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珍獣令嬢

 ある国にはそれはそれは美しい王子様がおりました。王子様の髪は銀色、瞳は澄んだエメラルドグリーン、そんな王子様の一番の魅力はあの色気溢れる切れ長の目。


 若干8才にして集まったレディたちをあまりの美しさで気絶させたという逸話もあるほどです。


 18才となった今ではお年寄りから赤ちゃんまで全てを魅了する罪なお方です。そんな王子様は容姿端麗なだけでなく頭脳明晰、運動神経も抜群。学園では国一番学があると言われていた教師と議論を交わし、愛馬に乗っている姿はまさに白馬の王子様。


 鍛え上げられたその肉体で剣を振る凛々しい姿は堪らない。ええ、本当に……じゅる……美しいわ。


「はあ……もう汗すら神々しいですわね」

「おい」

「ああお美しい」

「目の前で拝むな」

「はっ!!で、殿下!!」


 いけない。私は慌てつつも優雅にカーテシーをする。


「涎出てるぞ」

「まあ淑女が涎だなんてそんなわけありませんわ。殿下ったらご冗談を」


 美しいご尊顔は眉間に皺が寄ってもなお美しい。


 私がうっとりしていると殿下は上を見上げて息を吐く。背の高い殿下の顎しか見えなくなってもそのラインがまた美しい。顔の輪郭も完璧。


「お嬢様」


 横からスッとハンカチを差し出されてその持ち主へと顔を向ける。


 その私の侍女がハンカチを持ってる方と逆の手で自分の口元を触る。


 訳がわからないと首をかしげると今度はハンカチを手に握らされた。


「え、何?何なの?」


 何の気なしにユーリの仕草に合わせてハンカチを自分の口元にあててからそれを見ると湿っているような……。


「……涎?」

「はあ……」


 ため息が聞こえて今度は殿下の方を向くと殿下はおでこに手をあてて下を向いていらっしゃた。


「クククッ」


 殿下の隣にいたクレイグはお腹を抱えて笑いだした。


「ちょっと!!そんなに笑うことないじゃない!!」

「ごめんごめん」

「本当に悪いと思っていて!?」

「思ってるよ」

「おい珍獣」

「はい殿下!!珍獣じゃありませんけど!!」

「間抜け面を晒すな」

「辛辣な殿下も素敵ですわ」


 容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群な殿下は性格も次期国王陛下に相応しい。視察に行く先々で民からの声に耳を傾けてくださる。


 私には辛辣なお言葉も多いけれど。殿下からかけてくださる言葉なら全部嬉しいけど昔から珍獣って言われるのは訂正してる。だって人間じゃないと殿下と話せないし殿下の素晴らしさを広めることもできないもの。それに私は全然珍しくない平凡な容姿をしてるし。


「それに比べて殿下の美しさは国宝級です。あ、そうですわ汗、これでお拭きになってくださいまし」

「そんな涎のついたハンカチ使えるか」

「あ!!本当ですわね!!ではこちらを!!」


 私は別のハンカチを殿下に渡す。殿下は眉間にシワを寄せたまま私のハンカチで汗を拭く。それを受け取った私はハンカチの匂いを嗅ごうと鼻を近付けようとしたけどおでこを殿下に押さえられる。


「殿下?」

「この変態珍獣」

「嫌ですわ殿下。別に汗も良い匂いな殿下の汗を嗅ごうとなんてしていませんわ」

「嘘つけ」

「嘘ではありませんわ。ただ香りつきの洗剤で洗ったハンカチの匂いを嗅ごうとしただけですの」

「……で、何の用だ」

「ただ殿下会いに来ただけですわ」

「母上との茶会じゃなかったのか」

「急な用事ができたそうでお茶会は中止になりましたの」

「俺はこれから執務だ」

「存じ上げておりますわ。なんていったって殿下の予定は全て把握しておりますもの!!」

「お前かクレイグ」


 そう言って殿下が睨むのはさっきまで大笑いしていたクレイグ。この人は殿下の幼馴染み兼護衛騎士。チャラチャラした軟派な見た目で女性に大人気。


 ちなみに昔から殿下の婚約者である私とも幼馴染み。だからといって人の失態に大笑いするなんて許せない。これで剣の腕が人並みだったら殿下のお側にいさせないんだけどこんなチャラチャラした男でも実力だけなら騎士団の団長に次ぐ実力の持ち主なの。


