夢か現か〜パターンB〜

　自分の部屋でベッドにねころびながら私は思い出している。

　この前の親せきのお姉ちゃんのけっこん式。

　まっ白なドレスを着たお姉ちゃんはとってもきれいで、しあわせそうだった。

　いちばんはあの時だ。

　思い出しながらあの言葉を言ってみる。

「やめる時も、すこやかなる時も、とめる時も、まずしき時も、おっととしてあいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか？」

　意味はぜんぜんわからないけど、私、この言葉が好き。

　にへらっとわらって言う。

「はい、ちかいます」

　左手をまっすぐ上にのばす。

　右手にはこの前、お母さんに買ってもらったおもちゃのゆびわ。ゆびをはめるところは銀色で、キラキラの赤い宝石がついている。

　そっと左手のくすりゆびにはめる。

　その時、景色がぐらりとした。

　あれ？

　そう思っているとどんどんどこかに引きもどされて――

　目を開ける。

　瞳にはまっすぐ上に伸ばされた左手が映る。

　その薬指には銀色の指輪がはまっていた。

　あの指輪じゃない。これは――

　隣からクスクスと音がして振り向く。

　そこには先日結婚したばかりの夫が楽しそうに笑っていた。

「どんな夢、見てたの？」

　問い掛けられて理解する。

　ああ、そうか。あれは夢か。

　改めて左手の薬指を見るとそこにはおもちゃではなく本物の指輪があった。

　頭の中で幼い言葉が甦る。

「やめる時も、すこやかなる時も、とめる時も、まずしき時もおっととしてあいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか？」

　夫を見て微笑む。

　あの時の私は分からなかったけれど、今の私はこの言葉の意味を知っている。

　だからこそ、心から言える。

「はい、誓います」

　夫は不思議そうに首を傾げる。

　私がおかしそうに笑うとまた景色がぐらりとした。

　あれ？

　そう思っているとどんどんどこかに引き戻されて――

　目を開ける。

　瞳にはまっすぐ上に伸ばされた左手が映る。

　その薬指には先程よりも指になじんだ結婚指輪がはまっていた。

　隣を見る。

　そこにはこちらに背中を向けて眠る夫の姿があった。

　途端、ムカムカとした気持ちが甦ってくる。

　そうだ、私たちは今、喧嘩中だったんだ。

　夫に背中を向ける。

　何よ、なんで私ばっかり……。

　ただただ1日を妻として消費していく生活にうんざりしていた。

　改めて左手の薬指を見る。

　頭の中で幼い言葉が甦る。

「やめる時も、すこやかなる時も、とめる時も、まずしき時もおっととしてあいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか？」

　夫を見て唇をとがらせる。

　本当は誓いたくなんてないけれど……。

「はい、誓います……」

　不服そうにそう言うと寝返りをうった夫がこちらを向く。

　気持ちよさそうに眠る顔にいらついているとまた景色がぐらりとした。

　あれ？

　そう思っているとどんどんどこかに引き戻されて――

　それから様々な寝室の光景が訪れる。

　間に子どもが増えて、また2人に戻って。

　私たちは年老いていく。

　喧嘩して、仲直りして、愛情が薄くなって、また深くなって。

　良いことばかりではない。

　嬉しくなったり、悲しくなったり、幸せになったり、不幸せになったり。

　濃淡のある日々たち。

　それでも相変わらず左手薬指には銀色の指輪があって、相変わらず私は誓ってしまう。

　目を開ける。

　瞳にはまっすぐ伸ばされた左手が映る。

　その薬指にはすっかりゆるくなった指輪がはまっていた。

　私の手、随分しわしわになったわね……。

　ここはどこかしら。私の家の天井じゃない。ここは――病院？

　ぼんやりとそう思っていると伸ばされた手がつかまれた。

「どうした、苦しいのか」

　心配そうな夫の顔。

　あなたもまた年をとったわね。

　長い長い夢を見ていた気がするわ。

　私はその手を握り返す。

　頭の中で幼い言葉が甦る。

「やめる時も、すこやかなる時も、とめる時も、まずしき時もおっととしてあいし、うやまい、いつくしむことをちかいますか？」

　そう、そうね……。

　瞳から涙がこぼれる。夫の目にも私と同じ様に涙が浮かぶ。

　共に生きた人生で何度、あなたの泣き顔を見たかしら。

　私は弱く口を開いて心から告げる。

「はい、誓います……」

　景色が遠のいていく。

　遠く……遠く……遠く……