になって働かないとやって行けないの」
「でも入社して数ヶ月の愛に、新しい服飾の仕事を任せるなんて、太っ腹の社長さんだね」
「そうなの。背が低くとても肥っている布袋和尚みたいな社長よ」
私の言葉に一同が笑った。倉田社長を一度も見た事の無い皆は、それぞれ勝手に、倉田社長の事を想像しているみたいだった。今年の1月に会ったばかりの姪の麗琴は、私を見て、時々、嬉しそうに笑った。春麗姉の夫、高安偉も、もう完全に家族の一員になっていた。そんな雰囲気の中で、私はアパレル事業の事について切り出したかったが、切り出せなかった。誰かが切り出してくれれば、助かるのだが、こんな時、誰も百貨店での失敗を口にしたくなかったみたいだった。皆、私が日本の会社に就職して、活躍していることに感心を持っていて、話題は日本に関する質問ばかりで終始した。私は夜の8時を見計らい、芳美姉から預かって来た荷物や土産物を皆に渡した。それを受け取り、皆、喜んだ。8時半過ぎになると祖母や春麗姉たちが、葉樹林の車で、それぞれの家に帰って行った。私は、また明日から会うのを楽しみに皆を見送り、両親と3人、ホッとして、お茶を飲んだ。それから2階にある私の部屋のベランダに立ち、日本にいる人たちのことを想った。何故か工藤正雄の事が思い浮かんで来た。
〇
翌日、私は母、紅梅の実家に春麗姉や母と一緒に出掛けた。私たちが訪問すると昨日会った祖母の関玉梅と叔父の葉基明、伯母の羅雪姫たちが、樹林と一緒に歓迎してくれた。私は昨日、樹林にマイクロバスで持ち帰ってもらった芳美姉からの荷物を、リストを見ながら説明し、芳美姉と琳美からの葉家への手紙を基明叔父に手渡した。芳美姉の手紙を読んだ後、雪姫伯母が琳美の手紙を一同に読んで聞かせ、皆、喜びの涙を流した。私は、その琳美の事を皆から訊かれ、彼女が優秀であることと、あんなに子供子供していた彼女が、今や大学一年生になり、とても大きく成長し、芳美姉に似て背が高く、綺麗になったと説明した。その説明に、生まれて間もない琳美を中国に引き取り、5歳まで育てた葉家の者たちは、皆、彼女の事を想像し、喜びの笑顔を見せた。今年の1月に会ったばかりだというのに、大学生になった琳美の事を想像し、身内なので可愛くて仕方ないのだ。琳美の話が終わると、雪姫伯母が祖母の玉梅から聞いているでしょうに、私の今回の帰国についての質問をした。
「営口で服飾の仕事を始めるのですってね」
「はい。日本の高級婦人服を販売します」
「高い値段なんでしょうね」
「伯母様には安くしておきますよ」
「当たり前よ。散々、面倒を見て来たのだから」
雪姫伯母は、しっかり者だった。聞きたい事を次から次へと喋った。それに較べ、主人の基明叔父は、樹林と一緒に黙って、皆の話を聞いていた。そんなところへ、突然、徐凌芳が現れたので、私はびっくりした。
「愛ちゃん。お久しぶり」
「わあ、凌ちゃん、懐かしい」
私は牛庄村の幼馴染の凌芳と再会し、感動した。彼女は以前に会った時より、少し肥った感じだったが、その笑顔は、相変わらず、明るかった。聞くまでもないことだが、私は凌芳に訊いた。
「私に会いに来てくれたのね?」
「そうよ。樹林から村に来るって聞いていたから。愛ちゃん、益々、綺麗になったわね」
「お世辞は止めてよ。それより私、今度、お姉さんと一緒に、営口に服装店を開くことを計画しているの。開店したらよろしくね」
「すごいわね。開店したら、私、その店で働かせてもらいたいわ」
「駄目よ。販売が軌道に乗って儲かってからの話よ」
そんな私と凌芳の会話に、春麗姉が割り込んで来た。
「凌ちゃん。店主は私だからね」
春麗姉は得意気な顔をして言った。言われてみれば、店主になるのは、中国にいる春麗姉だった。私は今度、開店を計画しているアパレル店『微笑服飾』の仕入れ先『スマイル・ジャパン』のアパレル関係の一担当者に過ぎなかった。でも個人的には『微笑服飾』の出資者でもあった。私は春麗姉たちが持ち逃げされた資金の穴埋めと、斉田医師から借りた百万円で、アパレル店の開店を支援することにしていた。私たちがアパレル店のことばかり話していると、母、紅梅たちと酒を飲み始めて、少し酔いの回った叔父の葉基明が、口を出し始めた。
「愛ちゃんが、凌ちゃんの友達だとは、全く気付かなかったよ。考えてみれば愛ちゃんも、この村出身だもんな」
「そうよ。農場小学校、農場中学と、凌ちゃんと、ずっと一緒だったのよ」
「その愛ちゃんの友達が、今度は愛ちゃんと親戚になることになったんだから嬉しいよな」
「えっ。それって、どういうこと?」
「凌ちゃんに、樹林のお嫁さんになってもらうんだ」
「ええっ!それって本当?」
私の問いに、一同が頷いた。予想はしていたが突然の知らせだった。
「凌ちゃん。おめでとう」
私は彼女の両手を取って祝福した。樹林を見ると、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。叔父の基明は更に余分な事を言った。
「有林の奴。まだ愛ちゃんのことが、諦め切れんらしいぞ。困った奴じゃ」
基明がぼやき出すのを、雪姫伯母が止めた。私たちはそれを機会に、葉家から辞去した。
〇
3日目、私は午前中から倉田社長と企画した出店内容について、母、紅梅と姉、春麗に説明し、2人と意見を交わし合った。店名を『微笑服飾』とすることと、メイン商品を『タロット』のプリーツにすることについて、2人は素直に同意してくれた。私は倉田社長がまとめてくれた基本方針の文書に従い、経営企画内容、営業方針、集客技術など、細々と説明したが、母と姉に内容を理解してもらうのは難しかった。それから店舗のイメージについての説明も行った。それは、あの『タロット』の松岡社長の店舗デザイン及び室内装飾の換骨奪胎だった。つまり他社の作品を少し変えて実行する私の考えだった。この案に対し、2人は黒と白の統一では余りにも暗すぎると言って反対した。
「まるで葬式色じゃあないの」
「これが日本の高級感なの」
私はプリーツメーカー『タロット』のカタログを見せて、2人をを強引に納得させた。2人は私が出店費用の半分を出資するからと発言していたので、私の考えに従った。また私が日本から持参したノートパソコンを使っての画面で店舗装飾の説明を行ったので、母も姉も、店舗についてのイメージは出来上がったみたいだった。昼食は父、志良が準備してくれた料理をいただいた。野菜と豚肉の炒めだが、父は料理がとても上手だった。私たちは競い合うようにして父の料理を頬張った。その後は、父が冷やしておいてくれたスイカを割って食べた。私は一番、大きな切り身を皿に乗せ、砂糖をかけていただいた。満腹になったところで、私たちは営口市内に出て、店舗探しを開始した。姪の麗琴の面倒は高安偉の母、朱華英が見てくれた。春麗姉たちが当初に計画していた百貨店は、メイン通りに近い所にあったが、まだ基礎工事段階で、完成するのが、何時になるか分からない状態だった。そんなのを当てにしていたら、チャンスを逃してしまうと思った。私たちは崑崙大街、遼東湾大街、鴻港大道を歩き、不動産屋を訪ねたり、空いている店舗の持ち主に直接、会ったりした。見学させてもらった、どの店舗も長所もあれば短所もあり、中々、決め難かった。既存の百貨店にも当たってみることにしたが、気に入った場所が無かった。私たちがヘトヘトになり、家に帰ると、父たちが夕食の準備をして待ってくれていた。祖母の玉梅は、朱華英と可愛い麗琴の面倒を見ながら料理を手伝っていた。開口一番、祖母は私たちに訊いた。
「良い場所、見つかったかい」
「それが、今一つ、決め手が足りないの。家賃が高かったり、人通りが少なかったり、建物が貧弱だったり」
「焦ることは無いよ。いざという時は占い師に選んでもらうんだね」
そんなところへ高安偉も銀行の仕事を終えて現われ、家の中が賑やかになった。家族中がアパレルの店舗探しの事で頭がいっぱいだった。高安偉は、冷静だった。
「皆さん。焦ってはなりません。落ち着きましょう。落ち着いて、ゆっくり探すことが大事です」
そう言われ、私たちの、焦っている気持ちはほぐれた。我が家の店舗開設の為に特別融資をしているのに、決して慌てない姉の夫、高安偉の一言一言が、私たちの心に沁み込んだ。賑やかな夕食が終わると高安偉の母、朱華英と姉たちは自宅へと帰って行った。祖母の玉梅は遅いので、我が家に泊り、母とヒソヒソ話を始めた。私は2階の部屋に上がり、今日、見学した店舗の記録を整理した。その作業をしながら、ふと倉田社長の事が頭に浮かんだ。私は取敢えず、倉田社長にメールを送った。
*こんばんわ。
電波が時々、悪くなるので、中々、思うように
送信が出来ません。
こちらは東京より涼しいです。
昨日の夜、火鍋を食べました。
ほとんどお父さんとお母さんの手作り料理です。
肥って帰って行くかも。
店舗探しをしましたが、中々、
良い場所がないので、
明日、デパートなどに訪問してみます。
頑張ります。
そちらの状況はどうですか?*
しかし、倉田社長からは、何の返信も無かった。会社は、どうなっているのかしら。倉田社長はタイ、インドネシア、韓国との商談が重なり、パニック状態になっているのかも。それとも私がいないのを良い事に浩子夫人と旅行にでも出かけているのでしょうか。あるいは『スマイル・ワークス』の仲間と、山小屋にでも行っているのかしら。もしかして、あの女、あるいは他の女と何処かへ。でも遠く離れた異国にいては、彼の行動を調べようが無かった。私から解放され、自由奔放に遊んでいる倉田社長のことを想像すると,熱っぽいものが、下腹部から湧き上がって来て仕方なかった。
〇
私が営口市内でのアパレル店計画で、東奔西走している間、赫有林は一度も私の前に顔を見せなかった。農場の仕事が忙しいのは分かるが、その理由だけでは無さそうだった。私が有林のことを口にすると、春麗姉が、それとなくほのめかした。
「有林は年上の女と付き合っていて、営口に来る時間が無いのよ」
「でも空港に迎えに来てくれたじゃあない」
「樹林から頼まれたからよ。本当は嫌だったんじゃあないかしら」
春麗姉は、有林が年上の女と付き合っていることを私に話した。この間、叔父の基明が言っていた有林と、姉の言っている有林は違っていた。私は別段、驚かなかったが、どんな相手なのか知りたかった。私のいない間に恋人が出来ることは不思議な事では無かった。春麗姉は私を見詰めて言った。
「いずれ分かる事だから相手の事を話しておくわね」
「私の知っている人かしら?」
「紫蘭よ」
「紫蘭?」
「そう。私の友達。私の結婚式の時、司会してくれた紫蘭よ」
「ああ、紫蘭さん」
私は春麗姉の結婚式の日のことを思い出した。営口の『金海大飯店』の結婚式の大舞台で、堂々と司会をした、あの金紫蘭が、有林の恋人とは、ちょっと信じ難かった。
「紫蘭は年下の有林を、ずっと狙っていたみたいよ。彼女、強引だから、真面目な有林には良いんじゃあない」
「そうかしら」
「愛には日本に恋人が出来たと聞いているけど、どんな人?」
私は春麗姉の質問に唖然とした。私に恋人が出来たと、誰が言ったのか。芳美姉か琳美か、それとも蘭々か?私は日本にいる恋人の事を姉に追求され、胸が高鳴った。
「そんな人、いないわ。私に恋人が出来たって、誰が言ったのよ」
「決まっているじゃあない。芳美姉さんよ。大学時代の友達だって」
「ああ、彼のこと。彼とは就職してから余り会っていないわ。お互いに仕事優先だから」
私は姉にそう言われて、工藤正雄のことを思い浮かべた。彼は今頃、何をしているのかしら。5月の連休明けに会ったっきり、正雄とは会っていなかった。あの日、私たちは『花園神社』の薄暗い境内でキッスをしてから、近くのラブホテル『ファンタジー』に入り、愛を確かめ合って以来、それっきりだった。彼は私との結婚を前提に、私と付き合っているに違いなかった。なのに私は斉田医師と不倫を重ね、斉田医師と、いずれ結婚しようと考えていた。その上、お人好しの倉田社長との関係を持つなど、不道徳慣れしていて、人間としての誠実さが欠如しているように思われた。そんな日本での自分の日々を回顧し、私は日本で生きて来た自分の姿に、おぞましさを覚えた。このままで良いのか。物思いに沈む私に春麗は笑って言った。
「そうよね。先ずは『微笑服飾』を立上げ、お互いに安定したゆとりある生活をすることが先だものね」
「そうそう。早く店舗を探さないと」
私たちは世間話をしながら、店舗探しに奔走した。その中で気に入った店舗が幾つかあったが、決めかねた。崑崙大街の一つの店は、大きさ家賃とも合格だったが、店の前に大樹があり、祖母の玉梅が、占い師に鑑定してもらうと凶が出たので止めた。百貨店での出店は書類手続きが多く、許可が出るまで時間が半年以上もかかるので、諦めた。そして、やっと辿り着いたのは、現在、紳士服店がある、その隣りの陶器屋が半月後、賃貸を解約するので、その後を借りないかという話だった。メイン通りから少し入った繁華街で、立地条件は良かった。祖母が占い師に鑑定してもらうと、吉が出たので、私たちの腹は決まった。私は日本から持参した50万円を春麗姉に渡し、契約金の一部に使ってもらうことにした。
〇
中国に訪問して1週間後、私は母、紅梅と、春麗姉、それに義兄、高安偉と一緒にアパレル店を開設する為の賃貸契約に出かけた。現在、陶器屋に店を貸している家主は、大通りの家電販売店の主人で、六十歳過ぎの肥った白髪の老人だった。彼は高安偉が『中国工商銀行』の名刺を出すと直ぐに契約を結んでくれた。その賃貸する場所は営口のメイン通りでは無いが、集客が期待出来る浜海大街の繁華街だった。店舗は紳士服店の隣りで、理想的かどうか分からなかったが、家賃が予算通りなので、そこに決定した。その店の場所を決めるや、私たちは内装業者を呼んで、室内の内装は勿論のこと、看板手配のことなどの打合せをした。また、テーブル、鏡、照明、更衣室、ハンガー、備品などの手配をすることにした。義兄の高安偉は営口市工商行政管理局の知人に依頼し、『微笑服飾』の営業許可の申請届を提出した。許可が下りるまでに10日間ほどかかるので、それまで私に中国に滞在していて欲しいと春麗姉に頼まれたが、そういう訳には行かなかった。私は残っている仕事に取り組んだ。販売が始まった時の事を想定し、売上表を準備し、仕入価と販売価と利益を記入するよう春麗姉に教えた。商品を売った場合の包装紙や包装袋の手配もした。大物を入れる包装袋には黒地の布袋に英文で『SMILE』と白字でプリントし、その下に小文字で『MADE IN JAPAN』を入れた。商品に取付けるタグは、プリーツメーカーのタグの上に、『スマイル・ジャパン』の商標を貼ることにした。この商標については、倉田社長が既に商標登録していて国際的商標になっていた。私は、これらの手続きを終わらせると、ちょっとやりづらい仕事をしなければならなかった。それは服装店での服務規程の説明だった。私は『微笑服飾』で高級婦人服を販売することになる母と姉に、中国語でプリントした服務規程を渡し、主に次の事に留意するよう伝えた。
1,出勤時間を厳守すること。
2,出勤したら直ぐに店内の清掃をすること。
3,販売員はメイン商品のプリーツを着て
販売すること。
4,食事は店内に持ち込まず、
店外で済ませること。
5,顧客には何時も微笑を忘れぬこと。
私が以上の5項目の要旨を説明すると、2人とも溜息をついた。
「随分と厳しいわね」
「これが日本流なの。お客様は神様なの」
「へえっ、そういうものかねえ」
「そうよ。一度、日本に来ると良いわ。日本の良いところが分かるから」
私は日本のコンビニエンスストアのアルバイトで教えて貰った接客について、2人に話した。
「店頭に立つ人間は、店の看板です。お尻を向けたままで、いらっしゃいませを言ったり、黙ったりしていたのでは、販売員失格です。やって来たお客様に深く頭を下げ、笑顔で迎えましょう。それからお客様が何を求めているか目を配りましょう。買っていただいたら、有難う御座いましたと礼を言いましょう」
