幕間4
過去話を入れたかったので普段より長くなってしまいました。かなり駆け足にやったのですが、なかなか短く書けません。そのうち子供時代の話とかもやりたいと思いつつ、そんなものよりも学園編のほうが先だろ、と思ってみたり
面倒なことになったな、というのが第一印象だ。息子の話を聞いたあと、同行した者たちに事情を問うと、取り繕ったり、誤魔化しているところが結構あるように感じられた。
それで荷馬車と帳簿を精査し、比較すると、結構な齟齬がある。商品や帳簿は嘘をつかない。もし嘘をついたとしても俺なら簡単に見抜ける。
数時間後には、だいたいの筋書きは読めていた。
地方をまわって仕入れをしろと命じられ、それはちゃんとやっていたが、他にナーラックは自分用にいろいろ買いつけたのだろう。もちろん、それは問題ない。流用とか、横領などと不正な手段で資金を捻出したというのなら別だが、自分の手持ちの金で余分に仕入れたことは咎めない。
むしろ、褒めてもいいくらいだ。
ただし、この先は問題が多い。
護衛を雇うにあたって冒険者ギルドには積み荷や、その金額を申請しておく。もし途中でなにかあった場合、損害補填する互助金という制度があるからだ。
今回はそれを少なく申告していたのが原因のようだ。商会の品物については半分程度で申請してあり、自分で仕入れた分はまったく加算してなかった――つまり護衛を安く雇う事ができる反面、もし途中で積み荷を失ったら少なくない金銭的な損害が出る上に、ナーラックが個人で買い入れた分は丸損だ。
息子の給料を払ってきたのは俺だから、手持ちの資金がどれほどか推測できる。いままで稼ぎ貯めたものを失うだけでなく、誰かから資金を借りたのでなければ帳尻が合わない数字だった。
勝負に出て、安く雇える護衛には防ぎきれないほどの盗賊に囲まれた段階で、負けた。
だが、どうしても負けを認めることができなかったのだろう。冒険者の1人を差し出して、自分の分だけでも目こぼししてもらおうとした、というのが今回のあらすじ。
冒険者ギルドとトラブルになると、今後仕事を頼めなくなってしまう。護衛はもちろんのこと、戦えない冒険者には荷運びや倉庫の整理などの仕事をしてもらっている。腕利きには魔獣の素材納入を依頼することが多い。
これが今後は断られてしまうと、臨時雇いが必要なときに困るし、護衛に傭兵ギルドを頼むと料金が跳ね上がってしまい、必要な素材の確保も難しくなってしまう。
だから、適当な落としどころで手打ちにしないとマズい。
とてもマズい。
一方でナーラックが取引に使おうとした冒険者は契約時に『黒十字血盟団』にいたわけではなく、途中で加入したのだから、理屈としては雇用関係にないと言えなくもない。
もっとも、オーガの群れに襲われているところを助けてもらった恩義があるはずなのに、契約上のグレーゾーンをついて犠牲にしようとしたという、倫理の欠片もない行為ではあるのだが。
逆に言うと、この冒険者に納得してもらうことができれば円満に解決できるだろう。朗報としては犠牲にしようとした冒険者が無事なところ。きっと『黒十字血盟団』のメンバーが必死に守ったのだろうし、本人もそこそこ腕利きに違いない。
一方でマイナスは捕らえた盗賊たちがあまり高く売れそうにないところか。他から奪った戦利品はとっくに使い切って、装備や武器も屑鉄、あげくに犯罪奴隷として価値が低い連中ばかり。特に労働力になりそうな若い男はたいてい足が折れているから、治療するか、そこまでする価値がないなら死刑。
前者だと治療代を相殺するとほとんど残らないか、下手をすると赤字。
後者だとまったくのゼロ。
かわりに詫び代としてライゼン商会がそれなりの金額を包むというのが落としどころだろうな――そんなことを考えて交渉の場に臨んだ。
案内された冒険者ギルドの一室に入ると、当の冒険者ギルドのマスターだけでなく、商業ギルドのギルドマスターもいた。
こちらは俺と息子の2人。
そして、マレックという『黒十字血盟団』のリーダーと――その瞬間、あやうく気絶しそうになった。
なんで、こんなところにルイーズ様がいるのだ?
ルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィ侯爵令嬢。
ライゼン商会、最大の取引相手でもあった。
死んだ父親の遺産として古い荷馬車を受け継いだばかりの、田舎まわりのしがない行商人でしかなかった俺がストレリツィ侯爵領にいったのは、ただの偶然だ。仕入れたり、売ったりしながら街から街へと移動する途中にストレリツィ侯爵領があっただけ。
北のはずれだけあって、王都で仕入れた商品は珍しいらしく、結構まとまった売り上げになった。だから、少々のぼせたのだろう。
このストレリツィ侯爵領で有名なものは、なんといっても魔獣の素材。
他にいない魔獣の希少素材を仕入れて王都で売れば最低でも2倍、うまくいけば3倍にも5倍にもできる、と。
山の麓には似たようなことを考える商人がいて、うまく自分も場所を確保し、いろいろ商品を並べてみた。
しかし、商品の支払いは金でもいいが、素材でもかまわない。なんなら素材の買い取りだけでもやっている――という売り込みの言葉を使う機会はまったくなかった。
相手してくれないのだ。
他の商人も含めて全員が相手にされないのならしかなたないが、俺だけ相手にされていない。
こっちは王都から運んだ商品だけなのに、周囲は携帯食料や新鮮な水を満たした水筒、防水性の高い布や、火箱など、野営に必要なものを売っている。
山に向かう連中にそういうものを売りつけつつ、降りてくる人影に向かって「買い取りやってるよ」と渋い声を浴びせると、顔見知りらしい冒険者が丸々と膨らんだ袋を出すのだ。
ちょっと店を出しただけで、すぐに稀少素材が買い取れるなどと思っていた自分が恥ずかしい。
「遠征隊が帰ってきたぞ」
「侯爵様だ」
「包帯や傷薬の在庫、残らず並べろ」
「遠征お疲れ様です」
「買い取るよ、隣の店より高く買い取るよ」
「そいつより俺のほうがもっと高く買うぞ」
興奮した声に迎えられたのは無骨な集団。負傷しているのか、返り血なのか、鎧や服がドス黒くなっていて、痩せた顔に目だけが爛々と輝き、ひどく殺気立っている。
侯爵家の旗を立てた一団が通り過ぎたあと、いかにも冒険者という風体の連中が続き、何人かは素材らしきものを売っていた。
もちろん、俺のところに売りにくる冒険者は1人もいない。
このままでは上手くいかないことは明白だった。なにか作戦でも考えようと店仕舞いをしようとして、かわいいお客さんがいることに気づいた。
5、6歳くらいの女の子で、小さな革鎧に杖を持ち、まるで冒険者みたいな格好をしている。きっと親が冒険者で、おもちゃの鎧や杖を買ってもらったのだろう。
その女の子は真剣な顔をしてガラスのアクセサリーを見ていた。
最近、王都で若い女性に流行っている指輪やネックレスを仕入れたのだが、その中でもガラス製はピカピカ光る割に、ちゃんとした宝石よりずっと安く、商品としては手堅く売れる物だった。
小さな女の子ならお姉さんがしてそうな、素敵なアクセサリーに目が釘付けになっても不思議ではない。
「これ、いただきます」
「子供に買えるものじゃないな。お父さんかお母さんを呼んでくるんだ」
値段はさておき、もし女の子の親が冒険者なら、なにか売ってもらえるかもしれない。子供用の革鎧なんて高価なオモチャを買い与えることができるのなら、きっと遠征隊でも実力者に違いないのだから。
女の子は困ったような顔をして、鞄に手を入れて、しばらく考え、なにか白い欠片を差し出した。
「これでは?」
聞かれたって、こっちはしがない行商人。魔獣の素材なんて知りようもない。
薄汚い骨の欠片みたいなもの、アクセサリーの代金になるはずがないと思ったが、意外といいものかもしれないと考え直した。
