殺処分魔法
オトエサとバカ話をしていたら、いつの間にやら100頭近いゴブリンに包囲されていました。
油断大敵、ですね。
そうしたら、オトエサが私に逃げろって叫ぶのです。剣を渡してくれれば、自分が時間を稼ぐって。
意外と男気があるんですね……いえいえ、そんなことでドキドキしてしまうほどチョロインではありませんよ、私は。
ただ、まあ、オトエサを本当にゴブリンの餌にせず、私も傷つかないように、ちょっと本気を出しますか!
「もう1つの選択肢を選びましょうかね、守りの鳥籠!」
臭い息が顔にかかりそうになるほど突っ込んできたゴブリンの前に手をかざしました。淡く黄金色に輝く壁が私とゴブリンの間に出現します。
その淡い黄金色に輝く壁は私だけでなくオトエサや馬車を囲むように展開していきました。
「見えざる巨人の息吹」
きらきらと白く光るものがゴブリンたちの頭上に降り注ぎます。そのうちゴブリンは1頭、また1頭と倒れていきました。
100頭近いゴブリンを一気に殺処分してやりましたよ。実際、起きた現象も動物の殺処分みたいなものですしね。いくら相手が人間を食べ物としか思ってない魔獣だとしても、無駄に苦しませて、なぶり殺しにするような趣味はありませんから。
まずは『守りの鳥籠』ですが、自分の周囲に魔力の防御壁を築く魔法――と見せかけて、もう1つ敵の周囲に見えない壁も作ります。
さらに『見えざる巨人の息吹』ですが、これはドライアイスを生成する魔法となります。火属性の魔法だとなにもないところから炎を出すことができますし、水属性の魔法なら水を作り出せるのだから、二酸化炭素みたいなものでも生み出せると考えてやってみました。
これらを合わせ技として使うと密閉空間を二酸化炭素で満たすことも可能となります。
コブリンだって生物である以上、酸素がなければ生きていけませんし、二酸化炭素の濃度が高いところにいたら死にますよ。
窒息死したゴブリンをポイポイとマジックバッグに放り込んで、馬車のところまで戻ってくるとオトエサが真っ青な顔をしていました。
「一つ訊いていいか?」
「なんでしょう?」
「俺や、その仲間を殺すつもりなら、簡単にやれたんじゃないのか?」
「さあ? どうでしょうか、ゴブリンより人間のほうが知恵がありますし、訓練を積んだ騎士なら危機察知能力も高いですから、わたくしが仕掛けた瞬間に回避とか防御するほうに全力を尽くすかもしれません」
「あんなわけのわからない魔法をどうやったら回避したり、防御できるのか俺にはまったく想像できんよ」
「そうやって、わからないとあっさり諦めてくくれば簡単に殺せたでしょうね」
「意地の悪い女だ」
「知りませんでしたの? わたくし、悪役令嬢ですの」
堂々と悪役令嬢宣言してやました――もっとも、オトエサは『紅碧双月のストランブール』をプレーしたこともありませんし、そもそも中の人の1人ですから、私の言葉の意味がわからず、なんだかスベった発言みたいになってちょっと恥ずかしかったのは内緒です。
ゴブリンの群れを殲滅してからしばらくすると、私たちは川にぶつかりました。ただし街道ではないので橋はありません。
とりあえず馬に水を飲ませました。しっかり水を飲ませないと、すぐに弱ってしまいますからね、馬って。
そういう意味ではちょうどよかったです。
私のほうもチーフから討伐装備の入ったマジックバッグを取り出して、携帯食料を用意します。これはレンガみたいな見た目で、味もレンガみたいに不味く、だけど栄養たっぷり。日持ちするように水分が抜いてあるので、すごくパサパサで、食べると口の中の水分を一気に持っていかれますから、水と一緒に飲み込むのがコツです。
オトエサにも1つわけてあげました。なかなか上手に囮&餌をやってくれたので、報酬として侯爵家特製モンスター討伐専用携帯食料1食分を支給します。
さっきの様子だと食欲もないかと思ったのですが、顔色は戻っていましたし、食料を見せたら期待するような目をしたので。
「軍の携帯食料よりは少しいいな。あっちは丸くて石みたいに見えるが、食べても石みたいに硬く、うっかりすると歯が欠ける。こっちは味はほどほど、硬さもそこまでじゃないし、いちおう食べられる。さすが侯爵家の携帯食料だ、なかなか贅沢じゃないか」
オトエサの食レポでした。
いや、これで贅沢だと感じる軍の携帯食料ってどれほどなの? やっぱり戦争よくない。
侯爵領では魔獣の肉を食べる、サバイバル訓練のようなこともやらされて、あれは携帯食料よりもひどかったりもしますから。軍でもやっているんじゃないでしょうか? なにかあって食料がなくなることもあるでしょうし。美味しい魔獣もいるにはいるのですが、これは本当に食用なのかと首をかしげるような不思議テイストの魔獣も結構いるんですよ。
太陽もかなり傾いてきたので、ここでキャンプになってしまいますね。私は馬車の中で寝ます。ソファーがふかふかですから、ベッドより幅が狭いものの、なかなか快適に寝られそうです。いろいろ工夫したり、改造したらキャンピングカーみたいなものができるかもしれませんね。
もちろん、オトエサは近くの木に縛っておきました。そうしたら夜中に何度も大声を上げて起こすんです。
迷惑ですよね。
ゴブリンはもう飽きましたから、寄ってきたからといって、わざわざ私を呼ぶ必要ないと思いませんか? 囮はそろそろいいから、いいかげん餌になればいいのに。
何度か睡眠を妨げられた後、ちょうど朝日がのぼるころにオトエサが叫びました。いままでは馬車からすぐに降りましたが、ふと梯子を伸ばして屋根に上がったら周囲の様子がよく見えていいのではないかと思ったのです。そして、実際にやってみると、視線が高くなると見晴らしがよくなりました。
気配探知の魔法で、どっちの方向から、なにが、何頭やってくるかわかるのですが、やはり視認するほうが確実です。特に魔法のない世界で生活していた期間のほうが長い私にとっては、脳内レーダーの性能が抜群だったとしても、やはり自分の両目で見たい。
そして、思ったのがこの窓のない馬車は誘拐犯のスペシャルメイドな人質運搬車ではなく、元は軍隊の戦車や装甲車に該当する車輌ではないかということ。この世界だとエンジンがなく、装甲で覆って防御力の高い戦闘用馬車を製作したところで、それを曳くのが馬ですから、あまり実用的ではありませんが。
あるいは作ってみたものの、その実用的でないところが問題となりスクラップにされることになっていたものを横流ししてもらったのか、盗んだのか、上手く犯罪者集団が入手したのかもしれませんが。
この推理が的中しているのか確かめようもありませんが、なんとなくすっきりしたところで馬車から飛び降り、ゴブリンを殲滅してやりました。