「面倒だわね。私たちに出来るかしら」
「やって貰わなければ困ります。売ってやるで無く、買ってもらう気持ちにならないと」
「それじゃあ、大道売りじゃあないの」
「それで良いの。店を覗きにやって来たお客様の自宅のクローゼットの中を想像し、彼女にどんな服が必要であり、どんな服が似合うか判断するの。また、この製品は日本製であるから高級品であると言うような、押し付けの説明は駄目。商品の素材の良さ、デザインの魅力、着心地の良さなどをお客に説明し、それが日本製であると気付かせるの。そしてお客様にぴったりの服をお勧めするの。何を着ても、お似合いですと言うのは止めて。兎に角、お客様が喜び、仕合せな気持ちになるような服を選んであげるの。そのようにして上げれば、お客様は何度も来店してくれるわ」
私は日本のコンビニエンスストアで学んだことや、日本の百貨店で受けた接客の神髄は、中国でも通用する筈であると信じていた。私の熱気ある説明に、母と姉は目をパチクリさせた。こうして私の中国出張の目的は、ほぼ完了した。後は『微笑服飾』に並べる婦人服を日本に戻って手配するだけとなった。
〇
アパレル店の仕事が一段落したところで、葉樹林が赫有林を食事に誘い出してくれた。樹林のベンツに乗り、有林と徐凌芳が営口市内にやって来た。私たちは以前に入った事のある営口市内のレストラン『海風』で飲茶を楽しみながら会話することにした。お喋りの凌芳が席に座るや、口火を切った。
「ところで愛ちゃん。服装店の場所、見つかったの?」
「うん。海浜大街に出店場所を見つけたわ。半月後にオープンする予定よ」
「それまで営口にいるの?」
「そんな余裕無いわ。のんびりしてられないの。日本に直ぐにでも戻らないといけないの。店内に並べる婦人服やアクセサリーなどを日本に戻って手配し、こちらに送らないといけないの。商品が並ばない事には、店をオープン出来ないから」
私は日曜日に帰国することを3人に伝えた。そして樹林と有林に、当日、何時ものようにマイクロバスで『大連国際空港』まで送ってもらうよう、依頼した。すると樹林が笑顔で答えた。
「紅梅叔母さんに頼まれて、既にその約束をしているから、問題ないよ。安心しな。なあ、有林」
「うん。初めから、そのつもりでいるから、心配しないで良いよ」
「有難う」
私が有林に礼を言うと、凌芳が余分な事を言い出した。私の有林への気持ちを確かめる為のようだった。
「こんなに有林が優しくしてくれるのに、日本が、そんなに良いの」
凌芳の問いかけに私は、一瞬、慌てたが、冷静を装った。有林が春麗姉の友人、金紫蘭と付き合い始めていることを私は知っていたので、ここで自分の態度を明確にしておくべきだと判断した。
「日本の大学を卒業し、苦労して日本の会社に就職したのに、また中国に戻って暮らすなんて、私には出来ないわ」
「日本に恋人が出来たって本当なの?」
「そんな人、いないわ。でもこれから出来るかも」
私は笑って誤魔化した。すると今まで大人しく話を聞いていた有林が、突然、私に日本の男に関する意見を口にした。
「俺は日本に行ったことが無いので、その良さを理解することが出来ないが、日本は堕落した個人主義が優先する悪の巣窟だと聞いている。日本の清純派女優が、覚醒剤を吸引し、今や毒婦になっているというニュースが中国でも流れている。原因は彼女が付き合っている男から覚醒剤を勧められ、覚醒剤を常習するようにされてしまったからだという。日本には怪しい遊戯場所が沢山あり、不良の男たちが、うようよしていて危険だと聞く。日本が好きだと言う、愛ちゃんを、無理に引き止めはしないが、日本の男には気をつけろよ」
私は有林の話を聞いて、びっくりした。あの中国人にも人気の日本の清純派女優が、覚醒剤の常習犯だなどとは、信じられなかった。しかし、それは事実だった。このようなことは、私にも起こる可能性があった。事実、私も、アダルトビデオ女優のアルバイトをしていた時、そのような気配を感じ、逃亡したことがあった。私は有林の忠告を聞いて、自分たち日本で暮らす中国人は、このような事にならぬよう、特に注意せねばならない環境で生活しているのだと思った。悪魔の誘いは都会の狂騒の中の孤独者を狙っているに違いなかった。
「ご忠告、有難う。悪い男に掴まって地獄に落ちないよう気を付けるわ」
「男のことだけでは無い。歴史認識についても用心して欲しい。かって鄧小平は、日本に経済を学ぶが、歴史を忘れてはならない言った。日本人が中国で行った日中戦争の武力攻撃や民間人への暴力や犯罪は、戦争中のことだったからと言って許されるものではない。日本で暮らすのも良いが、中国で悪逆非道を行った鬼の子の群れの中で、自分が暮らしていることを忘れるな」
私は、現実を知らぬ有林の言葉に怒りを覚えたが、我慢した。私の身体の半分は既に日本人になりかけていた。有林たちと話していると、暗い気持ちになるので、私は樹林に後の予定があることを伝えた。
「これから芳美姉さんたちへの御土産をお母さんたちと買いに行くので、そろそろ、お別れするわ」
「じゃあ、送ろうか」
「歩いて行ける所だから大丈夫よ。時間を取れなくて御免ね。凌ちゃん、またね」
「愛ちゃん。また来るのを待ってるわ。再見」
凌芳は明るく笑った。私は凌芳と握手してから、有林に向かって言った。
「有林。明日、よろしくね」
「そうだったな。うん、また明日」
私は『海風』の精算を樹林に依頼し、彼らと別れて、実家へ向かった。有林に抱かれる積りでいたのに、寂しい一日になってしまった。
〇
8月9日(日曜日)午前8時半、赫有林と葉樹林が営口の家に、マイクロバスでやって来た。マイクロバスの後部座席には既に葉家からの芳美姉たちへの荷物などが積み込まれていた。私は両親と春麗と姪の麗琴と、そのマイクロバスに乗り、『大連国際空港』に向かった。何時もより、小人数なので、車内の会話は、それほど賑やかにはならなかった。空港に到着するや、私はチエックインカウンターに行き、荷物を預け、搭乗券を受取り、皆と別れを惜しんだ。姪の麗琴は幼いのに、何故か別れが分かっていて、私と離れるのが嫌だと泣き叫び、私もそれにつられて涙を流してしまった。その為、まだ搭乗時間に余裕があったので、出国せずに、空港内のレストランで一緒に過ごした。そして12時過ぎ、麗琴にトイレに行くからと嘘を言って、昼食をしている皆と別れ、私は出国ゲートを潜った。出国手続きを済ませ、JAL798便に乗ると、麗琴が泣いているのではないかと気になった。搭乗機は午後1時丁度、『大連国際空港』を飛び立った。これから遥か雲海の彼方の日本へと向かう。中国の陸地が遠ざかるにつれ、私は自分に確認した。自分は日本を本拠にして生きて行くのだと。私は機内食を済ませると満腹になり、ジエット機の飛行音と機内音楽を聴きながら深い眠りに落ちた。気が付けば午後4時過ぎ。もう日本上空。4時50分に『成田国際空港』に到着。搭乗機から降り、日本への入国手続きを済ませ、沢山の荷物を受け取り、帰国ゲートから出ると、琳美と桃園が私を出迎えに来てくれていた。私はそこで芳美姉や琳美への荷物を琳美と桃園に渡し、自分の荷物を持って、3人で新宿行きのリムジンバス乗り場へ行った。リムジンバスに乗り込むと、ほぼ満席だった。午後の夕陽がまだ眩しかった。私はリムジンバスの中で、2人にいろんなことを訊かれた。まずはアパレル店の計画のことを話し、その後、琳美が育った葉家の現況などを話した。成田から都内に近づくにつれ、あたりが薄暗くなり始め、やがて街灯やネオンなどがともり、次第に夜になって行くのが分かった。2時間程して、リムジンバスは新宿駅西口に到着した。時刻は夜の8時近かった。下車すると、ドッと汗が溢れ出た。日本の方が、中国より、4、5度、気温が高かった。私は琳美と桃園をバス停の先の『京王デパート』脇に待機させ、自分の荷物を先に部屋に運んで、部屋の鍵をかけて引き返し、3人して沢山の荷物を持って、芳美姉のマンションに行った。琳美が元気に玄関ドアを開けて、大きな声で帰宅を告げた。
「ただいま」
「愛ちゃん。お帰りなさい。お疲れ様」
芳美姉は大山社長と一緒に、私たちの食事を準備して待っていてくれた。若い私たちは食卓の上に並んでいる料理を競うように美味しくいただいた。私は、食べながら葉家のことや周家のことなどを芳美姉夫婦に話した。
〇
14日間の中国出張を終え、久しぶりに『スマイル・ジャパン』に出社すると、事務所の中が、とても綺麗になっていた。どうやら私がいない間、浩子夫人が来てくれていたらしい。私はお湯を沸かしながら、机に座って出張報告をパソコンに打ち込んだ。そんなところへ、この真夏の暑さなのに、倉田社長が背広姿で現れた。何時もきちっとしている人だ。私は彼を見るなり逸早く挨拶した。
「お早う御座います」
「おお、お帰り。元気そうだな。少し肥ったかな」
「ちょっとだけ」
私は、そう言って立ち上がり、倉田社長が背広を脱いでハンガーに掛けるのを手伝った。それからアイスコーヒーを準備し、テーブルに移動し、倉田社長と向き合って座り、中国の出張報告をした。今回の出張で、家族と一緒に出店まで漕ぎ着けようと努力したが、無理だったと話した。気に入った一つの店は、店の前に大樹があり不可。百貨店は書類手続きが多く困難。もう一つ気に入った店は、現在、陶器屋が借りている店舗で、今月末で出払うと言うので、家主と仮契約を済ませ、これから中国の家族が出店準備を始めることに決まったと報告した。幸い現在、隣りにある店が紳士服の店なので、集客も期待出来ると説明した。すると倉田社長は笑顔を見せて喜んだ。
「それは良かった。店が決まったなら、それで一歩前進。良かった。良かった」
「有難う御座います。出張させていただき良かったです」
私は倉田社長に感謝を言い、社長夫婦に買って来たシルクのパジャマなどの土産物を渡した。それから自分の机の上にたまっている伝票などを整理した。あっという間に午前中が過ぎた。昼食時となり、久しぶりに『シャトル』に顔を出すと。西崎マスターヤママや石川婦人たちが、優しくお帰りを言ってくれた。皆、心の温かな人たちばかりだった。有林の言う鬼の子など、何処にもいなかった。午後は中国へ出張した旅費精算を社内規程に従い作成した。仕度金、日当などを算入すると、実際経費よりも、沢山いただけるので、大丈夫なのか、倉田社長にチエックしてもらった。宿泊費は実家に宿泊したので、規定の半分だったが、休日も日当が出たので、私の計算と大差が無く、ほぼ問題なかった。お陰で土産代などの費用を充分に賄うことが出来た。その精算を終えて、私は会社の命令を受けて中国に行き、仕事を済ませ、海外出長の役目を果たしたことを確信した。夕刻、仕事が終わってから、私の中国出張の『御苦労さん会』だと言って、倉田社長がイタリアンレストラン『ユタ』で、私に御馳走してくれた。私たちは子羊のグリル、スパゲッティ、ピクルス、ピザ、シーザーサラダなどを食べながら、ビールを飲んだ。私は途中から赤ワインを飲み、仕事の夢を語った。私の希望に溢れた明るい笑顔を見て、倉田社長は喜んでくれた。そんな最中に倉田社長にメールが入った。彼は、そのメールを見て、返信したりを繰り返した。仕事の話なら直接、電話で話をすれば良いのに。多分、女からのメールに相違なかった。私は倉田社長に確認した。
「これから誰かと会うのですか?」
「いや、家に帰るだけだよ」
「なら、もう少し良いわね」
私の言葉に倉田社長は頷いた。私たちはほろ酔い気分で店を出た。満腹なので少し運動する為、鶯谷の『シャルム』へ行った。そして、互いの健康を、久しぶりに確かめ合った。
「ちょっと肥ったでしょう」
私が、そう訊ねると、彼は私の全身を細い指先でゆっくりと確認してから囁いた。
「肥ってはいないよ。丁度、良い。胸の膨らみや腰の丸みは、まるで白桃に触れるようで素晴らしい」
私は倉田社長の言葉にうっとりし、再会を喜び、再び訪れた互いの運命を確認し合った。彼は私の白いしなやかな肉体と妖しい瞳の輝きに酩酊し、私に深い愛を注ごうと激しく私の上で運動を繰り返した。しかし、彼が懸命に汗をかいて動いても、彼の太鼓腹はへこまなかった。私は40歳も年上の彼に愛され、仕合せだった。夢でも幻でも無い。これが私たちの現実だった。私たちは1時間程して『シャルム』を出て、山手線電車に乗って新宿に向かい、新宿駅改札口で別れた。彼は私の中国土産を手にして、小田急線電車に乗って、急いで家に帰って行った。
〇
夏休みの前日、『スマイルワークス』の人たちが出社して来て、狭い事務所に、加齢臭を発散させた。その上、彼らのほとんどが仕事をせず、昨日の地震や台風の話や山小屋へ行った時の話を喋り合った。更に中国へ出張した私への質問をして来るなどして、私は仕事にならず、頭痛に襲われた。それでも私は我慢した。倉田社長と『タロット』からの仕入れの打合せをしたかったが、それどころでは無かった。そんな午前中が終わり、『シャトル』に昼食に出かけた時、私が頭痛すると倉田社長に話すと、彼は私に早退するよう指示した。私は昼食を終えて事務所に戻ってから、皆に中国から持参したジャスミン茶を淹れて上げて、早退した。事務所の部屋から出て、マンションの1階に降りると、ホッとした。彼らは私の悪口を倉田社長に言っているのではないかなどと、想像しながら駅に向かい、電車に揺られ、新宿まで帰った。彼らと離れると、私の頭痛は解消された。私は、そこで大切な人に帰国報告をしていないことに気づいた。私は直ぐにその大切な人、斉田医師にメールを送った。
*連絡が遅れてごめんなさい。
中国から帰国しました。
今日は都合、良いですか?*
すると彼は待ってましたとばかり、返信して来た。
*お帰りなさい。
首を長くして待っていました。
何時もの時刻に会いましょう*
私は、その返信メールを受け取り、マンションに帰り、一休みした。5時過ぎにシャワーを浴びてから、水玉模様のワンピースに着替え、中国土産の鉄観音茶を持って、何時もの場所に向かった。彼は定刻にやって来た。私を久しぶりに見た彼は、とても嬉しそうな顔をした。焼肉店『吉林坊』で焼肉を食べながら、彼が言った。
「中国に行ったっきり、帰って来ないのかと思っていたよ」
「何故、そんなことを」
「君から半月以上も連絡が無かったからさ」
「私に100万円、持ち逃げされたと思ったりしたのでしょう。ひどいわ。私は、そんな悪い女じゃあ無いわよ」
私は、そう言ってから、借りたお金を契約金として、営口市内に店舗をオープンすることに決めたと報告した。
「それはそれは、おめでとう」
私の報告を聞いて、斉田医師は、とても喜んでくれた。工面して私に貸したお金の用途が明確になり、役立ったことに対する喜びはひとしおみたいだった。『吉林坊』での食事が終わるや、私たちは『ハレルヤ』に移動し、愛の行為を開始した。彼は何時ものように私の細部を診察した。
「中国でいじられていないか、良く見ないとな」
「いやん。そんな言い方、しないで下さい。私は中国では家族と一緒で、何もしてないですから」
「本当かな」
斉田医師は、私の乳房を吸ってから、私の身体を舐めて下腹部に進み、私の足をV字に広げ、股間に顔を突っ込んで診察した。彼は私の谷間の泉の淵をすすり回し、私の顔色を窺った。私はその快感に唇を噛み締めた。斉田医師は私の興奮状態を確かめると、ゆっくりと太い注射器を挿入して来た。
「ああっ・・・」
「君は綺麗だ」
彼は、そう言って、激しくピストン運動を繰り返した。その彼の顔面は犯しているという欲望の微笑みを浮かべ、懸命だった。私は彼に攻められ耐えきれず、ああ、行きそうと歓喜の声を漏らしそうになった。それが聞こえたのか、斉田医師は絶頂に達し、私の上に覆いかぶさって果てた。私は下から彼にしがみ付き、激しく腰を突き上げ、彼の放った熱い物を心行くまで貪った。彼は満足するや、自分の股間の物をティシュで処理し、バスルームへと移動した。私はベットの上で仰向けになったまま、快感の余韻に浸った。そこへ倉田社長からメールが入った。
*ニイハオ。
体調は如何ですか?
