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きっかけになった日


「また妃教育から逃げてきたのか」

「ひゃっ!!」


 生け垣のそばにしゃがみこんで泣いていた私は突然の声に驚いて顔を上げる。


「あ、で、殿下?」

「はあ……」

「ご、ごめんなさい」


 お父様に王子様の婚約者になったって言われてから半年。私はたくさんの知らない大人の人がいる王宮でほぼ毎日お勉強をしてる。


 でもお勉強は嫌い。コーリア侯爵夫人のお話は呪文みたいで何を言ってるのかさっぱり。お父様のお話も同じでよくわからなくて嫌い。


 だけどお父様は優しくて私の嫌いな食べ物を食べてくれたり一緒に遊んでくれるから大好き。


「そんなに勉強が嫌なのか?」

「え?」

「父上と遊んでいたいと」


 あ、私今口に出してたみたい。お母様に怒られちゃう。気を付けなくちゃ。


「母上に怒られるのか」

「あ、また!!」


 私は急いで口を両手で塞いで殿下を見上げる。


「……お前は馬鹿だな」

「ごめんなさい」


 お勉強は嫌い。王宮の知らない大人の人たちも嫌い。だってこの半年何回も何回も私は馬鹿だって言ってる。


「そうか。それは厳しく言っておかなければな」

「……またやっちゃった」


 これだから馬鹿だって言われちゃうんだと思いながら私はもう思ってることを口に出さないようにって気を付ける。


 妃教育のことはお母様に連絡されてお母様は普段は優しいけど怒ると怖いから。あ、今のは口に出してないかなってもう一度殿下を見る。


「なんだ?」

「今お母様は怒ると怖いって思ったのは口に出してたかなって」

「口に出してはいなかったがそうか。バートン伯爵夫人は怒ると怖いのか。昔から穏やかで淑女の鑑と評判だったと聞いていたが母親になると変わるのだな」

「あ!!駄目です!!お母様にお外でお母様は怖いって言っちゃ駄目って言われてるんです。貴族社会は噂が広まりやすいからお母様は優しいって言わないといけないんです。あ、お母様は本当に普段は優しいんですけどね。お父様と違ってお話もわかりやすくて楽しいですし。いつもお母様が考えたお話を聞かせてくれるんです。桃から子供が出てくるお話とか」

「桃から?果物の桃か?」

「はい!!でも大きな大きな桃なんだそうです!!」

「そこから子供が出てくるのか?」

「はい!!それで鬼っていう悪い人を倒しにいくお話です」

「変わった話だな」

「でも面白いです!!他にも女の子が狼に食べられそうになっちゃう話とか」

「狼の被害に遇うのか」

「狼といえば3匹の豚さんのおうちを壊しちゃうお話もあります。あとは舞踏会でガラスの靴を落としたら王子様が探しに来てくれて結婚するお話も面白かったです。義理のお母様やお姉様たちに意地悪されていたんですけど王子様と結婚して幸せになったんです」

「そうか」

「でもお話は面白くて好きですけど本当に幸せになれるのかなって思います」

「なぜだ?」

「だってジェシーは王宮で意地悪なことばかり言われます。だからその子もお城で意地悪されちゃうんじゃないかなって。王子様のお妃様になんてならなきゃよかったって思うんじゃないかな」