きっと親からもらったものだろうが、遠征隊でも上のほうの冒険者なら、そんなに悪い素材ではないはず――少なくとも、安物のネックレスよりは高いかもしれない。
そもそも問題のネックレスはストレリツィ領にくるまでにほとんど売れてしまい、言いかたは悪いが並べてあるものは売れ残りであり、下手をしたら不良在庫になりそうな商品でもある。
そんな計算のもと、小指の先ほどの白い欠片と、売れ残りのネックレスを交換した。
王都に帰るとふたたび田舎で売れそうな安物を仕入れつつ、あの白い欠片を売ろうといくつかの店や工房に持ち込んだ。
結果わかったのが白い欠片はドラゴンの骨の一部で、しかも濃い魔素に長い間さらされ続けた、かなり特殊な素材。
「これはなにに使うものですか?」
「なんにでも」
「なんにでも?」
無知な俺の質問を笑いもせず、親父の商売仲間に当たる、現在はそれと知られた老舗の幹部におさまっている老人は丁寧に教えてくれた。
それによると、鍛冶だろうが、錬金術だろうが、製薬だろうが、たいていのことに使え、とても大きな効果を与える触媒となるということだった。
小さな欠片だというのに、びっくりするような金額を提示される。
あんな安物のネックレス、1000個とだって交換しても損しない稀少素材。
儲けすぎた、と反省した。
儲けるのはいい。しかし、儲けすぎるのはいけない。
しかも今回はドラゴンの骨と見抜けなかった、つまり俺が目利きでなかったせいで、お客さんに損をさせてしまったことになる。全面的に俺が悪い。
しがない行商人にだって商人としてのプライドがある。
俺はその老人に仕入れたいきさつを隠さず話し、儲け過ぎた分を返す知恵を借りた。
「身なりのいい子供がイミテーションのネックレス?」
「そういわれれば妙ですね。イミテーションとしては出来のいい品でしたが、本物と比較にはなりません。その女の子はよくできた革鎧や杖を持ってました。金に不自由ない暮らしをしているなら、あんなもの欲しがらない」
「あそこはね、特殊な場所だと覚えておくといい。人と魔獣の生存圏の境目にある、腕だけが頼りの土地で、それゆえ武器や防具は1流のものが容易く手に入るのに、つまらない駄菓子はどこを探してもないんだ」
「駄菓子というと、子供が食べるような?」
「携帯食料はそこらでいくらでも買えるのにね」
だんだん老人の言いたいことがわかってきた。
「女の子なんだもの、いくら高価でも革鎧や杖より安いアクセサリーのほうがいいに決まってる。ところが、値段の高い安い以前にそんなもの売ってない?」
「そういうことだね。これが気のきく親なら、ぬいぐるみでも人形でも知り合いに頼んで送ってもらったり、顔見知りの商人に仕入れもらったりするんだが、きっとその女の子の親は子供の喜びそうなものを与えてないんだろうね」
「ちなみに、いま王都で流行ってる女の子の玩具をご存じで?」
老人はニンマリ笑って、席を立つと、別の部屋から人形を持ってきた。
「この素材に釣り合うとしたら、このあたりだろうね。肌を見てごらん、すばらしいだろう? 着ている服は貴族令嬢と同じものをそのまま小さく仕立てたんだ」
次の行商はストレリツィ侯爵領を通るコースにした。もちろん、そのビスクドールと呼ばれる高級人形を積み荷にくわえて。
見つけることができるか危惧していた白い欠片をくれた女の子だが、すごくあっさりと発見できた。なにしろ首から『この凶暴な猛獣に魔法を使う口実を与えないでください』と看板をぶらさげて歩いていたのだから、どんなに視力の悪い奴だって見つけられるに決まっている。
とぼとぼと歩く女の子の前に立つと、うつむき加減だった顔が上がり、パッと杖を抜いた。
いきなり大人の男に進路を塞がれて警戒したのだろう。
ひょっとして、いま凶暴な猛獣に魔法を使う口実を与えてしまった?
