幕間1
13話+この閑話で第1章は終わりとなります。
第2章にあたる国境の街編はできるだけ早く(できれば明日くらいから)はじめたいです
ストランブール王国の国王・エレッザ三世は一番下の弟の顔を見ると大笑いした。若い頃から美丈夫として国内外で噂となり、上手に年齢を重ねて渋さや貫禄といったものがにじみ出ていると評判になっている人物とは思えない爆笑ぶり。
「弟の災難をそこまで面白がることはないだろう」
オトエサことクリーマー王弟殿下は苦い顔をして文句を言う。
「いやいや、普段は俺より強い奴はいないと腕自慢のクリーマーが小娘にしてやられて捕虜にされたあげく、魔獣をおびき寄せる生餌にされたと聞いたら笑うよ、きっと一生忘れない爆笑ネタとなるだろうな」
「すぐに忘れろ!」
「無理だ。他に言いふらすことはないから、それで納得しろ」
「そもそも、すぐに助けてくれたらよかったのに……」
「特務兵でも気づかれずに接近するのは不可能だと報告を受けている。彼女のほうにも盗賊だの誘拐犯などと口にしていても、おまえの身に危害をくわえるつもりはないようだった……まあ、オトエサとして扱われたが」
「なぜ兄上がオトエサのことを」
「知っているに決まっている。ちゃんと特務兵を向かわせたからな。その中でも敵情哨戒に向いた特殊な身体強化魔法の使い手を揃えた特殊斥候隊の手練れに監視させていた。目を強化して遠くのものを見たり、耳を強化して小さな音を拾ったりできる。そういう連中が見聞きしたことを報告書にまとめてあげてきたんだ。ずいぶん愉快な珍道中だな」
「次回は兄上に譲ります」
「残念ながら王様なんてやっているせいで、そうそう王都を離れるわけにはいかない。それとも、お互いに立場を交換するか?」
「いままでそんなことを考えたことはなかったが、いまちょっと迷ってる」
憮然とした顔で答えるクリーマー王弟殿下。普段なら決してしない類いの発言で、場合によっては首が物理的に飛ぶのだが、これくらい言わないと強い不満が伝わらないと判断したのだろう。
もともとクリーマー王弟殿下は前王の最後の子供で、現在の国王からすると家系的には弟だが、年齢差からすると子供に近い。しかも、幼い頃よく遊んであげる機会があったので、実のところ2人は仲がいい。
しかし、一方でクリーマー王弟殿下にも王位継承権があり、本人にその気がなかったとしても、周囲におかしな連中が集まってしまうこともある。
それゆえにエレッザ三世が即位した直後から表舞台から姿を消した。噂では、どこかに幽閉でもされているとか、密かに処刑されたとか、そんな話も聞こえてくるのだが、もちろん意図的に流された欺瞞情報だ
ストランブール王国は反王家の貴族や諸外国を騙し、一方で反王家の貴族や諸外国の中には騙されたふりをして、実は見抜いている人物もいるようだ。
だいたい見抜いている人物は判明していて、王室にはリストもあるのだが、ストランブール王国はその人物が見抜いているのではないかと疑いつつ、うまく騙しているふりを続けていた。
そして、相手も相手でストランブール王国から見抜いたことを気づかれている可能性があると承知しているが、あくまで騙されている前提を崩さない――という、複雑奇怪な状況にはまっているのがエレッザ三世とクリーマー王弟殿下の兄弟なのだ。
実際には国王直属の特別高等憲兵隊の騎士団を任されていて、王室がらみにデリケートな問題を扱っていた。ちなみにルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィ侯爵令嬢を誘拐しようとして返り討ちに遭い移転石で脱出した者たちは誘拐犯や盗賊ではなく、特別高等憲兵隊に所属する、れっきとした騎士だった。
彼らがストレリツィ侯爵令嬢の重力魔法から脱出した先はストランブール王国の王都だが、彼女の進むルートは簡単に推測がつくので、国境の街・ヌーベルトに先回りして、領主に話をつけて身代金を支払い、移転石も用意しておいたのだった。
それで街の衛兵に引き渡されたクリーマー王弟殿下はすぐに釈放され、こうして王都に戻ってこれたのだ。
クリーマー王弟殿下は自分の身にかけられた身代金について不審があると言う。
