第一村人
そろそろ日が沈み始めるような時間帯に丘から見えた村に着いた。
安堵の勢いのまま抱き合っていたが徐々に冷静になり、体を離しながら誤魔化すように声をかけた。
「ごめん、服が血で汚れてしまった。高そうな服なのに」
「ぃ…んんっ、いえ、そんな、気にしないでください。それより、助けていただいたお礼が遅くなり申し訳ありません。ありがとうございました。本当にありがとう」
「無我夢中であまり覚えてないんだけどね。間に合ってよかったよ。さて、村に向かおう。言葉が通じればいいんだけど…」
村は石の塀に囲まれ、俺達が来た林とは別の方向、南側に門があり、そこから南には街道が続いていた。
門には革鎧を身に付けた衛兵と思わしき男が二人立っていた。先ほどの怪物が林を歩いているような場所だ、人里を守るのは当然だろう。
こちらが近付くと片方が駆け寄って来た。
「お前さん達大怪我…じゃないのか、返り血か?それに見ない格好だな」
よかった、言葉は通じるらしい。
「林の中を彷徨っていたのですが、豚の頭に人間の体の化け物…」
「オークのことか?武器を持ってないようだが…素手で倒したのか?それよりどの辺に出たんだ?何匹だ?」
そのままオークって呼ばれているのか。
「ここと林の中の丘のちょうど中間くらい、歩いて一時間程のところに、一匹で」
「うーん、そりゃあ多分、森での縄張り争いに負けたハグレが降りてきんだろうな。まあ、無事で何よりだ。とりあえず服も体も洗った方がいい。身分がわかるものはあるか?」
ですよねー
「いえ…それが俺達、気が付いたら林の中にいて…」
「その格好といい、もしかして迷い人か!そっちの女の子も⁉︎」
「迷い人?」
「こことは別の世界から来た人間ってことだ!」
「ええっ!俺達以外にも、そんなに異世界人がいるんですか⁉︎」
「いや、そんなにって程はいねぇ。ただまあ、珍しいが会ったことがない程じゃねぇ。確かもう4年位前になるが、一人ここに来たんだよ。その時はたまたま領主様が来ててそのまま保護してったなぁ…って、まあなんだ、その格好のまま立ち話もなんだ、とりあえず綺麗に出来るところに案内するから着いてきな。その後に今後のことを話そう。身分がわからんから自由にはしてやれないが」
「ありがとうございます、助かります」
門に連れて行ってもらい、そのまま案内してくれるらしく別の衛兵さんに一言二言話し詰所らしきところに連れられた。チラッと見えた村の様子は、中世のような汚さはなく道は整備され、下水らしきものも通っていた。更に驚いたのが、案内されたのが個室のシャワー室のようだった。
「使い方はわかるか?管の先に付いてる部分に触れてる間は魔道具が魔力に反応して水が出る」
すごい!魔道具!魔力!ファンタジーっぽい!
「魔力?というのはどうやって出すのですか?」
「このくらいの道具だったら、意識しないで触れる程度で大丈夫だ。まあ一時間も握ってたらクラクラしてくるかも知れねぇが。とりあえず服ごと洗っちまえ。その間に着替えを持って来させる」
至れり尽くせりだな。何か裏があるのか疑ってしまうレベルに。
「ん?ああ、着替え代なんかは後でちゃんと請求するから心配すんな。見捨てて野盗になられた方が面倒だってのもある。何も親切心だけじゃねぇ、仕事だ、仕事」
「そういうことでしたら遠慮なく使わせていただきます。優奈さん、髪を乾かすのに時間がかかるでしょうからお先にどうぞ」
「すみません、お言葉に甘えて失礼します」
優奈さんが個室に入っていく。
その間に衛兵さんに色々聞いておこう。
「すみません、先ほどの着替え代の話ですが、恐らく俺が持っている金は使えませんよね?」
そう言って財布から日本円を取り出して見せる。
持ち物や着ている服は、あの真っ白な空間に来る前の状態だった。俺は休日にスーパーに行った帰りだったので、シャツにジャケットにズボンにスニーカーといった装いで、ポケットに財布にネットに繋がらないスマートフォン、腕に狂った電波時計をしていた。持ち物とはカウントされなかったのか何か別のルールがあるのか、車と積んでいた買い物袋はない。
優奈さんの方は膝下のスカートに襟付きの長袖シャツ、ヒールの低い靴、いくらするのか聞くのが引けるワンポイントネックレスに腕時計。財布やスマホはバッグにでも入れていたのか持っていない。
俺が取り出して見せた日本円を確認しながら衛兵が答えてくれた。
「ああ、それは使えねぇ。が、どうするかは兄ちゃん達次第だが、服や持ち物は好事家や博物館に需要があるんで、良い額で買い取ってるところがある。まあ、この村にはねぇんで、馬車で半日くらい南に行ったところにある街に行く必要がある。交流があるから明日の朝一の便で案内の手配が出来るが、どうする?もちろん、売った後で構わねぇんで手間賃をいただくが」
