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君は僕の可愛い男の娘 中編


「よっしゃあ!!」



気合を入れてから個室を出ると、拓也とぶつかりそうになった。

なんでこんなとこに一人で突っ立ってんだ?

危険を感じて思わず身構えた。


「さっきはゴメン。そう警戒しないで…実は、俺と徒党を組んで欲しいんだ。」

徒党?なに言ってんだこいつ?


「女の子がほぼシュウ狙いだろ?早くアイツを綾乃ちゃんとくっつけて、シュウのテーブルに群がってる子らを引き剥がしたいんだよ。」


確かに…婚活パーティーで男ばっかりのテーブルとか見るに耐えない。

拓也はシュウと医学部で一緒だって言ってたし、いろいろと情報を持っているのだろう。

上手く使えばあの女子力高めな軍団から頭一つ抜けれるかもしれない。


いつも俺のことを考えてくれてる姉のためにも、シュウと是が非でもカップリングになって次に繋げたい。



「わかった。その提案乗る。」

「そう言ってくれると思った。これは協力へのお礼。」


拓也は持っていたシャンパングラスを一つ手渡してきた。

中には琥珀色の飲み物が入っている。カクテルだろうか……


「お酒は飲めないので。」

「わかってる。ソフトドリンクしか飲んでなかったもんね?これ、ノンアルだから。」

そう言って拓也は自分用のを一気に飲み干した。

俺がなにを飲んでいるかをチェックしてたんだ。そういう気遣いって素直に嬉しいよな……

拓也にありがとうと言ってからグラスに口を付けた。


シュワシュワとした柑橘系の特有の甘さが喉を通り抜けていった。




「ダメだよ。こんなの飲んだら。」




誰かに後ろからグラスを取り上げられてしまった。


「レディー・キラーって言葉知ってる?ジュースみたいに飲みやすくてもアルコール度数が高くて、あっという間に酔いが回るカクテルの総称。」


声のした方を振り向くとシュウが立っていた。

シュウは奪ったグラスに鼻を寄せ、クンクンと匂っている。


「これ…アルコールもだけど、鎮静剤も入ってるよね?」


えっ……鎮静剤?



「そ、そんなもん入ってるわけないだろっ?」

言い当てられたのか、拓也はわかりやすいくらいにキョドり出した。


「聞いたんだけど、拓也って以前参加したパーティーでも酔っ払って意識混濁した女の子をお持ち帰りしたんだって?」

マジかこいつ…そんなの犯罪だろ?

俺にもそれをするつもりだったのか?俺、男なのに……

カオスな現場が頭をよぎった。



シュウは俺を引き寄せると、腕の中で強く抱きしめた。





「これ以上追求されたくなかったら今すぐ店から出ていけ。この子は俺のだから。」






──────なっ………



拓也は悔しそうに舌打ちをすると、足早に去っていった。



なんだろう……

このお腹の辺りから上がってくるこしょばい感覚は……

俺のって……

助けるため?それとも─────


ダメだ…口元が緩む………




「気を付けてね。脇が甘いのも、度を越すと田舎者丸出しだから。」

「はあ?これは元はと言えばシュウがっ……」

言った瞬間、慌てて口をふさいだ。

しまった…つい名前を呼び捨てにしてしまった。

馴れなれしいとか思われたんじゃないだろうか。

抱きしめられたままの体が熱い。顔まで火照ってきた。



「ねえ…僕も君のこと、名前で呼んでもいい?」



シュウのおねだりするような甘い低音に、体の芯から熱くなる。

……ちょっと待て。

なんで俺、男相手にこんなに心臓がバクバクなってんの?

これって相手が大人の男だから?シュウだから?

わけがわからねえっ!!




「……チロ。」

「はっ、はい!」



シュウが耳元でささやくもんだから思わず声が裏返ってしまった。



…………って……あれ?


今、俺のことなんて呼んだ?

綾乃じゃなかった…………チロ……?



………………





─────チロって呼ばれて返事しちまった!!






「間違えたっ!今のは無しで!!」



密着したままでシュウを見上げたので、鼻先が触れそうなほどシュウの顔が近かった。

俺の動揺を楽しむかのようにイタズラっぽい笑みを浮かべている。


「大人の世界は怖いよ?高校生にはまだ早かったんじゃないかな〜。」


うっ…完全にバレてる。

なにコレ……俺どないしたらええの?