「たったの金貨10枚とはどういうことだ? 兄上たちは帝国内の情勢は開戦必至ということだったが、どこかで間違えたのではないのかな? 開戦前提なら犯罪者として処刑してしまえば我が王国も引っ込みがつかなくなるのに。王弟を処刑されて黙っているわけにはいかないだろう?」
「身代金が安かったのは逆のときも安くしろという意味だろうな」
「逆?」
「レアット子爵や、その家族を我々が捕虜にした場合、今回の借りを返せ、と遠回しに言っているのであろうよ」
普通、貴族の身代金というものは金貨で500枚とか1000枚にはなる。王弟殿下という肩書きがあれば3000枚や5000枚、状況によっては1万枚を超えることも。
それなのに今回の身代金は金貨10枚。平民にとっては大金だが、王族や貴族にとってみれば小銭だ。
「処刑しようとすれば誘拐行為を理由にできたのに、やらなかったのも同じ理由だろうな。こっちも子爵やその家族を故意に殺害するわけにはいかなくなった」
兄の説明に弟は首を傾げる。
「つまり……レアット子爵は開戦派に鞍替えしたのか?」
「本人の気持ちはわからないが、そういう雰囲気が強くて、なかなか覆すのは難しい情勢だと分析しているんだろうな」
「それなら、あのお嬢さんのやっていることは無駄か?」
クリーマー王弟殿下はしばらく一緒にすごした少女のことを思いやった。彼女を拘束するように命令を受けたのに果たせず、すでに開戦を決意した敵国に和平を説くため特攻させてしまったようなものだ。
「無駄、で済すめばいいが……」
「おい! なにかあるのか?」
「このことを敵への内通行為だと非難する連中も出てくるだろう」
「戦争を止めようとしただけで、王国に弓を引いたわけでもないのに?」
「シャルロットの婚約者だ。蹴落としたい連中が多くて、な」
「貴族って面倒くせぇな」
「侯爵が病に倒れたと聞いて和平工作はなくなったと早合点した私のミスでもあるのだがな……まさか娘が代理になるとは予測してなかったし、慌てて穏便に、かつ秘密裏に連れ戻そうと腕自慢の弟を派遣したら、あっさり返り討ち。我が騎士団の中でも特別高等憲兵隊は切り札だったのだが」
「侯爵家の守護騎士の隊長は数年前まで俺の部下だった奴だから話は簡単についたし、御者や侍女も暴れたりはしなかったから、こいつは上手くいったと思ったら、まさか本人がとんだじゃじゃ馬、暴れ馬」
「しかも、ちょっと耳にしたところ、シャルロットは最近どうやら彼女を疎んじ、とある男爵令嬢に心を惹かれているとか」
「そんなことになっているのか……わかった、その件は俺が解決しよう。なに、少しばかり強めに稽古をつけてやれば正気に戻るさ」
クリーマー王弟殿下はニヤリと笑う。なぜかストランブール王国の王室には頭が切れるタイプと、腕っ節の強いタイプのどちらかしかいなくて、その中間のバランスがとれた国王や王子がいたためしがない。
そして、頭が切れるタイプが文官たちを掌握し、腕っ節が強いタイプが軍や騎士団をまとめて、王家が協力して王国を運営していくのだ。
第一王子のシャルロットはクリーマー王弟殿下に似て剣が好きで、幼いときから何度となく稽古をつけてもらっている。クリーマー王弟殿下からすれば甥であり、弟子でもあるので、寝ぼけたマネをしているようならブッ叩く。
「ああ、頼むよ。我が息子ながら変なのぼせ方をして婚約者以外の女性に夢中とは情けない」
「立てなくなるほど叩きのめせば頭が冷えるさ」
言葉での会話より、コブシでどつきあいの肉体言語を得意とするクリーマー王弟殿下であった。
そして、ちょっと考えてから、もう一言くわえた。
「どうしてもシャルロットがいらないというのなら俺がもらってもいいな」
「絶対にダメだ!」
しかし、それを国王が険しい顔をして止めた。
「なぜだ?」
「おまえ+ストレリツィ侯爵令嬢=戦力過剰だ。王位の簒奪をもくろむと警戒されたり、一勝負しようと味方にくわえろだとか、かなり面倒なことになるぞ」
「あ………………なるほど、納得。特務兵の連中は優秀だな、あの魔法を報告したわけだ。俺にはなにがなんだかわからなかったが」
「いや、わかってない。宮廷魔法士にも相談したが、さっぱりわからん」
「わからんか」
「わからん。わかったのは、とても危険ということだけだ。人間を自由自在に飛ばしてみたり、10人の腕利きの騎士を潰したり、コブリンを100頭ほどまとめて殺したとも聞く」