早退して遊んでいては駄目ですよ*
倉田社長は今夜、『スマイル・フレンド』の人たちと、飲み会の筈だった。何故、こんな時にメールをして来るのか。酔っ払いながら、私の事を思い出して、メールして来たのかしら。
*友達が、インフルエンザではないかと
心配したので、病院に行き、
インフルエンザの検査をしました。
大丈夫でした。
心配かけて,ごめんなさい*
私は嘘の返信をした。すると彼から、再びメールが送られて来た。
*了解。今、新宿です。
また来週、元気な笑顔を見せて下さい。
我想愛玲*
彼は新宿に着いたので、これから私に会いたい雰囲気だった。しかし、酔っ払いの対応などしていられない。ダブルヘッターなど無理だ。
*分かりました。
気を付けて帰って下さい*
私は冷たい返事を送った。そんなメールのやりとりをしている私を見て、バスルームから出て来た斉田医師が訊ねた。
「誰から?」
「琳ちゃんから」
私は適当に誤魔化した。私は残念そうに小田急線の電車に乗り込む、倉田社長の姿を想像した。
〇
倉田社長は昔からの習慣を大切にする人だった。幼い時から家族や親戚縁者から、先祖を尊敬するよう教えられて来たのでしょうか。会社の夏休みを、仏教の盂蘭盆会の期間、8月13日から8月16日と定め、連休とした。このことは『スマル・フレンド』だけでなく、日本の一般的行事でもあるということだった。そして日本人は、この期間、夏の盆踊り、花火大会のイベントなどの他、海水浴、渓流でのキャンプなどのレジャーを楽しむのだという。芳美姉の所の『大山不動産』も『快風』も当然のことながら、夏休みとなった。その夏休みの初日、私と桃園が朝、ゆっくり眠っていると、午前7時に、芳美姉から私に電話がかかって来た。
「愛ちゃん。私、これからパパの田舎へ、お盆のお参りに行って来るので、琳美をよろしくね」
「はい。3日間よね」
「そう16日に帰るから」
「安心して出かけて。私が3日間、琳ちゃんに付き合って上げるから」
私が芳美姉からの電話を切ると、隣りで眠っていた桃園が何事かと目を覚ました。
「誰からの電話?」
「芳美ママから」
「朝早くから、元気ねえ」
そう言うと、桃園はまた眠ってしまった。私はそのまま起きて、2人分の朝食を準備した。それから川添可憐にメールして、『微笑会』の日程や待合せ時刻について確認した。タオルケットにくるまりグズグズしていた桃園は、8時半になると起床した。その桃園と2人で、ゆっくり朝食をしながら、いろんなことを話した。その後、2人で溜まっていた衣類を洗濯した。洗濯物が沢山あったので、ベランダの物干しはいっぱいになった。続いて部屋掃除と部屋の整理を行った。共同生活なので、2人で話し合いながら、整理するのが都合良かった。午前中の家事が終わり、琳美に一緒に昼ご飯を食べようかと電話すると、勉強中なので夕方にして欲しいと断られた。そこで私は桃園と一緒に、新宿駅東口、『中村屋』の地下にあるレストラン『グランナ』に行って、昼食を楽しんだ。鮮魚のポワレとラム焼きを食べながら、桃園が言った。
「こんなに美味しいものを食べられるのに、琳ちゃんたら」
「大学の中間試験があるので、大変らしいの」
「そうかしら。ボーイフレンドと一緒じゃあないの」
桃園は何時も嫌な事を言う。でも、そんなことも有り得るかもしれないと、私はドキッとした。食事の後、私たちは『サブナード』の地下街に行き、Tシャツや下着を買った。2人ともバーゲンセール価格に魅せられて、沢山、買ってしまったので、3時半過ぎにマンションに帰った。マンションに荷物を置いて、洗濯物を片付けてから、私は恋人に会いに行くと言う桃園と別れて、琳美の所へ行くことにした。真夏の太陽はまだ沈みそうになかった。私はビルの日陰をを選びながら芳美姉のマンションに向かった。マンションの1階玄関前に到着すると、何と早川新治が奥の方から出て来た。彼は私の顔を見て、一瞬、立ち止まった。私も彼もびっくりしたが、慌てることでは無かった。私は少し馴れ馴れしい口調で彼に言った。
「ああ、早川君。お久しぶり」
「あっ。こんにちわ。琳ちゃん、中にいますよ」
「そう。もう、勉強、終わったの?」
「はい。これから家に帰ります。失礼します」
早川新治は、そう言って、マンションから走り去って行った。私はエレベーターに乗り、芳美姉の家のドアーの前に立ち、心を落ち着けチャイムを押した。するとドアチエーンを外して、琳美がドアを開けた。
「いらっしゃい」
彼女はまだ快感の中にいるような朧な眼差しで、私を迎えた。私は琳美が早川新治との行為の余韻にうっとりしているのを感じながら、部屋の中を確認した。まだ牛乳を温めたような臭いが漂っていた。勉強していたとは思えなかった。いずれ分かる事なので、マンションの入口で、早川新治とすれ違ったことを話した。
「今、下で早川君に会ったわ」
「えっ。会っちゃったの?」
「そう」
「愛ちゃん。このこと、ママに話さないでね。絶対よ。絶対だからね」
「うん。分かってる」
私は、そう答えてから、琳美と互いの現況と今後について語り合った。私は、中国の出店を実現させ、2号店、3号店と増やし、日本から高級婦人服を輸出し、日中相互で利益を上げるのが夢だと話した。ところが琳美はこれから何になろうか、悩んでいた。大学に入ってからの専攻とどんなゼミナールに入れば良いのか、分からないでいた。また男女のことについても質問された。私は何が正解なのか分からなかったが、思いつくままに答え、今夜から、3日間、琳美の家に泊ると約束した。
〇
『微笑会』の夏の集まりは盆休みの休日の夕方から始まった。会場は新宿の『小田急デパート』の13階のレストラン『相模』の一室。集まったメンバーは何時もの5名の他、今井春奈が加わり、6名となった。大学生時代は、この仲間たちと校庭や喫茶店などで話し合ったり、公園ではしゃいだり、ボーリングしたり、写真を撮り合ったり、やることが沢山あっても、時間が取れたのに、今はそれぞれに忙しく、結局、夏休み中の会合となった。今回、初参加の今井春奈はどちらかというと吉原美智子や柴崎美雪たちと行動していたので、私は余り口を利いたことが無かったが、渡辺純子と春奈が高校時代から一緒だったということで、今回の出席となった。まずは渡辺純子の発声でビールで乾杯した。可憐もビールを飲めるようになっていた。その後、何時ものように純子がリーダーになって会話を進めた。
「今回、春奈ちゃんが初参加なので、春奈ちゃんから近況報告をして貰おうかしら。春奈ちゃん、良い?」
「私から」
「そうよ。卒業以来、初めての参加なんだから」
春奈は純子に指名され、皆の拍手を受けると、恥ずかしそうに自分の近況を喋った。
「私は伯母が経営する幼稚園で、子供相手の仕事をしています。保母の資格が無いので、現在、その勉強もしているので、遊ぶ時間が無くて、困っています」
「小寺君とはどうなっているの?」
「彼は区役所勤務で、普段は暇らしいけど、土日はイベントなどに駆り出されて、忙しいのですって。だから卒業してから1度しか会っていないわ」
春奈は卒業して、就職して以来、恋人と1度しか会えていないということだった。誰もが別々の場所に移動し、中々、会う時間が取れていないことが現状のようだった。春奈は自分の近況を話し終えると、話題を私に振った。
「ところで、愛ちゃんは工藤君とどうなっているの。美雪ちゃんが気にしていたわ」
私は、その質問にドキッとしたが、心を落ち着かせて答えた。
「私も彼とは時間が合わなくて、会っていないわ」
「そうなの。上手く行っているのは純子ちゃんだけね」
春奈が、そう言うと、細井真理が手を上げて、自己PRした。
「私も上手く行っているわよ。直哉とも。川北先生とも。職場の上司とも」
「まあっ。小沢君が可哀想」
「真理ちゃん。ちょっとふしだらじゃあない。三股なんて、健全では無いわ」
初めて出席した春奈が真理に言うと、真理はせせら笑った。
「世の中、男と女が自由に愛し合うように出来ているの。何時でも愛し合いたい時、愛し合う。それが人間の本質なの」
「まあっ。真理ちゃんたら」
「だって、そうでしょう。ヴィクトル・ユーゴは言ったわ。人間最大の幸福は愛されているという確信だって。自分が愛されているのだという確信。否、もっと正確に言えば、こんな私なのに愛されているという確信だって」
真理の発言に皆が呆れ返った。しかし、彼女と同類である私は、真理を笑うことが出来なかった。可憐は、そんな真理の開けっぴろげな話を聞きながら、ちょっと沈んでいた。それを見て、純子が訊ねた。
「可憐ちゃん。長山君とはどうなっているの?」
すると可憐は泣き出しそうな顔になって、口を開こうとしなかった。そんな可憐に代わって、真理が長山孝一について説明した。
「直哉に調べて貰ったけど、長山君、印刷会社を辞めて、出版社に就職したみたい。でも、そこでも邪魔者扱いされて、今は行方知れず。静岡の実家にも戻っていないの。静岡に戻れば良いのに、東京にいるみたい」
「可憐ちゃんには連絡ないの?」
その質問に可憐が小さな声で答えた。
「携帯電話、持っていないみたいなの。今までの携帯電話番号は現在、使われておりませんの繰り返し」
すると、その後は誰も長山孝一のことについて質問しなかった。リーダーの純子は平林光男とゆるぎない関係を続けており、信用金庫に勤める浅田美穂は通勤時に出会う男とのきっかけが出来たと話した。それぞれの近況報告が終わると、私たちは、美味しい食事を口にしながら、当たり障りのない話をした。『相模』での食事会が終わると、私たちはカラオケ店に行って唄った。大学生時代と変わらず、純子と真理が得意になって、ポップスを唄った。春奈は坂本冬美の演歌を唄った。美穂は石川さゆりの歌を唄った。可憐は山口百恵の『コスモス』などを唄った。私は何時ものように『花水木』とテレサテンの歌を唄った。私たちは夏休み中なので、時間を気にせず、深夜近くになるまで、飲んで唄った。
〇
夏休みが終わると、何となく夏の終わりを感じるようになった。百合や芙蓉やムクゲや百日紅などが今まで咲き誇っていた花びらを落とし始め、駅から事務所へ向かうまでの下町の家々の庭先は、ちょっと寂しくなり始めた。私が数日ぶりに出社して、部屋掃除をしてから、届いている書類を仕分けして倉田社長や野崎部長や自分のトレーに入れていると、倉田社長が事務所に現れた。
「お早う」
「お早う御座います」
「夏休み、楽しかったかな」
「はい」
まだ蒸し暑いのに相変わらず、背広にネクタイの出勤姿だった。倉田社長は背広をハンガーに掛けると、半袖の事務服に着替え、私の淹れたアイスコーヒーを飲み、直ぐに仕事にとりかかった。夏休み中の私の事など、余り質問しなかった。台湾の機械メーカーへのバックマージンの督促状を日本文で走り書きして、私に渡し、それを中国文に翻訳して、台湾の機械メーカーにメールするよう、私に指示した。私はその日本文を直ぐに中国文にし、台湾の機械メーカーに送った。その仕事を済ませると、今度は中国の『微笑服飾』の内装について、どのように進めているのか確認された。
「営口店の内装計画はどんなかな?」
「はい。今週から内装業者に準備を依頼しています。配色は打合せ通り、白と黒のツートンカラーです」
私が、そう答えると、倉田社長は満足した目をして微笑した。
「白と黒は異質の色でありながら、一つの作品として、人の心を引き付ける。中国の人にも分かってもらえると思う。高貴な書道の世界と同じだから」
言われてみれば、その通りだった。私は倉田社長の美意識の繊細さに感心すると共に、仕事に対する配慮の周到さにも驚いた。あの『タロット』の山岡社長の考えも、ちゃんと取り入れていた。倉田社長は私への仕事の確認や指示を終えると、自分の仕事に取り組んだ。あっちの客、こっちの客に連絡を取り、スケジュールを決めた。そんな忙しい1日が終わり、私は倉田社長と食事をしたいと考えた。ところが夕方になって、私が誘っても、彼は話に乗って来なかった。
「お客と飲み会があるから」
私は相手にされず、寂しかったが、客先との飲み会ならば我慢するより仕方無かった。でも無理をして、西村老人のように亡くなられては困るから、酒を飲み過ぎないように注意した。
「お酒、弱いんだから無理をしないで下さいね」
「もともと飲めないのだから大丈夫だよ」
彼は事務所から駅へ向かう間、嬉しそうに答えた。お客と飲むのが楽しみみたいだった。地下鉄に乗り、彼は銀座方面へ、私は新宿へ向かった。新宿駅に一人降りると、何となく空しい気持ちになった。新宿駅前では衆議院の総選挙が迫り、立候補者たちが選挙戦の演説をして騒がしかった。日本は中国と異なり、20歳以上の国民一人一人に選挙権があり、立候補者が公示されてからは、熱気のルツボだった。民主党は勿論のこと、メディアも政権交代を訴え、自民党と公明党が苦戦しているみたいだった。でも中国人である私には選挙権は無く、全く関係ないことだった。私はマンションに帰ると、桃園と一緒に食事をした。彼女は食事をしながら美容学院での髪型や髪の染め方、ネイルの仕方など、覚えることがいっぱいあって大変だとぼやきながらも、自分の希望を語った。
「私、美容学院を卒業したら、世田谷で美容院をオープンするつもりよ」
「まあっ、凄い意欲ね」
「愛ちゃんがアパレル店をオープンするのに刺激されたから」
「でも資金がいるでしょう」
「経堂に住む彼が一緒にやろうと言うの」
「それは心強いわね」
「私も愛ちゃんに負けていられないから」
そう言って笑う桃園はとても可愛かった。小柄ではあるが、小顔で、彼女が笑うと、それだけで明るくなった。私より、2つ年下だが、しっかり者だった。余所見をせず、自分の計画に一直線だった。桃園の彼氏は、美容学院の同級生で、背が高く、ちょっと女っぽいところのある青年との話だった。私は、その青年の話を聞いて、ふと大学時代のボーイフレンド、工藤正雄のことを思い出した。会いたいと思った。しかし、不純を重ねている自分側から、彼に連絡する自信など無かった。
〇
その翌日のことだった。斉田医師が私の為に、ついにマンションを借りる決断をしたと伝えて来た。私の周囲にちらつく男たちを排除し、私を独占する為だった。彼にとって、私との不倫は、外観的には苦い果実ではあるが、その果実の内部から溢れ出る蜜の味わいは最高だった。彼は、このことが妻に露見すれば、瞬時に家庭が崩壊する危険を抱えているということが分かっているのに、私にのめり込んだ。その彼が、契約したマンションに案内するというので、私は彼と大久保駅で待合せした。彼に会うなり、私が何故、マンションを借りたりする決断をしたのか質問すると、斉田医師は、こう答えた。
「私は君と一緒になる為に努力しているが、まだ時間がかかる。だからと言って、何時までも、君に友達と一緒の生活をさせておく訳にはいかない。愛する君が、少しでも自分の傍にいてくれることが、私の願いだ。その為にマンションを借りることにした。今から借りたマンションに案内するから、部屋を見てくれ」
私は、この斉田医師の決断が信じられなかった。私が多くの男たちにちやほやされ、尻軽で、性悪な女であることを、薄々、感じながらも、私に貢ぎ、私に100万円を工面し、更には2人の愛の住処を借りることにしてしまった。このことは正常な人のすることでは無かった。私たちは大久保駅から小滝橋通りを越え、斉田医師が契約したばかりの北新宿のマンションに行った。そのマンションは白いタイル張りの5階建ての『茜マンション』で、彼が契約した部屋はそこの402号室だった。彼は鍵を開けて部屋に入るなり、私を抱き寄せて囁いた。
「ここが私たちの愛の住処だ。愛ちゃん。私は君を誰よりも愛しているよ」
彼はそう言って私を強く抱きしめると、ベットの無い部屋で、そのまま次の行動に移ろうと、私のスカートの中に手を入れて来た。私は拒否した。
「ここでは駄目よ。ゆっくり部屋を見せて貰ってから」
すると彼は渋々、諦めた。私は部屋の中を一通り見回してから、今後、部屋の内部をどのように使用するかを彼と相談した。まず奥の部屋にダブルベットを入れ、居間には本棚、机、ソフア、テレビなどを置くことにした。またキッチンには食卓テーブルと椅子、冷蔵庫、電子レンジなどを準備することにした。バスルームにはプラスチックの腰掛けや、洗面器を手配することにした。玄関にはスリッパ置きや花瓶を買うことにした。細々とした打合せをしているうちに、やがて自分はここで毎日、暮らすことになるのかしらと思ったりした。一通り購入品のリストアップが終わると、私たちは空腹を感じ、何時もの『吉林坊』へ行った。そこで焼肉を食べながら、斉田医師が私に確認した。
「部屋、気に入ってくれたかな?」
「驚いたわ。あんなに広い部屋を借りるなんて」
「これからずっと2人で使うんだ。快適でないとね」
「私、気に入ったわ。カーテンを付けたり、花を飾ったり、綺麗にするわ」
私は、そう答えたものの、内心、怖かった。家庭のある斉田医師を、このように夢中にさせてしまって大丈夫なのかしら。『吉林坊』での食事が終わると、何時もの流れで、私たちは『ハレルヤ』に行き、抱き合った。彼は執拗に舐め回しながら言った。
「この次からは、マンションで時間制限無しに、何回も出来るよ」
「何回も?」
「そう。何回も」
「毎晩するの?」
私がからかうと、彼はちょっと戸惑った。
「い、いや。それはちょっと。でも努力するよ。高い家賃を払うんだから、このように激しく激しく努力するよ」
斉田医師は何時ものように猛然と襲って来た。彼のギンギンに膨張した物が突入して来ると、私の割れ目は悲鳴を上げた。彼の激しく腰を動かす圧入の繰り返しはたまらなかった。彼の物が凄まじく出入りする音が、私を淫らにさせた。
「ああっ、いいっ」
私は良がり声を上げ、首を左右に振り揺れ動きながらも、貪欲に腰を上下させた。斉田医師は私が斉田先生の意地悪と喜悦の声を上げると、興奮し、絶頂に達した。
「あっ!もう駄目だっ」
斉田医師は、私の一言で、呆気なく私の上で果てた。私たちは互いに満足し、『ハレルヤ』を出ると、新宿に行き、遅くまで営業している『東急ハンズ』に行き、カーテンを註文した。
〇
私たち『微笑会』の集まりがあったことを、小沢直哉から耳にしたのでしょう。木曜日、工藤正雄が私にメールを送って来た。
*ご無沙汰。
お久しぶりです。
元気ですか。
夏休みのバーゲンセール期間が終わり、
やっと休暇が取れるようになりました。
来週、会えないですか?
