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幕間2

第二章はここまで

なるべく早めに第三章はじめたいです


 そりゃあ当然のことだが第1印象は最悪だ。馬鹿なんだろうな、と思ったよ。


 だって全身空色なんだぜ?


 冒険者ギルドに入ってきた瞬間、いままで騒がしかったのが嘘のように静まりかえったんだから。勤勉な連中が依頼から戻ってくるには少しばかり早い時間のこと、たむろっていたのは仕事にあぶれたクズとか、しょうもないチンピラばかりだが、そんな奴らが唖然として舌が凍りついたほどさ。


 この世界、敬意を込めて2つ名で呼ばれる存在がある。『百剣の王』とか『石の塔の賢者』とか、どっちかというと本名より有名な名称をぶらさげた腕利きのことだ。騎士だったり、傭兵だったり、魔法士ギルドの幹部とか、どこかの貴族や王族、まれに飛び抜けた才能を持った冒険者でそんな敬称を奉られる奴もいる。


 その中でもイメージカラー的に、武器や防具や装備の色からくる2つ名を持つ者に憧れる連中は似たような色で飾ってんだよ。


 たとえば『朱鞘の大剣』だと、さすがに朱色そのままでは恐れ多いから、剣の鞘を同系統の赤にしたりとかな。


 では、空色は?


 隣の王国に侯爵家という高貴な生まれで、絶世の美女、第1王子に婚約者にして、天才魔法士がいて、空色の装備を愛用している――まあ、俺は本人を見たことないし、ここにいる連中も同じだろう。貴族の令嬢なんて普通に会える相手じゃねーから。


 『碧天を翔る空色』


 彼女の2つ名だ


 特に若い女の魔法士で憧れる奴が多いので、青っぽい装備品は結構人気商品として店に列んでいたりする。


 だから、青系統の装備はいいんだよ。コイツ、空色に憧れてる駆け出しだなって、それだけの話だ。そんな奴、いっぱいいる。


 ところが、いま冒険者ギルドに入ってきた少女は爪先から頭のてっぺんまで空色。


空色の飛行帽をかぶり、空色のリュックを背負い、空色のベルトの巻いて、空色のブーツをはいているんだから、これはないな、と思うだろ?


 いくらなんでもやりすぎ。


 見た目は結構な美少女だから、普通にしていたら大人気だろうが、こんな装備を恥ずかしげもなく着用しているイカれたオツムは相当に残念だ。


 そんな残念美少女が冒険者ギルトにやってきたらどうなる?


 このヌーベルトの街は縛り首子爵の領地だから行儀の悪い奴はブランコに揺られてあの世にいってしまい、そうそうトラブルに巻き込まれる心配はないことになっているが、なにごとにも限度ってものがあるだろう。


 しかも、このところ食い詰めて流れてきた連中の多いこと。まだ縛り首で淘汰されてない馬鹿だって結構いるんだ。


 俺はそっと彼女のそばに移動した。残念美少女でもカラまれたりしたら可哀想だしな。


 周囲に鋭い視線を走らせる。


 ガタイのいい獣人とやりあおうという元気な奴はいないみたいで、彼女を見ていたクズどもも慌てて顔をそらした。まあ、世間の皆様が汗水垂らして働いている時間にギルドで暇つぶししているような連中が喧嘩を売るなら、まず勝てる相手にするからな。


 他の部族を牽制するため情報収集を命じられ、いまは冒険者みたいに装ってはいるが、俺は軍人だ。国民の生命と財産を守るが本分……帝国の軍人ではないが、慣れないスパイのまねより、世間知らずな女の子の安全を確保するほうが性にあっている。


