お忍び
「ローラ様、まずはこちらですわよ!!」
翌日町娘風のワンピースを着た私とローラ様は城下町を巡り始めた。
「おば様こんにちは!!」
「おや、ジェシカお嬢様、こんにちは」
「こちらはマチェルダ王国の王女様よ。見ての通りお忍びなの。あ、私もお忍びよ」
「ジェシカ、それではお忍びにならなくてよ」
「大丈夫ですわ。いつもこうですもの」
「なんのために変装してると思っていて?」
「気分を盛り上げるためかしら?」
「……もう良いわ」
「とにかくおば様、ローラ様に殿下の話をたくさん聞かせてあげたくて連れてきたのよ」
「そうでしたか。アレックス殿下は小さい時から聡明なお方でしたね」
「ローラ様、聡明ですって。さすが殿下!!」
「陛下も子供の時はよくお忍びでこの辺りを通っておりましてね、見た目がそっくりなものだからすっかり時が戻ったのかと思うくらいです」
「陛下と殿下はよく似ているものね」
「ジェシカお嬢様と一緒に町に来るようになってからの殿下しか知りませんが王宮から聞こえる噂とは別人で驚いたものです」
「噂?殿下の噂!?どんな噂だったの?」
「いえ、お嬢様は気にしなくて良いのですよ」
「殿下がかっこいいとか?」
「そのようなものです」
「そうなのね。ローラ様、殿下は城下町に噂が伝え広まるほどみんなの関心を引いているのですわ」
「物は言いようね」
「では他の人にも話を聞きに行きましょう」
そうして次々に殿下の話を聞いていった。私が城下町を見てみたいと言い出してから時間がある時には一緒にお忍びに来てくださる優しい殿下の話をぜひマチェルダに広めてほしい。
「あら?モニカのお父様?」
少し離れた通りをモニカのお父様が歩いていた。
「誰?」
「モニカ、私の親友のお父様ですのよ。おじ様!!」
「ん?やあ、ジェシー。今日もお忍びかい?」
おじ様は昔からモニカに会いに行く私にすごく優しくしてくれる。
「そうですわ。マチェルダ王国の王女様とお忍びですの。あ、大丈夫ですわよ?ちゃんと陛下や妃殿下には城下町をご案内しますって伝えてるし護衛も離れたところにいますの」
おじ様は優しいけどいつも口うるさ……いえ、注意してくるの。モニカにもモニカのお母様、おば様にも長い長いお説教をするのよ。お父様と違って難しい言葉や話をしないぶんわかりやすいんだけど長くて疲れちゃう。
「そっか。それなら良いけど遅くなる前に帰るんだよ?」
「わかってますわ」
「ああ、思い出したわ。あなた宰相補佐の」
「左様でございます。不自由なことはありませんか?」
「ええ。タハマーレは素敵な国ね」
「ありがとうございます」
「ねえ、おじ様はこんな所で何をしていますの?おじ様もお忍び?」
「仕事だよ。ただのお使いだけどね」
「それってモニカが言ってる裏の仕事っていうものですの?」
「それはモニカの読んでる小説の中の話だよ」
「現実ではそういうものはありませんの?」
「ジェシカ、隠密の話をこんな所でペラペラと話すわけないではないの」
「そうなのですかおじ様」
「まあそうだね。けど僕は正真正銘ただのお使いだよ。そういうのは美形キャラの役目らしいよ」
「美形キャラ?なんですの?」
「さあなんだろう。でもメインはみんな美形らしいんだ。僕みたいに冴えない男は脇役なんだってさ」
「おじ様のお家は名家ですのに脇役ですの?」
「同級生と上級生にとびきり目立つ人たちがいたからね。でも僕は脇役で良かったよ」
「何故ですの?」
「思いがけないことに美人がお嫁にきてくれたしね」
「まあ!!聞いてくださいましローラ様。これが惚気というものですわ。おじ様とおば様はお互い大好きなのですの」
「なんであなたが嬉しそうなの?」
「楽しくありません?恋の話」
「マチェルダでは政略結婚ばかりだし私はジェシカみたいに気さくにそんな話は聞かないもの」
「そうですのね。けどこの国でも政略結婚ばかりですわ。お母様もおば様も決められた婚約者はいなかったそうですけど。そうですわよねおじ様」
「おっと、もう帰る時間だ。じゃあねジェシー。ローラ王女、楽しんでいってください」
おじ様はそう言うとすぐに歩いていってしまった。
「おじ様お忙しそうですわね」
「思いっきりはぐらかされてるではないの」
「そうですか?」
「まあ良いわ。それで、次はどこに行くの?」
「そうですわね……お腹は空いてませんか?お昼にするのはいかがです?」
「そうね。ではお昼にしましょう」
「それではあちらのお店にどうぞ!!マルコのお友達のお店ですわ!!」
そう言ってローラ様をお連れしたのは路地裏のこじんまりとしたカフェ。
「へえ、マチェルダにも最近でき始めたの……よ……なにあれ」
「あらマルコ!!来てたのね」
マルコのお友達の女性が旦那さんとやっているお店には先客でマルコが来ていた。
「あらーん、お嬢様じゃない。まあ!!キュートなレディねー!!」
「マチェルダ王国の王女、ローラ様よ」
「あらあら!!お人形さんみたいなのね!!さすが王女様!!」
「ジェシカ、この人は?」
「私の屋敷で庭師をしているマルコですわ」