そのメールを出社途中の早々に読んで、私は何時にしようかと悩んだ。ここのところの私は斉田医師がマンションを借りて、その手伝いで、猫の手を借りたい程の忙しさだった。だからといって返事をしない訳にはいかなかった。私は出社してから適当な返信をした。
*こちらこそ、お久しぶりです。
何とか頑張っています。
来週、バタバタしていますが
会いたいです。
来週、都合の良い日を連絡して下さい*
そのメールを事務所の机に座って送ってから、私が溜息をついていると、倉田社長が出勤して来た。私は倉田社長に朝の挨拶をしてから、アイスコーヒーを淹れて、直ぐにパソコンに向かい、客先からのメールをチェックした。幾つかある受信メールの中に、先日、私が中国文にして督促状を送った台湾の機械メーカーからの中国文の返信メールがあった。その文面を読んで、私は倉田社長に報告した。
「社長。台湾の機械メーカーからの返信メールが届きましたよ。報酬の支払いを考えているそうです。良かったですね」
私がそう伝えると倉田社長は目を輝かせた。私に中国文の督促状を作らせてメールしたことが正解だったと思ったようだ。
「えっ。本当か?請求した満額では無いだろう。幾ら支払うと言って来た?」
「3万5千ドルですって」
「まあ、そんなところかな。了解の返事をしておいてくれ」
倉田社長は脱いだ背広をハンガーに掛けると、会議用のテーブルの椅子に腰を降ろし、ホッとした顔をした。私は、そのテーブル席に移動し、アイスコーヒーをゆっくりと口にする、倉田社長に訊ねた。
「3万5千ドルって、日本円にするとどのくらいになるのですか?」
「9千円を掛ければ良いよ」
私は机に戻り、電卓で計算して、びっくりした。間違いでは無いかと2度、計算したが、同じ数字だった。
「まあっ凄い。3百15万円も」
私は思わず、倉田社長に跳び付いてしまった。紹介料で3百万円以上の金額を得るとは信じ難かった。倉田社長の何処に、そんな実力があるのか、皆目、私には分からなかった。だが日本企業の責任者を中国や台湾、韓国、東南アジアなどに案内し、動き回っている倉田社長は、営業力抜群の人物であることは確かだった。倉田社長は冷静だった。跳び付いた私を押し退けると、アパレル製品のカタログの準備や仕入れの計画を、早くまとめるよう私に指示した。そして昼には『紫』という寿司屋に渡しを連れて行き、江戸前寿司をご馳走してくれた。台湾からのバックマージンが得られることが分かって、余程、嬉しかったのでしょう。私はこれでアパレル事業にも資金を出して貰えると確信した。私はルンルン気分で、アパレル関係の仕事に打ち込んだ。倉田社長は来週に来日するタイの客先への英文仕様書などをまとめ、夕方には『古賀商会』の古賀社長が来るので、私に残業して欲しいようなことをほのめかした。金曜日なので、私との夜を期待しているのかもしれなかった。しかし、私には斉田医師が借りたマンションに行って室内を整える仕事があったので残業することは出来なかった。私は、前から決まっている都合があるので、残業出来ないとはっきりと残業を断った。就業時間が終わるや、私は、古賀社長が現れるのを待っている倉田社長に頭を下げた。
「私、用事がありますので、お先に失礼します」
私は、事務所を出て、地下鉄の電車に乗りながら、倉田社長に申し訳ない気がした。でも私の身体は一つ。今夜は斉田医師と付き合うしかないのだ。当ての外れた倉田社長は、今夜、どうするのでしょうか。古賀社長と飲みに行くのでしょうか。それとも馴染みの女性とホテルニ行くのでしょうか。私は新宿駅に着いてから、JRに乗り換え、大久保に行き、斉田医師より早く、マンションの部屋に入った。
〇
土曜日、斉田医師が注文したダブルベットやソファ、洋服ダンス、机、食器棚、食卓テーブルセットなどが、、北新宿の『茜マンション』の402号室に運ばれて来た。私は午前10時からマンションに行き、その設置の手伝いをした。いずれの品もリサイクルセンターから購入したものであるが、新品と余り変わらなかった。それらの品物を各部屋に置くと、新婚部屋のような雰囲気になった。
「あと電気製品を入れたら、『ハニールーム』の完成だ」
「えっ、『ハニールーム』って何?」
「言葉通り、甘い蜜の部屋。2人の愛の部屋さ」
愛の部屋『ハニールーム』の完成。それは夢のような現実だった。これで桃園との共同生活からも、芳美姉たちからの束縛からも離る事が出来るのかと思うと、嬉しくて嬉しくて仕方無かった。あっという間に午前中が終わった。昼食は私が近くのコンビニに行ってオニギリとカップラーメンと野菜サラダを買って来て、2人で食べた。午後には西川の布団店から、寝具が運び込まれ、3時過ぎに、総てが片付いた。私たちは、それから西新宿の『ヨドバシカメラ』にテレビ、電子レンジ、冷蔵庫などを見に出かけた。先ずは冷蔵庫、電子レンジ、電気ポット、掃除機などを、注文し、その後、テレビをどれにしようかと2人で悩んでいると、突然、私は名前を呼ばれた。
「愛ちゃん。何してるの?」
「誰っ?」
「愛ちゃん。テレビ買うの?」
「ああ、琳ちゃん。この人がテレビ買うのですって」
私は、琳美に斉田医師と2人のところを見られ、慌てた。琳美もまた早川新治と一緒だったので、、私に声をかけたのを失敗だったと思っているらしかった。斉田医師は、私を知る若い2人に会っても、平然としていた。
「君たちは何を買うの?」
「ウオークマン」
2人は小型テープレーコ-ダーを買いに来たのだという。それを聞いて、斉田医師は、琳美たちに言った。
「ついでだから、私が買って上げるよ」
「本当ですか?」
「私が大物を買うからポイントでもらえるよ」
斉田医師は気前良く2人にウオークマンを買って上げることにした。2人は品物を選ぶと、斉田医師に感謝した。
「有難う御座います。大切にします」
「この人に買ってもらったこと、ママに言っちゃあ駄目よ」
「分かってる。2人で買い物をしていたことも言わないから安心して」
「まあっ。そっちだって」
私は琳美の言葉に赤面した。それから2人がテレビ選びに加わり、『シャ-プ』のテレビを選んだ。予定していた買物が終わると、斉田医師は琳美たち2人にウオークマンを渡した。それを受け取った琳美と早川新治は、小躍りして店から出て行った。私たちは『ヨドバシカメラ』で大物を買ってから北新宿に戻り、居酒屋『金の蔵』で海鮮料理を食べながら、ビールを飲んだ。私は、その後、日本酒を飲まされ、ほろ酔い気分になり、動くのも嫌になってしまった。
「今夜、泊めて貰って良い?」
「勿論、良いよ。『ハニールーム』へどうぞ」
私は斉田医師に手を引かれ、北新宿の『茜マンション』402号室、『ハニールーム』へ行き、初めてのお泊りをした。部屋に入ると早速、ダブルベットの上に運ばれ、後は彼の思うままだった。私は彼にされるがままに目を閉じて、下腹部の柘榴のように開いてしまっている部分を彼が懸命に繰り返し攻めるのを放置した。朦朧とした夢の中。私は彷徨い、彼の攻撃が終わると、深い眠りに落ちた。私たちは誰に気兼ねするすることなく、裸のまま眠った。そして、翌日の日曜日の早朝、また1回、交合した。その後、私はコンビニに行き、パンと野菜サラダとプリンとアイスコーヒーを買って来て、『ハニールーム』の食卓で朝食を済ませた。午前10時、昨日、『ヨドバシカメラ』で註文した冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、掃除機などが届いた。それを予定していた場所に設置し、業者に電気接続してもらったりしているうちに、正午過ぎになってしまった。私たちは業者が帰ってから大久保駅前のレストラン『中華苑』で冷やし中華を食べてから、別れた。クタクタになって南新宿のマンションに戻ると、桃園が洗濯物を片付けていた。彼女は私の昨夜の泊りの事を訊かなかった。
〇
月曜日、私は『茜マンション』での2日間の部屋仕事で、疲労していたのでしょう、朝寝坊してしまった。
「愛ちゃん。どうしたの。もう8時よ」
桃園の声に私は慌てて跳び起きた。会社へ行かなければならない。しかし、腕が痛み、身体を動かすのがきつかった。何故か頭痛もした。2日間の荷物の運び過ぎと、斉田医師とのやり過ぎと、その上、睡眠不足が重なった為か、身体がフラフラした。そんな私を見て、桃園が心配した。
「愛ちゃん。無理しちゃあ駄目よ。体温を測ったら」
私は桃園が差し出した体温計を脇の下に入れて体温を測定した。何と38度以上になっていた。私が確認している体温計を桃園が奪い取って怒鳴った。
「まあ、ひどい熱。愛ちゃん。遊んでばかりいるからよ。今日は会社を休んで、一日中、寝ていなさい」
私は桃園に叱られ、くしゅんとなった。罰が当たったのかも。私は桃園の言うように無理をせず、1日、会社を休むことにした。まずは倉田社長にメールを送った。
*お早う御座います。
今朝から頭痛がして辛いので、
今日、休ませていただきます。
申し訳ありません*
すると直ぐに倉田社長から返信メールガ入った。
*了解しました。
私は午後から埼玉に出張しますので、
事務所は空になります。
安心して、ゆっくり休んで下さい*
私は倉田社長からメールをもらい、ホッとした。それから午前中、美容学院へ行く桃園を見送り、1人ベットで熟睡した。半日、眠って起きると、まだ熱があった。私は斉田医師にメールを入れ、『J病院』の救急外来で診察してもらった。いろいろと調べてもらったが、流行している新型インフルエンザでは無かった。疲労が原因とのことだった。私は解熱剤をいただき、マンションに戻り、ベットで眠った。下熱剤には睡眠薬でも入っているのでしょうか。私はそれから桃園が美容学院から帰って来るまでぐっすりと眠ってしまった。桃園は美容学院の授業を終えて帰って来ると、私に優しく訊いた。
「どう、熱の具合は?」
私は、そこで体温を測定した。37度に下がっていた。その数値を確認し、桃園は安心したが、油断してはならないと忠告した。
「少し熱が下がったからと言って、油断しては駄目よ。私たちは、健康が一番、大切なんだから」
桃園の言う通りであった。私の財産は、この身体一つだった。この身体が、生活の武器だった。桃園は私にとても優しくしてくれた。美容学院の帰りに、デパートの地下にある食料品売り場で、茄子、豚のひき肉、ピーマン、長ネギ、ニンジンなどを買って来て、麻婆茄子を作ってくれた。フカヒレスープも、とても美味しかった。こんな料理の上手な桃園を嫁にする人は、どんなに仕合せなことか。桃園は私との夕食を終えると、シャワーを浴びて淡いピンクのワンピースに着替え、『快風』へ出かけて行った。部屋で1人になると、斉田医師と過ごした『ハニールーム』のことが思い出された。あの部屋のキッチンでどんな料理を作ろうかなどと考えたりした。そんな時、工藤正雄からのメールが入った。
*明日、休みを取りました。
新宿に行きます。何処で何時に会いましょうか*
私は彼の都合の良い日に会う約束をしていた。しかし、その日が明日になるとは。私は悩んだ。悩んだ末、明日の午前中、会社を休ませてもらう事にして、正雄に返信した。
*明日、午後、会社で重要な打合せがあるので
10時に新宿駅東口で会いましょう。
楽しみにしています*
すると直ぐに了解の返事が来た。私は彼の逞しい肉体を想起し、自分勝手な空想に耽った。
〇
工藤正雄は久しぶりに休暇を取り、私に会えることを楽しみにしていた。しかし、私には彼と会う時間が無かった。昨日、会社を休んだし、今日は25日の給料日だ。私に給料明細を渡す為に、浩子夫人が出社する筈だ。だから浩子夫人が現れる正午には、何としても出社しなければならなかった。私たちは午前10時、新宿駅東口で待合せして、以前、入った事のある喫茶店『リマ』に行った。彼は白のジーパンにブルーのポロシャツ姿で、まるで大学生のように清潔な感じだった。アイスコーヒーを飲みながら、この前、『微笑会』の仲間と会った時の事を話した。皆、元気だったと話すと、正雄はちょっと悲しそうな顔をして言った。
「長山とは、まだ連絡がつかなくて、俺たち『若人会』はまだ、顔合わせが出来ていないんだ」
「そうなの。長山君のこと心配ね」
「彼はお坊ちゃん育ちだから、上司と妥協出来なかったんじゃあないかな」
「兎に角、可憐ちゃんが可哀想だから、小沢君だけに任せないで、クウ君も動いてね」
「分かっているよ」
そんな『微笑会』や『若人会』の話が終わってから、私たちは『リマ』を出て、地下街のイタリアンレストラン『サルバドーレ』で早目の昼食、ナポリタンと野菜サラダを食べた。私は、この食事を済ませたら正雄と別れ、会社に向かう積りでいた。ところが彼は私と別れたくないのか、食事を終えて、レストランから出ると、私の手を強く握り締めて言った。
「この前の所へ行こう」
「今から、会社へ行くのだから駄目よ」
「ちょっとの時間だから、大丈夫だよ」
彼は私の手を離さなかった。私は彼に引きずられるようにラブホテル『ファンタジー」に行き、部屋に入った。時計を見ると正午になろうとしていた。会社には、もう浩子夫人が出社し、倉田社長と一緒に、私の事を心配しているに違いなかった。私はホテルの部屋で裸になる前に倉田社長にメールした。
*昨日の午後から熱が更に高くなり、
39度近くになったので病院の救急外来に
行きました。
いろいろ調べてもらいましたが
新型インフルエンザでは無かったです。
今日は、そんなことで休みます*
私は、そのメールを見て、倉田社長や浩子夫人が私のことを、どのように思うか心配だった。
「彼女、当てにならないから、会社にとってマイナスよ」
「そうだな。役に立たないから辞めてもらおうか」
私は余計なことまで想像して、ちょっと憂鬱な気分になった。ところが正雄は、久しぶりに私と会って、欲望がはちきれんばかりだった。この前、私を抱いてから、女を抱く快楽を知ったので、寝ても覚めても私の事を想像し続けて来たという。本当かしら。もしかして柴田美雪ともやっているのでは?そんな正雄は、私がメールをし終えたのを確かめると、いきなり私をベットの上に押し倒し、上着から下着まで全部を剥ぎ取り、馬乗りになって私を見降ろし、囁いた。
「付き合ってくれて有難う。君の事は1日たりとも忘れたことが無かったよ。会いたかった」
「私もよ」
彼に囁かれると、大学生時代の懐かしさが胸いっぱいに広がり、信じられない程の喜びが、身体中に満ち溢れた。筋骨隆々の彼は、斉田医師や倉田社長に無い、美しい肉体をしていた。私は、その青年らしい綺麗な身体に見惚れ、仰向けになって、彼を迎え入れた。血の通う彼の太くて温かい性器が私の亀裂にねじ込まれ、激しく抜き差しされると、私はどうしようもなく蕩けた。その私の顔つきを見ながら、彼は上下運動を繰り返した。凄く良い。私は彼を根元まで受け入れながら、その快感に自分を失った。彼もまた私の中に白い愛液を思いきり、吐出して果てた。私はその正雄の分厚い胸に寄りすがったまま目を瞑った。もう会社には出勤出来ない。私はとんでもない不良社員になってしまった。何故、こんなことになってしまうのか。私は自分に問い質した。
〇
水曜日も微熱が続き、出勤する気持ちになれなかった。先週の金曜日の夜から斉田医師や工藤正雄と付き合い続けて身体が、クタクタになり、だるくて起きる気になれなかった。
「愛ちゃん。大丈夫?病院へ行ったら」
桃園が心配してくれたが、原因が分かっているので、私は病院へ行かず、1日中、外出しないで休むことにした。メールだけでの休暇願はまずいと思い、午前10時に倉田社長に直接、電話した。倉田社長に何を言われるか怖かったが覚悟を決めての電話だった。
「休んでばかりいてごめんなさい。熱が下がらず今日も休ませていただきたいのですが」
私は消え入りそうな声で、倉田社長に休みの許可をお願いした。すると倉田社長は別段、怒った様子も無く、私が休むことを許してくれた。
「兎に角、病院で精密検査してもらいなさい。私は明日、タイのお客がやって来るので、その案内で、当分、出社しないで出張することになるから、今週いっぱい、会社の事は気にせず、休みなさい」
そういえば、タイから10人近いお客が来日することになっていた。大型機械の中古機を購入したいらしい。私は、それを聞いて、申し訳ない気持ちになった。こんな時にこそ、私は事務所で留守番をして、会社の仕事に精励せねばならなかった。なのに男たちに振り回され、仕事が2の次になっていた。今日も私が欠勤していると知ったなら、浩子夫人は、私が病気かどうか疑うかもしれない。あるいはゴミ捨ての為、出勤しているかも知れない。倉田社長が怒らないのも、私を当てにせず、浩子夫人が出勤しているからかも知れなかった。私はふと自分の口座に給料が振込まれているか心配になった。昼ご飯を食べに行きながら銀行で記帳したら、給料がちゃんと振込まれていた。私は一層、申訳ない気持ちになった。今から出勤しようかと思ったが、病院にも行かず、このまま出勤したら、怠けているのだと思われるので、結局、出社しないことにした。夕暮れが迫ると孤独と矛盾だらけの自分に嫌気がさした。することも無く、呆然としていると、桃園が美容学院から帰って来て、私に確認した。
「病院へ行ったの?」
「行かなかった。1日、ゆっくりしていたら、随分と良くなったわ。中華料理でも食べに行こうか。おごって上げるから」
「本当。嬉しい。行こう。行こう」
私たちは近くの中華料理店『東光苑』に行き、好き勝手な物を頼んだ。酢豚、牛肉野菜イタメ、春巻きなどの中華料理を食べながら、桃園が言った。
「最近、パソコンがおかしくない?」
「私、使ってないから分からない。どうにおかしいの?」
「メールが出来ないのよ」
「本当?それは困ったわね。原因、分からないの?」
「私、変な所、いじったかしら」
「社長の事務所でいらなくなったポンコツだから、もう寿命かも」
私の無責任な発言に、桃園は哀しそうな顔をした。私たち部屋の住人の為に、大山社長が、パソコンをセットしてくれていたが、私は学生時代からのノートパソコンがあるので、桃園が使うパソコンはほとんど使用していなかった。でも桃園が困るので、夕食が終わってから部屋に戻り、桃園と一緒にパソコンをいじってみた。だがメールは出来なかった。私は翌日も会社を休み、桃園のパソコンをいじってみたが、修復出来なかった。私は嫌になって買い物に出かけた。そして夕方、美容学院から帰って来た桃園に言った。
「私、一日中、調べてみたけど、修復出来なかったわ。こうなったら、社長にみてもらうしかないわね。社長に相談したら」
桃園は自分たちで修復することを諦め、大山社長に相談することにした。
〇
金曜日の夕方、私は北新宿の『茜マンション』に出かけた。先週の土曜、日曜で大方、『ハニールーム』の室内の格好は整ったが、まだ手を加えたい所があった。台所用品、玄関用スリッパ、バス、トイレ用品などを買って、部屋に入り、斉田医師の帰りを待つことにした。夕御飯は近くのスーパーで材料を仕入れて来て、マーボ豆腐やギョーザ、肉野菜イタメなどを作ることに決めた。そして彼が帰って来る時刻に合わせ、料理作りを開始した。私の気持ちは、仕事を終えて帰って来る夫を待つ、新婚ホヤホヤの妻の気分だった。スタミナ料理を沢山、食べさせ、少しお酒を飲んで、それが済んでから愛してもらうことを思い浮かべると、浮き浮きして明るくなり、元気を取り戻した。エプロン姿で台所に立つ、私は新妻みたいに魅力的かしら。私は鏡に向かい自分の姿を確認した。何と魅力的な女でしょう。1人で、良い気になっていると、靴音を響かせて、斉田医師が仕事を終えて帰って来た。部屋のチャイムが鳴ったので、私はドアチエーンを外し、部屋のドアを開けた。
