誘拐犯が身分を語っても笑われるだけ
誤字報告ありがとうございました。
はじめてのことで、こんな便利な機能があったのかとびっくり
ほとんど逃げられてしまいましたが、とりあえず誘拐犯のリーダーは捕虜に出来ました。ところが鑑定魔法で調べてみると、あらかじめ隠蔽魔法で見られないようにしているではありませんか。
装備品も鑑定魔法を弾くようですし、まったく異常な事態ですよ。
まあ、物に関しては正体がわからなくても、使う分には問題ありませんが。
新しく私のものになった馬車の外見は地味で、車体色は真っ黒、しかも窓がないという不気味仕様のくせに、内装は豪華でした。椅子とか座席というより、ソファと呼びたくなるようなものが左右にあって、中央にはテーブルがあるのですが、きれいな木目で、ピカピカに磨き上げられています。作り付けの棚などもテーブルと同じく銘木を使っていて、正直なところ私がさっきまで乗っていた侯爵家の馬車と同レベルか、それ以上にお金がかかっているみたい。
天井には折り畳みの梯子がついていて、引っ張って伸ばすと上へ昇れる――と思ったのですが、なぜか出られません。出入りできそうな扉はあるのですが。
外に出て、馬車の側面をよじ登り、屋根に出ると扉の出口側を探しました。すると頑丈そうなタンブラー錠がぶらさがっています。
「切り裂く水の刃!」
ウォーターカッターでバッサリ切って、ポイと捨てます。馬車の中を探せば鍵があったのかもしれませんが、たぶんないですよね? 誘拐した人間を乗せる馬車だから逃亡に使える扉に鍵をかけたのに、その鍵を車内に保管するほどバカな連中だとは思えませんから。
しかし、変な馬車ですね。
貴族だけを狙って誘拐する犯罪者集団みたいなものがあって、高位の貴族が注文するようなコーチビルダーにオーダーメイドで人質輸送専用馬車を作らせた?
まさか!
いくらなんでも、それはないよね。だいたい貴族を誘拐するとしても豪華な馬車であり必要はありませんし。
たとえ粗末な荷馬車に押し込められても人質の立場では文句は言えません。
「おい、なんだ、これは? 誰かほどいてくれ」
どうやら気絶していた盗賊のオヤブンが覚醒したようです。
「誘拐犯を逮捕いたしました。ほどいてあげません!」
「えっ、お嬢さん?」
「わたくしの魔法で放り投げられたのは覚えてまして?」
「ああ……そういえば、そうだった」
「次の街で衛兵に突き出します」
冷たく言い放ち、盗賊のオヤブンの首にロープを巻き、馬と一緒に馬車につなぎました。
「おい、ちょっと待ってくれ」
無視して馬車の中に入り、チーフからモンスター討伐用のマジックバックを取り出しました。まさか使うことはないだろうけど、と思いながらも、いつもの習慣で放り込んできて正解。
なにしろ、これからは護衛の騎士たちがいませんから、自分の身は自分で守らないといけません。それに活動資金もありませんから、ちょっと魔獣でも狩っておかないと宿泊費や食費がないのです……侯爵令嬢が自分で商店まで出かけて現金で買い物することはありませんから、そもそも財布を持ってないもので。
まあ、戦利品を獲得しましたので、これを売れば当面の資金にはなるはずですので、そこまでガツガツと魔獣狩りをするつもりはないですけどね。
それにマジックバッグに携帯食品と売れそうな素材が入ってますので最悪それを食べたり売ったりすることもできますし。
異世界転生の定番、時間停止のマジックバッグがあれば暖かな食事を保存できますが、まだ完成してないんですよね。ひょっとしたら永遠に完成しないかも。この世界ではマジックバッグに時間停止を付与できないのでしょうか? どうしても上手くいかないんですよ。
旅支度のゆったり目に作ったドレスを脱ぎ捨て、いつも侯爵領で魔獣狩りをしているときの服に着替えました。
チーフはハンドバッグですが腰に装着してウエストポーチとして使えるように設計してあるので、その位置に。さすがにバッグを片手に魔獣と戦うのは嫌ですから。
さらにレイシキと名付けたリュックを背負います。
胸当てとベルトとブーツもそうですが、私は革の装備については空色に染めています。
同じく空色に染めた革でできた飛行帽にまとめた髪を押し込みつつ被り、額にゴーグルを引っかけました。
学園は夏のバケーションシーズンで、同級生たちはみなさん避暑にいっているのに、私だけがこんな夏休み。ゲーム的にいうと水着回で、主人公と攻略キャラたちは海辺の街でばったり。
世界観は中世ヨーロッパ風のファンタジーなのに男性キャラたちはブーメランパンツみたいな布が極端に少ない水着で、ムキムキからショタまで見放題。雰囲気を壊すという否定的な意見もそれなりにあったとは聞きますが。
まあ、しょせんゲームなのですから楽しんだほうが勝ちだと思います。
で、それがリアルになってみると浜辺で攻略キャラたちの肢体を眺める楽しい一時のかわりに、誘拐犯とガチバトルですわ。
「ドレスじゃなくて、最初からそんな格好をしていれば油断しなかったのに」
私の魔獣狩りの装束を見て盗賊のオヤブンが文句を言いました。
「負けた言い訳は見苦しいだけですわ」
笑いながら御者台に飛び乗り出発進行!