超恥ずかしいんだけど……



「まあ僕も、君がチンピラに絡まれてるとこを見てなかったら疑いもしなかったんだろうけどね。美容整形外科医の拓也まで騙せてるんだから立派なもんだよ。」


やっぱあれが不味かったか…地声で悪態ついたしな……

褒められてるんだろうけど、ぜんっぜん嬉しくないっ。




─────にしても……

いつまで俺達はこの状態なのだろうか……



「あのっシュウ…さん。いい加減離してもらえませんか?」

「うーん、どうしよっかなあ。チロ君可愛いからなあ。」


はあ?男だとわかってるのに可愛い?

シュウは困惑する俺のことを抱きしめたまま個室へと連れて行き、そこにあったソファへと俺を押し倒した。


「ちょっ…なにする気やっ?!」

「少ししか飲んでなかったけど、アルコールと鎮静剤の影響が出るかもしれないから横になってた方がいいよ。」


だったらそれを先に言えよ!勘違いするだろっ。



「なんか期待しちゃった?」



シュウはペロっと舌を出し、水持ってくるねと言って部屋から出て行った。

あの野郎…面白がりやがって……


でも…婚活パーティーに女装して参加してる俺のことを、怒るでもなく笑うでもなく、助けてくれて看病までしてくれてるんだよな……

きっと、ものごっつう良い人なんだ。

シュウなら姉だって気に入ってくれただろうに。でももうバレちゃったし、無理だよな……



頭にモヤがかかったみたいになってきた。

これがアルコールの影響なのか薬の影響なのか、それとも全く違うなにかなのか……

気分はサイアクだった。





しばらくするとシュウが水を持って帰ってきた。


「体調どう?」

「お腹が痛い……」


「お腹?ちょっと診てあげるよ。」

「精神的な腹痛なんでっ!」


触ろうとしたシュウの手を避けてしまった。

なんだろう…これ以上俺に優しくしないで欲しい。

シュウはソファの斜め前に置いてあった椅子に腰を下ろした。



「チロ君は女装が趣味なの?」

「趣味なわけない。今日は姉に用事があったんで単なるピンチヒッターです。」


「ふ〜ん。普通ここまでする?」

「姉には世話になってるんで…それに、姉が結婚出来ない原因は俺にもあるんで。」



姉には三年間付き合ってた彼氏がいた。

俺と二人暮しを始めた時に別れてしまったけど……

あれだってきっと俺が原因なのに、姉はそのことについてなにも言わない。

結局俺はいつも姉ちゃんに甘えてばかりだ。

今日が上手いこといけば、ちょっとでも恩返し出来たのに…なんだこの体たらく。


ああもう、情けなくて涙がにじんできた。

シュウがダメなら次を探さなければいけないのに。

椅子の肘当てに乗せていたシュウの手を、俺はすがるように握りしめた。



「シュウさん…大人の男の人って女の子のどんな仕草にグッとくる?」



シュウが驚いた顔をしてパッと手を引っ込めた。

なんだ……?


「……チロ君、それってわざと?それとも天然?」


落ち着いた低音ボイスだったシュウの声が、なぜだかうわずっていた。



「潤んだ目でそんなこと聞かれたら、誘われてるようにしか思えないんだけど?」



シュウは寝ている俺に覆いかぶさるように体を寄せると、優しく頬を撫でた。

触られたところがゾクゾクする……

「俺っ別にそんなつもりじゃ……」


シュウの顔がさらに近寄ってくる。

どうしよう…俺…………

シュウから目がそらせられない。


シュウは撫でていた俺の頬をギュッと強く摘んだ。

痛ってえ!!



「チロ君、脇甘すぎだから。そんなんじゃすぐ食べられちゃうよ?」

「食べられるって…俺、男ですよっ?」


「世の中にはそんな人がたくさんいるよ。知らない?」



いわゆるBLってやつか……

……って、じゃあまさかシュウも……?