「お帰りなさい」
「だだいま」
彼は、そう言うとカバンを玄関脇に置き、私にキッスした。私もキッスをし返した。ああ、これが新婚生活、いや、同棲生活の味なのだと思った。キッスが終わってから、彼は私のエプロン姿を見て興奮した。
「とても似合っているよ」
彼はそう言うと、急いでカバンを居間に持ち込み、背広をハンガーに掛け、食卓に料理を並べている私にまた抱きつこうとした。
「駄目よ。食事をしてから」
私は彼を突き放し、用意しておいた料理を食卓に並べた。彼はTシャツ姿に着替え、冷蔵庫からビールを取出して、2つのグラスに注いだ。泡立つビールが美味しそう。
「乾杯!」
2人で乾杯した。これから、この部屋を『ハニールーム』として使用するという、お祝いの乾杯だった。斉田医師は私が作った料理を、美味しい美味しいと言って、食べてくれた。2人での楽しい夕食が終わり、私が台所に立って食器を洗い始めると、彼が残りのお皿を運んで来て、背後から私に迫って来た。
「後片付けは明日の朝、やれば良いよ」
私が食器を洗っているのに彼は後ろから私のお尻にしがみ付いて来た。これでは仕事にならない。私は食器洗いを中途で止めさせられてしまった。私が食器洗いを止めると、彼は私を抱きかかえダブルベットに運び、私を裸にした。それから唇は勿論のこと、乳房、お臍、股間、陰毛の上下を舐め回した。その行為は何時もの診察とは違い、私の欲情を一気に加速させた。私はたちまち深層に眠る官能の疼きを引きずり出されて、その快感にのたうち回った。結局、先週の土曜日の夜と同様、その夜に1回、翌朝に1回と交わった。でも意外な事に、先週程の疲労感は無かった。私は土曜日の午前中、前日の食器洗いや、風呂の掃除、部屋掃除などをして、昼には斉田医師と大久保駅前のレストラン『中華苑』に行き、肉野菜定食を食べた。食事が終わると、彼が申し訳なさそうに言った。
「明日、選挙があるから」
彼は大久保駅の改札口で私に手を振って自宅へと帰って行った。私は彼と別れ、総武線の電車に乗り、新宿駅で下車した。新宿駅前は衆議院議員選挙の最期の追い込み演説会場になっていて、大賑わいだった。日本は明日、衆議院議員の総選挙の投票日になっていて、新聞報道では、政権交替を望む国民が大多数との情報だった。今の状況では本当に政権が変わるかもしれなかった。中国では共産党が一党独裁だったが、民主主義国家である日本は国民投票により政権が変わる可能性があった。私は国民投票により、好きな政権を選べる事の出来る日本国民が羨ましかった。そして、その総選挙は、翌日30日の日曜日実施された。結果、自民党の大物が落選した。海部俊樹、笹川貢、中川昭一、山崎拓、久間章生、柳沢伯夫、赤城徳彦など。公明党でも大物が落選した。太田明宏、北側一雄、冬柴鉄三。結果、民主308,自民119,公明21といった議席獲得数となり、民主党が単独過半数241議席を大幅に上回り、政権交替が実現した。日本では、民意により、こんなことが起こるのだと、私はびっくりした。政権が変わったら、日本はどうなるのか。私はちょっと心配になった。
〇
8月最後の月曜日、台風11号が接近している中、私は会社に向かった。1週間も会社を休み、解雇されるのを覚悟しての出勤だった。私は解雇されるのが心配で、通勤電車の中から、倉田社長にメールを送った。
*お早う御座います。
完全に元気になったので、今日から出社します。
もう電車に乗りました。
よろしくお願いします*
しかし倉田社長からは何の返事も無かった。押上駅から外に出ると、凄まじい風雨だった。私は駅から事務所まで風雨の中を歩くのが辛かったが、今日こそは出勤しないと、解雇されると思い、雨傘を斜めにして、ずぶ濡れになるのを我慢して出社した。事務所に入ると、私の机の上は、以前と何一つ変わっていなかった。私は濡れた衣服をハンガーに掛け、事務服に着替え、お湯を沸かしながら、部屋掃除をした。雨が激しく窓ガラスを濡らした。こんな日に倉田社長は出勤して来るかしらと思っていると、突然、事務所のドアが開き、倉田社長が入って来た。倉田社長は私が出社した時と同様、ずぶ濡れだった。彼は私の顔を見ると、ちょっと驚いた顔をした。私が送ったメールを見ていなかったらしい。私は慌てて挨拶した。
「ご迷惑をお掛けして済みませんでした。今日から頑張ります」
「大丈夫なの?」
「はい。元気になりました。何を飲みますか?」
「お茶」
私は、そう言われてお茶の準備をした。倉田社長は背広をハンガーに掛け、作業服に着替えて会議テーブルに座り、ゆっくりと私の淹れた日本茶を口にした。私がいると、矢張り、落ち着くらしい。私は倉田社長がお茶を飲んでいる間、パソコンに向かい、客先からのメールをプリントして、倉田社長に数枚渡した。すると、彼は、それを見ながら私に質問した。
「ところで病気の原因は何だったの?」
「先週の月曜日に病院に行ってもらった解熱剤が良く無かったみたいです。2度目に病院に行ってもらった解熱剤で、ようやく熱が下がり、体調が回復しました」
私は嘘をついた。多少の嘘は仕方ない。時々、嘘の咳をしてみせた。昼食時になって『シャトル』に行くと、皆が私の元気な顔を見て、良かった良かったと歓迎してくれた。昼食を終えると台風の為、風雨が更に強くなった。
「今日は私も体調が良く無いから、早めに仕事を終わろう」
倉田社長は午後1時半過ぎになると、そう言って仕事を止めた。私たちは帰り仕度をして、事務所から出て、マンションの前でタクシーを拾った。私は、そのままタクシーで鶯谷のホテル『シャルム』まで連れて行かれるのかと予想した。だが彼は、そんなことなど考えていなかった。
「浅草駅まで」
私たちは浅草駅までタクシーに乗って、そこから銀座線の電車に乗り、赤坂見附で丸の内線電車に乗り換え、新宿駅まで行った。新宿駅に着いて私は倉田社長に確認した。
「こんなに早く帰るのですか?」
すると倉田社長は戸惑うことなく言った。
「うん。今日、出がけに浩子から、台風が来るから、早く帰って来てよ。家の事、心配でしょうと言われたんだ」
そう言われると、私は何も言えなかった。私は新宿駅の地下通路で倉田社長と別れ、落胆してマンションな帰った。部屋のドアを開けると、何と大山社長が、桃園のパソコンを直しに来ていた。とんだところで大山社長と出くわしてしまった。
「待っていたよ」
彼は座っていた椅子から立ち上がると、私の洋服が濡れているのも構わず、私の身体に手をかけて来た。
「あっ。何をするのよ」
「ええ、やろ」
彼はがむしゃらに私のスカートとパンティを脱がせると、私をベットに突き倒し、強引に襲って来た。私は大山社長と初めてで無かったので、そのまま彼の欲望の嵐に身を投じた。マンションの中も外も、荒れ狂う嵐だった。欲望を果たすと、大山社長は照れながら言った。
「パソコン、復帰したから、もう使えるよ」
「ありがとう。桃ちゃん、喜ぶわ」
「じゃあ、帰るよ」
大山社長はそう言うと、部屋のドアを開け、逃げるように帰って行った。私は部屋のドアが閉まると、何故、大山社長が、こんな日に、パソコン修理にやって来たのか、疑問に思った。私は桃園と大山社長のことを疑った。まさか、私が出社していて不在の時に桃園と大山社長が?私は桃園が美容学院の授業を早めに終わらせ帰って来ることを予想した。こうしてはいられない。私は直ぐに着替えを済ませ、マンションを出た。再び風雨の中を新宿駅まで走り、新宿の地下街に行き、アパレル店などを歩き回って、帰宅時間の調整をした。自分と大山社長の事を桃園に気づかれてはならなかった。私はあてもなく彷徨い歩き、夕方の6時過ぎにデパートの地下にある食料品売り場へ行った。この前、私が熱を出した時、桃園が麻婆茄子やフカヒレスープを作ってくれたのを思い出し、エビチリソースとカキフライ、シュマイなどの出来上がり物を買って帰ることにした。
〇
マンションに戻り、部屋のブザーを押すと、桃園が明るく笑って私を迎えた。
「お帰り。凄い雨だったでしょう」
「うん。デパ地下で買い物をしてから、地上に出たら、土砂降りなので、傘もささず、ビル伝いに走って来たわ。お陰で、こんなに、びしょ濡れになっちゃった」
「また風邪をひくといけないから、早く着替えた方が良いわよ」
桃園に言われ、私はブラウス、スカート、パンティなど、着ていた物を全部脱いで、洗濯機に投げ込んだ。大山社長が触れた物を、洗い流す為、バスルームに入り、シャワーを浴びるとスッキリした。私はTシャツにシュートパンツ姿になってから、デパートの地下の食品コーナーで買って来た物を、テーブルの上に並べ、桃園と食事をした。食事をしながら桃園が嬉しそうに言った。
「社長、パソコンを直してくれたわ。こんな雨の日に直してくれたのよ。感謝しちゃうわ」
「それは良かったわね。社長、桃ちゃんに優しいから」
「そんな」
桃園は顔を赤らめた。彼女は、私の遠回しの台詞に対して否定をしなかった。そこで私は意地悪な質問をしてみた。
「彼とは上手くいっているのでしょう?」、
すると桃園はドギマギした。彼女は私の質問に複雑な笑みを浮かべ、どう返答したら良いのか戸惑った。それから大山社長とのことを見抜かれないように、平静を装った。
「社長と私、何も無いわよ。そんなことしたらママに殺されちゃうわ」
「社長とのことを訊いているんじゃあ無いわよ。関根さんとのこと」
私が桃園の年下の恋人、関根徹の事だと話すと、彼女は真っ赤になった。そして、シュウマイを一つ口に入れて、落着きを取り戻し、私を見詰めた。その眼差しは、私の質問が、本当に関根徹のことに対する質問だったのかを確認する鋭いものだった。私は笑った。
「何、キョトンとしているの。関根さんのことよ」
「ああ、彼の事ね。彼とは美容院を一緒にやる話はしているけど、結婚については話し合っていないの。月亮姉さんに相談したら、いかがわしい男とは思えないけど、男には気をつけなさいって」
「まあ、月亮姉さんが」
「そうなの。女の気持ちは好き、愛している、抱かれたいと変化するけど、男の気持ちは反対なんですって。やりたい、好きだ、愛しているなんですって。彼、口に出して言わないけど、やりたそうなの。どうしたら良いと思う」
「そんなことを訊かれても。ただ言えるのは、女は待つしかないということだけ」
「そうよね」
桃園は私の答えに納得した。私は、そんな桃園が羨ましかった。私にも桃園のように純真な時代があったが、それは遠い昔のこと。私は自分を誤魔化して生きているに相違なかった。真実の愛を求める一方で、嘘の愛を味わっているのが、私の現実世界だった。台風は更に激しさを増した。早く過ぎ去ってくれれば良いが。私たちは食事を終えてから、後片付けを済ませ、テレビを観ながら、嵐が過ぎ去るのを見守った。
〇
9月1日(火曜日)、台風一過。何処となく秋らしさを感じさせる微風に会社への出勤も心地良かった。倉田社長は相変わらず、仕事を獲得する為に、東奔西走していた。私を雇用し、事務所の家賃を払い、経費がかかり、困窮しているに違いなかった。なのに彼は暗い顔、一つ見せなかった。それは彼の見栄だった。『スマイル・ワークス』の仲間や私だけで無く、長年勤めて来た『帝国機械』の後輩や業界の人たちに対し、彼のプライドが明るい仮面を彼に付けさせていた。彼は必死になって利益を追求し、『スマイル・ジャパン』の業績を上げようと努力していた。それに気づいた私は『スマイル・ジャパン』の1社員として真剣にならざるを得なかった。私は仕事に目覚め、アパレル事業の立上げに再び意欲を燃やした。中国にいる春麗姉に連絡し、店舗装飾の進捗度などを確認した。
「ニイハオ。内装はどんな具合?」
「今日、看板を取付けて、ほぼ完成よ。写真を撮ったから、メールを送るね。問題点があったら、言ってね。修正するから」
「分かった。楽しみにしてるわ。ありがとう」
私が怠けている間、中国の春麗姉や母たちが、アパレル店を完成させる為に必死になって頑張っていたのだと知ると、私は自分の不甲斐なさを反省した。私はあの営口の海浜大街の店舗の内装が完了して、どんな風になったのか興味深々だった。事務所で1人、留守番をしながら、春麗姉からのメールが送られて来るのが待ち遠しくてならなかった。それだけではない。私はうかうかうかしていられなかった。中国へアパレル商品を送付しなければならなかった。私は中国へ送る商品を列記し、コスト計算をした。そうこうしているうちに正午になってしまった。私は1人なので、近くのコンビニで、おにぎりとワンタンと野菜サラダを買って来て、昼食を済ませた。午後も日本から送る商品のリストアップをした。午後の2時過ぎ、中国の春麗姉からのメールが会社のパソコンに送られて来た。そこには中国営口市のアパレル店『微笑服飾』の店舗写真が添付されていた。私は、その店舗の様子をチェックした。何とも垢ぬけないデザインであるかと、愕然とした。私が中国に出張して指示した内容が、盛り込まれていない箇所が幾つかあった。私は看板の『微笑服飾』の文字の上に英文で『SMILE』と大きく入れるよう指示した筈だったが、その標示が無かった。また日本製高級婦人服の取扱店であることの標示も無かった。私は春麗姉に直ぐに電話した。私が中国で指示した通り、内装や試着室は良く出来ているが、外装がいまいちだと指摘した。そして店の看板の上に英文で大きく『SMILE』と標示し、下の方に日本高級女性服飾店と入れるよう強く伝えた。それから出張先の倉田社長にメールを送り、中国店が完成したので、その詳細報告をしたいから、夕方、新宿で今後の打合せをしたいと伝えた。今まで怠けていたので相談したい事が沢山あった。私は倉田社長の指示に従い、新宿のレストラン『木曽路』に席を予約し、5時過ぎに事務所を出た。地下鉄に乗って、新宿3丁目で降りると、予約の6時前であったが、店に先に入らせてもらった。10分程、待つと、倉田社長が汗を拭き拭き店に入って来た。私たちはメニューの中からシャブシャブコースを選び、注文した。倉田社長はビール、私は赤ワインを飲み、美味しいシャブシャブ料理を食べながら、中国のアパレル店の写真を倉田社長に見せた。
「おう。素晴らしいじゃあないか」
「ちょっと狭いけど楽しみだわ」
「早速、商品を送らないと」
その言葉を受けて、私は中国に送る婦人服のリストアップ内容について、倉田社長に説明した。倉田社長は頷くだけで、松茸の土瓶蒸しや刺身を食べるのに夢中だった。季節がら、松茸の土瓶蒸しはとても美味しかった。私は説明を終えるとシャブシャブを沢山食べた。病気も回復し、中国店の夢を語りながら楽しい食事となった。食事が終わってから、久しぶりに歌舞伎町の『エミール』に行った。人に見られないように素早く中に入り、3階の部屋を選び、エレベーターに乗って部屋に入った。それからバスルームで互いに身体を清めた後、ベットに寝ころび、これからの更なる夢を語り合った。私は倉田社長に抱かれ、自分たちの夢が、徐々に結実して行くのを感じながら興奮した。私の割れ目は倉田社長に愛撫されると熱気を帯びて、膣口から愛液を漏れ出し始めた。倉田社長との回数を重ねるごとに、私の肉体は倉田社長とのなじみが深まり、その歓喜の高まりも同一方向へと進んだ。その2人の方向性がぴったり決まると、私の快感は最高潮に達した。私は絶叫した。
「あああっ、良い、行く!}
絶頂を極めた私の顔を見て、倉田社長もまた絶頂に達し、亀頭から何のためらいも無く大量の精液を吐出した。それを感じて私は失神した。
〇
翌日から私はアパッル事業の仕事に追われ多忙になった。倉田社長から、来月、日本で韓国の機械メーカーの展示会を手伝うことになっているので、その準備についても手助けするよう指示されていたが、私は春麗姉の経営する『微笑服飾』の面倒の方を優先させた。日本国内で仕入れする安価の品物は私が手配し、日本製高級愚人服については、倉田社長と相談して決めた。また秀麗姉が手配するのが苦手だと言う商品袋、タグ、カタログ等は私が中国文と英文からなるデザインを作成し、メールで中国業者に注文した。春麗姉は、ハンガーラックやハンガー、テーブル、鏡、照明具などを中国で調達した。私たち姉妹は、この事業に賭けていた。この事業を成功させ、人並み以上の生活をしたかった。中国の富裕層に加わる為には、人のやらないことをやらなければ成功出来なかった。倉田社長も、これを機会に、会社をレベルアップしたいと『スマイル・ジャパン』の商標登録を特許庁に申請したのだった。彼の仲間は、ちっぽけな会社なのに、何故、そこまでしなければならないのかなどと疑問視したが、彼は仲間の意見を聞き入れなかった。彼は社会的信用を重視し、会社経営を行っていた。そしてプリーツメーカー『タロット』が新商品を発表することを知ると、私を道玄坂の『渋谷フォーラム』に連れて行き、デザイナーからの新商品の説明を受けた。そして、その後、原口営業部長に会い、今回、中国店に飾るプリーツを私と相談しながら注文した。普段はのんびりしている倉田社長だが、いざ取引となると、目を輝かせ、矢継ぎ早に質疑を行い、詳細を確認した上で発注の決断を下した。50万円近いプリーツ商品を現金で支払うことを約束した。原口営業部長は『スマイル・ジャパン』と新規契約が出来て、大喜びした。しかし、この仕入れ品の代金は、最終的に私たち姉妹の店『微笑服飾』が『スマイル・ジャパン』のマージン15%を加えて、『スマイル・ジャパン』に支払わなければならない代金だった。私は『タロット』への商品発注を終えてから、説明会場を出て、道玄坂の喫茶店『キーヘル』に入り、今回の仕入れについて倉田社長と話し合うことにした。私はアメリカンコーヒーを註文してから倉田社長に言った。
「社長。私、今日、『タロット』に注文した商品代金、売れてからで無いと支払えません」
「分かっているよ。売れてから徐々に支払ってもらえば良い」
「有難う御座います。ところで、『スマイル・ジャパン』のマージン15%は高くないですか」
私の言葉に倉田社長はムッとした。私からこんな言葉が出るとは思っていなかったみたいだ。彼は私を睨みつけて、即答した。
「商品の中国への送料や君の給料を考えれば安すぎるくらいだ」
私は倉田社長の不愉快そうな言葉を聞いて、これはまずいと思った。会社の経営が悪い状態なのに、無理してプリーツ商品を仕入れることにしたのに、私が勝手な事を言ったので、彼が立腹しているのが分かった。仲直りしなければならなかった。私は直ぐに謝った。
「御免なさい。コストが仕入れ代金だけでないことが理解出来ました」
「分かってくれれば、それで良い」
「ところで今日は、これからどんなスケジュールになりますか?」
「私はこれからタイの件で、昔の知り合いに会うことになっている。君はこのまま家に帰って良いよ」
「そうですか。では店を出たらお別れね」
「うん」
「じゃあ、また明日ね」
「うん」
彼は私の色香には乗って来なかった。私は倉田社長を怒らせてしまい、ちょっと不安な気持ちで新宿のマンションに帰った。
〇
営口市の店舗オープンの日のことを考えると心配で心配で、私は眠れなかった。倉田社長もちょっと不安に思っているみたいだった。春麗姉と母の2人に任せておいて問題はないのか。日本からの製品と中国製の製品とを、どのようにして飾るのか。日本製品の良さをちゃんと説明出来るのか。そんな不安を『シャトル』での昼食時、私が倉田社長に話すと、倉田社長は直ぐに決断し、私に指示した。
「この際だ。荷物を運びがてら、中国へ出張して来なさい。日本製高級婦人服の素晴らしさを、自分の口で中国女性に紹介しなさい」
「本当ですか。本当に出張して良いのですか?」
「出来れば私も行って、この目で開店状況を確かめたいところだが、タイやマレーシアとの商談が続いているので、行くことが出来ない。君に任せるから行って来なさい」