運転に自信がないのでゆっくり馬車を走らせていますが、それでも人間なら早足くらいのスピードになりますから、捕虜にした盗賊のオヤブンからは苦情が出ます。
甲冑は騎馬が前提で、自力で走るとか無理という感じですけど、走れなくなったら引きずられたらいいのです。
もし引きずられたとしても、頑丈な甲冑なら耐えられるでしょう。摩擦熱で熱くなったところで、火属性魔法を無効化できるのですから、きっと摩擦熱でもだいじょうぶ……だと思います、魔法以外の熱でどうなるか試したことないですけど。
まあ、知っていることを全部しゃべって私に慈悲を請えば許してあげないこともないですけどね。
本当に盗賊のオヤブンがズルズルと引きずられるようになったとき、私の探知魔法にひっかかるものがありました。
すぐに馬車を止めます。
「ゲホ、ゲホ……首が絞まって死ぬかと思った……ひでぇ、ひでぇよ、お嬢さん。これでも、それなりの身分なんだぜ」
「犯罪者を貴族として扱うのは無理」
「いや、犯罪といっていいのか……」
「誘拐は犯罪ですわ。しかも、わたくしを誘拐しようだなんて、身分の剥奪どころか死刑になってもおかしくないなくてよ?」
「いや、そうならないって……」
「ならないと、どなたが保障しましたの? わたくし、ちょっと苦情を申し上げたいのですが」
「それはだな……」
喋りかけたところで、慌てて口をつぐみました。まあ、こんな単純な引っかけで黒幕の名前を漏らすとは思ってませんでしたが、その割にもう一歩のところに迫ったような。
「危ない……俺を引っかけようとは」
いえいえ、あなたがうかつ過ぎるんです。
もう少しつついてみましょうか?
「犯罪者のくせに身分を語るとは笑止! どうせ身分があるといっても、騎士爵あたりでしょうか? その程度の身分で侯爵家にケンカを売って無事でいられるわけないでしょうに」
「……忘れてくれ」
「どうせ覚えていたところで探せないでしょう? 騎士爵といえば平民でもお金で買えるヤツですから、王国に何人いるか」
「……まあ、そうだな」
「何人どころか、何百? 何千? ひょっとしたら何万?」
「いくらなんでも万はないだろ? 一代限りで相続できないし」
「お金に困ってますからね、王国も。昨年1年で2100人くらい騎士爵に取り立てられたはず」
「爵位がインフレってだいじょうぶなのか、この国?」
「さあ? 男爵以上はインフレしてませんし、インフレ状態なのは騎士爵のみですから。万の単位の金貨と引きかえに、なんちゃって上級市民と認定してブリキのメダルをあげるだけの、とってもおいしい商売。ただし王家に限る、ですわね?」
「同意を求められても困るんだが」
「稼ぎためたお金を税金としてふんだくるかわりに、気持ちよく財布をハタいてくれる仕組みを作っただけでしょう? お父さんか、お爺さんか、生涯かけて築いた財産の大半を放り出して息子だか孫を上級市民に押し込んだのに、その本人が犯罪者に落ちるんですから、まったく救いようのない話だこと」
「俺を泣かす気だな?」
「泣くのは、これから」
そう言いながら私は盗賊のオヤブンと馬車をつないだロープをほどきます。もちろん、盗賊のオヤブンは縛ったままですよ、こいつは許さん!
騎士爵といったところで、身分を証明するものはなにも持ってないですし。剣にしても、甲冑にしても、紋章もなにもない出所不明なものばかり。あからさまに犯罪やります仕様じゃないですか。
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