伯爵とお食事会
もう好感度は充分ですね。さっさと帝都に向かって有力な和平派の貴族と会いましょう。いちおうアグリファットも覗きにいって、もし必要とあれば伯爵領に戻りアルフレッド様と会見という流れですかね。
現状、政治的な力量があるわけでもないアルフレッド様に時間を割くのもこのあたりが限度でしょう。
ダンジョンで死にかけている人間を見捨てるのもどうかと思って手助けしただけだったのが、マグラナカン峡谷からここまで抜ける道が続いていることを教えてもらえましたし、魔王やアグリファット遺跡についても知識をいただきましたから、むしろ得をしたような。
こっそり街から出ることもできましたし。
「それでは護衛としての依頼は完了ということで。ごきげんよう」
立ち去ろうとした私にアルフレッド様が慌てて声をかけてきました。
「その護衛の報酬を払ってないではないか」
「あら、そういえば……」
「屋敷までついてきてもらいたい」
「いえいえ、お手持ちの中からいくらかいただければ充分ですわ」
「いや、屋敷まできてもらいたい」
なんだか強情ですね。貴族は体面があるので面倒です。
こういうときは財布ごと放り投げたらいいと思うのですが。前世の日本だと財布には運転免許証やらキャッシュカードやクレジットカードが何枚も入っていますから、まさか全部あげてしまうわけにもいきませんが、この世界では現金以外はまず入れません。お父様はよくやってますけどね。貴族側は「財布ごと手持ちをすべてくれてやった」ということで体面を保ち、もらう側も「あるだけもらった」と満足するんですよ――いやしくも貴族の財布ですから最低でも金貨の数枚は入っているはずですから。
でも、アルフレッド様は屋敷できちんと支払いしたいみたいですね。
こうなると私は私の体面がありますし。侍女や護衛もなしで貴族の屋敷を訪ねるのはどうかと思うのですが、まあ、そこは侯爵令嬢ではなく、一介の冒険者ということで我慢するとしましょう。しかし、若い女性が若い男性の自宅にほいほいついていくのは……冒険者ならいいのかな? 自宅と言っても貴族の邸宅なら使用人もいるだろうし、まさか2人きりということにはならないはずで。
「それでは少しだけお邪魔させていただきます」
さっそくアルフレッド様は遺跡の近くにある村までいき、馬を借りてきてくれました。
伯爵というから私の家とそこまでかわらないかと思っていましたが、うちの半分もない館でした。帝国と王国の国力とか経済規模の差がこんなところにも出るのでしょうね。
「狭いところだが……」
そんなことをおっしゃいますが、伯爵になりたてのニュービーが国力や経済規模をどうにかできるわけがありません。
「いえいえ、お気になさらずに。これからのお働きによっては、いかようにも大きくなりますでしょう」
せっかく慰めてあげたのにアルフレッド様は変な顔をしました。しかし、すぐに使用人を呼び、部屋の準備だの、食事だのと言いつけます。
それもご自分の分というより、私に対するもののようでしたので、慌てて制止しました。
「いえいえ、わたくしは報酬をいただきにお伺いしただけですわ」
「屋敷に招いておいて、空腹のまま帰すわけにはいかない」
また出ました。貴族の体面。面倒ですよね。
そんなの面倒くさいし嫌ですよ、と満面の笑みで断ってしまいたいところですが、貴族の体面を全力で潰しにいって得することはないですからね。
それに、お腹がすいているといえばすいています。携帯食料の日々でしたので、まともな食事はありがたいといえばありがたい。ゴブリン汁は勘弁してもらいたいのですが、それより少しは上の食事が出るのならおごってもらおうかな? という誘惑を感じます。
「そこまでおっしゃるなら少しだけ」
そうしたら食堂に通されました。
あれ? どうしてこうなった?
なぜか理由は不明ですが、食堂でアルフレッド様とともにディナーをいただいております。貴族が冒険者とともに食卓を囲むなんてことは、それはそれで体面に関わると思うのですが。
食事を提供するといっても、普通こんな形にはなりません。待遇がよかったとしても使用人と一緒とか、だいたいは台所の隅ですよ。護衛に雇われたわけですから、一時的とはいえ伯爵家の使用人という扱いということで他の使用人と一緒。そうでなければ邪魔にならない場所で残りものをいただくことになるはずです。
しかも、食事がはじまってしばらくするとアルフレッド様が仰天発言。
「父上とお会いしたい」
いきなり、こんなことを言うのです。
まあ、そういう人は多いので驚きはないですけど。侯爵家と交流があって得することはあっても、損することはありませんから、いろいろ理由をつけて寄ってくる人は結構います。
政治的なコネはあればあっただけ、ねぇ。
うちの場合、裏山に魔獣がたくさん生息していますので、珍しい素材もいっぱいありますから、そういうものを欲しがる人もそれなりに。
まあ、貴族家だと多かれ少なかれ権力にすり寄って、おこぼれを狙う連中がつきまといますし、領地の特産品を狙われたりもしますから、うちだけの問題ではないですけどね。
ただし、うちの侯爵家だけによくあるパターンは、腕に自信のある人から紹介を頼まれます。お父様と戦いたいという、脳筋がいるんですよ。
それも、結構いっぱい。
ストレリツィ侯爵家は北の守護者なんて呼ばれてますが、本当は山脈の越えて、その向こうにたどりつくことを悲願をする一族で、もう数百年も山脈に遠征隊を出してます。
これを侯爵家の身内と騎士団だけでやれればいいのですが、現実的に考えて無理。つまりいつでも腕に覚えのある人物を募集している状態なのです。
それなりの出自なら騎士団に抱えることもできますし、ただの冒険者などでも契約騎士という制度があって、騎士としての仕事はないかわりに、給料もなく、ただし遠征に同行はできるというもの。
ストレリツィ山脈にはそこらへんにいない強い魔獣がいますが、遠征中に契約騎士が倒した場合は本人の所有物となります。普通の冒険者では稼げない金額になることも多いらしいんですよ。
対外的には契約騎士とはいえ侯爵家の家臣ですから、相手や場所によっては大きな顔ができるというのも大きなメリットで、特に脳筋どもの世界では尊敬されているようです――もっとも侯爵家の威光を笠にきて変なことをすると、うちの権限で処分されちゃいますけどね。
たいてい首が転がることになります。
いろいろと私のお父様と会いたがる理由は思い浮かぶのですが、しかし、それがアルフレッド様にはむすびつかないですよね。
希少な魔獣の素材を欲しがるのは商人や職人ですし。
ましてや脳筋の勲章なんていらないですよね、たぶん。
なにが目的なのでしょうか?
ブクマだけでなく、評価もいただいたみたいです。
ありがとうございます、モチベーション上がりましたのでがんばって更新します!!