私は、本当に中国へ出張して良いのか半信半疑だった。2ヶ月前、7月27日から8月9日まで、14日間、中国に出張させてもらい、日本に戻ってからダラダラしていたのに、また出かけて良いのでしょうか。倉田社長が、そう決めても浩子夫人が許可してくれないのではないかしら。ところが、その翌日、久しぶりに出社して来た浩子夫人が私の中国出張に反対するどころか、賛成してくれた。
「愛ちゃん。中国の店がオープンすることになって良かったわね。楽しみね。社長から聞いたわ。頑張って行ってらっしゃい」
「有難う御座います。頑張ります」
「社長も私も応援してるから、安心して行ってらっしゃい」
私は浩子夫人の優しい言葉に涙が出そうになった。こんなにも謙虚で寛容な浩子夫人に対する私が陰で行っている倉田社長との行為は、まさに裏切行為だった。私はその罪悪感に自己嫌悪を感じ、胸が痛んだ。そんな私の気持ちなど気づかず、浩子夫人はプリーツメーカー『タロット』からの商品が入荷すると、そのタグ貼りを手伝ってくれた。こうして私の中国出張の準備は着々と進んだ。そして連休前の金曜日、私は倉田社長と中国出張の最終確認を行った。まず先方に持参する追加商品。それは既に私のマンションに持ち帰っていた。PR資料、商品リスト、コスト表、価格表も出来上がっていた。店内での規律も再度、見直しした。その他、中国で領収書など準備出来ているかなどの確認もした。また中国から帰国する時、持ち帰るものについても打合せした。店舗図面、商品残高表、陳列状況写真、顧客把握レポート、店舗免許証のコピー、補充品リストなど、倉田社長は細々と指示した。この打合せは午後3時から夕方まで時間がかかった。互いに胃が痛くなるほど、綿密にチェックし合った。また前回のように連絡が取れない事が無いように、2日に1度、中国から電話をすることを約束した。兎に角、営口の1号店が成功することが、私たちの念願だった。遊びで無く、何としても成功させなければならなかった。打合せが終わってから、私たちは2週間ほど会えなくなるので、鶯谷の『シャルム』へ行った。私が日本にいない間、倉田社長に浮気をされては困るから、私は彼の全精力を吸い取ることにした。彼は私の要求に応じて行動した。軽いキッスからスタートして、乳房を存分に揉んでもらい、それから下腹部の繁みへとお願いした。倉田社長は私に要求されて、何時も以上に凌辱的になった。要求に応じ、耳たぶからお臍の穴、更にその下の穴の淵まで、しゃぶってくれた。私も、そんな彼に合わせ彼の背中をさすり、彼の股間のポールに手を伸ばし、しごいてやった。彼のポールが何時もより硬直しているのを感じて、私は興奮した。私は大胆に股を開いて、そのポールを私の花肉の中へと誘い込んだ。すると彼はそのポールで私の花園を連続攻撃した。倉田社長の攻めて引いての往復運動。その惜しみない彼の愛の挿入と、そこから生じる電流に私はしびれた。私の花園からは愛液が溢れ、水溜まりのようにシーツを濡らした。ああ、仕合せだわ。私は夢のような悦楽に酔って、彼の愛を強い緊縮力で、ポールから絞り出して、果てた。私は大いに満足した。
〇
折角、北新宿のマンションに『ハニールーム』を準備したというのに、私が仕事に夢中になり、その利用度が少なく、斉田医師は不満を蓄積させていた。その上、私が再び中国へ帰ると知って、その理由を追求して来た。
「中国の店は、お姉さんに任せているんじゃあないの?」
「任せているわよ。でも、初めてのオープンセールだから、私が行かないと駄目なのよ」
「社長も一緒か?」
「社長は機械の仕事で忙しいから、中国など行っている暇などないわ」
斉田医師は私と倉田社長の関係を疑い始めていた。彼は前からのことであるが、最近、特に私の周囲にいる男たちに、神経を尖らせるようになっていた。彼の気持ちが分からないでもない。彼は私に百万円を都合し、その上、2人の愛の部屋『ハニールーム』を借りて、私を独占しようとしているのに、私の周囲に、何人かの男が見え隠れしていて、それが不審に思われて、不満でならないみたいだった。私は、その斉田医師の不満を解消させて上げる為に、5連休の初日、19日、土曜日の午後から、北新宿の『ハニールーム』へ出かけた。斉田医師は私の前に『ハニールーム』に来ていて、私の顔を見ると、とても嬉しそうに笑った。
「やっと、来てくれたね」
「ごめんなさい。中国店のことで毎日が忙しかったから」
「それにしても、ご無沙汰し過ぎだよ」
「ごめんなさい。これから美味しい料理を作って上げるから」
私は料理を作り始めながら言い訳をした。それに対し、彼は何も言わず、冷蔵庫の中を覗き込み、中からビール缶を取り出し、プルトップを開け、食卓の椅子に座り、1人でビールを飲み始めた。普段、彼は自宅で、そうしているのでしょう。私は生サーモンと玉ねぎのマリーネ、肉野菜イタメ、オクラの胡麻和え、茄子の肉あんかけ、ひんやりパスタなどを夕方5時丁度に作り上げた。私が食卓に料理を並べ始めると、彼は居間に移動し、テレビを観ながら、ビールを飲み、笑い転げていた。私はワインを準備して、彼に声をかけた。
「出来たわよ。お食事にしましょう」
「おう。ご馳走になるか」
彼は再び食卓に戻り、私と向き合い、ワイングラスをガチンコした。その斉田医師に私は伝えた。
「私が中国へ行って留守の間、部屋掃除、よろしくね」
「うん。やってみる。2人ともいないのだから、しなくても平気だろうけど」
「駄目よ。必ずやってよ」
私は女房気取りだった。斉田医師も亭主気取りだった。彼は生サーモンと玉ねぎのマリーネを口に入れて言った。
「おお、これは美味しいな」
「そう。嬉しいわ。沢山食べて力をつけてね」
私はワインを飲んで、少し酔い始めていた。そんな私のホロ酔い顔を見て、斉田医師に食欲以外の欲望がムクムクと起き上がるのが分かった。彼は私が丹精込めて作った料理を味わいもせず、急いで食べ終わると、まだ夜中になるには早すぎるのに突然、私に要求して来た。
「うん。満腹になった。美味しい料理を沢山食べて、力をつけた。そろそろ、次の事、始めようか」
「次の事って?」
「決まっているじゃあないか。なんだか言ってごらん」
「いやよ」
私が拒否すると、彼は私の腕を引き寄せ、強引に抱き寄せ、私をベットに運んだ。私の胸はワインの所為か異様に昂った。斉田医師はベットの上で私を大の字にして、何時ものように、私の身体の隅々を丹念に愛撫し、気持ち良いか、ここはどうだなどと意地悪な質問を繰り返した。そして私がメロメロになり、愛液を陰部の花びらから溢れ出そうとするのを確認すると、両脚を割って、火柱のように熱くなった物を、その陰部に深々と挿入して来た。たまらなかった。私はたちまち絶頂に達し、何度もいった。斉田医師は、その私の悦楽の顔を見て、溜まっていた物を私の中に放出した。それから丸太のようになっている私を、そのままにして、バスルームに行き、シャワーを浴び、パジャマに着替えて、私の横で眠った。それから、どのくらい経ったでしょうか。私は隣りに横になっている斉田医師の鼾で目を覚ました。枕元の時計を見ると、10時半だった。私は慌てて起きて、バスルームで身を清めて、その後、食器類を洗った。私が一仕事を終えてパジャマに着替えて、再びベットに横になった時には、斉田医師の鼾は大鼾になっていた。でも私も疲れていて彼の鼾を気にすることなく深い眠りに落ちた。ぐっすり眠った私は、翌日の明け方、斉田医師が寝返ったのに気付き、目を覚ました。夜の帳りが消え去り、窓のカーテンの向こうからの光が、うっすらと青くなり始めていた。また新しい1日が始るのだと思った。と、その時、突如、斉田医師が起き上がり、私に襲い掛かって来た。彼はやみくもに私の股間を開き、自分の朝立ちしたものを、挿入しようと夢中だった。結局、私は、昨晩に続き、彼の火柱のように燃えた物を陰部に差し込まれ、朝から身体を揺さぶられ燃えさせられた。その為、この日は一日中、似たようなことを繰り返し、気だるい1日となってしまった。
〇
9月22日、火曜日、私は2ヶ月前と同じ、朝1番の『成田エクスプレス』に乗って、『成田国際空港』に向かった。休日なので、琳美の他、桃園と梨里が荷物運びの手助けの為、『成田国際空港』まで一緒に見送りに来てくれた。何しろ、『タロット』のプリーツ製品だけで、いっぱいなのに、今回もまた芳美姉の準備した土産物を運ばねばならなかった。私は空港に着くや、先ずJALカウンターに行き、JAK797便のチエックインを行った。荷物のオーバー代金を支払い、荷物を預けてから、4人でレストランに入り、モーニングコーヒーセットを食べて小休止した。桃園と梨里は私の中国行きを羨ましがった。私は9時になると桃園と梨里と琳美と別れ、出国手続きを済ませ、JAL797便の搭乗ゲートに行き、待機場所の椅子に座り、そこから倉田社長にメールを送った。
*お早う御座います。
今、成田空港で出国手続きを済ませ、
搭乗ゲートにいます。
頑張って行って来ますね*
すると直ぐに倉田社長から返信が入った。
*成功を祈ってます。
頑張って下さい。
気を付けて行ってらっしゃい。
家族の皆様によろしく*
私は会社の費用で私を中国に出張させてくれる倉田社長の配慮に心から感謝した。9時、私は搭乗機に乗り込み、窓側の席に座った。JAL797便は9時50分、『成田国際空港』から離陸した。私はヘッドフォンを付けて日本の歌を聞きながら期待に夢を膨らませた。搭乗機は成田から『大連国際空港』へ向かって飛行。雲海を突き抜けると果てしなく青空が広がり、私は夢を見ている心地だった。いよいよ念願のアパレル店を中国の家族が住む営口市にオー
「待っていたよ」
「店の準備出来てる?」
「店はほとんど開店準備出来てるから、楽しみよ」
私と母が、抱き合っている間、赫有林と葉樹林は店に飾るプリーツ製品のダンボール箱や芳美姉からの土産物をマイクロバスに乗せた。それが終わると、私たちは、高速道路を突っ走った。懐かしい車窓の風景を眺めていると、午後3時過ぎに営口市の実家に到着した。実家では春麗姉の他、祖母の関玉梅、楊優婷と叔母の羅雪姫や周彩華と春麗姉の義母、朱華英たちが来ていた。姪の麗琴は私に気づくと、ヨチヨチ歩きなのに、笑顔で走り寄って来た。私は転びそうな麗琴を慌ててすくい上げ、ダッコした。
「ニイハオ。また会えたね」
麗琴は、自分を抱きかかえている私の顎をくすぐった。私は、皆に歓迎され仕合せだった。こんなにも沢山の人達が、私を歓迎してくれるとは有り難かった。夕刻になると春麗姉と雪姫叔母と彩華叔母が作ってくれた料理を2つのテーブルに並べ、皆での宴会となった。春麗姉の夫、高安偉も銀行から帰って来て、仲間に加わった。母の紅梅は自慢の娘を家に迎えて、一番、喜んでいた。
「皆さん。食べて、食べて。飲める人は遠慮しないで、沢山、飲んでね」
父、志良は妻の喜びように白酒を飲みながら、ただ微笑しているだけだった。祖母や叔母たちは、昔話や世間話に花を咲かせ、途中からは、私のことなど、そっちのけで、笑い転げた。男たちは男たちで、父、志良の周りに座り、高安偉が中心になり、いろんな酒を注ぎ合った。まずい話になると女衆に聞かれないように小さな声で、ヒソヒソ話をした。夜の8時を過ぎると、祖母たちは孫たちと一緒に帰って行った。
〇
翌日、私は新装し終えたばかりの『微笑服飾』へ朝一番で、日本から持参した『タロット』のプリーツ商品を運び込んだ。店の看板は、私が指示した通り『微笑服飾』の上に英文で『SMILE』と大きな表示を掲げ、店内は春麗姉が手配したハンガーラックに、先に航空便で送った安価の日本製婦人服が飾られていた。天井の照明もとても明るく、私の指示した通りだった。試着室も中に大きな姿見の鑑を設置し、入口を白いカーテンで仕切り、清潔感にあふれていた。衣服を置くテーブルも白いテーブルで、店の雰囲気にとても似合っていた。
「貴女の指示した通りに出来ているでしょう」
「うん。素敵よ。頑張ったわね。お疲れ様でした」
私は春麗姉に深く感謝した。午後になると、私が日本にいる時、メールで手配した黒地の包装袋が入荷した。英文で『SMILE』と白文字で、はっきりと店舗名がプリントされていた。商品タグも同じ業者から指示通りのものが届けられていた。包装紙は春麗姉が百貨店から既に購入していて、落ち着いた絵柄のものだった。これらの物を確認してから、店内を一回りして春麗姉に言った。
「あと一つ鏡が欲しいわね」
「そう言われてみれば、そうね。直ぐ手配するわ」
春麗姉は直ぐに家具屋に電話した。私は店から外に出た。1人、ぶらりと浜海大街を歩いてみた。自分たちの店がどんなであるか、第3者の視線に立って観察した。問題はメイン通りで無い事であったが、紳士服店の隣りということで、相乗効果が期待出来た。またこの場所で商売するには、呼び込みと口コミが必要であると感じた。店に戻ってから、そのことを母と姉に話し、オープンの日は、男たちにも呼び込みを手伝ってもらうことにした。その後、日本から運んで来たプリーツ商品の入ったダンボール箱を開けて、黒や白のワンピース、ブラウス、スカート、パンタロン、コートなどを奥のハンガーラックに飾った。それが終わったところで、私は倉田社長にメールを送った。
*無事、営口に着きました。
今日は店の中にプリーツを飾り、
オープンの仕度をしました。
総てが順調に進んでいます。
オープンが楽しみです。
そちらは仕事、決まりそうですか?*
すると直ぐに倉田社長から返信メールが入った。
*お疲れ様。
中国店の準備が順調に進んでいるとの報告に
安心しました。
私の仕事の方は、タイとの商談が
まとまりそうです。
滝沢先輩に手伝ってもらう予定です*
倉田社長はタイの仕事を成約する為に奔走していたが、それが決まりそうだという知らせに、私は嬉しさが増し、ウキウキした。そこへ母の紅梅が花屋を連れてやって来た。親戚や銀行からの祝いの花篭をどのように飾るか相談した。私は、その花篭に、日本企業、『スマイル・ジャパン』と『タロット』からの祝いの花篭を追加した。私の『微笑服飾』店での初日の仕事は、こうして終わった。2日目はマネキンを3つ組立てた。ショーウインドーの左に置くマネキンには『タロット』のジャケットとマキシ丈スカートを着せた。ショーウインドーの右に置くマネキンにはブルーと花柄のワンピースを着せて設置した。店内のマネキンにはグレーのジャケットの下に赤のカットソーを着せ、白のスカートをはかせて、エレガントさをコーディネートしてみた。また商品を渡したり、金銭をやり取りするカウンターも設置した。そして開店前の店の様子を見に来た周彩華叔母とその友達、趙春蘭に特別化で黒のワンピースを売りつけ、母と姉に商品の包装、受け渡し、会計、領収書の発行などを実行してもらった。午後からはオープンの日に接客するメンバー、母、紅梅、春麗姉、姉の友達、金紫蘭、李桃香、それに私の友達、徐凌芳に好きなプリーツを試着してもらい、服務規定と商品説明を行った。特に『タロット』のプリーツ商品は黒や白のちょっと暗いイメージだが、気品と安心と心地良さがあり、エレガンスであることを強調するよう説明した。その他、商品をお買い上げいただいたお客には,花柄のハンカチーフをプレゼントすることにした。また商品を買わないのに何か欲しがる人には浅草で大量に仕入れたガラス玉のストラップをプレゼントすることにした。こうして『微笑服飾』の明日、オープンの準備を私たちは完了した。
〇
9月25日の金曜日、午前9時、『微笑服飾』営口店はオープンした。店の前に祝いの花篭を飾り、音楽を演奏し、爆竹を鳴らした。何事かと大勢の人が集まって来た。何時もに無く、父の志良が爆竹鳴らしなど、樹林と一緒に駆け回ってくれたので助かった。母、紅梅、春麗姉、姉の友達、紫蘭、桃香、私の友達、凌芳、それに私の女性6人は、黒一色のプリーツの服を着て接客を行った。背の高い紫蘭はパンタロンがとても似合った。肥満の母のパンタロン姿も、まあまあだった。春麗姉はロングスカートで、上品でエレガントな雰囲気を披露し、桃香と凌芳は襟のヒラヒラしたブラウスを着て可愛かった。私も母同様、パンタロンをはき、脚線美で、お客を魅了しようと努力したが、お客の目にどんな雰囲気を醸し出せたかは分からない。
「素敵ね」
「貴女も素敵よ」
私達6人は仲間同士で褒め合った。午前9時丁度、店のドアーを開けると同時に、沢山の人達が、それ程、広くない店内に雪崩れ込んで来た。まるで物盗りが入って来たのではないかと思われるような騒ぎで、何故か怖かったが、私は微笑を忘れず、商品の紹介をした。店内は女性だけでなく、男性や子供たちまで入って来て動き回り、活気に溢れ返った。有林や樹林たちの大通りでの呼び込みのチラシの配布も、効果を発揮してくれた。日本製の安価なTシャツやチュニック、ワンピース、シヨートパンツなどが、驚く程、売れた。しかし、肝心なプリーツの服は中々、売れなかった。高級品過ぎて、中国の一般庶民には手が出なかった。でも、そのプリーツに興味を示す女性も結構いた。
「これって本当に日本製なの?」
「世界的に有名な日本の『タロット』の出している製品です。洗練された高級婦人服です」
「私の身長に合いそうね。マネキンから脱がせて、着させてくれない」
沢山の客が来ているのに、肝心なショーウインドウのマネキンの服を着たいなどと言われても、脱がすことは出来ない。その応対をした春麗姉は無理な事を言う嫌な女と決めつけて、彼女の要望を拒否した。
「それは出来ません」
「何でよ。私が着たいんだから」
「今日はオープン初日なので、お客様が多く、そんな余裕が御座いません、奥の方に似た物があるので、それを見て下さい」
「人が多くて、奥まで行ってられないわよ」
「では、ここにある花柄のハイネックなどは如何ですか?」
「こんな安物、私には似合わないわ」
「では他に何か」
「要らないわ。私、帰る」
背の高い朝鮮系のその女性は、目を吊り上げて帰って行った。私は、その様子を、ちょっと離れた所で見ていて、その女性に対応しようと思ったが、目の前の客から、相談を受けたりしていて、彼女を捕まえることが出来なかった。その上、交替で食事に行ったり、午後には祖母たちが知り合いを連れて来たりしたので、私たちは何をしているのか分からなくなる程だった。結局、初日に売れたのは日本製の安価な物ばかりだった。日本製とは言っても、それは日本でデザインしただけで、製造元は中国やタイだった。夜の7時に閉店してから、皆で売上げを計算し、1日を振り返った。私はプリーツが売れず、ちょっと落胆した。
「プリーツ、売れなかったわね」
「そうね。値段に吃驚して、誰も買おうとしなかったわ」
「1人、買いそうな人がいたけど、威張っているので売る気にならなかったわ」
「春姉さん。何で売る気にならなかったの」
「だって、マネキンの着ている物を脱がせて着せろって言うから」
「奥の方に飾ってあるのを勧めれば良かったのに」
「勧めたけど、彼女、人混みが嫌いだったから、私も面倒なので止めちゃった。だって生意気で高慢だったから。あんな女に売ってやるものですか」
「春姉さん。お客様は神様だって教えたでしょう」
「それは分かるけど、我慢にも程があるわ」
春麗姉の怒りは分からぬではなかったが、接客する者はお客さんの要望を優先し、我慢しなければならないのだ。春麗姉には、それが、商売人にとってどれだけ重要な事か、まだ分かっていなかった。それでも初日の売上は上々だった。
〇