「俺じゃないって」

「そうですわ。クレイグなんて頼りになりませんもの。モニカと違って」


 モニカはクレイグの1才下の妹で私の親友。モニカは小さい時は体が弱かったからいつもモニカの家に遊びにいっていた。


 殿下は私とクレイグを見てため息をつく。


「まあ良い。とにかく俺は忙しい。もう行くからな」

「はい!!いってらっしゃいませ殿下」


 よし、今日も殿下の素晴らしさを国中に伝えなきゃ。


「お嬢様、臨時講義のお時間ですよ」

「いえ、私はそんなことより」

「そんなことより?」

「そう、それより大事なのは殿下の素晴らしさを多くの人に伝える活動よ。それが私の務めだもの」

「それはそれは大変素晴らしいお務めで」

「そうでしょう。……って、コ、コーリア侯爵夫人!?」

「ごきげんようジェシカさん」

「ご、ごきげんよう」

「私の講義がそんなことですって?」

「とんでもございませんわ。コーリア侯爵夫人の講義は大変勉強になります」

「よろしい。ではすぐに始めますよ。お遊びの時間などありません。もうあなたは小さい子供ではないのですからね」


 コーリア侯爵夫人は私が殿下の婚約者になった8才の時から10年間妃教育をしてくれている。勉強が嫌いな私が泣いても逃げ出しても容赦なく追い詰めてきた恐ろしい人だ。


 素晴らしい殿下の妃として相応しい令嬢に教育しようと殿下のために一生懸命なのだとしてもやりすぎだと思う。


「ジェシカさん」

「はい?」

「まだまだ私が甘いようですわね。お遊びに行く暇などないくらいしっかり課題を出しましょう」

「ひぃ!?な、何故ですの!?」

「心の内を晒すものではありません。口に出して不平不満を漏らすなど言語道断です」

「私ったら口に出して!?──も、申し訳ございません!!」


 ギロリと睨まれた私は大人しくコーリア侯爵夫人に連れていかれた。





「──それでは本日は終わりにいたしましょう」

「はい、ありがとうございました。ところでコーリア侯爵夫人」

「なんですか?」

「殿下はなぜあんなにも尊いお方なのでしょう」

「アレックス殿下は王太子ですから尊い存在なのでしょう」

「そうなのです、ええ、そうですわね。生まれながらにして頂点に立つお方です。ですが殿下はそのことに慢心せず自ら努力して日々ご自身を高めていらっしゃるのです。なんと素晴らしいことでしょう」

「そうですわね。殿下はあの方と違い実に聡明で素晴らしいです」

「あの方とはヒャルド様のことですわね、公爵の」

「ええ、公爵とは名ばかりですが」


 現国王にはお兄様がいて、本来ならその方が王になる予定だった。でも今から20年程前ある事件を起こし王位継承権を剥奪され王都から離れた領地へ送られたらしい。


「コーリア侯爵夫人はヒャルド様の婚約者だったと聞きましたが……」

「当時のことを話す人はあまりいないというのに……。ジェシカさんも変わられましたね」

「え?そうですか?何故ですの?」

「気にしなくて結構。変わらないことも多いですが良い傾向ですね」

「えっと、ありがとうございます?」

「ですがあの方の話はまたいつか。妃殿下がお呼びです」

「え!?妃殿下がですか?」


 そういえば私が必死に大量の課題に取り組んでいる時にコーリア侯爵夫人が退室して誰かと話していた。きっとさっきのお茶会がなくなってしまったから妃殿下が仕切り直してくださったのね。


 それにしてもヒャルド様のこと。箝口令こそ敷かれてないけどヒャルド様のことは今の私たち世代にはあまり知られていない。コーリア侯爵夫人とは10年の付き合いなのにヒャルド様の婚約者だったなんてつい最近知ったくらいだもの。コーリア侯爵夫人の実家はこの国の有力な公爵家だから王族の婚約者だったとしても不思議ではないけど。


