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前世の記憶



 もう少しでストランブール王国とマグリティア帝国の国境というところで、謎の集団にストレリツィ侯爵家の馬車は包囲され、剣の腕と忠義の心にかけては他家に勝るとも劣らないはずの侯爵家騎士団は剣の柄に手をかけることもなく降伏。


 御者や侍女には「前の街まで戻ってお父様にこの事態を連絡してもらいたい」と私を残して逃げるように指示しました。


 そして、いま窓のない不気味な馬車に乗るように強要されています。


 まあ、降りるように言われて、あっさり降りた私にも非はあるのかもしれないけどね。本当は馬車の座席にしがみついて泣く場面だったかも。


 いまはリアルの世界なんだから、ゲーム感覚でいたら危ないぞ! そんなことを常々自分に言い聞かせながら生きているのだけれど、たまに危機感がズレることがあるんだよなぁ……そう、私には前世の記憶があるんですよ。


 令和な女子高生をやってて、それが女子大生にクラスチェンジしたあたりで記憶が途切れるので、たぶん大学入学してすぐくらいに死んだのでしょう。あるいは現在どこかの病院で意識不明になってて、いまは夢の中?


 前世の記憶といっても完全なものではなく、むしろ忘れたか、記憶がブロックされている部分の方が多いんじゃないの? という感じなんですけど。


 情報として一番の基礎となる自分の名前が思い出せなかったり。その一方で楽しく遊んだゲームは覚えていたり。


 ネトゲのハンドルネームは思い出せるのに、戸籍上の本名は思い出せないって、どういうことでしょうね?


 ゲームは好きだったけど、青春くらいは賭けてた気がしないでもないけど、さすがに人生は賭けてなかった……はず。そこまで廃ゲーマーだったとは思いたくないですよ。


 ちゃんと高校で授業を受けた記憶がありますから!


 大切なことなので、もう一回言いますけど、ちゃんと高校で授業を受けた記憶がありますから!


 ずっと部屋に引きこもってて延々とゲームやっていたわけじゃないんです!


 まあ、それはともかく。


 この世界は『紅碧双月のストランブール』というゲームにすごくよく似ています。プレイヤーは女性主人公を操作して男性キャラ(つまりはイケメンキャラ)を攻略していく恋愛ゲーム、いわゆる乙女ゲームというものですね。


 そして、残念ながら私は主人公の男爵令嬢をいじめまくって、それで婚約者である第一王子にバレて断罪された上で婚約破棄される、いわゆる悪役令嬢。


 いえ、本当は残念とか思ってませんけど。


 モブよりいいし。


 容姿端麗で、魔法士としては王国屈指の腕前だし。


 地方の村人Aの娘として産まれて、凶作の年に奴隷として売られるなんて人生だって普通にありえる世界ですよ、ここ。まあ、そういうところはゲームに出てきませんけど。


 もし現代の地球に生まれ変わったとしても、それが日本と決まったわけでもありませんしね。貧困や内乱など、内政や治安が崩壊状態の国は結構ありますから。


 日本に生まれるというだけでも相当な幸運を引き当てないといけないし、そこが上手くいったとしても子供に暴力を振るうのが大好きな親だったり、パチンコに夢中で駐車場の車の中に置き去りにされるとか、問題のある両親だとたまりません! 


 どうも話が盛大に脱線してますね。


 元に戻すとして……私の記憶によると『紅碧双月のストランブール』って乙女ゲームなんですよ、あくまで。


 プレイヤーは地方から出てきた男爵令嬢を操作して、各タイプのイケメンを攻略していくゲームだよ? こんな殺伐とした、ガチの誘拐イベントなんてありません!


 ゲームの世界で確定なら誘拐されたところで問題ないはずなんですけどね。さすがに全年齢対象の乙女ゲーで誘拐された侯爵令嬢が誘拐犯たちにかわるがわる……みたいなことがあったらR-18ですよ!


 いえ、ちょっと待ってくださいね? これが乙女ゲーの世界だとすると、あまり困った事態にはならず、むしろ隠しイベントきたコレー? みたいに喜ぶところなのかもしれません。


 かっこいい王子様が颯爽と登場して悪人を懲らしめ、誘拐された私を助けてくれる、みたいな。そんなルートはプレーしたことないし、ネットでも噂すら聞いたことありませんが、絶対ないとはいえませんよね。なにしろプレイヤーは主人公の女の子の視点でゲームを見るわけで、悪役令嬢の行動までいちいちゲーム内で細かく描写されるわけではありませんから。

 

 事実、私が産まれてから学院にくるまでの経緯なんて、ゲームのときにはふわっとした設定程度でしかありませんでしたが、それを実際に生きてみると楽しいこともあり、辛いこともあり、なかなかに波瀾万丈でした。


 ここは素直に誘拐されておいたほうがいいのかも?


 私は第一王子の婚約者で、主人公に嫌がらせをするのが生きがいの悪役令嬢ということになっていますから、いま現在はプレイヤーのヘイトを稼ぎに稼いでいる最中のはず。まあ、現実にはルートから外れて主人公に当たる男爵令嬢に嫌がらせなんかしていませんし、彼女が第一王子に接近しても静観してますけど。


 つまり、なにが言いたいかというと、プレイヤーの鬱憤がしっかりたまった状態でラストまでもっていき、そこで悪役令嬢が一気に転落しないと少々ざまぁ成分が不足するのではないかと。


 逆に言うと途中で小出しに悪役令嬢がなにか非道い目に遭うことはないような。


 ラストで第一王子から「おまえとは婚約解消だ!」と罵られたり、国王から国外追放されるんですよ?


 つまり、そのときまでは割と安全だと思うんですよ。


 なのに、なんでその前に誘拐されるのかな?


 考えてもよくわかりませんし、いまのところは王子様が助けにきてくれそうな雰囲気ではないので、ちょっと抵抗させてもらいましょうか。


 ちなみに私は馬車を降りるとは言いましたけど、乗り換えることには同意していません。


 ここで少しばかり暴れても嘘をついたことにはなりませんので。


 それでは!


 ゲーム脳は封印。


 リアルの戦闘モードにチェンジ!


「こんなことされる覚えはないのですが?」


「早くしろ!」


 叫びながら距離を詰めてきた騎士に向かって杖を抜きました。チーフは空色の小さなハンドバックにすぎませんが、実は空間拡張の魔法付与されていて、いろいろ入っているんですよ。


「神鳴よ、敵を穿て!」


 電撃の矢を飛ばすだけの、雷属性の初級魔法ですけど、金属製の甲冑を着ている相手には効果的――のはずが、パンと簡単に弾かれてしまいました。


 これは……雷属性無効か、それに近いところまで軽減できる付与魔法のついた防具なのでしょうね。


「紅蓮の炎」


 火属魔法で炎玉を作って撃ち出してみました。


 しかし、これも簡単に弾かれます。


 すべての魔法属性を無効化する防具なんてありませんし、もしあっても王家の宝物庫に収蔵されているはずですよ。


 だから、この男の甲冑はそこまではいってないはずですけど、属性無効の付与魔法を複数つけたものだって、それに準じた逸品であることは間違いありません。


「くだらないマネをしてないで、さっさと馬車に乗ってもらおうか」


 誘拐犯に睨まれました。



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