冷や汗をしたたらせながら、慌ててひと抱えある箱を差し出す。
「これは?」
「覚えているかどうかわからないが、ドラゴンの骨と交換してもらったことがある」
「これの人だ」
彼女が首からさげていたのは物騒な看板だけでなく、あの安物のガラス製のネックレスもだった。それを胸元から引っ張り上げて自分に見せてくれる。
「もらった骨と、そのネックレスでは金額が合わなかった。これは……お釣りかな?」
「おじさん、おもしろい」
「目利きをしくじった真面目な商人だ。笑うな!」
「ついてきて」
彼女は街をひとまわりして、屋敷に戻った。のこのこついていった俺も屋敷までいき――彼女が侯爵令嬢だと知った。
これがルイーズ様と俺の付き合いの始まり。
「この人はわたくしの御用商人だから、ちゃんと覚えて」
執事やら侍女やらに引き合わされ、さらには侯爵様ご本人にすら面会させられた。
「わざわざお釣りを持ってきた真面目な商人。ただし目利きではない」
そんな紹介のされかたをして、こっちが冷や汗で背中を濡らしている間に侯爵様は書類を作成してくれた。
ストレリツィ家御用達の証明書。
このとき知ったのだが、家に出入りするにしても、山の麓で待ち構えるにしても、侯爵家やその騎士団は御用商人が、契約騎士たる冒険者も知り合いに売ることか普通らしく、いきなりきて稀少素材を買い取ろうとしても手に入れるのは難しいらしい。
だから、他から仕入れにきている商人は御用商人や冒険者の馴染みが深い店にいくそうだ。
侯爵家には侯爵家の御用商人がいて、いままでルイーズ様が狩った分もそこが買い上げていたというので、これからだってそこに売ればいいのに、正直にお釣りを持ってきたと言うだけの理由で俺がルイーズ様専用の御用商人となった――はじめて会ったとき子供がオモチャの革鎧や杖を持っていると思ったが、あれは完全な実用品で、すでに山に入り魔獣を討伐していたのだ。魔法士としては天才的で、すでに並の冒険者より稼ぎがあるとのこと。
その御用商人に正直ということで俺が選ばれたのだから、ことさら正直にやらないわけにはいかない。魔獣の素材について勉強し、鑑定の魔法を習得した。
一方でルイーズ様のほうも珍しい素材を入手すると、どんどん押しつけてくる。
商品サンプル、という言葉がお好きなようだ。
「これはいいものだと思うのだけれど、いままで見ないものだから、まず商品サンプルをあげます」
ストレリツィ山脈で新しく発見した素材があると、いろいろ試して、どのくらいが適切か価値を定めるようにと、無料で提供してくれた。
正直で御用達になった商人が無料でもらった商品サンプルに値段をつけるわけにはいかないので、俺も俺で鍛冶屋や錬金術師や薬師のところに無料で配布した。
もちろん、アドバイスをもらった老人の店にも喜ばれそうなものを手に入れたらもっていくようにした。
商品サンプルのおかげで俺の名前は一気に王都で有名となり、しがない行商人から店舗をかまえるまでになった。商人としての格が上がったうえに、いままで仕事中は離れて暮らすしかなかった家族とも一緒にいられるようになったのだ。
しかも、店の開店にあわせてルイーズ様はドラゴンを1頭仕留めて王都に送ってくれた。マジックバッグで送れば簡単に運べただろうに、わざわざ大型の荷馬車を持っている業者に頼んだ。
北の果てから鮮度が落ちないように魔法で氷づけになったドラゴンが街道を通ってやってくると、旅をしている人たちはもちろん、途中の街などでも見物人が群がり、王都でも到着する数日前には耳の早い連中が騒ぎ出していた。
開店したばかりの店の前に荷馬車が止まったときの驚きといったら、人生で最高のものだ。
もちろん、そのまま倉庫に入るわけもなく、店頭でドラコンの解体ショーとなり、ド派手なパフォーマンスで開店直後だというのはライゼン商会の名前を知らない者は王都にいないほどとなった。
国中から素材を欲しがる連中が押しかけ、どれもこれもルイーズ様のおかげで、我がライゼン商会にとって大恩人、まさしく女神である――彼女がなぜかマグリティア帝国の帝都の冒険者ギルドにいた。
「これはこれはル――」
「はじめまして、Eランク冒険者ルイーズですわ」
「あの?」
「はじめまして、Eランク冒険者ルイーズですわ」
「え……あ……はじめまして」
どうやらルイーズ様は初対面のEランク冒険者ということにしておきたいらしい。どうして? と思うが。
なぜストランブール王国の侯爵令嬢がマグリティア帝国にいるのかも疑問だが、やっぱり尋ねるわけにはいかないだろう。
「彼女に対する不法行為のクレームが『黒十字血盟団』から出ているので、そのリーダーにも同席してもらった」
「はい」
返事をしつつ、顔が青ざめていくのがわかった。パーテイーリーダーが軽く頭を下げるのに合わせて、こちらも会釈したはずだが、ちょっと記憶にない。
冒険者ギルドのギルドマスターはなんと言った?
