誘拐されそうな侯爵令嬢
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誘拐されそうな侯爵令嬢
「出ろ!」
私の乗っている馬車を包囲している男たちが叫びました。全員がフルプレートの甲冑を着込み、兜で顔は見えません。そんな物々しい姿でよく切れそうなピカピカと光る抜き身の剣を持っているのですから、ちょっと逆らえない雰囲気。
だからといって、素直に馬車の扉を開ける気にもなれないので、とりあえず窓を細く開けた……時間稼ぎに過ぎないけど、周囲に誰もいない街道で武装した集団から強制的に止められたのだから、まともな話ではないですよね。
「この馬車をストレリツィ侯爵のものと承知での狼藉ですの?」
偉い貴族の、傲慢な令嬢っぽく、不快な声で冷たく言い放ちました。思考のほうはもう少し砕けてますが、言葉として発すると、こんなふうになってしまうのですよ。
いちおう侯爵令嬢というだけでなく、このストランブール王国の第一王子の婚約者でもあるんですよ、私。
将来の王妃だったり、国母だったり、そんな立場ですから!
「はい、はい、ストレリツィ侯爵の馬車ですね」
しかし、武装した男たちは面倒くさそうにしてるんですよ。
「ルイーズ・カサランテ・ラクフォード・エラ・ストレリツィ侯爵令嬢ですよね?」
おっと、私でも言い淀むことがあるフルネームを噛まずに言えるとは……いえ、いちおう言い訳しておくと家族など親しい人からはルイーズと名前で呼ばれ、公式にはストレリツィ侯爵令嬢と呼ばれるので、めったにフルネーム使わないんですよ。
まあ、それはともかく。
これで狙いが私個人だとわかりました。
街と街を結ぶ街道が荒野のようなところを通っているときに後ろをつけてくる連中がいたので「わーい、盗賊襲撃イベント発生! ここで転生チート剣士か魔法士が現れて助けてもらうとか、そんな展開?」なんてアホなこと考えて浮かれていたけれど、追いついてきたのはフルプレートの甲冑に身を包んだ騎士風の人物が12騎、その中央には窓のない馬車。
窓のない馬車なんて、はじめて見ましたよ。
御者台の後ろが四角い箱のようになってさ。荷馬車とか、幌馬車みたいなものは珍しくないけれど、四方も、上下も覆っていて、それでいて窓が1つもありません。
まるで重大な囚人を護送しているみたい。
追いつかれたら、後は一気でした。包囲されて、守護騎士たちは即座に降伏。馬車も止められてしまいました。
「早く出てこい」
喉元に剣を突きつけるような露骨に人質をとっている形にはなっていないものの、御者が敵につかまっている以上、すでに勝負はついてますよね。護衛の騎士たちは降伏しているわけですし。
馬車の扉に手をかけようとしたら、侍女のマーサが「いけません」と私と扉の間に割り込もうとしましたが、それをやんわりと止めました。
「あなたたちは前の街まで引き返しなさい」
「それでは……」
「かまいません。わたくしの命令を聞けなくて?」
「……しかし」
侍女ということになっていても、半分は私の護衛みたいなものですから、あきらかに危険な場面で警護対象を放置したまま逃亡という選択は気に入らないんでしょうね。
「この人数で、しかもわたくしの守護騎士たちは仕事をする気がないのでは戦いになりません。早急にお父様に連絡して、腕だけでなく忠誠心に篤い騎士や魔法士を送るように伝えなさい……わたくしは救助がくるまでなるべく殺されないようにしますから」
逃亡ではなく、伝令という形で命令すると、やっとマーサは頷きました。
「チーフ、おいで」
座席に上に置いてあった空色のハンドバックがスーッと飛んできて私の手に収まりました。鞄に命があるわけがなく、ただ私の魔力に吸いつくように魔法付与されているだけですが、なんとなく犬っぽくてかわいいんですよ。ついつい『チーフ』という名前をつけてしまいました。
馬車から出ると、重武装の男たちに囲まれます。
護衛の騎士たちのほうを見ますが、やはり攻撃する様子はなく、剣は鞘に収まったまま。裏切ったとか、買収されたとか、そんなありえないことが起こったのでしょうか?
「お嬢さま……」
御者は驚いたような、困ったような、なんとも言えない顔を向けてきました。
「あなたたちは街に引き返しなさい。あとはマーサの言うとおりに」
そして、盗賊のボスとは思えない高価そうな甲冑に身を包んだ男に凛と澄んだ声で問います。
「なにか御用でしょうか?」
「お乗換えいただきます」
「なぜ?」
質問しながら護衛の守護騎士たちを見ます。しかし、やはり誰も剣を抜こうとしません。
裏切り……やはり?
今回の護衛の隊長は王家の騎士だった人物が引退したので引き抜いたという話だったはずで、予想より待遇が悪かったとか? まあ、私の家は侯爵家となりますけど、王家の騎士と比較すれば格落ちにはなるんですよね。
だからといって、騎士が主家を裏切っていい理由にはならないですけど。
同時に私のほうも、どうしょうもない家臣だからといって守らないでいい言い訳にはならないんですよ、侯爵家に名を連ねている以上は。護衛の守護騎士はともかく、御者や侍女もいることですから。
「わたくしが言うとおりにすれば、この者たちに危害を加えないと信じてよいのかしら?」
「こっちも怪我人、死人なしでコトがすむなら、そっちが好みだ」
「わかりました」
「あなたたちはいきなさい」
強く命じると、御者も侍女も私に向かって頭をさげました。馬車が動き出すと、守護騎士たちも後に続きます。
みんなは去っていきました。
持ち出せたのは小さなハンドバックだけ。護衛も御者も侍女も、旅の荷物を詰めたトランクも、みんな私を残していってしまいました……自分が指示したこととはいえ、ちょっと寂しいな。
まあ、チーフがいるのでいいですけど。
それより問題は今後の私。どうやらここで殺されるのではないみたい。さっき馬車を乗り換えるように言っていましたよね?
――えっ? ひょっとして窓のない馬車の乗客は私? だったり? 嘘だよね?
そんな心の叫びは無視されて、騎士は窓のない馬車の扉を開けて、乗るように促してきました。
もちろん、その馬車の扉には大きな閂錠がついていて、私が中に入るのと同時にガチャリと閉じ込めてしまうのは簡単に予想がつきます。
「これはいったいどういうことですの? ちゃんと説明してちょうだい!」
これは心の声ではなく、ちゃんと口に出しました。ちっとも怯えてないことを示すため大きな声で、侯爵令嬢らしく尊大に、騎士を睨みながら一喝だ。
カツ! ですよ。
しかし、騎士はまったく平気みたい。兜のせいで顔はわかりませんが、怯んだり、腰が引けた様子はありません。
「早くしろ」
「馬車を乗り換える理由を尋ねているんでしょうが!」
「自分で乗るか、放り込まれるか、好きなほうを選べ」
「どっちも好きではありませんわ!」
「乗らなければ放り込むだけだ」
騎士はあくまで理由を説明する気もなく、なんだか強気。
どういうことでしょう?
状況的には誘拐ですが、私は侯爵令嬢ですのよ?
こんな簡単に誘拐されていいわけありません。
うちの斧の切れ味を自分の首でぜひ試してみたいのでしょうか? 首って一度落っこちると、もうつながらないのでやめておいたほうがいいと思いますけど。
このところ、なぜか悪役令嬢モノがおもしろくて、そういうのばかり読んでいるうちに書きたくなりました……まあ、なろうではよくあることですねー!