「ああ……飛ばされたし、コブリンは近くで見ていた。あれをもっと大きな規模でやれるなら……いや、あいつのことだ、状況によってはさらにわけのわからない魔法を使うかも」
「過剰戦力だろう?」
「確かに過剰戦力だ」
「おまえたち2人が結託したら国の1つや2つは簡単にとれそうな気がする」
「いや、国といえば小さいところでも万の単位の軍勢を出せるだろ。2人で何万と戦うのは……やってできなくはないのか?」
クリーマー王弟殿下は腹に笑いが湧いてきた。
国王の発言の真意は、軍に支持者が多い王弟と有力な侯爵家が結びつけば、それに乗っかる連中も出てきて、最悪の場合、王国が割れかねないという意味だが……額面通り、自分と侯爵令嬢の2人で千万の軍勢と対峙しているところを想像した。
あのコブリンを100頭やっつけた魔法を戦争で使えば1発で兵100を倒せるという意味だ。魔力が尽きるまで何度連続して打てるのかわからないが、もし10連続できるなら1人で1000人と戦って全滅させることも可能ということだ。
最大到達距離が不明だが、もし遠距離でも効果あるなら、王族や有力貴族が集まって会議している最中に潰すことだってできる。
そうして敵が混乱したところに自分が斬り込んだなら?
2人で一国を切り取ることも不可能とは言えないような気がしないでもない――実際にそれをやる気はないが、いまのところ、は。
しかし。
ふと、2人で国を切り取れるなら、ひょっとしたら1人でさえ、それが可能だと考えられないこともないか……と頭にそんなことが浮かんだ瞬間、背筋が冷たくなった。実行可能ではなく、やれそうだから、やってしまえ! と彼女が突っ走ったら?
「さっき開戦は必至だと言っていただろう? それなのに、あいつ、1人で止にかかるかもしれないぞ」
「どうやって?」
「帝国軍の主力部隊に単騎で突撃カマして殲滅しておいて、戦火の危機は去った! とドヤ顔するかも」
「いくらなんでも、そこまで無謀でもなければ、そもそも無敵でもあるまい」
「しかし、バトルになるとスゴい顔してたぞ」
「必死だったし、怖かったのだろう」
「スゴい笑顔だったんだ。イチゴがどっさりのったケーキを全部食べていいと言われた、誕生日を祝ってもらってる子供みたいなキラキラの瞳で」
「……考え過ぎではないのか?」
「俺には見えるね、あいつが帝国軍をボコボコにして、騎士たちの心をバキバキに折りながら、スゴい笑顔で追い回しているところを」
「まさか、な」
「嬉しそうに帝国精鋭の近衛たちをブツ叩きまくるんだ」
「……少し監視を強めたほうがいいかも」
「そうしろ、そうしろ。なにをやらかしても俺は驚かんぞ」
「あまり派手なまねをされると、かばいきれない。国王という立場があるゆえに、な」
「兄上の考えはわかった。ただし、俺は彼女が気に入ったということだけは覚えておいてくれ。まずは第一王子をシゴいて正気に戻す。しかし、それでもなお彼女の未来が険しいことになったときには味方してやるかもしれん……いや、ちゃんと王弟という自分の立場は理解しているつもりだ。内乱や反乱や革命や王位簒奪みたいなマネをするつもりはないが、そこまでいかないレベルの手助けならするかもしれないぞ」
「その程度なら許す。あの娘を気に入っているのは、おまえだけじゃない。それに彼女の父親は我が王国のために尽くしてきたんだ。それが不幸な未来しかなかったら、さすがに哀れだ」
そして国王は現在も特務兵が監視を続けているし、増援を送ると約束した。
「なにかあったら、すぐに知らせるように指示してある」
「そのなにかが起きたら、場合によっては俺も出る。いいよな?」
「彼女は国境を越えた。王国内ならおまえがなにをしてもかばえるし、もみ消せるが、帝国内だとなぁ……」
「後始末さえちゃんとやればいいんだろ。俺がいた痕跡がなければ帝国だって文句を垂れる相手が見つからん」
「……いまは偵察メインの特務兵を送っているが、いちおう掃除が得意な奴も用意しておこうか」
ストランブール王国の最高権力者兄弟はルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィ侯爵令嬢を暖かく見守ることにしたのだった。
ブックマーク、評価、感想など、応援いただけますとありがたいです