 そんなことを考えていたら妃殿下の侍女の1人が呼びに来てくれて私は妃殿下のお部屋へ向かった。



「マチェルダ王国から来る王女様のお相手を……私が?」


 私はお茶菓子のクッキーを手にしたまま固まる。


「ええ、アレックスの婚約者に会いたいとマチェルダ王国の王女からご指名なの」

「私に……。何故でしょう、マチェルダといえば殿下がこの前まで外交に行っていましたけど」

「そうなのよ。アレックスの話であなたに興味が出たから外遊したいのですって。茶目っ気のある方だそうだからきっとあなたと仲良くなるでしょうね」


 殿下は16才で学園を卒業してすぐに本格的に執務をするようになった。そのうちの1つに外交があり、マチェルダ王国にも1ヶ月ほど滞在していた。


 そうだわ、きっとマチェルダ王国の王女様はその時に殿下の素晴らしさに惹きつけられたのね。当然だわ。殿下は誰が見ても素晴らしい方だもの。


「ふふ、魅力溢れる殿下の名声は国内に留まらず海を越えましたわね妃殿下」

「そうね、素敵ね」

「素敵ですわね!!なんて素晴らしいことでしょう。妃殿下、殿下の魅力に惹かれたマチェルダの王女様へさらに殿下の素晴らしさを伝えるこのお役目、しかと仰せつかりましたわ」

「ええ、お願いね。惹かれたのはアレックスではなくてあなただけど」


 こうなったらモニカと一緒に作戦会議よ!!





「そういうわけでマチェルダ王国の王女様、ローラ王女に殿下の素晴らしいところをもっともっと伝えるわよ!!」

「また面倒なことを……」

「頑張るわよ、モニカ!!」


 妃殿下とのお茶会のあと家に帰った私はすぐにモニカの家に来た。今日は大忙しの1日ね。でも殿下の魅力を伝える活動のためなら休んでる暇なんてないわ。


「さてと、まずなにから始めたら良いかしら」

「仕方ないなあ……とりあえず殿下のお話を聞かせて差し上げたらどう?」

「そうよね、10才の時に殿下が盗賊をやっつけたかっこいい話が良いかしら、でもいきなりそんな物騒な話で良いのかしら、12才の時に愛馬メリッサと初めて会った時のエピソードの方がほっこりするかも?」

「メリッサとジェシーの因縁の対決の幕開けエピソードね、良いと思うわ」

「メリッサは馬だけど殿下の魅力がわかる素晴らしい馬よ。私は殿下の魅力がわかるなら馬でもなんでも同志だと思ってるわ。でもあの子はまだ6才で子供だから殿下を独り占めしたくて意地悪したくなってしまうのね。大人になればあの子も殿下はみんなの殿下だってわかるわよ、大丈夫」

「馬の6才は人間で言ったら大人よ」

「そうなの?」

「まあ別に良いけど。みんなの殿下、ね……」

「そうよ、殿下は尊い方だもの」

「じゃあこの先も噛まれようが唾飛ばされようが目の前でくしゃみされようが頑張らなくちゃね。あー、見てみたいけど外には出たくないしなー」

「モニカも元気な身体になったんだから外に出れば良いのに。世の中には楽しいことがたくさんあるのよ?」

「私は家でごろごろするのが好きなの。これで良いの」

「もったいないわね」


 小さい時は身体が弱くて1日中ベッドの上で過ごしていたモニカ。


 侯爵令嬢のモニカと伯爵令嬢の私との出会いは10年前。殿下の婚約者になった頃の私は引っ込み思案で身内以外になかなか慣れなかった。


 殿下が同じ年頃の同性の友達を作ってみてはどうかって殿下の幼馴染みのクレイグを通じてモニカと会ったの。


 モニカは病気がちだったけど体調が良い時もあって、そういう時に王妃教育が辛くて嫌だとか殿下がかっこいいとか話して仲良くなった。


 そのうちにモニカも少しずつ病気になることが減ってきて今ではすごく元気にしてる。でも家の中にいるのが楽だからって変わらず1日のほとんどをベッドで過ごしてる。私が来たら椅子に座って話したりお茶をしたりしてるしお屋敷でチャラチャラしてるけど妹好きのクレイグから逃げるのに走ってるから外に出ても全然平気そうなんだけど。


「あとはいつも通りジェシーの大袈裟な話を披露したら良いわよ」

「大袈裟なんかじゃないわ。殿下の素晴らしさを伝えてるのよ」

「大袈裟な上に嘘じゃないの。お兄様に聞いてるんだから。婚約者を決めるためのお茶会で遅れてきた殿下に子供たちが見惚れてたのは本当だけど人見知りして大人しくしてたジェシーが偶然殿下の後ろから飛んできた数匹の蛾に気付いてそれを教えてあげた令嬢が我に返ったと同時に驚いて椅子から落ちて他の令嬢たちも蛾に驚いて転げ落ちたんだって」

