独り言は有益です
レアット子爵とは過去にも面識がありますので、スムーズに挨拶できました。ユノには不審な目を向けたので、途中で馬車が襲われたことと、やむなく街で護衛に冒険者を雇ったことを説明しました。
「衛兵たちから冒険者ギルドにいったようだと伝えられて、どういうことかと首をひねったが、そのためなんだね」
「はい、まさか護衛なしというわけにもいかないですから。領地なり王都の屋敷からかわりの騎士を送ってもらうのも時間がかかって現実的ではありません。ただ、冒険者ギルドで親切にしてもらいまして、人柄のほうも信頼できそうでしたから、本当に助かりました」
「我が街の冒険者にそのような人物がいて誇りに思う」
私に語りかけていますが、実際にはユノを褒めたのでしょう。身分の差というのは、いろいろ面倒。
「はい、Cランクの腕きき冒険者ですから、わたくしも安心できます」
本当なら冒険者ギルドでゴブリンを大量に売って価格を暴落させた面白エピソードも披露したいところですが、こういう場の話題にはそぐわないのでやめておきました。
「襲ってきた盗賊の1人、オトエサと名乗る男を衛兵の方が引き取ってくださいました。お手数かけて申し訳ありません」
「場所的に我が領地なのか微妙なところだが、交通の安全を妨げる輩を処罰するのは当然の仕事。さっそく縛り首にして晒してやりました」
「縛り首……ですか?」
「斬首のほうがよろしかったでしょうか?」
「いえいえ、レアット子爵の思うままに」
処刑方法についての疑問ではありません。背後関係とか、いろいろ尋問(あるいは拷問)するところでしょうに、さっさと処刑とは――まるで口を封じたみたいじゃないですか。
オトエサも哀れな。
それとも、書類上だけ処刑されたことになっているのでしょうか? 本人はとっくに牢から出され、すでに自由の身かも。
どっちにしても、レアット子爵は無条件で味方だと考えるのは危険なようです。
「父より預かった手紙があります。ご覧いただけますか?」
別室に案内されて、2人きりになったところで、私は手紙を1通、差し出します。
すぐに目を通し、最後まで読んで一言。
「受け給った」
「ご返信などは?」
「いまはやめておいたほうがいいだろう」
「なにかありまして?」
「デリケートな問題だからな」
「つまりデリケートな問題が発生している、と」
「問題はいつでも発生しているが、今回はいつになく強い」
「失礼を承知であえて申し上げますが、まともにぶつかった場合、帝国のほうがやや不利かと」
「まず負けるな。100回やって100回負ける」
「それをひっくり返すような手が用意できた、と?」
「わからない。いや、隠しているわけではないぞ。本当に知らないのだ。そもそも、どうやったらストランブール王国に勝てるのか見当もつかないのだから」
「兵力に大きな差がある以上、たとえば内応などは?」
「いま王国を裏切って帝国につくメリットがあるか?」
「……思いつきません」
「だろう? それで困っているんだ」
これは独り言だぞ? とレアット子爵は私に念を押しました。
「負ける戦争はやりたくない。だから、基本的には私は和平派だ。しかし、戦争が避けられないとなったら勝つほうにつきたい。帝国に秘策があって、確実に王国に勝てると確信できたら、その瞬間から私は開戦派だよ」
「では、わたくしも独り言を。どなたが強く反応されているのか漏らしていただけるなら、こっちで調べたことを漏らすこともできますが?」
「不思議な話だが騎士団がいろいろ動いているという噂を聞く」
「騎士団? どなたの?」
「帝国の。つまり皇帝直属の近衛騎士団」
「皇帝ご自身がそのようにお考えということなら、勝つも負けるも、どんな派閥であっても、もう引き返すことも、立ち止まることも出来ないように思いますが」
「近衛騎士団にも派閥があって、剣や槍が強い連中と、魔法が得意な連中がいる。皇帝陛下が直々に指示しているなら、派閥は関係なく騎士団全体で動くはずだが、今回は魔法士ばかりが騒いでいるようだ」
「新しく広域殲滅魔法でも完成させたのでしょうか?」
例えば核爆弾の原理がわかっていれば、それをこの世界で魔法に落とし込むことは可能だと思います。私は核爆発の仕組みを知らないので魔法陣にできませんし、この私よりも科学の知識がある者が帝国にいるとも思えませんが、地球の人間に考えつくことができたことならば、この世界の人間が考えついたところでおかくしくない――と理論上は思いますが、現実にはちょっと無理ではないかと。
転生者が私だけとはかぎりませんから、前世で科学知識に長けていて、なおかつ今世で魔法の能力が高い人がいるのかもしれませんが、そうそう転生者なんていないだろうし、帝国の近衛騎士団に簡単に入れるわけもありません。
そうなると、この世界での魔法の範疇になりますから広い地域に効果があるといっても限界がありますよ。
レアット子爵も否定的でした。
「1発で1万人くらい倒せる魔法を何発も連続発動させることができるのなら帝国と王国の兵力差をひっくり返すことが可能だが、あまり現実的には思えない。それに騎士団はアグリファット周辺でなにかやっているという噂だ」
そんな噂があるんですか、知りませんでした。まあ、調べにいくしかなさそうですが、徒歩か馬での移動だと夏休みが全部潰れそうです。移転石は使用に制約が多過ぎて、今回はまず使えるないだろうし。
これはテレポートの魔法を本格的に開発したいですね。