閑話5
冒険者として新人は卒業し、もう中堅と呼ばれてもおかしくないのだけれど、いま鳴っている鐘を聞くのははじめてだった。
「リレンザ」
あたしが慌ただしく鳴る鐘に驚いて窓の外を見ていたら、マレックに声をかけられた。彼はあたしが所属する『黒十字血盟団』のリーダーだ。冒険者としてパーティーを組んだときからリーダーだったし、その前のストリートチルドレンとしてゴミをあさっていたころも、やっぱりリーダーだった。
きっと生まれつきリーダーなのだろう。
「ギルドの呼び出しで、全員がいかなくてはならない。なにが起きているかわからないが、下手をすれば強制徴集になる」
だから、チビたちを集めろと命じられた。せっかく広い家を手に入れたのだから、帰るところのないスラム街の孤児たちを住まわせてあげたのだ。
そして、簡単な仕事でいいから少しでも自分たちの手で稼がせようと、みんなを冒険者として登録した。だから、うちのチビたちも冒険者なのだ。
冒険者はギルドに従わないといけない。あたしたちのようなスラム街や孤児院の出身者が就ける仕事はほとんどないんだし、泥棒にならずに食べていけるのはギルドのおかげ。
あたしは人生の最期が縛り首なんて絶対に嫌だし、みんなにもそんな終わりかたをしてもらいたくない。
この家に住んでいる子供たちを集めて、他のメンバーと一緒に冒険者ギルドにいってみると、ものすごい人だかりになっていた。それはそうだろう。帝都の冒険者を全員集めたのだから。
ギルドマスターがなにか説明をしたらしいが、あまりにも人数が多いし、騒がしくて、あたしたちまで声が届かなかった。だけど、みんなで移動するということはなんとなく理解し、ぞろぞろと帝都の外に出た。
そのころにはギルドマスターが説明した内容が『黒十字血盟団』がいるあたりにも伝わってきて、どうやらあたしたちは魔獣の群れと戦うことになるようだとわかった。
わからないのは、なぜ帝都の冒険者を強制的に集めて、全員で魔獣と戦わせるところ。どこか魔獣討伐に長けたパーティーに指名依頼を出せばいいだけなのに。
ところが、しばらくするとスタンピードという言葉が聞こえてきた。つまり魔獣の大きな群れが帝都に向かっている?
噂はさらに不穏なものに。
スタンピードに対応するため帝国軍にも出陣命令が出ているが、建前では冒険者ギルドと協力して帝都を防衛することになっているのに実際には冒険者を使い捨てにするつもりだとか。
こっちに向かってくる魔獣の総数は一万を超えるとか。
すでに近衛騎士団が全滅しているだとか。
悲観的なものばかりで、耳障りのいい話が1つもない。
「俺たちが囮なのは間違いないらしいや」
すぐ近くにいたベテランっぽい冒険者――つまりオッサンの冒険者が呟いた。
「どうしてあたしたちが囮だとわかるの?」
「こうやって街道を進んでいるだろう?」
「魔獣は街道なんて使わないじゃない」
「普段はな。人の行き来する街道を魔獣がのこのこ歩いていたら、すぐに討伐されてしまう。だが、スタンピードみたいなときは違う。魔獣だって整備された街道のほうが楽に、早く移動できるし、とても美味しそうな人間の匂いがたっぷり染みついているんだ。このままだと俺たちは正面からぶつかることになる」
本当ならベテランに教えを受けたのだから、きちんとお礼を言わなければならないのに、そんなことすっかり忘れてマレックのところにいき、聞いた話を全部伝えた。
でも、これは失敗だったみたい。
まわりにいたチビたちがいよいよおびえてしまった。いままではぐずってベソをかくのがせいぜいだったのに、いまでは叫んだり、大声で泣いてみたり、漏らして足下に小さな池を作ってみたり。
しかも、そんなタイミングで停止するように命じられ、ここに陣を敷くことになった。
本当に街道の真ん中だ。
もし魔獣の群れが街道をやってくるのなら、その脇に隠れておいて奇襲でもしたほうがいい――と軍事には素人のあたしでさえそんな風に思うのだから、帝国軍や冒険者ギルドの上のほうの人たちが気づかないわけがない。
それに冒険者にも気配を消したり、聞き耳を立てたり、遠見が得意な人だっている。彼らが言うには街道の両脇には帝国軍らしき待ち伏せ部隊が展開しているそうだ。
いよいよ、あたしたち冒険者は囮か肉壁が決定している。
ルイーズが合流したのは、そんなときだった。ふらっと現れ現状を確認すると、危険の少ない位置取りをするように言い、なぜかマレックの兜に花を挿しました。
なにやってるのコイツ? と思ったけど、背の高いマレックが兜に赤い花を挿していると、それは目立ちます。目印としてはちょうどいいのかも。
しかし!
