思ってたのと違う
意識が戻って最初に感じたのは、強い自然の匂いだ。そして目を開くと辺りは木々に囲まれた森のようだ。そこまで鬱蒼としているわけではなく、地面も所々土が見えるくらいの草の生え具合だ。
うーむ、王様の前とかじゃなくてよかったと思うべきか、人と会うのが難しそうと思うべきか。それより
「なぜ、服を掴んだんですか?」
一緒にあの空間から消えてきたからだろう、会話をしていた女性もこの場にいる。
「一緒のところに行ける可能性がある、と思ったからです」
「なぜ一緒のところに?あなたとはあの空間で初めて会ったと思うのですが?」
「いくつか理由はありますが、どことも知れないところへ連れて行かれた先で一人ではどうにも出来そうにありませんので、頼らせていただきました。考えてもみてください、地球上ですら国外の知らない土地に一人で置いて行かれた場合ですら、女の私ではあまり明るい未来が待っていそうにありません」
確かに。
「でも、それは知らない男の俺と一緒にいても一緒では?」
「それにもいくつか理由はありますが、まずはあなたが私よりもあの状況への興味の方が強かった点、説明していただいた異世界の住人達よりも同じ日本人で同年代のあなたの方が恐らく価値観や倫理観が近いと思った点、あの状況下で落ち着いていた点、などですね」
俺以上に落ち着いてたんじゃないですかね…
「うーん、まあ疑問は残るけど、ここでいつまでも問い詰めていても仕方ない。頼られているところ悪いけど、いざという時に助けられるかどうかは約束出来ないことだけは了承してください」
「それはついて行っても良い、ということですか?それだけでとても有り難いです。ありがとうございます」
「とりあえずよろしく、えーっと…」
「そういえばまだ自己紹介してなかったですね、岩井優奈と申します。年は22歳で大学生でした。よろしくお願いします」
「柴崎太志です。25歳、会社員でした。こちらこそよろしく」
「太志さんですね、優奈とお呼びください。敬語は不要です」
「優奈さんも敬語はなくていい。じゃあとりあえず周囲が見渡せる場所を探して、行き先を決めよう」
「はい。あ、私の敬語は癖のようなものですので、あまり気にしないでください」
年上にいきなりタメ口も抵抗があるのかな。
そんな話をしながら木々の隙間から見える小高い丘に向かい、迂回すると登れそうな場所があった。
最初は警戒しながら歩いていたが、小動物や虫くらいしか見かけなかった。
丘から周囲を見回すと、北西には山があり、その山の麓に近づくに連れ林は森のように木々が深くなっている。その山の南の方、今いる丘から西にしばらく行ったところに村のようなものがある。東の方は林を抜けると草原が広がっている。
「見渡す限り自然とかじゃなくてよかった。とりあえず人に会いたいのであそこに見える村に向かおうと思う。日の高さからして、暮れる前には着くと思うけどどうだろう?」
「はい、私もその案に賛成です。他に案もないですし」
「じゃあ行こうか」
念のために丘で拳大の石や、林である程度の太さの木の棒を拾いながら進む。
歩きながら、そういえばここに飛ばされる前に「空間を操る力」を望んだことを思い出し、手に持った石に意識を向けると、どこかに吸い込まれるように消えた。
「うおぅっ⁉︎」
びっくりして変な声が出た。優奈さんも訝しげにこちらを見ている。
「ああ、いや、変な声出してごめん。ここに来る前にお互い望みを口にしたでしょう?それを思い出していたんだ。そしたら、手に持っていた石が消えて…ほら、今度は出てきた」
そう説明した俺は若干得意げに何もない手の平に石を出現させた。
「へぇー、手品のようで面白いですね。確か「空間を操る力が欲しい!」でしたっけ?」
うわっ!側から見るとめっちゃ恥ずかしい!!!