2日目、3日目は母、紅梅、春麗姉、紫蘭、桃香、凌芳も販売に慣れて、その面白さ楽しさで、笑みに溢れていた。まさに『微笑服飾』の店員らしくなっていた。しかし、客も十人十色。明るい人、きつそうな人、穏やかな人、サッパリした人、芯の強い人、ケチな人、はっきりしない人などいて、それぞれに対応しなければならなかった。その為、真面目に対応していたら、こちらが疲れてしまう。そんなであるから、オープン初日に来たちょっと高慢な雰囲気の女性が現れると、母も春麗姉も紫蘭たちも尻ごみした。こうなったら日本のコンビニで接客慣れした私が対応するしかなかった。
「いらっしゃいませ」
「初日に見せていただいたけど、また来ちやった」
「何かお気に入りの物がありましたか」
「これ、私にどうかと思って」
彼女はマネキンの着ている『タロット』の黒のジャケットとマキシ丈スカートを見詰めて言った。それは細っそりして背の高い美人の彼女に似合うに間違い無かった。
「これは日本人の大人の女性に好まれている服で、五感に心地良い上質な服です。特にお客様のように背の高い人に、お似合いです」
「私、そう思ったの。あの店員さんのロングスカートが素敵だったから」
彼女は、初日、彼女に対応した春麗姉に視線を送った。私は彼女が、春麗姉のプリーツ姿を見て、素晴らしいと感じたのだと知った。私は彼女に『タロット』の製品を買ってもらおうと熱心に説明した。
「有難う御座います。黒は安心とエレガンスと純粋さを兼ね備えています。もしよろしかったら試着してみませんか?」
「試着して良いの。この前、あの店員さんに駄目と言われたのよ」
彼女は初日に来店した時、マネキンが着ている物を脱がせて試着しようとして断られたことを根に持っていた。
「それは申し訳、御座いません。マネキンの着ているのと同じ物を只今、準備しますから、それを試着してみて下さい」
「そう。じゃあ、そうして」
彼女がそう答えた時、隣りの紳士服店から恰幅の良い中年男が、店の中に入って来て、彼女に訊いた。
「気に入った物、見つかったかな」
「はい。これから試着するところよ」
「そうか。私は、隣りでネクタイを買って来たよ」
2人は仲睦まじく会話した。私は直ぐに彼女にマネキンが着ているのと同じ物を準備した。そして試着室に彼女を案内し、試着してもらった。カーテンの向こうで試着し終えた彼女が試着室から出て来ると、店に来ていた客が一斉に振り向いた。
「まあ、素敵。オシャレね。黒って魅力的ね」
「まるで女優さんみたい」
「とても神秘的ね」
背の高い朝鮮系の彼女は、その声に微笑して、近くにいた腹の出っ張った男に確認した。
「どう。暗いかしら」
「いや。暗い雰囲気はなど全くないよ。むしろ輝いている。気品があり、綺麗だ。買ったらどうだ」
「良いかしら」
「良いよ」
彼女は喜び、直ぐ私に注文した。私はびっくりした。日本円で10万円もする上下服が、売れたのだ。私はその品物を試着室に戻った彼女から受け取ると、丁寧に畳んで包装紙に包み、それから英文で『SMAILE』とプリントされた黒字の布袋に入れて、彼女に渡した。母の紅梅は中年男から、その婦人服代金を受け取り興奮した。私は中年男に領収書を渡した。高級品を受け取った2人は愛人とパトロンでしょうか。私は2人に深く頭を下げた。2人は悠々と店から外に出ると、道の向こう側に停めて置いた大型のベンツに乗って去って行った。母がそれを見送り、私に言った。
「営口にも、お金持ちがいるのね」
「そうね」
私は、そう答えてから、自信を持って去って行った2人の姿と東京での私と倉田社長との姿を比較していた。私も、あの女と同類なのかしら。いや、そんなことは無い。私は『スマイル・ジャパン』の社員であり、あんな高額な物を男に買わせたりはしない。中年男と背の高い美女を見送ると母の紅梅は私の肩を叩いた。
「ついに売れたね。良かったね。本当に良かった」
「そうね。そうね。本当に良かったね」
春麗姉は、そんな私たち親子の姿を見て、ちょっと悔しそうだった。でも高級品が売れたので、彼女たちも喜んだ。この日本製の高級品が売れたのは私だけの力では無かった。それは『タロット』の製品が生み出す着心地の良さと美しいフォルムを強調してくれるプリーツの魅力のお陰だった。私は『微笑服飾』が繁盛することに期待を膨らませた。
〇
月曜日、私は午前9時に『微笑服飾』に出勤し、販売の手伝いをした。姉の友達、桃香の手助けは昨日で終了し、店で働くのは母と春麗姉と紫蘭と凌芳の4人になった。午後から私は販売を手伝いながら日本への帰国準備をした。倉田社長と相談した、持ち帰る物をチェックし、そろえながら接客にも対応した。春麗姉と紫蘭と凌芳と母、紅梅も、接客が上手になり、私がついていなくても、ここ数日の経験で、ある程度、説明が出来るようになっていた。私は日本に帰国しての出張報告の資料準備の為、店舗の写真を撮ったり、店舗の図面をコピーしたり、商品の売れ行きなどをチエックしたりした。また営口市の営業許可証もコピーした。これらは倉田社長に提出する為だけのものではなかった。私に投資してくれた斉田医師にも中国店が実際にオープンしたことを分かってもらう為のものだった。前回、中国に出張するにあたって、私は斉田医師から百万円を借りて来たが、彼にはまだ返済出来ていないし、当分返せそうになかったから、借りた金を、洋服店オープンの為に使った事の証明の為の資料が必要なのだ。私は、これらの資料を揃い終えると、私は日本にいる男たちがどうしているのか気になった。赫有林のことも気にならない訳では無かったが、彼は最早、『微笑服飾』で働く金紫蘭の男であり、私の男では無かった。私は一通り持ち帰る資料が揃うと、倉田社長にメールを送った。
*こんにちは。
金曜日、営口店をオープンしました。
バタバタしていて、連絡が遅れて
申し訳ありません。
お陰様で、初日から大盛況です。
明日、予定通り帰ります。
そちらは、どうですか*
すると倉田社長からも嬉しいメールが送られて来た。
*営口店、オープン、おめでとう。
やっと、夢が叶いましたね。
こちらも、お陰様でタイの仕事が成約出来て
ホッとしています。
これから2人の夢を
更に広げましょう*
私は倉田社長からのメールを受けて、幸福感に満たされた。小さな会社ではあるが、『スマイル・ジャパン』に就職して、好きな事をやらせてもらって、良かった。これから中国店がどのようになるかは分からないが、春麗姉と組んで、営口市に店を出せたことは、一歩前進だった。とはいえ、総てがうまく進展するとは限らない。数日間、服の販売をしていて、私と春麗姉との意見の食い違いがあったりした。春麗姉は私の指示した商品の陳列に異論を主張するようになった。姉は私にこう言った。
「今の陳列方法は万全では無いわね。もっと目立つものを表に並べた方が良いと思うけど」
「春姉さんは具体的にどうしたら良い考えているの?」
「私たちが売りたいと思っている高級品を表に出すのよ。そうすれば、マネキンから脱がせて着せろなんて言われなくて済むわ」
春麗姉はプリーツの高級品をあの背の高い美人に私が売ったことが、私の手柄では無く、商品の陳列方法が良ければ問題無かったのだと言いたいらしかった。私は、それに反論した。
「でも日本の洋服店では安い手軽に買える商品を前に出して、立派で高価な商品は奥に飾っておくの。高価で大事な物を表に飾ると、色褪せたりして、価値が下がってしまうから」
「そうは言っても、ここは中国よ。中国は一番良い物を表に並べ、実力を誇示するの。この店のことは、中国にいる私に任せてよ」
「でも高級品は奥に飾らないと。うちは日本製洋服店なんだから駄目よ」
2人の口論に母、紅梅が加わると、話は尚更、こじれて纏まらなくなった。そこで私はプッツンした。
「分かったわ。春姉さんに任せるわ。私が日本に戻ってから勝手にして」
私は帰国前だというのに、春麗姉と喧嘩してしまった。春麗姉は営口にオープンした『微笑服飾』は、まるで自分一人の物のような気分になっていた。
〇
私はもっと『微笑服飾』の店員として、中国に滞在していたかったが、私の日本行きの帰国便は決まっていた。9月29日の火曜日、私は何時ものように赫有林と葉樹林の運転するマイクロバスに乗せてもらい、『大連国際空港』に向かった。同乗したのは父の志良と母、紅梅と祖母の楊優婷だった。春麗姉はまだ紫蘭や凌芳に助けてもらい『微笑服飾』のオープンセールを続けていた。これから建国記念日を迎えることもあって、沢山の来店客が続くと予想された。空港へ向かう社内では、祖母の優婷と母の紅梅が、絶えず喋り合っていた。空港に到着すると私はまず、チェックインカウンターに行き、荷物を預け、前回と同様、レストランで皆と一緒に軽い食事をした。そして12時5分過ぎ、皆に見送られ、出国ゲートを潜った。まず、両替窓口で中国元を日本円に両替し、免税店でお茶などの土産品を買って、12時半、JAL798便に乗った。機内には帰りの日本人客が多かった。午後1時丁度、JAL798便は『大連国際空港』から日本の『成田国際空港』へ向かって飛び立った。私は窓側の席に座り、1人孤独を楽しんだ。中国での1週間は実にあっという間に過ぎ去った。万全とは言えないが、一応、『微笑服飾』のオープンは成功したと言って良いでしょう。そう思うと何となく眠気を感じ、機内食を済ませた後は、ボーッとして、そのまま眠ってしまった。目が覚めれば午後4時過ぎ。何時の間にか搭乗機は日本上空を飛行していた。夕日が眩しい。搭乗機は午後4時50分、『成田国際空港』に到着。私は搭乗機から降りて、日本への入国審査を済ませ、荷物を受け取り、到着ゲートから外に出た。すると出発する時と違って、荷物の少ない私をジーパン姿の琳美が出迎えに来てくれていた。
「お帰りなさい」
「只今」
私は琳美の顔を見て、何故か涙が出そうになった。私にとって日本の家族は矢張り芳美姉一家なのだと痛感した。私たちはバスのチケットを買い、新宿行きのリムジンバスに乗り場へと移動した。バスを待つ間、倉田社長にメールした。
*お元気ですか。
只今、成田に着きました。
細かな事は明日、報告しますね*
すると私の帰国を心待ちにしていたのでしょうか、直ぐに倉田社長から了解の返信メールが入った。
*お帰りなさい。
お疲れ様。
明日はゆっくり、1日、休んで下さい。
明後日、楽しみに報告を聞きます*
私は、倉田社長の優しさのこもったメールに、これまた涙が出そうになった。何故、こんなに涙もろくなったのか。それは中国の恋人、有林を失い、自分の生活する場所が、今、立っている日本にしかないのだと、自覚したからかも知れなかった。新宿行きのリムジンバスは間もなくやって来た。私は琳美とバスにの乗り込み、営口のアパレル店が無事、オープン出来たことや、葉家の人たちの状況などを話した。いろいろ話しているうちに、バスは新宿駅西口に到着した。私は前回同様、まず自分のマンションに行き、自分の荷物を置き、その後、琳美と一緒に葉家からの土産物などを持って、芳美姉のマンションに行った。大山社長と芳美姉が出前寿司を準備して待っていてくれた。私はお寿司をご馳走になり、皆と一緒に食べながら、営口店の開店時の様子や、そこで経験した、おかしな話や、葉家の人たちのこと、実家の人たちのことなどを話した。3人とも私の話を楽しく聞いてくれた。件の高級品を買ってくれた美人の話をすると、芳美姉は笑った。
「何処にでもいるのね。そういうカップル」
すると大山社長は目をパチクリして、合せ笑いをした。自分たちも、そんなカップルだったではないかという表情だった。
〇
私は1週間の中国出張を終えて、中国店の開店の様子を一時も早く倉田社長に報告したくて翌日、休みも取らず出社した。その出社の途中、馬喰町駅で、計らずも倉田社長と出会ったのは予想外だった。倉田社長は、私を発見するなり驚いた。
「あれっ。今日、休まなかったの?」
「はい。中国店のこと、早く報告したくって」
「無理しなくても良かったのに」
「だって、念願の中国店がオープン出来たのよ。嬉しくって」
「そうだね。夢が実現したんだからね」
「そうよ。私の夢は社長の夢。社長の夢は私の夢よ」
私の言葉に倉田社長は満面の笑みを浮かべた。私たちはお互いの1週間の話などをして、事務所へと向かった。駅を出て、倉田社長の傍に付き添い事務所に向かって歩きながら、私はこれからこの社長と一緒に歩いて行くのだと確信した。事務所に着いてから、私は中国店『微笑服飾』の写真や図面、営業許可証のコピーなどを倉田社長に渡し、アパレル店のオープン状況を説明した。それと『大連国際空港』で日本円にして持ち帰った20万円の仕入れ代金を倉田社長に渡した。また中国は建国60周年記念という事で、盛り上がっている反面、公安の警戒が厳しくなっていたという説明をした。私からアパレル店の説明を細かく聞いて、倉田社長は満足した。
「いよいよ、これからだね。売上実績をつけて、2号店、3号店を出せると良いね」
「そうですね。私、頑張ります。タイの仕事も決まって良かったですね」
「うん。有難う。最近、タイばかりでなく、インドネシアや中国からの商談もあり、テンテコ舞いだ」
倉田社長は、タイとの契約が出来、仕事が忙しくなって元気を取り戻していた。彼は仕事人間だった。私は中国の出張報告が終わるや、倉田社長に中国土産を渡したり、出張費の精算などを行った。正午には久しぶりに『シャトル』に行った。相変わらず、石川婦人たちが、私に声をかけてくれた。『シャトル』での食事を済ませてから、私たちは午後の仕事に入った。倉田社長は10月末に開催される機械の展示会の招待券の宛名書きに夢中になった。私は中国店へ送る為に仕入れた商品が入荷したので、大きなダンボール箱を開梱し、中に入っている衣服やバック、靴などが商品として問題無いか細かくチェックした。こうして社長と従業員が競い合うようにして仕事に取り組む姿は,傍目からすれば滑稽であるに違いなかったが、当人たちは至って真剣だった。私たちは夢中になって自分のやるべき仕事に突進した。お茶を飲む暇も無く、私たちは頑張った。そして、一息、つけると思った時には、もう夕方の5時になっていた。倉田社長は入荷商品の確認を終えた私に言った。
「帰国早々、無理をしてはいけないから、今日は早く帰ろう」
私は1日、倉田社長と競うように自分の担当の仕事をして、自分の存在感を感じ、心身共に喜びに燃えた。そんなであるから、帰る途中、倉田社長と一緒に『シャルム』に行って抱かれることを予想した。しかし、彼は事務所を出ると、タクシーを拾わず、地下鉄の駅へと歩いた。駅から浅草線に乗り、馬喰町で今朝乗って来た新宿線に乗り換え、新宿へと向かった。その電車の中でホテルに行こうと誘われることを期待したが、誘われなかった。私たちは新宿駅の改札を出て、その場で別れた。私が見えなくなると倉田社長は、直ぐに誰かに電話を入れた。相手が誰だか分からない。浩子夫人かも知れなかった。それとも仕事の関係者へか。あるいは恋人?私は、その様子を物陰から見ていて、取り残されたような寂しい気持ちになった。一体、どうしたのかしら。私は、その後、デパートの地下の食料品コーナーに行き、食料品を仕入れた。買い物をしていても、倉田社長に素っ気なくされた為か、何となく腹が立ち始め、急いでマンションの部屋に駆け込んだ。部屋では桃園が夕食を始めるところだった。私はデパ地下で買ったコロッケ、油淋鶏、中華春雨などをテーブルに並べ、桃園が作った餃子と一緒に食べた。桃園と食事をすると、すっきりした。その後、桃園が『快風』にアルバイトに出かけると、私は食器洗いをして、1人ゆっくりと部屋で過ごした。1日の疲れが、ドッと出た。
〇
金曜日まで、倉田社長は展示会の招待券の宛名書きや、タイとのやりとり、インドネシアからの来客などで多忙を極めた。その為、私とゆっくりする時間が無く、私への関心が薄かった。仕事に燃えている時は私への欲望は起こらないのでしょうか。それとも私より好きな人が出来たのかしら。私は就業中、入荷した衣服に商品タグを付けながら、良からぬ事を考えた。私のタグ付け作業は午後2時に終了し、出荷準備の出来上がった衣服をダンボール箱に詰めた。それが終わると私は重いダンボール箱をキャリーに乗せて郵便局まで運び、中国店へ送付した。その後、私は仕事が一段落して、ゆったりした気分になった。倉田社長は相変わらず宛名書き。2千名宛てに書いているのだという。私は、それを手伝うことも無く、パソコンで中国建国60周年の映像を観て、時間をつぶした。倉田社長は夕方6時に仕事を終えた。私はそこで、食事に誘った。事務所の近くに新しく焼き肉店がオープンしたので、そこへ行き、中国店開店成功の祝杯を上げることにした。私たちは焼肉店『赤煉瓦』に入ると焼き肉を註文し、まずビールで乾杯した。
「中国店、オープン、おめでとう」
「乾杯」
やっと2人で『微笑服飾』の営口店オープンの祝杯を上げることが出来た。倉田社長は中国店のオープンと共に、タイへの機械輸出の仕事の契約出来たことにより、自信が漲っていた。食事が終わると、私たちはタクシーを拾い、鶯谷のラブホテル『シャルム』へ行った。その『シャルム』の部屋で私は久しぶりに倉田社長に抱かれた。抱かれながら私は思った。自分はこの人に絡みついて生きて行くのだと。私は恥じらいも無く倉田社長に自分の方から囁いた。
「とても貴男としたかった」
そして照れる彼に白蛇の如く絡みつき、彼を迎え入れた。すると久しぶりに私と交わる倉田社長は、優しく、ゆっくり、入れたり退いたりを繰り返し、奥へ奥へと突き進んだ。私は彼に翻弄されつつも、その侵入部分をしっかり締め付け、強く結合し、悦びに震えた。彼もまた同時に悦楽に殉じ、私の上で果てた。私は、彼をそっと自分の上から横に眠らせ、バスルームに移動し、全身を洗った。私が身体を清め、バスタオルで胸を隠し、バスルームから出ると、彼はベットから起き上がり、バスルームに入り、シヤワーを浴びて身を清めた。彼がバスルームから出て来て衣服を着終わると、私たちは帰り仕度をした。その私たちは『シャルム』から出ると、鶯谷駅から山手線の電車に乗り、新宿駅まで行き、そこで別れた。彼が小田急線に乗り換えるのを確認してから、私は総武線に乗り換え、大久保駅で下車した。金曜日の夜ということで、大久保駅界隈は日本人と外国人が入り交じり、賑やかだった。私は『ハニールーム』に向かう途中、韓国人が経営するスーパーマーケットで買い物をした。斉田医師には、あらかじめ残業して帰るとメールしておいたので、彼は病院の同僚と居酒屋で時間をつぶして、9時半にはマンションに来る筈だった。なのに私が買い物をして『ハニールーム』に着いた時には彼はまだ部屋に来ていなかった。私は久しぶりに『ハニールーム』に来たので、部屋の中を隅から隅まで掃除機で掃除を開始した。そこへほろ酔い加減の斉田医師が姿を現した。彼は少し悪酔いしているみたいだった。
「久しぶり。帰国してから、毎日、残業とは、仕事使いの荒い会社だな」
「小さな会社だから、いろいろやることがあるのよ」
「そうか、そうか。それは大変だね」
彼は、そう言うと、掃除機を持っている私を抱き寄せ行為を求めて来た。私は彼に抱きしめられ、掃除機を手放し彼の為すに従うしかなかった。彼は強引に私の唇を求め、胸を掻き分け、乳房を揉み、スカートをまくり、硬くなった物を押し付けて来た。私は彼の求めるままに、ベットの上で仰向けになった。吹きかけて来る彼の吐息は酒臭かったが、彼の硬く突き出た物が私の窪みを見つけて,はまり込むと、私には、もう酒臭さなど、気にならなかった。今日、2度目の男との交わり。それも違った男たちとの交わり。そう考えると自分の倒錯した淫乱さに感情が高ぶった。私は斉田医師にピストン運動を繰り返され、燃えた。彼を受け入れた私の愛器は潤いを増して蕩けて、ドロドロになった。彼が腰の動きを速めると、私たち2人の息は激しい調べを奏で、太い声と高い声の喜びが交錯した。