「僕は違うから。」


シュウを疑いの目で見ていたらキッパリと否定されてしまった。

ですよね〜…だったらこんな婚活パーティーになんか来るはずがない。

なに考えてんだ俺は……




「……違うはずなんだけどね……」



ボソリと呟いたシュウの言葉は、小さすぎて俺には聞き取れなかった。

シュウに支えられてソファから起き上がってみた。

どこもおかしいところはない。

シュウからも軽く診察を受け、大丈夫だろうと言われた。


「よっしゃあ!!」


気合を入れ直して個室から出た。

まだ時間は半分ある。第2ラウンドの始まりだ。



「さっきの質問だけど。チロ君はそのままで良いと思うよ。」

シュウは俺の頭をポンポンと触りながら眩しそうに微笑んだ。



「まあ…お姉さんのために頑張って。」



そう言って俺とは別のテーブルに座ったシュウの横顔が、なんだか寂しそうに見えた。











俺が座ったテーブルには最初に一緒だった温和そうな小児科医と、歯科医が二人いた。

女性陣は相変わらずシュウに群がっていてハーレム状態だ。

俺は気になってチラチラとシュウの方を見ていたのだが、シュウはこちらを気にする様子は一向になかった。


目も合わないなんて……

さっきまであんなに気にかけてくれてたのに。

迷惑かけすぎて嫌われたのかな……

なんだか腹のあたりがチクチクする。

……シュウのことばかり気にしてる場合じゃないんだよな。

ちゃんと姉ちゃんの相手を探さないと……



この中だったらやっぱり小児科医の人かな。

年齢も姉より4つ上で、子供好きなとこも話が合いそうだ。

なにより、俺のことをすっごく気に入ってるっぽい。

この人とならカップリングにもなれそうだ。






フリータイムの時間はあっという間に過ぎていき、いよいよカップリングを決める時間となった。



まずは配られた用紙に自分の名前と、気に入った異性の名前を書く。

それぞれに書いた名前が一致していたら、見事カップリング成立だ。



俺は姉の名前と小児科医の名前を書いた。

シュウはなんて書いたんだろう……


シュウの方を見てみると、もう書き終わったのか隣の女性と楽しそうに談笑していた。

さっきからしゃべってんのあの人とばっか……



「書けましたか?回収させて頂きますね。」


紹介所のスタッフの人が用紙を集めに来た。

もう…シュウとは話すことも会うこともないのだろうな……



はあ……─────






─────って、どうした俺!!

さっきからなに乙女な思考になってんだ?!

おかしいっ…俺かなりおかしいっ!




「大丈夫ですかっ樋口さん?」


俺が壁に頭をガンガンぶつけていたので、小児科医が心配して止めてくれた。

「すいません…ちょっと、立ちくらみが……」

どないやねんって突っ込みたくなるような返しをしてしまった。


この人俺が用紙に自分の名前を書いたと思ってるんだよな。

ずっとニコニコして俺のそばを離れない……

笑顔だけでも伝わってくる。間違いなく良い人…なんだよな……




「お待たせしました!集計終わりましたので、今からカップリングの発表をさせていただきます!」




司会者が最初に壇上に呼んだカップルは、男女共に一番年上の二人だった。

この二人は最初から同じテーブルで、よほど気が合ったのかずっと楽しそうにおしゃべりをしていた。

きっと相談所側で事前に詳しくリサーチをした上で最初のテーブルの席順を決めているのだろう。

そして姉は小児科医とマッチングされていて、それが正しい選択なのだ。




二番目に呼ばれた男性はシュウだった。

残りの女性は全員シュウの名前を書いたのだろう……

会場中の女性が次に司会者が呼ぶ女性の名前を、固唾を飲んで見守っていた。



誰なんだろう……

シュウのような人が

結婚をしたいと思う女性って─────



「………さんですっ!!」



司会者が発表すると悲鳴が上がった。

呼ばれた女性が嬉しそうに集団の中から抜け出し、壇上へと上がるためにシュウが差し出した手を掴んだ。

凄く綺麗でほんわかとしたお嬢様タイプ。シュウが後半にずっと話をしていた人だ。

プレートには看護師と書かれていた。

なるほど…お似合いだ。



司会者が今回は二組だけでしたと残念そうに報告した。

俺の隣にいた小児科医が申し訳ないくらいにがっくりと項垂れた。


こういう時は謝った方が良いのだろうか……

いや、俺が男の立場だったら謝られた方が惨めだ。

このままソッと帰ろう。


司会者がめでたくカップリングとなった二組に拍手をと促す中、店の入口へと向かった。





─────最後に、もう一度だけ……



チラリと壇上の方を振り返ると、唖然とした表情をしているシュウと目が合った。

腕を組んでいる看護師には目もくれず、なにか言いたそうにじっと俺のことだけを見つめている。


なんだよ…なんか文句でもあんのかよ────



俺は店のドアを乱暴に開け放ち、外に飛び出た。





ごめん姉ちゃん、俺やらかしちまった。

ちゃんと小児科医の名前を書いたのに、スタッフに渡す直前にシュウの名前に書き直したのだ。



だって…シュウの名前しか書きたくなかったんだもん。



自分でももう、よくわかんねえや……

もしかしたらシュウも俺の名前書いてくれてないかなって…そんなこと、あるわけないのに。




「この子は俺のだからって言ったくせに……」



なんで泣いてんだよ俺……

こんな…女の格好してるせいだ……


自分が自分でなくなってしまう──────










「チロ君っ!」



えっ………


後ろから足音と共に聞こえてきたこの声────

ヤバいっ…今顔を見られたら泣いてるのがバレる!