「……お前はなりたくないのか?」

「なりたくないです。意地悪されるし勉強は嫌いだし」

「そうか」


 早く帰って遊びたい。それに朝妃教育行きたくないっておうちで騒いでたら料理長が美味しいケーキを用意してくれるって言ってたから早く食べたい。


 あ、また口に出してたかもしれないと思って慌てて殿下を見上げると何か考え込んでるみたい。どうしたのかなって思っていると殿下は急に私の腕を掴んだ。


「殿下?」

「行くぞ」

「へ?どこにですか?」


 殿下は答えてくれないままだったけど私はおうちに帰れるのかなって思いながらついていった。だけどついたのは何もない場所だった。


「殿下、ここおうちじゃないです」

「誰も家に帰すなんて言ってないだろ」

「おうち帰れるのかと思った……」

「……見てみろ」


 殿下が前を指差す。


「何ですか?」

「城下町だ。見てみろ、あそこにはお前が見たことのないほどの人で溢れてる」

「わあ!!小さい人たちがたくさんいます」

「ここから見てるから小さく見えるだけだけどな」

「すごいです!!あそこにいっぱい人が集まってるのはなんでしょうか」

「今日は大道芸が広場で行われると聞いてるからそれだろうな」

「えー!!見たいです!!」

「さすがに今日今からあそこに行くのは無理だから今度な」

「むー……あ、あの並んでるのは何ですか?」

「出店じゃないか?いくつか出店するらしい」

「出店……普段はないのですか?」

「普段からあのスタイルで店をやってるところもあるだろうしそうじゃないところもあるんじゃないか?」

「へえー!!あ、ずっと向こうのおうちの屋根に人が乗ってますよ。何をして遊んでるんでしょうか」

「遊んではないだろう。屋根が壊れて直してるんじゃないか?」

「え!!何があったんでしょうね」

「わかるわけないだろ」

「え!!わからないんですか?」

「事件があったとか話は聞いてないから大したことはないんだろう」

「ほぇー。殿下はなんでも知ってると思ってました」

「なんでもかんでもわかるわけじゃない」

「そうなんですかー」

「でも出来る限り知ろうとは思う」

「んー?」

「何があって何に困ってて何があると良いのか。……とにかくここから見える城下町だけでも多くの人がいる。国中を考えればその何倍もの人がいる。お前は王宮にはたくさんの知らない大人がいると言ったな」

「ほぇ?は、はい」

「そのたくさんの大人はあの城下町にいる人たちの比じゃないだろ」

「ひ?」

「王宮で何人の大人に会ったんだ」

「んーと、門のとこに2人いたり廊下で2人話してるのを見たり……別の日に違う人がいて……」

「お前が人見知りだと言うからお前が逃げて出歩かなければ門番2人とコーリア侯爵夫人くらいしか会わないようにしてるんだけどな」

「え!?そ、そんな、でもお勉強は嫌で……」

「お前が逃走中に会ったやつらはこの国のほんの一部だ。会う人数を限りなく減らしてこうなるのなら逆に増やすべきなんじゃないか?好意的な者だっているだろうし」

「増やす……あの、私は人見知りで……」

「そう言うが俺と普通に話してるだろ」


 私はハッとした。今日まで何度も王宮に行きたくないって騒ぐ私をおうちまで迎えに来てくれたりお勉強から逃げる私を探しに来てくれたりする殿下といつのまにか普通にお話できてる。


「私人見知りじゃなくなったのでしょうか?」

「まあ半年も経てば人見知りでも慣れるんじゃないかとも思うけどな」

「そ、そうでしょうか?でもお父様のお仕事仲間という方とは私がほんの小さな時から会っていますが未だに話せません。言葉が難しすぎてちんぷんかんぷんで」

「それは人見知り関係ないだろ」

「そうなのでしょうか?」

「淑女は茶会で交流するんだろう。適当に見繕って」

「それなら城下町に行きましょう!!」

「は?」

「私城下町に行ってみたいです!!お忍びというのですよね?殿下はお忍びしたことありますか?」

「それはないが」

「あら?でもさっき城下町に詳しかったですよね?」

「だから報告が上がってるものしか知らない」

「そうでしたそうでした。私は記憶力は良いってお母様やお父様やみんなに誉めてもらえるんですよー」

「そうか。あまり役に立ちそうにないな」

「そんなことないですよ。きっと大人になったらお馬鹿じゃなくなって役に立つはずです」

「いや、お前は一生そのままな予感がする」

「そうですか?あ、そういえば殿下はいつもここから城下町を見てるんですか?」

「時々な」

「出来る限り知ろうと思ってるって仰ってましたね」

「ああ」

「どういうことですか?」

「お前に言っても理解できないだろ」

「うーん……そうかもしれませんけど」

「大人になったら話す」

「わかりました。じゃあ大人になったら聞きます」

「そろそろ戻るか」

「やった。おうちに帰って良いんですか?」

「はあ?まだ時間じゃないだろ。俺は見張ってることにするから行くぞ」

「そんなー……」


 この日から殿下は都合がつく限り妃教育に付き合ってくれるようになった。だけど私は変わらず隙を見て逃げて捕まって連れ戻されて、と繰り返した。


 でも数日後、殿下にモニカと引き合わせてもらったり誰にも劣らない才能を身に付ければ誰もお前に文句をつけないだろうというお言葉をもらったり、私にとって殿下は特別になった。


 王宮の意地悪を言う人たちの言う通りいつか婚約者じゃなくなるんだとしても殿下は尊い存在なんだって。




「ジェシカ」

「んー」

「ジェシカ、帰るよ」

「んー?あれ?お父様?」


 目の前にお父様がいた。


「あれ?さっきまで殿下と……」

「夢でも殿下と一緒だったのかな?」

「んー……お父様、私小さい時の夢を見てたみたいですわ」


 懐かしい夢だったな。子供の時の殿下も尊い。


「あら?ところでどうしてお父様がこちらに?」

「殿下に呼ばれたんだよ。それから明日は妃教育もマチェルダの王女様と会うのも中止で静養してって」

「え!?妃教育がなくなるのは嬉しいけど……ローラ様に会えないのー!?」

「念のためだって。殿下がすごく心配してたよ」

「わかりましたわ。静養ね、静養……」


 でもこんなに元気なのに静養なんてつまんない。そうだわ、明日はモニカのところに遊びにいこうっと。


 私はお父様に殿下が今日も優しくて素敵だった話をしながら家に帰ってお母様にも同じ話をした。



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