一定数異世界人がいるための需要なのだろう。
「是非、お願いします。出来れば今日の宿と食料の手配もそこからお願いしたいのですが…」
「構わねぇよ。今日はこの詰所の余りの部屋を使ってくれ。飯は俺達と同じものでいいならすぐ用意できる。ああ、それと、その腕にしてる時計や機械類は、街で売るよりも、ずっと北に技術が進んだ国があってそっちの方が確実に高く売れるって聞きたことがあるから、いよいよって時までは持っておくことをオススメするぜ。まあ近くねぇんで行くことがあるかはわからねぇが」
そう言って笑ってくれた。気のいい人だ。
「教えてくれて感謝します。今更ですが、俺は太志っていいます。女性の方が優奈といいます」
「タイシにユウナね、俺はグラウスってんだ。明日の案内も多分俺になるだろうから、よろしくな」
「グラウスさんですね、こちらこそよろしくお願いします」
すると別の衛兵らしき人が二人分の着替えを持ってきてくれた。 まだシャワー中の優奈さんに声をかけ、脱衣所に着替えを置いておく。
しばらくするとまだ髪が若干湿ったままの優奈さんが出てきたので、交代してシャワーを浴びさせてもらう。服に結構オークの血がついてしまっているが、売る時にマイナス査定されそうなので必死に落とそうとしたがある程度で諦めた。用意してもらった服は皮や麻なんてことはなく、布の長袖、長ズボンだった。
夕飯は異世界の定番の硬い黒パンと薄味の野菜スープではなく、白いふわふわのパンとシチューが運ばれてきた。少し涙ぐんでしまった。
パンを作る技術もそうだが、チラッと街並みを見た限りだとこの世界の文明は、元の世界でいうと中世ではなく近世くらいだろう。見覚えがあるものが多いので、多分過去に来た異世界人による所謂知識チートというやつのお陰だろう。
便利だが、現代知識で一儲け、というのが難しい点は今後考えものだな。
「この世界では、迷い人に対してこんなに好待遇なのが通例なのですか?」
「街並みを見ればピンとくるかも知らんが、迷い人はこの世界に知識や技術、時には戦力をもたらしてくれるから保護するのはどこも変わらんと思うが、ここまでの待遇はこの村くらいだな。領主様が600年前に来た迷い人らしく、さっき話した4年前に来た迷い人を相当気に入ってるようで、更に待遇を良くするように、ってお願いされてんだ」
「え?600年前に来た人がまだ存命なのですか?それに領主様なのに命令ではなくお願い?」
「ああ、多分そうなんじゃねぇかな。俺が子供の頃から領主様は全く見た目が変わらねぇからな。領主様は俺らに命令はしねぇんだ。まあ村人皆が領主様のことが好きだから、お願いも命令も変わらねぇんだけどな。ハハハ!税もとんでもなく安いしな!」
「不老なんてあるのか…でもそれなら評判を聞いて移民で溢れるのでは?あまり村は大きくは見えませんでしたが…」
「あー、この村はアレヴィ村っていうんだが、そもそも領地が北にある小山とこの村だけなんだ。南の街とは商品のやり取りはしても、流民の受け入れはしてない。無理に領地や領民を増やそうとしないし、税も安いしで村には余裕があるから、そこそこの大きさの街くらいに設備が充実してるし道が綺麗なんだ」
グラウスさんはまるで自分の事のように自慢げだった。
「辿り着いたのがこの村で良かったです」
「そう言ってもらえると領主様も喜ぶよ」
鼻を擦りながらやはり自分のことのように照れていた。
グラウスさんと話している間、優奈さんは会話に入ってくることもなく、当たり前かもしれないが食もあまり進んでいない。
それなのに、あんなスプラッタなことを行なった本人なのに、俺は既に平気だった。直後は吐くほどだったが、歩いている内に段々平気になり、今は出されたご飯を完食するほどだ。
ひと段落ついたところで、借してくれる部屋へ案内してもらった。
「ここを使ってくれ。明日の朝は早くに出る予定だ。何かあればさっき飯を食った部屋に誰かしら起きてるはずだから声をかけてくれ。ではまた明日な」
「わかりました。今日は本当にありがとうございました」
「気にすんな。仕事だ、仕事。それにただじゃねぇしな」
ハハハと笑ってドアを閉め足音が遠ざかる。
「今日は色々なことがあって疲れた。寝ようか、優奈さん」
「はい、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
布団に横になった途端に意識を手放し俺は泥のように眠った。