魔法少女未満!~ただいま修行中
樹里愛ちゃんはすくすく成長し(主に魔力量が)、1歳の誕生日を迎えようとしていた。
魔力は1,000を越えている。初めてステータスで確認した時の20倍だ。
樹里愛ちゃんは感動していた。それは、自分の魔力が面白いように増えていくことでも、幼少期の魔法訓練による魔力増量法が正しかったと証明されたことでもない。
樹里愛ちゃんが何より感動したのは、ステータス画面の便利さだった。
なにしろ、魔法1回でどれだけの魔力を消費するのかも、あと何回魔法を使えるのかも、魔力がどれくらいの時間で回復していくのかも、訓練によって魔力がどれくらい増えていくのかも、全部はっきり数字で見えるのだ。
(なんて素晴らしいの!)
訓練では、いろいろな魔法を使いまくった。前世では使いたいのに使えない魔法が山ほど有ったのだ。もちろん攻撃魔法は使っていないけれども。
魔法大好きな樹里愛ちゃんは前世で読み漁った魔法に関する書物の内容を全て暗記していた。10歳までは侯爵家の跡取りだったため、取り寄せられた書物の種類も充実していた。
最近のお気に入りはなんと言ってもこれである。
(フライッ!)
ベビーベッドからふわりと浮き上がった小さな体がふわふわと6畳の子供部屋の中を空中移動していく。
最初は浮かんでいることしかできなかったが、少しずつ行きたい方向に移動できるようになってきた。練習すれば、さらに移動速度は上がるだろう。
フライの魔法は時間で魔力を消費する。体が小さいこともあり、飛行というより空中浮遊という状態でもあるためか、5分で魔力消費量が1である。
これではなかなか魔力を使いきれないので他の物も浮かばせる。熊の縫いぐるみが、ガラガラが、ボールが、ベッドが赤ちゃんと一緒に宙を舞う。
狭い部屋の中、ぶつけずに飛ばすのは魔力操作の良い訓練になるし、自分以外を飛ばすのは自分が飛ぶよりも魔力をたくさん消費するのだ。それに何より、
(たーのしーいっ!)
まるで無重力状態のような室内でキャッキャはしゃいでいる赤ちゃんが目撃されたら大騒ぎになりそうだが、窓には遮光カーテンがかかっているし、ここはマンションの5階。それに……
(あらいけない、はしゃぎ過ぎたかしら)
リビングで仕事をしていたママがこちらに来ようとしているのを魔力の揺らぎで感知した樹里愛ちゃんはオモチャやベッドを元の位置に戻し、自分もベッドの上にふわりと降りた。
樹里愛ちゃんの魔力感知は鋭さを増していた。お仕事に熱中していたママが樹里愛ちゃんの方に意識を向けたことを察知したのだ。
樹里愛ちゃんには、どこに誰がいるか? 近づいて来る人がいるか? 全て手に取るようにわかるようになっていた。
たとえ魔法を使えなくとも、生き物は全て魔力を持っているのだ。
ママが部屋をのぞくと、ベッドの樹里愛ちゃんはご機嫌でガラガラを持って遊んでいる。
物の位置はなるべく元の通りに戻してあるが、じつはよく見ると少しずつずれていたりする。そもそも、ガラガラはさっきまでベッドの下に落ちていたのだけれども……
ママは気づかず樹里愛ちゃんのお昼の準備に戻って行った。細かいことを気にしないおおらかなママで、樹里愛ちゃんはずいぶん助かっていた。
樹里愛ちゃんは今のパパとママが大好きになっていた。
前世の父はジュリアの母をとても愛していたのだろうけれども、最愛の人を亡くしてしまった悲しみのためか回りの全てに心を閉ざし、それはジュリアに対しても変わらなかった。
亡くなった母によく似たジュリアを義母が敵視したのも、少し気持ちがわからないでもない。
そんなわけで、前世のジュリアは親からの愛情をもらった記憶が無い。愛情深く育ててくれた乳母や侍女たちがいなかったら、どんな風に育っていたかわからない。
今のパパとママは樹里愛ちゃんを溺愛していた。はっきり言って、本人ががとまどってしまうくらい、樹里愛ちゃんはパパとママに愛されていた。
なにせ、ちょっと欠伸をしただけで「かわいい」と大騒ぎなのだ。
樹里愛ちゃんをお風呂にいれる権利はいつも2人で取り合いだ。パパもママもほっぺスリスリが大好きで、毎日の日課である。パパはスリスリの前にお髭を剃ってもらえるとありがたいけれども。
ここまでわかりやすく愛情を向けられると、樹里愛ちゃんとしてはなんだか照れてしまう。その照れた仕草がまた、「かーわいーい!」とうけてしまったりする。
樹里愛ちゃんは大きくなったら自分がパパとママを幸せにしてあげるのだと決心していた。2人とも魔法を使えないようだが、大丈夫。
(私、頑張って宮廷魔術師になるわ!)
樹里愛ちゃん。皇宮警察では魔術師は募集していない。
取りあえず樹里愛ちゃんはパパとママを守るために2人の持ち物に付与魔法をかけまくっている。
ママのネックレスとパパのネクタイピンには疲労回復の魔法、衣類には防御の魔法をかけてある。一定以上の攻撃を吸収し、攻撃してきた相手の意識を奪うように設定してある。
そして、パパとママが薬指にはめている指輪には能力向上の魔法。
最近ママの料理の腕がめきめき上がっているのも、翻訳の仕事が早く終わるようになってきたのも、タクシー運転手のパパの運転技術が上がってきたのも、この指輪のおかげだろうか。
疲れ難くなったこともあって、2人とも絶好調なのである。
夕食が終わり、樹里愛ちゃんをベッドに寝かしつけた後、手紙を読んでいると、パパから電話がきた。
タクシー運転手のパパは1日おきの20時間勤務。仕事が終わるのは日付が変わった頃のはずなのだが。不思議に思いながらママが電話に出ると、
「えっ、警察? タクシー強盗!?」
夕方、辺りが暗くなってきた頃乗せた若い男の客が、しばらく走った後で、いきなりナイフを突きつけてきたのだ。
男は酒臭い息を吐きながら、「高速に乗れ!」と命令してきた。
パパが「ガソリンを給油してからじゃないと無理だ」と応えると、怒った男が運転席のシートを思いっきり蹴りつけ、…………なぜかそのまま眠ってしまったのだそうだ。
パパは近くの警察署に乗り付け、助けを求めた。
ドライブレコーダーの車内映像や男のナイフという物証も有り、男は警察官に起こされ、逮捕された。
男が急に意識を失ったのは、怒って興奮したためアルコールが回ったのだろう、ということになった。
パパは簡単な聴取だけだったのだが、事件による動揺で事故を起こしてはいけないという会社の判断で、今日の勤務は早めに終了することになった。
電話はパパからの“帰るコール”だったのである。
誰も思いもしない。
今ベビーベッドですやすや眠っている赤ちゃんが魔法で犯人を眠らせてパパを助けたなんて。
明日は樹里愛ちゃんの1歳の誕生日。
珍しくパパが早く帰宅できたので、翌日は3人でお出掛けすることになった。
オモチャ屋さんで樹里愛ちゃんが気に入って手放さなくなってしまった魔法少女のステッキを、「まだ早いんじゃないかな?」と言いながらも、パパとママは誕生日のプレゼントとして買ってくれた。
数年後、銀色の髪に明るい緑の瞳の本物の魔法少女が、赤いりぼんを付けたピンクのステッキを持って、あちこちに出没することになるのだが……。
それはまた、いずれ。




