幕間3
おいおい、いくらなんでもこれは酷いのではないのか? せっかく爵位を継いだばかりで、自分の学説を証明する寸前でもあるのに、ダンジョンで魔獣に食い殺される。そんな人生あるのか?
しかし、運命は残酷なもので、もう決定しているようだ。
護衛に雇った冒険者たちがどんどんやられていくのだから笑えなかった。別に金を惜しんだりはしてない。冒険者ギルドが腕利きと太鼓判を押したBランクをリーダーとするパーティーを言い値で雇ったのだ。
他のメンバーだってCランク、荷物運びでさえDランクだというのに、そこまで強くないじゃないか!
残るは2人の護衛。
魔獣は減っているものの全滅とはほど遠い。
これは、どう考えても詰んでいる。
冒険者にしてみればギルドを通した契約に縛られているとはいえ、それでも自分の命のほうが大切なのに、よくぞ途中で見捨てずに守ってくれたと感謝するべきだな。
みっともなく騒がず、おのれの人生の終わりを受けいれよう。そんなふうに覚悟を決めた。
ところが、そこに女の子が突っ込んできた。
頭の帽子、体のバッグとベルト、足下のブーツと、すべてが青っぽい装備でかためていて、一瞬でファングウルフを蹴散らしたのだから驚く。
護衛の生き残りは乱入してきた女の子にわたしを連れて脱出するように頼んだ。
それが彼らの姿を見た最後となった。殿軍として魔獣の足止めをして命を失ったのか、仲間の荷物から金目の物でもあさっていて逃げ遅れたのか、わたしの護衛を体よく押しつけて2人だけで逃げたのか。
もうどちらでもかまわない。
絶体絶命という状況はかわらないのだ。
護衛が壊滅したのだ。そこに女の子が1人くわわっただけで立て直せるわけがない。早いか遅いかの差だけで、どうせダンジョンから外へ出ることは不可能。
ファングウルフを蹴散らすことができたが、ここは凶暴な魔獣ばかりのダンジョン。
ところが、ルイーズと名乗ったEランク冒険者は諦めてなかった。
そして、実際わたしたちに向かってくる魔獣を簡単に蹴散らしはじめたのだ。
しかも、その魔獣を蹴散らすのをわたしと雑談する片手間にやってのける。
わたしの父の著作を読んでいるようなことを言っていたが、実際ルイーズには教養もあった。定職につけない連中が寄り集まって冒険者などと格好つけて名乗っているだけという噂だが、中にはこんな人物もいたのかと驚いたし、自分の幸運にも喜んだ。
この大陸の歴史は500年くらいだ。それよりもずっと前から誰かが住んでいたはずなのに、まったく歴史が伝わってない。
これはおかしなことだ。
歴史が伝わっている500年間にしたところで滅びた国はいくらでもある。しかし、滅びた国は滅びた国なりに歴史が伝わる。誰が建国して、何代続き、どうして滅びたのか。それは滅ぼした国が残した記録で、いくぶん恣意的なものであることも多いが、まったく伝わらないということはない。
ただし、歴史というより、おとぎ話の類いだが、500年前に千万の魔獣を従えた魔王が人類を滅ぼそうと攻めてきたと言われている。
また歴史を記した文献は残っていなくても、500年以上は経過しているだろうと考えられる遺跡はいくつも見つかっていた。
遺跡は破壊された廃墟か、軍事施設だ。
500年前に魔王なる存在が出現したか否かは不明であるが、大規模な戦乱があり、国という国がすべて消滅し、人は全滅寸前となって、文字を書き歴史を記すレベルの文明が保てなくなったと考えると矛盾が少ない。
ただし、その後の100年程度の期間で文字が発生し、帝国や王国の元となる国家ができたところをみると、知識人がそれなりに生き残ったはずだ。
それなら、なぜ彼らは魔王の侵攻と自分たちの国家の消滅についてなにも残さなかったのかは疑問が出てくるわけだが、きっと書き残すのが恥ずかしいような愚かで馬鹿馬鹿しい理由で人類は滅亡一歩手前までいったのではないかというのがわたしの説だ。
そんな話をルイーズ殿は時折同意し、時折反駁し、時折魔法で魔獣を殲滅しつつ、興味深く聞いてくれた。
わたしは歴史のこととなると夢中になってしまって、おかげで女の子にもてたことがない。いちおう伯爵家の跡継ぎなのだから、見合いのようなことをしたこともあるし、婚約前提でデートのようなこともあったのだが、どうもうまくいかないのだ。
わたしの話は彼女たちにとって、かなり退屈なものらしい。
はっきり退屈していると態度に出す女性もいれば、なんとか興味があるふりをしてくれる女性もいたが、どっちにしても深い関係まではいかなかった。
そこに現れたのがルイーズ殿だ。
Bランクの冒険者よりはるかに強く、歴史に興味があり、わたしの話が退屈などころか、実に興味深く聞いてくれる。しかも、質問してくる内容も的確だ。
最後には魔獣が吹き出すのを封じたとされる遺跡までいき、土魔法で外に出て、確かに穴があったことを証明した上で、ちゃんと埋め戻して封じてくれた。
これを逃すわけにはいかないと、ルイーズ殿を屋敷に連れ帰って、一緒に食事をとり、思い切って気持ちを打ち明けてみることにした。
しかし、どうもルイーズ殿の返事ははかばかしくない。
まあ、いきなり冒険者が伯爵に求婚されたら驚くだろう。信じられないだろう。
知り合いの貴族に頼んで養女という形にすれば身分差も埋まると、安心させるようなことを口にしたが、やはり反応は鈍い。
ここでルイーズ殿は婚約者がいると打ち明けてくれた。
なるほど、婚約者がいて、なのに別の男の求婚を承諾するのは外聞が悪い。まるで2人の男を手玉にとる悪女ではないか。
そして、父親に相談すると言い出した。
きっと父親同士が仲がいいとか、近所だとか、そんなことで決まった婚約話なのだろう。だから、まずは父親に頼んで婚約を白紙に戻し、その上でわたしのところに戻ってくるという手順を踏むつもりのようだ。
しかも、ルイーズ殿はなんだか焦っているというか、急いでいる。
きっと一刻も早くいまの婚約を破棄したいに違いない。
もちろん、わたしも一刻も早くルイーズ殿と結婚したい。
いつ戻ってくるのか、待ち遠しいことだ。