 そんなメーラント共和国第3偵察大隊を率いる俺が冒険者のふりをして(いや、いちおう正式に登録しているが)この街にいるかというと、いってみれば一種のアリバイ作り。


 俺のアリバイじゃないぞ、もっと偉い連中のだ。


 メーラント共和国というところは亜人が主体となった寄り合い所帯。いろいろな部族がいて、その代表が集まって国の方針を決めることになっている。


 いま、どうやらマグリティア帝国が戦争の準備をしていて、攻める相手はストランブール王国らしいという噂が流れているらしく――俺レベルでは耳に入らないが、もっと上の方で、そんな話がちらちら囁かれているらしい。


 で、他の部族が諜報をやるから、それなら犬人族も、ということになった。


 だが、その他の部族というのは諜報に長けた人材がいて、技術や魔法があって、ノウハウの蓄積もある。


 一方で俺たち犬人族にそんなものがあるわけない。


 だいたい偵察部隊を送ろうというところで、かなりセンスがないよな。戦場になりそうな場所や、敵の進行方向、あるいは勢力などを調べるのが偵察隊。街でのスパイ活動なんて無理に決まっている。


 できるか、できないかでいえば、できない。


 もちろん、上の方だって、その程度のことは承知している。


 つまりは命じるほうもできもしないことを命じていると自覚しつつ、なにもしないわけにはいかないので命じ、命じられたほうもできもしないと思いつつ、命じられたからには引き受けた。そんな形だ。


 しかたなく俺は部下とともに冒険者として国境のあたりを探ることにした。


 はっきりいってメーラント共和国は貧乏国だ。軍隊にかけられる予算も少なく、そうなると俺たちの俸給は安い。魔獣討伐は費用をかけずして戦闘訓練になる上、アルバイトにもなるから、俺も部下も冒険者として登録しているし、軍から支給された武器や装備とは別に私物の武器や装備も持っている。


 しかし、冒険者ギルドや、酒場などで集められるのは噂話の切れ端くらいなもんで、他の部族の諜報活動と比較すると――そもそも比較することすら馬鹿馬鹿しいが、かなり見劣りしてしまう。


 そんな解決するのが困難な問題を抱えて気分が落ち込んでいたところだったので、俺にとって駆け出しの冒険者をこっそり守ってやれたことは心がちょっぴり温かくなる出来事だったな。


 そのとき彼女とギルドの職員との会話が聞こえてきた。どうやら冒険者として登録する料金の銀貨1枚がないらしい。


 駆け出しの冒険者が薄い財布に困るのはよくあることだが、まさか登録料すらないとは。


 帽子やブーツに塗りたくる空色のペンキを買う金を節約したらよかったのに。


 せっかく助けてやって、ここで見捨てるのは気分が悪い。


 しかたなく銀貨1枚を放ってやったら、お礼を口にするものの、なんか偉そうだ。普通、先輩冒険者に銭を恵んでもらったら平身低頭だぞ?


 それで、この女の子とは二度と会う機会はないだろうと思っていたら、しばらくして戻ってきて、しかも大金を返してもらった。


 銀貨1枚がどうしたらこんなことになるんだ?


 まあ、くれるというものを突き返すのも愛想がないし、かわりに冒険者としてのアレコレを教えることにした……ルイーズと名乗った駆け出しの冒険者はゴブリンの相場が史上最大というレベルの大暴落になってて目をそらした。狩った魔獣を売ったようだが、おそらくほとんどがゴブリンだったのだろうな。


 駆け出しの冒険者に狩れる魔獣は限られる。きっと運がよく少数のゴブリンと何度も遭遇して、結果としてまとまった量をギルドに売却したのだろう――まあ、それにしても暴落どころか大暴落で、ちょっと納得いかないところがあるにはあるが。