ここまではよかった――本当はよくないけど。
強制徴集されて、どう考えても死ぬ未来しか見えない作戦に参加させられたり。
小遣い稼ぎに冒険者ギルドに登録しただけの子供まで連れてこられたり。
いままで危ない場面がなかったわけじゃないけど、これは最悪。なのに、それを上回る驚きがあるとは!
ディランというSランク冒険者がルイーズを呼んだのだ。しかも、どうやら面識があるらしい。
碧天を翔る空色として。
「はあ?????」
あたしだって知っている朱色の大剣がストレリツィ侯爵令嬢だというのなら、たぶん本当。まさか、こんなときに冗談を口にするわけないし。
しかも、ルイーズは堂々と作戦を立て、指揮をとりはじめたから、さらにびっくり。
他にもSランク冒険者がいるんだよ?
ギルドマスターだっている。そこらへんの田舎にあるギルドのマスターじゃなくて、帝都のマスターなのだから、この帝国で一番偉いといってもいい。
そんなギルドマスターがルイーズをSランク冒険者として即座に認めるし、このスタンピードを切り抜けたらSSランクとかSSSランクにするって、そんなランクは聞いたことないよ。
あたしたちは魔獣の群れに向かって前進し――彼女は空を飛んだ。
碧天を翔る空色に間違いないじゃん。だって、空を自由自在に飛べる魔法士が彼女以外にいるとは聞いたことないし。
はじめて見るけど、かっこいい。
噂に聞いていたけど、その100倍はかっこいい。
魔法を極めると、こんなことまでできる。その手本だ。
あたしだって――いつか!
と自分の中で盛り上がっているうちはよかったんだけどね。いろいろ思い出したわけですよ。
空色のパチモノ扱いしたり。
空色の好きなところを教え合おうと誘ったり。
空色のすごいと思うことを言うように強制したり。
「ギャー! 脳内から削除したい! 恥ずかしすぎる!」
いきなり叫んで、もだえたあたしを周囲のメンバーたちは生暖かい目で見てくる。あれだけルイーズにからんでいる姿をさらしたんだから、だいたいみんな事情は察しているようだ。
羞恥心で死にそう!
むしろ殺せ!
だけど、そのときには首を吊ってる時間はなかった。ルイーズが魔獣の肉も素材も自由に拾っていいと宣言したりで、少しでもいい獲物を手に入れようと、腕に自信がある冒険者は前へ前へ。
腕はそれほどでもないし、欲をかいて危険なのは嫌だという冒険者はその後ろ。
なにも拾えそうにない後ろで、さらにおこぼれすら厳しいであろう集団の中心付近は人気がない。
だけど、ここが安全。
あたしたちもその安全なところにもぐりこまないといけないのだ。
「ルイーズがつけてくれた、この赤い花が目印だ。みんなはぐれるなよ。仲間の姿を見失って迷子になったと思ったら、この目印を探せ」
マレックが『黒十字血盟団』のみんなに指示を出す。
目標は魔獣の肉を拾うことでも、素材を手に入れることでもない。みんなで生きて帰ること。
やっと1話分できました。
脳内に物語があふれてコントロール不能なほどだったり、逆に今みたいにさっぱり書けなくなったり、ポンコツ作者なので駄目なときは本当に困ります