作戦決定!
朱色の大剣に呼ばれて前へいくと、海嵐の紫雷姫とギルドマスターに引き留められて、どうやら最前線で戦うことになりそうな予感。
朱色の大剣――ディラン・ランバート。
海嵐の紫雷姫――エラ・サトラ。
この2人と一緒に戦うのなら、1万の魔獣といっても勝ち筋が少しは見えてきますが。
「わたくし、Eランク冒険者のルイーズですわ。空色とか、そんな恥ずかしい2つ名の人は知りません」
ここははっきりさせておくべき。私は中二病ではないのですから。
「嘘つけ。ルイーズ・なんとか・かんとか・ストレリツィのくせに」
「嘘ではありませんよ」
ディランに冒険者としての登録証を見せました。ちゃんとEランク冒険者ルイーズとなっています。家名なしで。
ほらほら、とドヤ顔ですよ。
無言で私の登録証を見ていたディランですが、すぐにギルマスにその登録証を押しつけました。
「いますぐにSランクに書き換えとけ。なんならSSとかSSSでもいいぞ」
ギルマスはペンでEのところをSに書き換え、その部分にサインしました。
「これでSランクになりました。そして、いまからスタンピードで活躍してSSランクに昇進するか、大活躍してSSSに昇進することになりますので、そういうことでお願いします」
「はあ? 意味がわからない部分が少々」
「この戦いで生き残れるなら、なんでも差し出す覚悟ですし、もし自分が死んだら次のギルドマスターが責任をとることになります。つまり現在は無敵状態ですから、どんな便宜でもはかれますし、なんでも約束いたします」
「そこまで言われると反論できません。ただし、わたくし、ただのルイーズ。Sランク冒険者のルイーズですわ。そこのところは、わたくし、譲れませんわ!」
わかった、と頷いてくれたのはディランでした。わかってないのに、わかったというのはやめて欲しいのですが。
「なにか家名を隠さないといけない事情があるのだろう。よって、いまは碧天を翔る空色ではなく、Sランク冒険者ルイーズなんだな?」
あれ? ちゃんとわかってる?
珍しく脳筋がまともなことを言っています。もし訂正があるとしたら、いまだけでなく、ずっと私は碧天を翔る空色などという人ではないという程度でしょうか。
まあ、それはともかく。
「冒険者諸君!」
いままで文句を吐き出していた冒険者たちが一斉に私を見ます。
風属性魔法で各冒険者の耳元に響くように声を調整したのでした。実家にいるときは、よく遠征隊と一緒に裏山に入っていましたので、冒険者の扱いはなれています。いえ、帝都の冒険者のほうが扱いやすいくらい。
なにしろストレリツィ山脈に遠征しようという冒険者は腕の立つ者だけ。低レベルだとすぐに死にますからね。
腕利きの冒険者はたいてい人の言うことを聞きません。聞いたところで従うこともありません。そういう生き物なのです。
ディランにしたところで、ストレリツィ侯爵家の契約騎士にして、平民の冒険者にすぎないくせに、私に対して敬語を使ったこともなければ、敬称もつけずに呼び捨て。
普通なら不敬罪で首がコロコロ転がる案件ですけど、Sランク冒険者なんて人間をやめてしまった化け物、街の衛兵に取り押さえられるわけがありませんし、なにかの気まぐれで捕まったとしても、いつでも牢を破壊して逃げることができます。さらには追手をまくのも、皆殺しにするのも自由。
そういえば、私もSランク冒険者でしたね、ついさっきから。
つまり私はSランク冒険者として下の者を率いる義務ができてしまいました。いまは貴族ではないので上に立つ必要はないはずなのに、結局はこういうことになるんですね。
私はなるべく上から目線で、偉そうに言いつけました。お願いとか、相談ではなく、まさしく命令です。
「いまから作戦を伝える。まず我々は前進する必要がある。できうる限り前へ出て、スタンピードの先鋒とぶつかりそうになったらディランが出る。エラ・サトラも出る。もちろん、このわたくしも出て、突っ込んでくる魔獣を左右に割るので、そのタイミングで冒険者諸君も突撃すること。魔獣の群れを左右に割ることで、この街道の脇に配置されている帝国軍と正面から当たる形にもっていく。よいか?」
冒険者たちは不審そうな顔を私に向けていますが、異議申し立てする気はないみたい。
よいか? と質問してますけど、よくないという答えを受けつける気は私のほうにもないのですが。現状の兵力でスタンピードと街道上で戦えという命令に違反しない範囲で私たちが生き残るためには、帝国軍にも魔獣の群れを引き受けさせるしかありません。
ついでにいえば低レベルの冒険者に作戦を相談したところで、まともな案が出てくることはないですね。そもそも大人数を率いた経験がないのですから当然ですけど。
低レベルの冒険者は、高レベルの冒険者から「これをやれ」とか「あれをしろ」と荷物持ちや使い走りをしながら仕事を覚えていくもの。相談するより、上から命じてしまったほうが早いですし、彼らのパフォーマンスを引き出せます。
そして、ここにいる冒険者の大半が低レベル。少なくともSランク冒険者のルイーズからすれば、ですけど。
「冒険者諸君に期待するのは我々が開けた穴を広げるだけの簡単な仕事をちゃんと果たしてくれるかどうかだ。ついでに魔獣の死体が落ちていれば自由に拾ってよい。我々は倒したからといって権利を主張しない。素材だろうと、肉だろうと、そのまま拾った者がもらってかまわない」
やっと冒険者たちがその気になってきたようです。
ただでさえ勝ち目がないと思っている冒険者たちに、もっと前へ踏み出せと命じても、そうそう従ってはくれません。
1.まず自分たちが一番危険なところを受け持つと明示すること。
2.できそうだと感じられる仕事を割り振ること。
3.危険を上まわる利益を目の前にぶら下げること。
この3つでたいていの冒険者は納得します。本心から納得してなかったとしても、3番目の魅力が強ければあっさり転ぶんですよね。
魔獣の死体は拾い放題といっても、突撃している最中に足を止めたら死にますよ。敵を後ろに押し返しているのなら別ですが、左右に割っているのですから、すぐ横に凶暴な魔獣がいるのです。
自由に拾えるのですが、本当に自由に拾っていたら殺されてしまう。まあ、詐欺師の発言ですよね、本当は。
私たちSランク冒険者が倒した魔獣を拾うだけ、自分で倒すのが難しいレベルの魔獣の素材が手に入る、ローリスク・ハイリターンの機会のように見えて、むしろリスクは高く、リターンはほとんど期待できませんよ。
そもそもギルドの強制徴集で集まっているだけで、お金が稼げる仕事を斡旋してもらったわけではないですから。
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