 街のいろいろな噂話をしつつ、メシを食いにいったのだが、こいつは失敗だったらしい。


 ゴブリンが安くなってるから、それでって単純に選んだだけだったんだが。


 ルイーズは頑張って誤魔化していたが、涙目になってるんだ。どうやら安食堂の最低定食が口に合わなかったみたい。


 このとき、俺はちょっとばかり違和感があったんだ。


 不味いが、食えなくはないし、肉は肉だ。駆け出しの冒険者なら肉というだけでがっつく。


 さらには虫の素焼きでも引いてたな。


 こいつ、どんな田舎からきた世間知らずなんだと思ったね。だが、同時にひょっとしたら意外といいところのお嬢様かもしれねーなとも思った――さっきは銀貨1枚が払えなかったが。


 確信に変わったのはホテルに着いたときだ。なにしろアパラセア・ホテル&リゾーツといえば街で一番。いや、帝国にあるすべてのホテルでトップクラス。ここより上は存在しないとまでは言わねーが、3つも4つもあるわけでもないと思う。そんなところの最上階を丸ごと貸し切りっていうのだから、あやうく腰を抜かすところだったね。


 どこかの王国の姫か、とんでもない詐欺師か、どっちか思い悩んだあげく、従業員の1人に金貨を握らせた。普通の旅館なら銀貨の1枚2枚ですむところが、むかつく話だが高級ホテルだとチップも桁が違うらしい。


 もし詐欺師だったら片棒を担ぐ前に逃げ出さないと、明日の朝日は門からブランコに乗って眺めることになりかねないんだ。金なんかいらない身の上になりそうなときには、惜しんだらいけない。


 だいたい彼女からたんまりもらったから別にかまわねーし。それに聞いた情報は値段だけの価値はあったね。


 ルイーズはストレリツィ侯爵令嬢。


 なんと、本物の空色じゃねーか!    


 『碧天を翔る空色』


 最初に会ったギルドでも助けたつもりだったが、彼女からしたら大きなお世話だっただろうな。初心者の女の子だとナメてかかってくるクズなんか相手にならない。むしろ、カラんだ奴のほうが命が危ねーぇぞ。


 なにしろ北の守護者と呼ばれているストレリツィ侯爵家は凶暴な魔獣を家名の元になったストレリツィ山脈に押し込めているので有名な一族。そして、その悲願はストレリツィ山脈を超えて、その向こうにたどり着くことだと言われている。何度も何度も遠征隊を山脈に送り込み、安全なルートを探して、道を作り、橋を架け、梯子を設置し、立ち塞がる魔獣を間引きしているのだ。


 現在、山頂付近まで到達しているらしい。


 ドラゴンすら恐れず突撃していくストレリツィ侯爵家の長女が帝国の冒険者ギルドにいるなんて想像もつかねーが、どのくらいの強さなのか見抜くこともできなかったのかと落ち込みかけて、そういえば、と俺の本来の指命を思い出した。


 いまの俺は情報収集中。


 北の守護者の一族が、なんでこんな南で? 


もちろん、この街はリゾート地だから普通に観光と考えることもできなくはない……わけない! 戦争がはじまろうとしてるんだぞ? 王国の重鎮でもある侯爵家がその令嬢を敵国になろうという場所でバカンスさせるはずがないじゃねーか。


 もっと貴族でも下のほう、政治的なところに疎い家ならわからねーがな。


 ひょっとすると戦争がらみの行動だろうか?


 むしろ、それしか考えられねーぇ。


 翌日、ルイーズは見栄えのする馬車をチャーターして外出した。都合のいいことに(もちろん俺にとって都合のいいことに)護衛として同行するように命じられた。


 到達したのは子爵の邸宅。


 なにやら挨拶していたが、本題は別室で、ということになった。


 まあ、当然だわな。


 だが、俺には耳がある。


 犬人族の聴力は人族の3倍とも4倍ともいわれているし、偵察部隊を率いているだけあって、俺の聴覚は通常の犬人族をはるかに上まわる。


 別に見張られているわけではないのでドアの側で聞き耳を立てることだってできた。これはチャンスだ。コロンと幸運が目の前に転がってきたのだから、全力で拾わなければならない。