「ああ、ああ」
「ああ、いい。ああ、いい」
その荒れ狂う淫行は、満潮になるや、突然と急停止した。私は彼がバッタリして私から離れると、互いの後始末をした。欲望を満たした私たちは、それから仰向けになって死んだように休息した。私は『ハニールーム』での久しぶりの一夜を過ごした。
〇
私が中国出張している間に、日本の首相は民主党の鳩山由紀夫に交替していた。このことについて『スマイル・ワークス』の人たちは、世の中の鳩山内閣の高支持率と相反して、不安を感じていた。アメリカの経済政策の失敗により、10月から世界同時不況が始り、それに連動するように、倉田社長の仲間たちが経営する『スマイル・ワークス』も仕事が減少し、赤字に転落するのが見え見えだったからだ。そこで倉田社長の仲間たちは事務所を閉鎖し、現今の事務所の家賃の全額を『スマイル・ジャパン』に負担して欲しいと要請して来た。倉田社長は悩んだ。私を採用し、中国店をオープンし、機械関係の営業活動を継続して行くには、事務所を無くす訳にはいかなかった。倉田社長の経営する『スマイル・ジャパン』は小さな会社だが、台湾から入金があったり、タイへの機械輸出の契約が成立したり、韓国からコンサルタント料をいただいたり、中国に衣服を輸出することになり、好調な兆しが見え始めていただけに、事務所は何としても必要だった。そんなことから倉田社長は、自分や私に都合の良い場所に事務所を移転しようと考えるようになった。片道1時間半かけて通勤しているのであるから、家賃を全額負担して、こんな遠くの事務所まで通うことは無いと思うのは当然の事だった。その為か最近、倉田社長の挙動がめまぐるしく変わり、事務所にいないことが多くなった。私はとても心配になった。もしかして倉田社長は、事務所を閉鎖し、川崎の知人の事務所に移るかも知れなかった。その時はアパレル事業を中断し、私を解雇するに違いなかった。私は不安に襲われた。『スマイル・ジャパン』に入社し、アパレル事業を立ち上げ、やっと中国の営口市に『微笑服飾』の店舗をオープンしたというのに、ここで夢をストップさせられては、今までの努力が水泡になってしまう。そんなことになってはならない。私は倉田社長が今までの夢を続けることを切に願った。倉田社長が夢を広げることは、私の夢であり、私は彼と一緒に事業を進めて行くことが自分の成功の糸口であると信じていた。だから私は彼に、いろんなことを確認したかった。しかし彼は栃木のお客様と打合せがあるからとか、滝沢先輩に会うからなどと言って私に付き合ってくれようとしなかった。そして週末、やっと倉田社長が朝から夕方まで事務所にいたので、仕事を終えてから彼に付き合い、今後、事務所をどうするのか確認しようと思った。しかし、私は突然、生理になってしまった。その為、彼と付き合うことが出来なくなってしまった。私は、自分から倉田社長に声をかけた。
「私、生理になっちゃった。来週、御馳走するので、今日は大人しく帰りましょうね」
「うん。分かった」
倉田社長は納得したが、私としては倉田社長の浮気が心配だった。新宿駅で彼と別れ、デパ地下に行ってから、彼の事が気になりメールした。
*1週間、お疲れ様でした。
他の女の人と遊ばないで
家に帰ってね*
すると倉田社長から、こんな訳の分からぬメールが届いた。
*今、歌舞伎町です。
これから桃をいただくところです*
私は訳が分からないので、直ぐに質問メールを送った。
*桃って何よ?今は、桃の季節でじゃあ無いわ*
すると倉田社長は、こう返信して来た。
*桃ちゃんですよ。桃ちゃん。
気にしない。気にしない。
来週、また頑張りましょう*
私は、そのメールを見て、桃ちゃんという女性の名だと気付いた。それから女性器の割れ目を連想し、カッとなった。直ぐにメールに拳固マークと怒りマークと泣き顔マークの返信をした。それを見て倉田社長が、また返信して来た。
*ごめん。勘違いさせて。
今、フルーツパーラーで桃をいただきながら
新聞の原稿を書いているところです。
社長に拳固とはひどいな。
私には君以外、見近に女性がいないんだから
余計な事は考えないで*
私は、その文面を読み、少し、ホッとした。そういえば倉田社長は業界の新聞社から、来月号の新聞記事を頼まれていた。私は直ぐに詫びのメールを送った。
*分かりました。
変な勘ぐりして御免なさい。
来週を楽しみにしています*
それから私はデパ地下での買い物を済ませ、桃園が待っているマンションへと急いだ。
〇
10月の体育の日を含めた3連休がやって来た。その3連休の真ん中の日曜日、大学生時代の女子仲間の集まり、『微笑会』が開かれた。場所は前回と同じ、新宿の小田急デパートの13階のレストラン。メンバーは前回と同じ、渡辺純子、川添可憐、細井真理、浅田美穂、今井春奈と私の6人。ビールで乾杯した後、和風料理を食べながら、懇親の会話を交わし、互いの様子を確認い合った。何時も控え目な可憐が一番先に近況を口にした。それは彼女自身の近況ではなく、長山孝一の近況だった。
「どうせ分かる事だから、長山君のこと、先に話すね」
「えっ。長山君のこと分かったの?」
「ええ。分かったわ。彼、印刷会社を辞めて、出版社に就職したのだけれど、自分の意見を出し過ぎて、上司と喧嘩してしまい、クビになったのですって」
「それで今はどうしているの?」
「生活に行き詰まり、マンションを引き払い、料理屋の下働きをしているのですって。みっともないので、小沢君や工藤君や平林君に連絡しないでいるけど、元気でいることを知らせたくって、私に新しい携帯電話番号を教えてくれたわ」
「まあ、良かったじゃあない」
私たちは、長山孝一が可憐に連絡して来たことを知り、ホッとした。所在は明確にしてくれないが、東京都内にいることは間違いないということだった。
「彼、料理の達人になるのですって」
可憐は嬉しそうに、そう語った。私たちは明るさを取り戻した可憐の顔を見て、2人のこれからの事について、追求する気にはなれなかった。料理と言えば、渡辺純子は最近、会社の勤めの帰り、料理教室に通っていて、平林光男の妻になる為に、いろいろと努力しているとの報告だった。ちょっと、不良ぽかった純子の変わり様に、女は男によってこうも変わるものかと思ったりした。そんな純子に較べ、細井真理は相変わらず、遊んでいた。彼女は小沢直哉や川北教授、職場の上司と、相変わらず、付き合っていて、三股、四股なんて、問題にしていなかった。沢山の男と関係していることを自慢する真理の話を、ビールを飲みながら黙って聞いていた春奈の顔つきが、何となく変わっ行くのを見て、私はヤバイと思った。春奈が突然、真理にこう言った。
「真理ちゃんは、良く、そんなこと平気で言えるわね。それじゃあ、獣と同じじゃあない」
春奈のその言葉に真理は立腹した。本音を突かれて真理は怒りのやり場が無くなり開き直って言い返した。
「何よ。その言い方。貴女はモテないから、そんな言い方をするのよ。人間は獣なの。それで良いの。人間にもオスとメスがいるの。モテるメスはオスに追いかけられるの。モテない女は女の喜びを知らないの。男に抱かれる快楽は最高よ。男たちと出会うたびごとに、顔と名前を覚えるの大変だけどね」
「まあ、呆れた。真理ちゃんて、根っから男が好きなのね」
「この前も言ったでしょ。この世の中、男と女で出来ているの。小寺君だって、区役所の女と出来ているかもよ。ホローしないと駄目よ。ホローしないと」
真理の言葉に、春奈の怒っていた顔色が不安の色に変わった。それを見て真理は勝ち誇った顔になった。私は真理の中に自分と重なる部分があるのを感じ、戸惑った。そんな私に向かって真理が言った。
「愛ちゃんは大丈夫よね。工藤君とうまく行っているみたいだって、直哉が言っていたけど」
「まあね」
私は、真理の言葉に合わせた。小沢直哉が言っているのは工藤正雄からの観点であって、私からの観点では無かった。私は話のついでに、中国にアパレル店をオープンした事を話し、店名を『微笑会』の名にあやかり、「微笑服飾』にしたと説明した。それを聞いて、皆が私を祝福してくれた。レストランでの食事会が終わると、前回、利用したカラオケ店に移動した。皆、それぞれに好きな歌を唄い、カラオケを楽しんだ。純子や美穂は歌のレパートリーを増やしていた。実に楽しい『微笑会』の集まりとなった。
〇
3連休が終わり、駅から『スマイル・ジャパン』の事務所へと向かう途中、金木犀の花の香りが,鼻孔を刺激し、秋の到来を感じさせた。『微笑会』の仲間も社会人らしくなったが、私は彼女たちにどのように映ったのでしょうか。事務所に着くと、中国の春麗姉から『微笑服飾』の業績報告のメールが入っていた。私が日本に戻ってからの売上げが、極端に減少していた。どういうことか。日本製の高価な高級婦人服は私と倉田社長が目論んだ様に、果たして売れるものなのか?でもまだ始まったばかり。これからが勝負だ。焦らず、気長に商売することだ。落ち込んではならない。倉田社長は商売の秘訣を、こう教えてくれた。
「日本語で商売の事をアキナイと言う。商売は厭きないで続けるものであり、厭きずに続ければ必ず成功する」
私はこのことを春麗姉にメールして励ました。すると、春麗姉は、お客が減り、お祝いに貰った花篭が、雨に濡れて酷い状態になっているなどと、情けないことをメールして来た。私は倉田社長が、まだ出社していなかったので、春麗姉に、直接、電話を入れた。
「春姉さん。まだ、お祝いの花篭なんか飾っているの。花篭は処分して、新鮮で綺麗な花を大きな花瓶に飾らなければ駄目よ。しおれた花を飾っている店なんかに、お客は近づかないわよ」
「でも、花を買えば、お金がかかるのよ。経費節減て言っていたのは誰」
「何を言っているのよ。必要な所には、お金をかけるの。綺麗なお店でなければ、お客は近づかないの。汚くしおれた花に蝶々が近づかないのと同じことなの」
私は妹なのに姉に向かって、きつい事を言った。すると春麗姉の声が鋭い声に変わった。
「何よ。その口の利き方は。私がだらしなく仕事熱心でないと言いたいの」
「そういう訳じゃあないわ。兎に角、店を明るくして、お客を迎えるの。私が渡した服務規程を、もう一度、読み直して」
「あんなの読んでも駄目よ。お客はオープンした時は、物珍しく、沢山、来店したけど、半月もすると、物珍しく無くなり、さったぱりなのよ。これからも続けて行けるか不安だわ」
「兎に角、店を明るくして、頑張ってよ。まだ1ヶ月になっていないんだから」
「そうね。来月初めの給料日頃になったら、またお客が来るかもね」
「そうよ。元気出して、『微笑服飾』の経営者なんだから」
「そうだよね。紫ちゃんと一緒に、もう少し頑張ってみるわ」
「店の状況が、まだ順調で無い事が分かったわ。でも前向きに頑張らないといけないから、次のシーズン向けの服を至急、送るわね」
私は、店での販売が思うように行かず、イライラしている春麗姉とこれ以上、会話すると、春麗姉が尚更、怒り出す可能性があることが分かっているので、春麗姉との電話を切った。そこへ倉田社長が出勤して来た。
「お早う。何か大きな声で電話していたようだけど、何かあったの?」
「はい。中国の姉と店のことで話していたの。開店の時は、賑わっていたのに、今はお客がさっぱりなんですって」
「まだ始まったばかりだ。心配することは無いよ。お客という者は気まぐれだから」
倉田社長は、そう言って私を慰めてくれた。私は、それから冬に向けての洋服やコート、ブーツなどを選んで、卸業者に注文した。この自分が発注する品物が、中国店に送って売れなかったらどうしようと、思ったが、その時はその時。先ずは前進するしかない。午前中の仕事を終え、『シャトル』で食事をして帰ってから、私は倉田社長に『微笑服飾』の20日締めの業績報告を行った。開店当初の売り上げは好調だったが、15日以降の売上げが、さっぱりだったことを説明し、倉田社長に訊ねた。
「こんなで、やって行けるのでしょうか?」
「初めの1ヶ月程度の数値では何とも言えんよ。数ヶ月のデーターを見て分析しないと」
倉田社長は、そう答えて、直ぐに自分の仕事に取り掛かった。私は、その倉田社長の態度を見て、アパレル事業に手を出したが、この事業で利益を上げるのは中々、難しいと倉田社長が判断したのではないかと想像した。私は、ちょっと寂しい気持ちになった。そして夕方、1日の仕事を終えてから倉田社長は、私が落ち込んでいるのを感じ取ってか、浅草の『ひかり寿司』へ連れて行ってくれた。刺身の盛り合わせを註文し、ウーロンハイとユズサワーで乾杯した。それからトロを一切れ口にしてから倉田社長は私に言った。
「中国店は、まだスタートしたばかりだから、いろんなことに遭遇する。でも心配することはない。その経験が踏み石になって、1歩1歩、良い方向へ進んで行けるから」
倉田社長の優しい言葉に私は、ちょっと嬉しい気分になった。私は明るい気持ちになって、鉄火巻きやネギトロ巻き、カッパ巻きやシジミの味噌汁をいただき、満腹になった。倉田社長は珍しく日本酒を飲み、顔を真っ赤にして、ほろ酔い気分になっていた。互いに満腹になって、『ひかり寿司』を出ると、あたりはすっかり暗くなり、前方にホテルのネオンが見えた。私は千鳥足になりそうな倉田社長に声をかけた。
「少し休んで帰りましょうか」
「そうだな」
私たちは前方にあるホテル『サクラメント』に行った。ホテルの部屋に入るや倉田社長は酩酊状態。どうしたことか、私はそんな倉田社長の衣服を脱がせ彼の愛を求めた。だらしなく足を広げたまま仰向けになっている裸の倉田社長を相手に私は彼の愛を得ようと一方的興奮状態に陥った。眠りそうな彼の大事な部分を握り、大きくなれ大きくなれと呪文を唱え、しごきまわした。すると彼の大事な部分は段々と大きくなり、握る部分が脈打つ感触が私の手に伝わって来た。それを感じ私の股間は洪水状態になろうとしていた。私は彼の上に跨り、その洪水状態になろうとしている自分の陰部に彼の物を入れて上げた。すると不思議な事に陰部に入って来た物は、まるで鎌首をもたげた蛇のように私の奥へ食い込んで来た。どうすれば良いの。私の陰部はぐしゃぐしゃになり、私は彼の上でM字開脚状態で、彼より先に何度も何度も行ってしまった。このように男を相手に肉体の喜びに耽溺する私は異常なのかでしょうか。私は酔っ払いを相手に自分の欲情に戯れている自分自身の事が全く理解出来なかった。『微笑会』の仲間、細井真理のことを異常だなどと、批評する資格は、私には無かった。今井春奈のように一刀流で行くことが、本来、女としてのあるべき姿なのか、私には疑問符に思えた。倉田社長は夢見心地の中で到達点に達した。私は、その倉田社長に添い寝して1時間程、『サクラメント』で過ごした。
〇
10月末に開催される機械の展示会が近づいて来ると、倉田社長は落着かなくなった。それもその筈。かっては大勢の部下を使い、対応していた出展準備を、私と2人だけで実行しなければならなかったからだ。その役目を負った精神的プレッシャーは大変なものであるに違いなかったが、経験豊富な倉田社長は、その準備を一つ一つ進めて行った。私には初めての事なので、彼の指導に従った。ブース作りなどはアパレル店の出店に似ていて、私も意見を言わせて貰ったりした。事務所にやって来た展示会ブースの装飾業者は、若い女性の私が細かな事を指摘するのでちょっと驚いた顔をした。装飾業者が帰ると、私は自分のアパレルの仕事に取り組んだ。私はインターネットでの仕入れの購入会員になることの許可を倉田社長にいただき、冬物の安物を沢山、仕入れた。そんな時、倉田社長宛てに、『東京パック』の招待状が届いた。私は、それを見て、『スマイル・ジャパン』の展示会の参考にする為、自分も、その展示会を見に行きたいと、倉田社長にお願いした。すると倉田社長は、すんなりと了解し、私をお台場の『ビックサイト』の展示会場に連れて行ってくれた。新橋から『ゆりかもめ』という電車に乗り、まるで遊園地にいる気分になった。新橋からレインボーブリッジを越えて会場に着くと、沢山の人で、ごったがえしていた。倉田社長は、この展示会の業界と関係があるらしく、数人の知り合いと会った。出展している会社のベテラン社員、見学に来た業界の人、中国と貿易をしている会社の女社長、大連出張所の責任者など、いろんな人を倉田社長に紹介されたが、誰が誰なのか覚えきれなかった。
「あれが倉田さんの愛人か?」
そんな囁きも聞こえた。私たちは展示会場を一回りしてから、『ビックサイト』のある国際展示場前から、竹芝橋に向かった。月末の展示会場である『産業貿易センター』を下見しておこうという考えだった。その『産業貿易センター』のビルは竹芝駅で下車して、直ぐの所にあった。JRの浜松町駅からも近かった。『産業貿易センター』の下見が終わってから、私たちは事務所に戻らず、新宿に行った。駅ビルのレストランで食事をすることにした。私は週末、『ハニールーム』に行く約束になっていたので、斉田医師に、食事をしてから帰ると、メールした。それからレストラン『ガンボ』に入り、牡蠣料理を食べながら、『タロット』の冬物ジャケットやコート、バックなどの注文について、倉田社長と話し合った。私は今回の仕入金額が高額になるので、倉田社長に気兼ねして言った。
「余り売れていないのに、仕入ればかりして御免なさい」
「何も謝ることは無いよ。私たちは一緒に船に乗って、魚採りに海に出たんだ。魚を呼び寄せる為に餌を撒くんだ。餌を撒かなければ魚は釣れない。店に品物を並べなければ品物を売ることは出来ない。これから売れる筈だから、気にしない。気にしない」
私は苦しい状況であっても、それを表面に出さず、私に優しくしてくれる倉田社長の心の広さにキュンとなった。今夜もまた倉田社長に抱かれたいと思った。私は食事が終わると、今週、倉田社長に御馳走する約束をしていたので、牡蠣料理の支払いを済ませた。それから倉田社長に訊いた。
「次に行きますか?」
「いいよ」
私たちは駅ビルを出て、新宿駅東口から歌舞伎町まで歩き、何時もと違う『スタイル』というラブホテルに入った。私たちは、そこで2人で進めているアパレルの仕事が必ず花を咲かせると信じ、積極的に事業を推進することを誓い合った。それから何もかも曝け出し、燃えに燃えた。倉田社長が私に与える愛や慈しみの総てを私は思いきり自分の中に吸収した。毎回のことながら、私と40歳の年齢差のある倉田社長のパワーに驚かされた。倉田社長との休憩を終えて外に出ると、歌舞伎町のネオンが妖しい光を放ち、男や女を誘惑しようとしていた。私たちは、その光の中を新宿駅へと引き返した。私たちは新宿駅地下のコンコースで別れた。それから私は週末なので、北新宿の『茜マンション』に向かった。大久保駅で下車し、『ハニールーム』に行くと、斉田医師が日本酒を飲んで、私を待っていた。彼は私の帰りが遅かったので、不平を言った。
「遅かったじゃあないか。浮気してたんじゃあないだろうね」
「何、言ってるの。貴男が待っているのに」
私は平然と答え、着替えを始めた。すると斉田医師が突然、私に跳びかかって来た。私は斉田医師に羽交い絞めにされ、ベットの上に押し倒された。まるで獣に襲われたようだった。酔っているからでしょう。斉田医師の何時もの診察などしなかった。彼は前戯もせず、一方的に巨根をぶち込んで来た。私はそれを受け止め、今日、2度目の淫行に嬌声を上げた。外には聞こえない。斉田医師も大声を上げた。斉田医師は自分の欲望を果たすと、何時ものようにベットの上で大の字になり、大鼾をかいて眠りについた。私は、それを見届け、ゆっくりとバスルームに入った。
《 夢幻の月日⑪に続く 》