痛み
今日は午後からローラ様に会いに行く。コーリア侯爵夫人が用事があるみたいで今日の王妃教育は中止になったからローラ様に会う時間より早めに王宮に来て殿下に会いに来た。
外から帰ってきた殿下の隣を歩きながら話す。
「私ローラ様とすっかりお友達になりましたのよお友達」
「そう思ってるのはお前だけじゃないか?」
「そんなことありませんわ。ふふ、王女様にお友達だなんて不敬なのではと心配してくださっているのですわね。でも大丈夫ですわ。直接聞きましたもの。お友達だって言ってくださったのです」
「お前変なことばかり話してるんじゃないだろうな」
「してませんわよ。どれだけ殿下が素晴らしいのかお話ししているだけです」
「してるじゃないか、この馬鹿珍獣、愚図、ボケ」
「痛い痛い痛いですわ殿下!!ああ、でも痛気持ちいいくらいで頭を叩いてくれる殿下はやはりお優しいですわ」
あれ?
頭は痛気持ちいいけどちょっと違うところが痛いかも。殿下が優しいのはいつものことなのに。
そういえば殿下が忙しくて家に来てくださってからまたしばらく会ってなかった。もしかしてローラ様との結婚の話が進んでるのかな。
「おい、どうした?」
「んー……この辺りが痛くて」
この前みたいに胸の辺りがズキズキして押さえる。
「なんだと!?」
「きゃ!?」
急に殿下に手を引かれて転びそうになりながらも手の温かさにまた胸が痛くなった。
殿下はそばにいた護衛にお医者さんを呼ぶように言うとずんずん歩いていった。
「あ、あの、殿下どちらに行かれるのですか」
「心臓の病かもしれないだろ」
「ええ!?そうなんですか!?」
さっきまで元気だったのに私って病気なの!?
「こっちの方が早いか」
「わわっ」
なんで殿下に横抱きされるの!?
「殿下の腕に、あわわ、尊い殿下が、な、なんて恐れ多い」
「おい、危ないから腕首に回せ」
「ええ!?そ、そんなこと無理です!!」
「あんまり騒いでると舌噛むぞ」
「それは嫌です!!」
「じゃあ言う通りにしろ」
そう言いながら一瞬しゃがんで私を抱えなおすからびっくりして慌てて殿下の首に腕を回した。
殿下の顔が近くてまたびっくりして殿下の胸に顔を埋める。
「そのまま大人しくしてろよ?」
そして殿下がまた歩き出す。私どうしちゃったんだろう。心臓もばくばくしてるし身体中熱い。本当に病気なのかな。どうしよう。殿下に会えなくなっちゃう。
しばらくすると殿下がある部屋に入って私をベッドに降ろした。
「殿下、ここは?」
「お前の部屋だろ」
「え、私の?」
キョロキョロと見渡しても何の変哲もないシンプルな部屋。
「よく寝てたろお前」
ああ、そういえば小さい時は宮殿にいるたくさんの大人たちに会うのも怖いし勉強も嫌だし殿下は毎日は一緒に勉強できなかったしで王妃教育が終わったら疲れて眠っちゃっていつも気付いたらベッドで眠ってた。
殿下が連れてきてくれたのって小さい時は無邪気に聞いてたけど今みたいに抱き抱えられてたらとんでもないことだ。
実際には王妃教育が行われる部屋とここは別の建物だし大人の護衛が運んで連れてきてくれていたと教えてもらった。
「なんだか懐かしいです」
「最近寝なくなったからな」
「最近って12才くらいの時にはもう寝てなかったですわ」
そう話していると扉がノックされておじいさんが入ってきた。
「おじ様!!」
「おやおや、元気そうですな。お久しぶりでございます、ジェシカお嬢様」
小さい時に王妃教育から逃げて転んで怪我をしたらこのおじ様が手当てしてくれた。
今思うと宮廷侍医という地位の高い人に怪我の手当てをさせていたなんてとんでもないことだった。でもおじ様はいつも優しくて大好きだった。
「元気そうに見えるが心臓が痛いらしい。早く見てくれ」