俺は咄嗟に全速力で逃げた。

女物のすっぽ抜けそうな靴でそんなに早く走れるわけがなく、すぐに追いつかれて腕を掴まれてしまった。


「なんで小児科の先生の名前を書かなかったの?仲良くしてたよね?」

そんなの、本人を前にして言えるわけがないっ。



「……チロ君……」


シュウが驚いたように俺の顔を覗き込んできた。




「……泣いてた?」





言い当てられたのが恥ずかしくてシュウから離れようとしたのに、すっぽりと腕の中に包まれてしまった。




……なんでまた俺のこと抱きしめてんの?

もう俺が男だってわかってるはずなのに……


シュウの体から心臓の音が聞こえてくる。

鼓動が早い。

シュウ…もしかして緊張してる?



「誰の名前書いたの?教えて……」




こうやって追いかけて来てくれたことも優しく抱きしめてくれていることもめっちゃ嬉しいのに、素直になれない。


「……教えへん…俺のこと、無視したくせに。」


「好きで冷たくしたんじゃない。僕がチロ君と仲良くしてたら他の男性に誤解されるだろ?」



本当はわかってた。

お姉さんのために頑張ってってシュウは応援してくれたから。

俺だってシュウ以外の人を選ばなきゃって努力はしたんだ。

……でも、ダメだった。



「……他の人の名前書いたくせに。」


シュウが気になって気になって……

なんで俺じゃないんだよって…今もいじけてる。



「医者が足りないから呼ばれてきたって言っただろ?あの紹介所の代表取締役が僕のいとこで、最初からあの役者の子の名前を書くように言われてたんだよ。」

「……へっ…サクラ?」


「会員のやる気をUpさせるための演出だって。カップリングが一組も出来ないと場がシラケちゃうからって。」


演出って……

女性陣をほぼ独占しといて?むしろ男性陣のやる気を削いでなかったか?


「ああそれね。だからもう呼ばれないと思う。嫌々引き受けたから願ったりだけどね。」




シュウは軽くため息を付くと、俺の髪の毛を撫でるよう触り、おでことおでこをくっつけた。

ピンパーマのツンツンはねた髪の毛が顔に当たってこしょばい。


「あー…こんな気持ち初めてだ。まだ自分でも戸惑ってる。」


戸惑ってる割にはスキンシップが濃厚だな。

されるがままに大人しくしてる俺も俺だけど……




「チロ君は僕の名前を書いてくれたんだよね?」

「う……ん。」


「それはお姉さんのため?それとも、僕に対するチロ君の気持ち?」


シュウが余りにも直球で聞いてくるもんだから顔が真っ赤になってしまった。




「チロ君……やっぱり可愛い。」




シュウは嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。

「スリスリすんのは止めろっ!」





シュウがジャケットの内ポケットに入れていたスマホが鳴った。

ちょっと失礼と言ってスマホを見たシュウの顔色が変わる。ピリピリするくらいの真剣な表情……

どうやら病院からの救急要請らしい。


シュウは道路に向かって片手を上げ、ちょうど来ていたタクシーを止めた。


「ゴメンねチロ君。高速道路で多重事故が発生したらしいから僕も行かないと。君はこれで家まで帰って。」

そう言ってシュウはタクシーに俺を押し込み、運転手さんにお金を渡した。


「シュウさんが乗って病院まで行って下さいっ。」

「僕は大丈夫。近くの駐車場に自分の車があるから。」


シュウは名刺入れを取り出し、俺に一枚くれた。

シュウのイメージにピッタリなブルー系の爽やかなデザイン…それには手書きでアドレスが書かれていた。


「連絡ちょうだい。待ってる。」



優しく微笑むシュウの顔が近付いてきたかと思ったら、唇に柔らかな感触がした。



「じゃあねチロ君。」



走っていくシュウの後ろ姿を呆然と見送った。

タクシーの運転手がどこまで行きますかと聞いてきてたのだが全く耳に届かない……




なんだよ…今の別れ際のごく自然な流れ────


俺……

今、シュウに……



─────キスされたっ………!!






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