逃げられた……しかし、全員ではない!
魔法無効化の甲冑なんて邪魔なものをつけていますので、しかたなく切り札の1枚である重力魔法で捕縛してやりました。なにしろ10倍の重力ですから、ちょっと抵抗できないですよね。
体のあちらこちらがメリメリと嫌な音を立てます。
全身が潰れて死ぬか、膝や腰を潰して引退するか、それとも降伏するのか、好きなのを選びなさい! とキメるところなんですけど……あれあれ?
「緊急脱出!」
ところが10人が選んだのは逃亡。必死で手を動かし、隠し持っていたなにかを取り出しました。
「まさか移転石を! 見えざる巨人よ、踏み潰せ」
10人の緊急脱出の方法を悟った瞬間、慌てて魔法出力を上げて重力を100倍にして強引に拘束――死ぬかもしれないけど、やってしまえ! と脳内の魔法陣に大量の魔力を流し込んでやったのですが、その前に移転石が発動し、10人には逃げられてしまいました。
リーダー格の男は飛んでいってしまったのに、混乱するとこもなく一斉に離脱したのですから、やっぱりただの盗賊ではないのでしょうね。それ以前に高価な移転石を全員が用意しているところも盗賊らしくありません。おかげで反応が遅れて取り逃がしてしまいました。
魔法を無効化する甲冑を全員が着ている段階で莫大な資金が背景にあるとわかっていたはずなのに、移転石に考えが及ばなかったのは私のミスですよね。
でも、2人は『見えざる巨人の手』で倒したはずですけど、と周囲を見てみると最初に私のほうに走り出そうとした瞬間に周囲を無重力にされて、空母から発進するジェット戦闘機のように滑空することになった盗賊のオヤブンは道の奥にある木に激突して倒れたままピクリとも動きません。
そのあと『見えざる巨人の手』で剣を抜いた反動により空の彼方に飛んでいってしまった盗賊の手下Aはどこにいったのか私にもわかりませんねぇ。とりあえず空を見上げてみましたが、どこにも姿がありませんし。
魔法の効力が切れたとき、空の彼方にいたとしたら、その瞬間にものすごいスピードで落下することとなりますが……ベチャと甲冑を凹ませながら地面に染みを作る前に移転石を使うだけの心の余裕があれば助かるでしょう。
なんにしても結局、捕まえることができたのは1人だけのようですね。
油断なく愛杖アルブスを突き出しながら、その盗賊のオヤブンの近くまでいってみたのですが、死んだふりとか、寝たふりではなく、完全に気絶しているようです。
腰のあたりを探ると移転石がありました。
黄色く光る親指ほどの石で、魔力を流すと事前に設定した場所に瞬間移動できるアイテム。1回限りの使い捨てで、まずまず貴重な魔石を材料にするから、それなりの値段するんですけど……まあ、命は買えないので、こういうときに使うのなら損した気分にはならないかも。
とはいえ誘拐犯たちの収支決算はどうでもいいことで、問題は移転石の設定した場所です。
ここで私が手に入れた移転石を握って魔力を流したならば、盗賊の手下たちの逃げた先まで追えますし、黒幕にも手が届きそうなんですけどねぇ……やめておきましょう。
敵の正体も戦力もわからないまま、その本拠地に1人で乗り込んでいくようなもの。当然、敵も警戒しているはずで、まず間違いなく移転した瞬間、魔法がバンバン打ち込まれ、矢が無数に飛んでくるでしょう。
つまり移転石で敵を追うのも無理そうです。
逃亡した誘拐犯たちが残した馬を集めて、窓のない馬車の後ろにつなぐと、ついでに御者台の下でみつけたロープで盗賊のオヤブンを縛って、これも馬と一緒に馬車につないでおきます。
あと盗賊のオヤブンの手から離れて地面に突き立っていた剣も回収しました。馬車や馬と同じく、これも戦利品ですね――なんだか私の方が盗賊とか夜盗と言われてしまいそうですが、この世界、犯罪者を討伐したら、その財産は戦利品として貰っちゃってOKだったりします。
指名手配されている凶悪犯であれば賞金がかかっていますので、切り落とした賞金首を衛兵の詰め所などに持ち込むと褒賞金がいただけることも。いえ、別に切り落とさなくても生きたままだって褒賞金はいただけますが。
盗賊のオヤブンの首を切り落とすかどうかはともかく、せっかく手に入れた剣はしまっておきましょう。
チーフの見た目は小さなハンドバックですが、大きさや重量は不問で100個までアイテムを保存することが出来ます。その枠はまだまだ余裕がありますから戦利品の剣は収納しておきました。
100個のアイテムが入る――言い換えれば100個のアイテムしか入らないマジックバックにまだまだ収納スペースが残っているのは、別枠で5個までマジックバックが入るようになっているという理由が大きいです。
これ、すごいことですよ?
マジックバックの中にマジックバックを収納できたら、事実上無限に荷物を運搬できてしまいますが、実際には魔法の重ねがけと同じ扱いで、そうそう上手くはいきません。
下位魔法をいくつも重ねたら上級魔法クラスになりそうなものなんですけどね。ファイアーボールを1000回分、重ねがけして巨大なファイアーボールを作成するとか、心が躍る浪漫魔法なのですが、人間の脳はマルチタスクに向いてないようで、なかなか同時に2つのことを考えられないようにできていますから、同じ魔法であっても脳内に複数の魔方陣を正確に再現して、同時に魔力を流し込むのは大変に難しい技術となります。
つまり空間魔法を5つ重ねがけして付与できたのは奇跡の産物。私は最大限に使っています。
チーフに収納してある5つのマジックバックのうち、野営装備の入った袋からロープを出して盗賊のオヤブンを縛ります。
手足を縛るのですが、だいたい30センチくらい余裕をもたせました。ちょっとしたことなら自力でできて、だけど本格的な戦闘をおこなうには不自由なように。
「これ、なんですの?」
これが私の鑑定魔法のトリガー。
ファンタジーでは定番の鑑定スキルですが、この世界ではあまり一般的ではないようです。教えてもらおうにも知っている魔法士が身近にいなくて、しかたないので苦労して開発しました。
しかし、オリジナルの魔法は切り札になりますから、まさかそのまま「鑑定」などという技名にする気にもならず、もし使っているところを見られても「いえ、あまりに素敵なお召し物ですので、どんな生地を使っているのかと思いまして」と人物を鑑定したのではなく、服を見ていたと誤魔化せるようにしてあります。
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とても嬉しく、モチベーション倍増です