噂のアレ
---やった!
感激のあまり思わず叫びそうになるのをぐっと堪えた。
辺り一面真っ白で、アニメやゲームで出てくる電脳世界なんてものが現実にあるのならこんな感じかな、と思うような空間だ。
俺を含め十人程が視界に入る。歳もばらばらで、俺が接点のあった人はいない。
全くもって不可解で、ここに来る前の記憶が曖昧で気が付いたらここにいた、と言った感じだ。
いくつもの作品を読み、また同じ数思いにふけ、想像し、羨んだ。
そう、恐らくだが、『異世界転移』に巻き込まれたのではないかと思わずにいられない程の不可解と胸騒ぎ。
ただわからないのが、目の前に神様的なものも現れず、かと言って知らずの内に異世界に転移していたといった状況でもない。
真っ白でだだっ広い空間、足は着くので床はあるが天井と壁はあるのかわからない。光はないのに周囲は確認出来る。それに自分だけでもない。
異世界というより異空間といった方がしっくりくるな。
ざわざわしている他の人達を眺めながらそんなことを考えていると
「あの、ずいぶん落ち着いているようですが、何かご存知で
「おい!!!ここはどこだ!!!いつの間にワシをここに連れてきた⁉︎拉致監禁だぞ⁉︎お前らは何か知らないのかッ⁉︎」
隣にいた、自分自身も落ち着いて見える同年代の女性が話しかけてきていた途中で、斜め前にいた脂ぎったおっさんが周囲を怒鳴り散らした。騒がしい。
ん?あのおっさん見覚えがあるぞ…確か、最近経営が悪化とかでニュースになってた飲食チェーンの…
そんなことより状況の整理がしたい。これはまさに異世界ファンタジー小説に出て来るような異世界転移の場面だ。
しかし異世界ファンタジー、とはいうが最近それについて世間が議論している。
この真っ白な空間に来る前は現代日本で過ごしていたのだが、時折人が消えるのだ。
と言うのも、事故を起こしたバスの乗客が一人残らず消失していたり、トラックに轢かれたように見えた人が周囲に見当たらなかったり、拉致でもされたのなら身代金要求されてもおかしくない立場の人が失踪した後何も要求がなく足取りも追えず数年経ってしまったり等、ニュースで取り上げられる事が増えてきていた。
そうして実しやかに語られるようになった。
「本当にどこかへ転移しているのではないか」と。
そしてこれがそうではないのか、というのが俺の予想だ。そして待ち望んでいたことでもある。
そんなことを考えている間もおっさんの喚きは続き、周りの人に怒鳴っても誰も答えないことに業を煮やしたのか、真っ白な空間に向かって大声をあげた。
自分よりあわてふためいている人がいると、逆に落ち着くな。状況を客観的に見れるというか。
「こんな事をしてただで済むと思ってるのか⁉︎慰謝料を要求するぞ⁉︎」
『わかりました。それでは転移します』
言い終わると同時におっさんが消えた。周囲の人達は驚いている。
今の声は?いや、それよりも気になるのが、「わかりました」とは?それはおっさんの慰謝料を要求する、という言葉に対してなのか?
ふむ、いい実験台に…いやいや、参考になったな。
それからも観察をしていると、わかったことがある。独り言や周囲の人と話すことは出来るらしいが、おっさんと同じようにこの空間の管理者(仮)のような存在に話しかけると返事と同時にどこかへ消えてしまう。
不用意に話しかけるべきではないな。まあ、姿が見えないので話しかけるという感覚があまりないが。
「すみません、先程話しかけようとしたところを遮られてしまったのですが、よろしいでしょうか?」
そう声をかけてきたのは、おっさんが大声を出す前に話しかけてきた年の近そうな女性だ。お嬢様然とした佇まいはこの不可解な状況でも崩していない。
「この状況について何かご存知なのですか?あまり驚いていないように見えましたので」
「いいえ、恐らく、や、予想の範囲を出ません。と言っても、落ち着いて見えるのは状況についていけていないだけかも知れません。あなたこそ落ち着いて見えますが?」
「そうでしたか。では、そういうことに。私はこの場所に来る前に、今までとは違うところへ行くという心構えが出来ていたからかも知れません」
なんだ?どういうことだ?
気になりはするが、今はそれよりもこの状況についての方が優先だ。
また一人、「我は本物の賢者にぃぃいいい!!!」と叫んだのち承認されて消えた。
これで残りは俺と話しかけてきた女性、品の良いお婆ちゃんだけだ。
俺と女性が話しているのを聞いていたのか、お婆ちゃんも話しかけてきた。
「お兄さん、わたしはどうしたら良いのかしら?よければ教えてくださいな」
俺がこの状況を知っていることになっている…ただ予感がしているだけで、実際は何も知らないのだが。
まあもう三人しかいないしいいか。
「恐らくですが、今までいた世界とは違う世界に連れて行かれるのではないかと予想してます。噂されている異世界転移ってやつですね。どこに行くのかは不明ですが、消えた人達を見ていると要求や願い、疑問などに対して承認しているように感じます。本当に叶うのかはわかりませんが、仮に叶うとしたらそんな摩訶不思議なことが可能ならそんな不思議が可能な世界、魔法や超能力のようなものがある世界に行くのでは、とこちら願望に近いですが」
恐らく先程賢者になりたいと言っていた人も俺と同じような考えだったのだろう。
「どうしたら良いか、についてですが、もしそんな世界に行くことになるとしたら、失礼ですが年齢的に厳しいかも知れません。なので、若返るような願いが思い付きますが、あくまで俺の考えですのでご自身の判断でお願いします」
「ふふ、魔法が使えるなんて孫娘に自慢できちゃうわ。ありがとう、お兄さん」
優しく微笑んでお婆ちゃんは願いを口にした。
「若い頃に戻れるようになりたいわ」
そして消えた。
これで残り二人になった。
「さて、これであなたの質問にもお答えできましたか?」
「はい、ありがとうございます。願い、ですか…」
俺の願いは決まっている。というか、皆もすると思うが、こんな能力が欲しい!とかこの作品だったらこの能力がいいなとか考えると思う。多分。俺だけではないハズ。
「では俺はお先に失礼します」
女性に向けていた顔を何もない空間に向け、一息置き、願いを口にした。
「空間を操る力が欲しい」
「自分自身を超えられる力を」
ハッとして女性の方を向く。
女性はイタズラっぽく笑い俺の服の裾を掴んでいた。
そこで、俺の意識は一旦途絶えた。