やっぱりバトルはたぎります
おはようございます
これでも、この私、ルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィは魔法が得意ですので、誘拐犯くらいなんとでも……と雷や炎をぶつけてやったのですが、あっさりと弾かれてしまいました。
魔法の無効化を甲冑に付与してあるようですが、たった1つの魔法を弾く甲冑だってそこそこするのに複数の属性魔法を無効化する甲冑なんて普通には買えませんし、そもそも売ってませんよ、そんなの。
前世の日本だと車や家を買う人は結構いますよね。ローンを組んだりして。だけど、ジェット機や野球場を買う人はいませんよ。個人が買えるような値段じゃないし、ローンを組んだって無理。
つまりものすごい権力者か、大金持ちが私をさらいたいらしい……私、なにやらかしちゃったんでしょうね? 誰か偉い人でも怒らせるようなことしたかな?
ちなみにヒロイン役の男爵令嬢は関係ないですよ。わざわざゲームの通りにいじわるするほど暇じゃないので彼女との仲は険悪ではありませんし、これだけの誘拐事件、地方の貧乏男爵家の権力と財力でやれるはずがありませんから。
まあ、乙女ゲーの清純で心優しいはずのヒロインが裏では殺し屋を雇って悪役令嬢を排除に動いたら、それはそれで画期的ですけど。でも、そんな画期さをもとめるプレイヤーは皆無に近いですよね、たぶん。
まあ、バックに誰がいて、どんな大金が動いたかはともかく、いま言えるのは雷属性と火属性の魔法を無効化されて、私ってちょっぴりピンチ?
「わかったか? 無駄なことはやめておけ。無様に放り込まれるより、自分から乗ったほうがいいぞ?」
騎士は揶揄するような声を出しました――いえ、騎士じゃないですね。見た目は騎士ですけど、こいつらは誘拐犯、ただの犯罪者にすぎません。
盗賊のオヤブンで充分ですね。こんなヤツ。
「それでも、やっぱりお断り!」
拒否すると、盗賊のオヤブンが苛立たしげに距離を詰めてきました。
とっさに逃げる素振りをします。
すると盗賊のオヤブンは早足からギアを一段上げて、走り出そうとしました。
「見えざる巨人の手!」
そのタイミングで脳内に魔法陣を展開、そこに魔力を流し込み、杖を突き出して照準をさだめて魔法を飛ばします。
ほぼ同時に飛びかってこようとした盗賊のオヤブンが私の横を通り過ぎ、どこかに飛んでいってしまいました。
「なにをした!」
私の斜め右にいた騎士が驚いて剣を抜きました――いえ、こいつも騎士なんかであるはずがないので、盗賊の手下Aとしておきましょう。
「見えざる巨人の手!」
剣を振り上げたタイミングで、また脳内に魔法陣を展開、そこに魔力を流し込み、杖を突き出して照準をさだめて魔法を飛ばしました。
盗賊の手下Aは剣を振り上げた方向、つまり空に向かって飛んでいきます。
残りの敵は10人。いきなり2人がやられて、しかもどんな魔法で攻撃したのかわからず、戸惑ったように顔を見合わせていました。
重力操作で周囲の重力をゼロにしただけなんですけどね。無重力空間で暴れたら、勢いをつけた方向に飛んでいってしまいますよ。
まあ、それが理解できる人はここにいないでしょうが。
この世界でリンゴが木から落ちることはあっても、アイザック・ニュートンはいませんから、どうやら重力という概念すら一般的な知識ではなく、学者どころか賢者という肩書きすらある世界なのに、その賢者ですら重力なんて知らない様子。
ちなみに賢者は2人だけですが会ったことあります。自称・賢い者(笑)みたいな人物でしたけど。
世の中ではそれなりに尊敬されているらしいですけど、まあ、自分で賢者って名乗ってる時点でそもそもアレな人だと私なんか思っちゃいますよ。
その賢者ですら知らない重力操作は、きっと透明の巨人につまんで投げられたような気分になると推測して、魔法名を『見えざる巨人の手』と名付けたのですが……どんな魔法かも不明なまま2人もやられたのだから、少しは私のことを恐れてくれるといいのだけれど。
この重力操作の魔法は時空魔法に属します。時空魔法といったら大量の荷物を容積や重量に関係なく運んだり、自分の魔力を付与できるのならマジックバッグみたいな魔道具を作るのが普通。
私の愛用しているハンドバッグみたいに。
たぶん時空魔法というのは、この世界の人の認識で名付けられただけで実際には物理法則に作用する魔法のことだと思われます。
ここで重要なことは、空間拡張や重量軽減くらいしか使い道を知られていなくて、本質がまったく理解されてない時空魔法を攻撃に使う魔法士はいません……時空魔法が攻撃に使えるなんて考えたこともないですよ、みなさん。
当然、時空魔法を無効化する防御術式を甲冑に付与するなんてこと、この世界の人は誰もやりません。そもそも時空魔法を無効化する術式が存在するの? という感じですし。
いってみればマジックバッグを無効化して普通のバックにする魔法の術式みたいなもので、そんなもの絶対に必要ありませんから誰も開発しません!
そういう原理も仕組みも、なにをしたかさえ不明で、防御することさえできない魔法が私の切り札の1枚なんです。
「わたくしを誰だと思っての無礼? 勘違いなら謝罪と賠償で許してあげないこともないけれど、いかが?」
剣を持った盗賊の手下たちは警戒しながら間合いを詰めてきました。
どうやら謝罪するつもりも、賠償するつもりもないみたい。
でもね、この連中、私と第一王子が婚約した理由を知っているのでしょうか?
大まかな流れとしては、ストランブール王国に生まれた第一王子はイケメンで剣の天才。同じ年に生まれた侯爵令嬢が人並みはずれた魔力を持つ魔法の天才で、この2人に子供が生まれたら人類最強クラスになるんじゃね? というサラブレッド的発想の一方で、家の格の釣合もいいし、政治的にも王家と侯爵家の関係強化につながると婚約することになったのでした。
つまり私は侯爵令嬢にして、悪役令嬢であり、ひょっとしたら勇者レベルの才能を持った子供を産むんじゃないのかなー? と期待されている魔法の天才だったりするんですよ、これでも。
手に持つのは直径5センチ、長さは60センチはあろうかという、15歳の女の子が持つには太くて大きい杖。真っ白で、すべすべしていて、先には緑の石がはまっていました。
うちの裏山といっては言葉が軽いですが、侯爵家の守る北の山脈――標高7000メートルを超える嶮峰ライゲネス山と、同じく7000メートル超級のカスゲード山にまたがるストレリツィ山脈の南側が私の先祖代々が守ってきた領地となります。
人跡未踏の魔境と噂される北の山脈にピクニックに出かけた御先祖の誰かが拾ってきたドラゴンの骨を磨いたもので、ちょっと値段がつけられない逸品と聞いています。
別に貴族に憧れとかないけど、きっと庶民だったら触ることすらできない杖を使えることだけは素直に嬉しい。
それ以上に侯爵家のような地位の家に生まれなければ、どれほど魔法の才能があっても勉強する機会するなかったかもしれません。この世界、魔法はほぼ貴族が独占していますし、貴族と平民では圧倒的に平民が多いわけで、生まれ持った才能を存分に伸ばせる環境があったというのは、本当に幸運なこと。