彼女に対する不法行為――ルイーズ様?
詫び代に金貨を50枚とか100枚とか、適当に押しつけて示談にできるなんて軽く考えていた、ちょっと前の俺を殴ってやりたい。
これは……ライゼン商会存続の危機だ。
土下座したい。
すごく土下座がしたい。
俺は!
どうでも!
土下座が!
したいんだ!
必死になって土下座して謝ったらルイーズ様は許してくれるだろうか?
しかし、ライゼン商会の商会長がルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィ侯爵令嬢に土下座するなら問題ないが、Eランク冒険者に土下座したら変だ。どう考えてもおかしい。
いまルイーズ様は身分を隠したいようなので、ここでバレかねないような真似をするわけにはいかないが……どうしても俺は土下座がしたい!
………………駄目だ。
………………もう。
………………我慢できない。
「申し訳ありませんでした」
俺は正直で取り立てられた商人だ。だから、正直にいこう。
部屋の中にいる人たちが驚愕しているのが感じられるが、完全に無視して額を床にすりつける。
「ここまで反省しているのであれば、そうそう事を荒立てる必要もないのでは?」
頭上からルイーズ様の声が聞こえる。問いかけの形式になっているが、何者をも反対できない力があった。
「まあ、被害者がそういうのなら、冒険者ギルドとしては強くは言えないが……あとは慰謝料など、きちんとしてもらえばいいように思う。『黒十字血盟団』としてはどうだ?」
「いや、まあ、相手は大きな商会だし、ここにくるまで厳しい交渉になるかと思っていたが、こう素直に謝られてしまうと、これ以上は怒れないな」
「冒険者ギルドおよび今回の関係者が納得するのなら商業ギルドとしては特に口を挟む気はない」
パーティーリーダーも、冒険者ギルドと商業ギルドのギルドマスターも納得してくれそうな雰囲気だ。
そんな中、馬鹿がおかしなことを言い出した。
「オヤジ、なにやってるんだ。こんな冒険者風情にそこまでする必要ないだろ」
俺は立ち上がりながら、渾身の右アッパーを馬鹿息子の顎にたたきつけた。しばらく黙ってろ――というか、しゃべれなくしてやった。
「今回の商隊の責任者を任せていた愚息は厳しく再教育して、見込みがなければ廃嫡。ライゼン商会からも追放します。お詫びのほうはルイーズ様の望み次第。どうしましょうか?」
実のところ、そこが一番難しい。開店祝いにドラゴンを1頭狩ってしまうルイーズ様からすれば金貨の100枚や200枚は小銭とすら認識されないだろう。
「帝都で泊まるところを探しています。この件が片付くまでギルドの宿泊施設を使わせていただいておりますが……」
困惑したような声が降ってきた。
なるほど、と納得する。身分を隠したまま普段と同レベルのホテルに泊まろうとしても無理だろう。もし料金を払えるとしても、格式を大切にする高級ホテルだと冒険者というだけで追い出される。
「すぐに用意いたします」
確か帝都の郊外に貴族の別邸が売り出されていたはずだ。買わないかと打診されたが、あちこちに支店を出している最中だから断った。なにより成り上がりの商会が貴族の別邸を金にあかして買うというのが躊躇われたのだ。
しかし、ルイーズ様なら帝国の貴族別邸でもふさわしい。いや、むしろもっと上のレベルでも問題ないくらいだ。
やれやれ、ライゼン商会存亡の危機はなんとか切り抜けられそうだ。
次章まだできてません、しばらくしたらスタートする予定です