冒険者はつらいよ
自分でゴブリンの買い取り相場を暴落させておいて、安くなったゴブリンを注文するのはマッチポンプというものですから、あまり褒められたこととは思えません。この世界には株式会社はありませんけど、これが株の売買ならばインサイダー取引として逮捕されてしまう案件でしょう。
もっとも、この世界でゴブリン汁みたいなものはランクの低い食事みたいですから、あまり気にする必要はないのかもしれませんが。
こういうのB級グルメっていうのかな?
まあ、A級だろうがB級だろうがC級だろうが、美味しくなければグルメとは言いませんけど。
そのゴブリン汁ですが。
まず、見た目ですがゴブリン肉と野菜を煮た具沢山スープに、黒いパンが浮いているような感じでしょうか。
においですが……臭いです。なんでしょうね、公園のトイレみたいな臭い。
これ、私、ちょっと無理かも。
くじけそうになりましたが、ユノは普通に食べているのですから、これは冒険者の普通の食事なんでしょうね。冒険者ギルドの掲示板や買取リストからすると、1食に銀貨や金貨を費やすわけにはいかないようですから。
私も最終的に国外追放されたら冒険者をやるつもりなので、侯爵令嬢としての普通の食事ではなく、標準的な冒険者の食事くらいちゃんと食べられるようにしておかないと困ります。
黒いパンは小麦でてきているとは思えないほど固く、スープを吸わせてさえ、なかなか歯ごたえがあります。なんだか妙に酸っぱいし。
さらに、ゴブリンの肉は緑色。これ絶対、食べたら、お腹痛くなる色ですよ。口に運ぶと、とても固く、噛み切れません。
野菜も野菜の味がしなくて、これ、野菜と言うより植物ですね。とても苦いです。土臭いです。
あえて言えばアンモニア味のガムと雑草の煮込みでしょうか?
前世を思い出してから、一番苦労したのが実は食事。この世界って、あんまりおいしいものがないんですよね。
でも、それは私の家が特別だと思っていました。
侯爵家って、わりと脳筋なのが多くて、グルメとは縁遠い一族ですから、食事がおいしいかどうかなんて気にしてない、もしくは訓練の一環で粗食に耐えていると思っていました。
ところが、王都の学園に入って寮の食事をとると、これも美味しくないんですよね。だから「ひょっとして?」と頭に浮かんだこともありましたが、いままで見ないふりをしていたのですよ。
しかし、なあ……冒険者になるための試練がモンスターとの戦闘などではなく、毎日の食事というのも辛いですよねぇ。
いちおう鑑定してみますか? レシピや調理法なども詳細にわかる鑑定魔法が使える人もいるようですが、バトルがメインの私の鑑定魔法だと、お腹がふくれるかと、栄養があるかどうかが中心となります。
それでも料理の内容が少しはわかりますから。
「これ、なんですの?」
『クズ魔獣肉と野草のごった煮スープ
満腹度 89
栄養価 75
味 -15
血抜きなどの処理に不手際があり、もともと不味い肉がもっと不味くなったものと、食用とは言えないものの食べられないこともない野草を安価な調味料のみで味付けしてあるスープ』
見なければよかったですね、美味いとか不味いという次元ではなく、食べられるかどうかを問うレベルの食事のようです。味の評価としてマイナスははじめて見ましたし。
まあ、激安価格で、満腹になって、栄養もとれるようなので食事としてはよくできているのかもしれませんが。
「なにって、ゴブリンじゃねーか」
ユノが不思議そうな顔をして答えてくれました。いまだに鑑定魔法の呪文だとは気づいてないようです。
私がはじめて見るゴブリン汁に悪戦苦闘している間、彼はさっさと2杯も間食し、最後の1杯にとりかかっています。
しかも、もふもふな尻尾がゆらゆらと揺れているところからして、かなり満足する食事みたい。
「あまりにもエキゾチックな味ですのね」
「そうか? こんなもんだろ?」
とりあえず、パンを細かく砕き、においを嗅がないように鼻で息しないようにして、ゴブリン汁を一気に口の中に流し込みました。
涙目になりながら口元を押さえます。
さすがにリバースは、ねぇ?
だけど。
これは。
本当に。
人間の。
食べ物なのでしょうか?
ユノに変だと思われたら嫌なので、がんばって平気な顔をします。
店を出たところで、屋台がありました。なにやら食べ物を売っているらしい移動式の店舗が道にずらりと並んでいるのです。
そうそう、きっとこういうのがおいしいはず。
屋台の食べ歩きをすると、とっても美味しい串焼きとか見つけるんですよね。一種のテンプレですよ。なのに安い定食屋みたいなところを選んだのが失敗の元。
どんなものを売っているのでしょう?
子供たちがなにかを摘んでいる屋台を覗いてみました。茶色の小山がいくつもあります。
鉄板で炒った、なにか。
香ばしい匂いがして、なんか美味しそう。
明日は屋台グルメ編
なにが売られているのか?