病の名前
「そういうわけなんだけど、どうして胸が痛くなるのかわかる?モニカ」
「知らないわよ」
今日はモニカの家に遊びに来ている。
それでローラ様が殿下の結婚相手という話を聞いて胸が苦しくなって昨日は殿下と話してて苦しくなったという話をしているところ。
「そしたら一緒に考えましょうよ」
「えー面倒だなー」
「そんなこと言わないで」
「だって単純なことじゃないの。ジェシーが殿下のことが好きってことでしょ」
「殿下のことは好きよ?尊いもの」
「そういう好きじゃなくて。良い?殿下は確かに王子だしそこらの女子にとっては遠い存在だけどあんたは別。あんたは殿下の隣にいることを許された唯一の女子でしょ」
「違うのよ。私は仮の婚約者だもの」
「だからそれが違うんだって。仮の婚約者の王妃教育に付き添ったり探し回ったりするわけないじゃない。王子は忙しいんだから」
「お優しいわよね殿下って」
「お優しいだけでできるわけないじゃない」
「モニカが婚約者でもそうしたわよ。モニカが小さい時病弱じゃなかったらモニカが婚約者になってただろうし」
「ないわよ、ないない。あんた知らないの?」
「何が?」
今日は冷えると言ってベッドの上に座って布団を被ってるモニカはため息をつく。
「殿下が自分で婚約者を決めたんでしょ」
「そうなの?」
「陛下に大切にしたい子を自分で選ぶんだよって言われたんだって。すぐには決められないだろうからあのお茶会のあとも何回も候補の令嬢たちと交流する予定だったってお兄様が言ってた。だけど殿下が1回目のお茶会のあと陛下がもっとよく考えても良いって言うのにあんたに決めちゃったんだって」
「それなら殿下がお優しいのは陛下との約束があったからなのね。さすが殿下、約束を守るためにあんなに苦労して」
「本当に苦労したでしょうね。小さい時のジェシーって今以上に馬鹿で自由人だったし。でもあの殿下なら嫌だったら上手いこと言いくるめて早いこと婚約解消してもおかしくなかったんじゃない?」
「うーん……そうなのかしら」
「殿下がお優しいのはあんた限定だし。あんただから大切にしてるんでしょ」
「そんなことないわよ」
「殿下なんて昔から嫌みなやつだったわよ。お兄様がずかずかと寝込んでる私のところに殿下を連れてきて顔色の悪い私をどうだ可愛いだろって聞くのに対して不細工だなって真顔で答える男だもの。しかも私の病気が治って陛下に謁見に行かされた時も殿下は前の日に転んで足を擦りむいたジェシーが心配だから話が終わったならもう良いだろってさっさと部屋から出ていったし。私も早く帰りたかったからそれはありがたかったけど」
「モニカったら一度も外に出てないかと思ってたのに王宮に行ったことがあったのね」
「なんか私の病気が治って殿下の婚約者を私に代えればって議題にあがったらしくてね」
それを聞いてドキリとした。噂話だと思ってたけど議会の議題に上がっていたなんて。
「陛下も一応本人同士で会わせてみてだのなんだの言ってたけど殿下は婚約者を決める時の話をなかったことにするのかーとか寝込んでる時に散々会ってるけど大切にしようという気が一ミリも湧かないって言うし、私は私であくまでも傍観者として楽しみたいから王妃になるなんて御免だって言って5分で帰ったけどね。移動時間と待ち時間の方が長くてやんなっちゃった」
「そ、そうなの?」
「むしゃくしゃしたからお兄様使って私を婚約者にとか言ってる馬鹿を黙らせといたわ。って言ってもお兄様使ったのは殿下もだから同じことだったけど」
そんなことがあったのね。だから噂話も具体的にモニカの名前が出てきていたことが一時だけだったのかも。
「だから殿下が大切にしてて優しくしてるのはあんた限定。ジェシーは殿下の一番近くにいる唯一の女子なんだから。今回だってそんな噂殿下が一蹴して終わりよ。殿下はあんた以外大切にする気がないし結婚するのはあんただけなんだから」
「んー……」
「なによ、不満なの?殿下大好きなくせに」
「不満っていうわけではないけど」
つまり私は殿下と結婚できるっていうこと?殿下が私以外の人と結婚するのを見ることはないっていうこと?