転げ回りたい気持ちを抑えながら、手の平の石を消したり出現させたりを繰り返して感覚を掴みながら歩いた。
しばらく移動したが、ここがファンタジー世界なのか不明だが、定番のゴブリンやスライムどころか、兎のような動物の大きさまでの生き物しか見かけていない。
植物についても、草木に詳しくはないが、特別変なものや気になるものは生えていない。
そんな状況だったから油断していたのもあるのかも知れない。はたまた素人の俺が警戒していたところで事前に察知することは出来なかったのかも知れない。
それは一時間程歩いた頃だった。優奈さんが用を足したいと羞恥半分、申し訳なさ半分の表情で伝えてきたので、もちろん気の利いたトイレなどあるはずも無いので優奈さんが離れたところの茂みに向かってそれほとしないうちに悲鳴が聞こえた。
「いやぁあ!!!!」
一瞬今行ったら不味いか、と頭を過ぎったが、ならば悲鳴なんて上げないだろうと自分を納得させ木の棒を握り締め急いで向かった。走ればすぐの距離だったので、間一髪といった状況だった。
座り込んだ優奈さんと、その前に立つ、短足で下半身に対し上半身が大きく腹の弛んだ、豚の顔に人型の体で大人の男程の身長の、いわゆるオークと思わしき化け物が腰に巻いた獣の皮一枚の格好で、ヨダレを垂らしながら優奈さんに襲いかかろうとしているところだった。
そこからは無我夢中で、オークが俺に眼中になかったのと、優奈さんを仕留めるためではなく組み敷くためか、棍棒のようなものが近くに捨ててあったのが幸いし、その上半身に対しバランスの悪い膝を、持っていた木の棒で思いっ切り振り抜き、バランスを崩したところを蹴り飛ばし転倒させることに成功した。オークに当たった勢いで木の棒が折れてしまったので、手に持った木の残骸をオークのむき出しの股間に思いっ切り投げ付けた。それで更に怯んだところを手に出現させた拳大の石を振りかぶり顔面に打ち付ける。手で顔面をガードしようとしているが、構わず石を顔に打ち付け続ける。
どれくらい経ったのだろうか、一瞬の出来事にも感じられたし、もう少し長い時間だったかもしれない。オークの反応が無くなってからも石を打ち付けていたが、顔の原型が無くなっていることにハッとして意識が戻ると、途端に木や石で殴って手が痺れている感覚や、それを生き物に打ち付けた感触、人間大の生物を殺したという実感が一気に沸き、抑えきれず吐いた。
オークの死体から離れたところで吐いて多少落ち着いてから、慌てて優奈さんを思い出し無事だったのか焦りながら確認すると、優奈さんも泣きながら吐いているところだった。あんな惨劇を目の前で見せられたのだ、そりゃそうだ。しかし
「ごめん優奈さん、苦しいだろうけど、こいつがたまたま一匹だったのか、集団行動する生き物なのかはわからない、急いで離れよう」
そう言って優奈さんの手を引いて立ち上がらせると、縋るように両手で俺の手を握り締め何度も頷いた。用の方は足を伝って地面にシミが出来ていた。
その場を離れながらやっと、本当に異世界に来たのだということを実感し今更恐怖を覚えた。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!
オークなんて片腕でヒロインを庇いながら剣の一振りで倒すんじゃないのか⁉︎
それが二人ともゲロの臭いをさせ、俺の方は更に返り血を浴び酷い臭いだ。優奈さんは足をガクガクさせながら必死に縋り付き足元は濡れ、顔面は蒼白だ。恐らく俺の顔色も同じだろう。
奇襲が成功しなかったら死んでいたのは俺達かも知れない。オークに先に見つかったのが優奈さんではなく俺だったら、転がっていた棍棒でいきなり殴りつけられていたかも知れない。様々なことが頭の中でグルグルと意味もなく回り続ける。
そこからは一言も発さずに更に一時間程歩き、木々も疎らになり林を抜けた先に村が見えた。方向を間違えなかったのは本日最大の幸運だろう。
一気に安堵しお互いに顔を合わせ、涙を浮かべながら力一杯抱き合った。
優奈の言動の疑問点は、いつか優奈視点で書けたらと思います。