「おやおや、では少し見せてもらいますぞ。……殿下?」
「なんだ」
「お嬢様を診察しますので殿下は部屋から出ていただきませんと」
「なぜだ。お前とこいつを2人にするわけにはいかないだろ」
「おやおや相変わらずですな。ですが儂は医者ですから。それにお嬢様の侍女殿がおりますゆえ」
「は!?」
「ユーリ!!いつからいたの!?」
ドアの横にユーリがいて殿下と一緒に驚く。
「私は護衛ですからいつでもお嬢様の近くにおります」
「そうだったわ」
「そういうことですから殿下は部屋の外でお待ちくだされ」
「……仕方ないな」
殿下がお部屋を出ていくとおじ様がため息をついてから診察を始めてくれた。
「はい、終わりですぞ」
「おじ様、私病気ですの?」
「いやいや、健康そのものですな」
「本当ですか?」
「本当です」
良かった。病気になったら殿下に会いに行けなくなっちゃうところだった。
「殿下、もう入って良いですぞ」
おじ様が扉に向かってそう声かけると扉が勢いよく開いて殿下が入ってきた。後ろからさっきまでいなかったクレイグも一緒に。
「どうだ?病気か?治るんだろうな?」
「殿下、お嬢様は健康です」
「そんなことはない。さっきまであんなに苦しそうだったし顔も赤かった」
「問題ありませんよ。お嬢様、具合はどうですか?」
「そういえばさっきまで痛かったけどもう何ともないかもしれないわ。おじ様すごい」
「本当に大丈夫なんだろうな」
「医者の言うことは信用してくだされ」
「殿下、私元気ですわ。大丈夫です」
「……そうか?」
「では儂は失礼しますぞ」
お部屋を出ていくおじ様にお礼を言ってからベッドから起き上がろうとすると殿下が駆け寄ってきた。
「今日は休んでいろ」
「え、けど大丈夫ですわよ」
「いや、だめだ」
「んー……」
布団から出ようとすると殿下が布団の上から肩を押さえてしまう。
「殿下は心配性ですわね」
「馬鹿。お前が心臓が痛いなんて言うからだろ」
「ですがそろそろローラ様に会いに行かなければなりませんわ」
「今日は中止だ」
「そんな……」
今日もローラ様に殿下の素晴らしさを伝える義務があるのに。そう思ってたら舌打ちが聞こえた。
「さっきは問題ないと言われていたが調子に乗って倒れてもしたらどうする」
「でもローラ様も楽しみにしてくださってるはずなのに……」
「……なら俺が代わりに行く」
「え」
「そもそも無理にあの王女に付き合わなくて良い。放っておいても適当にしてるだろう」
「でも……」
「まあ、毎日来てるお前が来ないんじゃ調子が狂うかもしれないしな。代わりに行ってやる。まったく、おまえと王女は本当に仲が良いな。本当は王女からもお前と友達になったと聞いてる。お前と話していると楽しい、こっちに来て良かったって」
ローラ様が殿下にそんな風に話してくれてたのが嬉しい。けどどうしてだろう。また胸が痛くなってきた。
「そういうわけだからお前はここで休んでろ」
優しく頭を撫でてくれる殿下の滅多に見れない笑顔は嬉しいはずなのに。ローラ様の所に向かう殿下の後ろ姿を見ながらなぜかまた胸が痛くなってきた。
「クレイグー」
「なんだい悩める子羊ちゃん」
「うう……やっぱり良い……」
殿下が部屋から出ていって同じく出ていこうとするクレイグを思わず呼び止めてしまった。最近大人しいクレイグだけどやっぱり苦手だ。
「モニカにでも聞いたらいいよ」
「そうするわ……」
クレイグは後ろ手をヒラヒラさせて出ていった。
ユーリが布団をかけ直してくれると瞼が重くなってしまった。
私はずいぶんこのベッドを使ってなかったけど今は誰かが使ってるのかな。良い匂いがするしふわふわだしまるでいつでも眠れるようにしていたみたい。王宮のベッドってどれもそうなのかな。
ふわぁ……昼寝なんて久しぶりだわ。