 聞こえてきたのは帝国側が開戦の望んでいること。


 その中心は皇帝に近い騎士団や宮廷魔法士であること。


 特に宮廷魔法士が帝都の近くでなにやら怪しげな動きをしていること。


 どうやらルイーズは帝国がなぜ強気なのか調べるらしい。まあ、気になるかならないかでいうと気になるよな。戦力でいえば帝国が勝つ見込みはさっぱりなくて、王国が攻めてきたというならしかたないが、今回は帝国のほうから戦争を仕掛けるのだ。それ相応の勝てる根拠があるはずなんだ。


 ただ、状況でいうと、かなりダメだな。


 帝国の皇帝が戦争したがっているんだぞ?


 開戦必至だ。


 もう止めようがない。


 まあ、帝国と王国が戦争になるだけなら、勝手にやったらいいと思う。


 ぶっちゃけ俺には関係ないし、俺の国にも関係ない。まあ、帝国と王国が戦争になったら共和国にもなにか影響があるかもしれないが、そういうのは俺より頭がいい奴が考えればいいこと。


 どうやら、俺がこの街に冒険者として潜入した3か月の間に拾った情報なんか比較にならない、ズゴいネタをつかんだようだ。


 子爵との会談の後、またしても彼女は冒険者ギルドにいき、いろいろな依頼を見て楽しみ、結局まともに依頼を請けることなく去っていった。 


 本当にコイツ、冒険者ギルドになにしにきたんだ? 貴族の令嬢ってもんは訳がわからん。


 俺は領主との会談の後、護衛を馘になった。


 へまをしたわけではない。


 ルイーズがダンジョンにこもると言い出したのだ。


 過去、この街でストレリツィ侯爵家がバカンスにきたことが何度かあったことは俺も耳にしている。たいてい高難度のダンジョンに突撃していたらしい。どのあたりが休暇なんだよ! とツッコミたいが、同時にあの一族らしいよね、という話でもある。


 他の貴族は騎士団を連れてやってきて、そいつらと魔獣を戦わせて見物しているのに。強い騎士団を持っているというのは貴族にとってステータスだから、そんな遊びを楽しむのだが、貴族の当主や家族がみずからダンジョンに突撃するなんて普通は聞かない。


 だから、ルイーズが生きて帰れる見込みの薄いダンジョンにいきたがるのも当然だろう。


 いちおう同行してもいいと言ったが、あっさり断られた。


 護衛はいらないと言っていたが、ダンジョンにこもるという口実で、こっそり子爵との会談で出てきたアグリファットに向かうのだろう。秘密の活動なのだから、まさかヌーベルトの冒険者ギルドではじめて会った俺を連れていくわけにはいかないのだ。


 と、そんなふうに考えていたのだが、彼女と別れてしばらくするといろいろ疑問を感じたんだ。俺をアグリファットに同行させるのは無理なのは当然だ。だが、それならなぜ子爵との会談のとき護衛として雇ったのだ?


 貴族が従者を1人も連れてないのは体面に関わるとしても、緊急時、非常時だ。侯爵令嬢だけだとしてもレアット子爵は侮ったりしないだろう。あるいは、どうしても誰かを連れていくのなら、例えばホテルで女性の従業員を一時的に侍女として借りたいと頼んだっていい。


 つまり、あの空色は俺の正体を察していて、護衛として雇うという口実でレアット子爵との会談を聞かせたということはないだろうか?


 きっと、この会談の中身がメーラント共和国に伝わるとストランブール王国にとって有利になるのだろう。どのように有利になるのか、そのあたりは俺にはわからない。もっと頭のいい奴の仕事だ。


 俺は報告書をまとめて部下に共和国まで急いで届けるように命じた。犬人族は諜報活動には向いてないが、長い距離を走ることだったら他の部族には負けないし、早く情報が届くだけでなく、その中身も充実しているのだから文句を言われることはないだろう。








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