「初めまして王女様ー」
「男なの?女?」
「ローラ様、マルコは男性ですが心は女性なのですわ」
「まあ……そうなのね、話には聞いたことがあったけど初めて会ったわ」
「マチェルダ王国にもいるわよー私の友達がねー」
「まあ、そうなの?マルコは顔が広いのね」
ローラ様はマルコが気になるみたい。じっと見つめてるローラ様を椅子に座ってもらうように促して紅茶とこのお店のおすすめパンケーキを食べる。
「マルコはこの国にもお友達が多いわよね。私はモニカしか友達がいないけれど」
「この国ではこの人みたいな人が多いの?」
「いえいえー。これでも肩身が狭いのよー王女様」
「思いっきり目立ってるけど。そんな大きな女物のドレスがあるの?」
「特別に作ってもらってるのよー」
「仕立て屋に私の友達がいるのですよ」
「あなたはこの人の友達なの?」
「ええ。といっても最初はがっしりしてて男らしい方で素敵って憧れていたのですけどね」
「カミングアウトして旅に出てこの国に帰ってきてから良いお友達なのよん」
「それをすんなり受け入れたと」
「マルコは昔から女の私より女の子らしかったので。私も仕立て屋をしてる子もやっぱりねって思いました」
「おかげで妻も諦めてアプローチしてた僕と付き合ってくれたんです」
「恋敵にならなくて良かったわねん」
「それにしてもここの人たちは随分貴族や王族に慣れているのね」
「そういえば何故でしょうね」
「陛下が妃殿下と学生時代からよくお忍びで来ていたそうよー。なんでも辺境伯のお転婆お嬢様のおかげでお忍びじゃなくなってたみたいだけどねん」
「辺境伯……」
辺境伯のお嬢様といえば確かモニカのお母様のはず。明るい人だけど昔からお転婆だったのね。おば様はお母様の1つ下の学年でお互いよく知らないと言ってたからおば様がそんなにお転婆だったなんて知らなかった。おば様本人は美少女で人気者だったのよっておほほほほって高笑いしながら言ってただけだし。
今の学園は男子と女子で別れてるけど昔は男女共学だったらしいからもうそこから想像できないんだけど。
「そうそう……そこに時々もう2人一緒に来ていましたよ」
マルコの友達が言う。
「私の実家は通りで食堂をしていましてね。陛下たちがお店に馴染んだかと思えば今度は公爵のご令嬢も店の食べ物を食べ始めたから恐ろしかったと母が言ってました。ただでさえ王子がうちの庶民的な食べ物を食べてるのもとんでもないことなのにって」
「公爵家……まさか、いや別のよね」
「当時の王太子の婚約者でしてね。うちの店どうなっちゃうのかと私も子供ながらにびくびくしてしまいました」
「コーリア侯爵夫人だわ!!」
衝撃すぎて大きな声で叫んでしまった。
「コーリア侯爵夫人?ああ、財務大臣の?」
「そうですわ。私の王妃教育をしてくださっていて」
「会ったことはないけれどそんなに驚くことなの?」
「もちろんです!!あの恐ろ……生真面目な貴族の鏡のような人にそんな子供時代があったなんて!!」
「もう1人も大人しいけれどニコニコしてお優しそうな方でした。詳しくはわからないですけど大貴族だったそうですね」
「この国はなんというか……平和じみているのね」
「マチェルダ王国は……えっと」
「お忍びなんてしたらすぐ狙われるでしょうね」
「ローラ様……」
マチェルダ王国は元々あった小国を纏め上げて創られた。今では多民族国家として近隣諸国とは一線を画す大国として知られている。
今のローラ様の兄弟たちとの王位を巡る争いもあるし国民たちの争いも絶えないとも聞いている。
「あらー暗い話になっちゃったわねん。そんな時は甘いものを食べたら良いわよ。はい、あーん」
「な……ちょっと」
「わあ!!マルコ!!私にも!!」
「ふふ、はいお嬢様にもあーん」
マルコがパンケーキに乗ったアイスをローラ様にあーんするから私もしてもらう。
「んー!!冷たくて美味しい!!ローラ様、美味しいですわね」
「え、ええ、そうね」
「マチェルダ王国は確かに争いは絶えないけど私の友達はマチェルダが好きだって言ってるわよん。食べ物は統一前そのままの料理が他の場所に入り交じっているからいろんな国の食べ物を食べれられてるようで得した気分になれるしってね」
「そう……そう思ってるのね。私も直接聞いてみたいものだわ」
「聞いたら良いですわよ!!ローラ様も!!マチェルダ王国の人たちもローラ様と話したいと思ってますわ」
「ふふ、そうね、そうしてみるわ」
「そうそう、マチェルダ王国から輸入し始めてからこの国でもおしゃれなものが増えたわよねん。香りつきの洗剤とかお化粧品も」
「あなたが化粧するの?」
「スキンケアはするわよん」
「へえ……そうなの」
「そういえば私はおしゃれはよくわかりませんけどマチェルダ王国の生地はすごく良いってメイドたちが話してましたわ」
「色が素敵よねー」
「あれは1つ1つ職人が染めてるそうよ」
ローラ様はマルコとすっかり打ち解けて女子トークを始めた。メイドたちとマルコたちとの会話にいつも置いてけぼりの私にはよくわからない話も多かったけど時間いっぱい楽しく過ごした。