と、その時ドアがノックされてモニカの家のメイドが入ってきた。
「バートン伯爵家よりジェシカ様へ言付けです」
「あらま、なにごと?」
「殿下がいらっしゃったのですぐにお戻りくださいと」
「殿下が!?」
「あらあら、相変わらず過保護ね。ただの恋煩いなのに」
「大変!!殿下をお待たせするなんて!!」
私は慌てて支度をするとモニカにまた来るねと言って急いで家に帰った。
「この馬鹿!!」
「ひゃー!!で、殿下!!」
玄関の扉を開けるとそこに殿下がいらっしゃって仰け反ってしまう。
「きゃ、客間にご案内は」
「静養していろと言うのは家で寝てろということだ。呑気に友人の家に遊びに行くんじゃない馬鹿者。珍獣はそんなこともわからんのか」
「で、ですから人間です……」
「あ?」
「ひぇ!!あ、あの、殿下、こんなに寒い日にこんなところで待たなくても」
「お前が大人しく部屋で寝てればこんなところで待つことはなかった」
「そ、そうですわね、申し訳ございません」
「まあまあ、殿下、ジェシカも帰ってきましたし、ジェシカの部屋でゆっくりしてくださいまし」
「だいたい夫人も夫人で外出させるな」
「申し訳ございません。ジェシカの話を聞いてモニカ嬢に会うことが治療薬になると思いましたので」
「やはり病気だったのか!?」
「乙女が経験する病ですわね」
「それは大丈夫なのか?治るのか?」
「殿下、心配しなくても治りますわ、ご安心ください」
「そうか、それなら良いが……。さすが夫人だな。なぜこんなにまともな人間から珍獣が生まれたんだか」
「殿下、殿下、珍獣ではありませんってば。それにお母様は変わってますわ。殿下に比べてかっこよくもなくて背も低くて冴えないお父様のことが好きなんて」
「まあジェシカ。ジェシカはお父様のことが好きではないの?」
「私は好きですわ。お父様はたくさん遊んでくれたり私の話を聞いてくれたりして優しいですもの」
「私もお父様の優しいところが好きなのよ」
お母様はそう言うけど私だったらお父様と結婚したいと思わないと思った。殿下と結婚できるなら良かった。
あら?良かったのかしら。そう思いながら殿下を見上げる。殿下は何かぶつぶつ唱えてるみたい。
「殿下?どうしましたの?」
「……いや、やっぱり寝ていた方が良い。ほら、行くぞ」
「あ、は、はい」
殿下に手を引かれて私の部屋に入るとベッドに押し込まれる。
「寒くないか?」
「大丈夫ですわ」
「そうか」
この優しさは私にだけ。それなら私は殿下を好きになって良いのかな。恋……尊い殿下に恋しても、離ればなれになっちゃうことがないならしても良いのかな。
「やっぱり痛むのか?医者を呼ぶか?」
優しく頭を撫でながら顔を近付ける殿下に顔が昨日みたいに熱くなる。どうしよう、これまでこんなことなかったのに。
「顔が赤い。熱があるんじゃないか?」
「だ、大丈夫ですわー!!」
おでこと頬にそっと触れてくれるのが恥ずかしくて布団を被ってから鼻の上まで下ろして殿下を見る。
「煩い。大人しくしてろ珍獣」
「うう……申し訳ございません」
眉間にシワを寄せながら怒る殿下に謝ると殿下はふっと柔らかく笑った。
「だけど大人しくしていたらお前じゃなくなるな。早く元気になって騒いでいろ」
「煩いっておっしゃらないですか?」
「言う」
「えー……」
「だけど悪くはない。気が向いたら構うからお前はいつも通りにしていれば良い」
「えへへ……殿下」
「なんだ」
「好きです」
好き好き大好き。本当は他の人と結婚してほしくなかった。結婚してずっとそばにいたかった。
だけどいつか離れることになるならって国民の1人として慕っているだけだと思い込んでいたみたい。こんなに優しくて素敵な人に恋しないわけなかったのに。
「は?次は銅像で表現するんじゃなかったのか?」
「はい?」
初めて恋してる気持ちを伝えたつもりだったのにもしかして伝わってない?
「ああ、そろそろ行く時間だ。じゃあ今度こそちゃんと休んでるんだぞ」
「え、あの、あ、はい」
殿下はあっという間に歩いていってしまって扉の前で振り返った殿下に手を振ることしかできなかった。
「今日ちゃんと休んで良くなったなら王女に会いに行けば良い。寂しがっていたからな」
「ローラ様が!!は、はい!!」
早くローラ様に会いに行かないと!!あれ?でもローラ様は殿下に嫁ぎにくるために来たんじゃなかったっけ?殿下が私と結婚してくれるつもりならローラ様はどうなっちゃうんだろう。明日聞いてみなくちゃ。