「んー……そうだったような。けど初めてお会いした殿下はとてもキラキラした王子様だったのよ」

「殿下より先に蛾に目が行ったくせに……」

「ああ、幼い殿下可愛くてかっこよくて8才にして完璧だったわー」

「目付きの悪い俺様王子だってお兄様は言ってたけど」

「ふふふ、女の子も羨む透き通った陶器のような肌は触れられないけどきっとぷるぷる柔らかなのよ。ずっとつんってしたいと思ってるけど許されないことで、だけど触りたい。でも触れない。だからこそ尊い!!」

「意味がわからない……」

「ああ、尊い殿下」

「ねえそれよりさ、その王女様って大丈夫なの?」

「大丈夫ってなにが?」

「マチェルダといえば4人の王子王女たちが王位継承権を巡って争ってるんでしょ?馬鹿なあんたに興味を持ってもおかしくないけど何か裏があるんじゃない?」

「んん?んー……私難しいことはわからないわ。でも殿下が外交していた時に親しくしてたなら悪い人じゃないわ。なにより殿下の魅力に惹かれた同志だもの。素晴らしい方に違いないわよ」

「……王位を巡ってるならうちの王妃狙いなんてことはないかもだけど……なんとも言えないわね」

「モニカ?何か言った?」

「なんでもないわよ」


 難しい顔をするモニカだったけどすぐにいつも通り気だるげな表情に戻った。


 モニカは元気になってもこの顔が通常。病気がちで痩せてた頃と違って程よく肉付きも良くなった今では健康的な美女だけどあんまり笑わない。私の話に笑ってくれることもあるけど基本ムスッとしてる。


 ハニーブロンドの髪に水色の瞳は平凡な茶髪に茶色の瞳の私と違って華やかですごく綺麗なのにもったいないと思う。幼い時に病弱じゃなければモニカが殿下の婚約者になっていたはず。


 モニカの家は王女が降嫁したこともある由緒正しき名家。詳しいことはわからないけど私たち世代の子は少ない。名門貴族は特にそう。


 お母様の話だと幼い頃からの婚約者と婚約解消が相次いでバタバタしていたんだって。そんな中でもお母様とお父様は恋愛結婚だったしモニカの両親もそんなバタバタから外れていたみたい。


 だからなんの変哲もない私が殿下の婚約者に選ばれたのは苦肉の策みたいなものだったんだと思う。今はモニカも含めて上位貴族の令嬢もいるから実際に結婚するのはその方たちの誰かになるんじゃないかな。


 私の父は少しのめり込みすぎな考古学者で未来の王妃の父親なんて大それた地位には興味がないという人だしお母様は侯爵の出身でしっかり者なわりに考古学馬鹿なお父様のことが好きな変わり者だ。


 そんなわけで私は形ばかりの婚約者。元々勉強が嫌いだから王妃教育は嫌なんだけど小さい時は殿下が隣にいてくれていたし王妃教育が嫌で逃げ出しても殿下が追いかけてきてくれたり嫌なことばかりじゃなかった。


 そろそろ殿下も結婚しても良い頃合いだし誰が殿下のお嫁さんになるのかなって思っている今日この頃だ。結婚式ではそれはもう素晴らしくキラキラな殿下を拝めるだろう。楽しみ楽しみ。


「そうだジェシー、マチェルダの王女をギャフンと言わせる方法を考えましょうよ」

「え、ギャフン?」


 モニカはたまに俗っぽい言葉を使う。ベッドでごろごろしながら読んでる本の影響らしい。私は勉強する以外で本を読むと頭が痛くなるから読んだことがなくてどんな本なのかはわからない。


「どういうつもりかわからないけど先手必勝よ。街を連れ回してあんたの長所を見せつけるの」

「なんのために?」

「牽制よ牽制」

「牽制?」

「……殿下を慕う街の人たちからの話も聞ければ魅力とやらも伝わるじゃない」

「わあ!!さすがモニカね!!頭良い!!」

「……まあ原作は終わっててシリーズものじゃないから大丈夫だと思うけど」

「モニカ?」

「なんでもないわ。頑張りなね」

「ありがとう!!これをきっかけに殿下の魅力を世界に広めるわ」






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