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後輩と先輩とお茶会

 魔物に対抗できるのは、主に魔術研究会に登録された魔術師である。

 その魔術師を育成するのが魔術学園だ。

 学園は基礎課程を終えてからが本番だ。年度末の試験で昇級の可否が決まるが、これがとてつもない難関である。各等級への試験で行き詰まり、数年間昇級できずに自主退学という話も少なくない。

 進級していくにつれ、生徒数が少なくなっていく。

 一級生は特殊な立場だ。教官について下級生の補助をしたり、教官の気まぐれで「魔物を単独で相手して」と言われたり、教官すらついていない場合は数人で任務に赴き、報告書を提出したりと、その働きぶりを評価されて成績がつく。

 メリットは、討伐報酬金と休暇がもらえることだ。

 先日の五級生の付き添いも、もちろん報酬があった。


「貝型焼きと、フィナンシェと、ビスケット。シフォンケーキとカトルカール」


 アズティスが得た金は、その大半が手作りお菓子の材料費に消えていく。


「フルーツグラタン、カスタードプリンにパンケーキ。生クリームと苺ジャムもある。君はどれがいいかな?」

「……シフォンケーキ」

「ん」


 こくり。アズティスは頷いて、ココア色のシフォンケーキを切り分けた。

 冷やしたプリンと、味が馴染んだ方が美味しいバター系統の焼き菓子は前日に焼いておいて、あとは本日できあがった焼き立てだ。妖精用の小さなボーロもある。

 アズティスは時折ストレス解消として、菓子を大量に生産する。学園の中庭で不定期に開かれるお茶会に招かれるのは、やはりカイルだけだった。


「ん?」


 熱い視線を感じたアズティスが振り向くと、柱の陰から何者かが見ていた。薄いピンクの髪がふわふわとして、瞳が水色の女生徒。

 アズティスは深く考えず、手招きする。


「こちらへ」


 カイルも文句を言わず、目の前に置かれたシフォンケーキを食べ進めていた。セルフサービスの生クリームを付属のスプーンで皿に落し、どことなく満足そうにしている。

 女子生徒は勧められるまま、空いているガーデンチェアへ腰掛けた。


「えっと……、いいんでしょうか」

「いいですよ。お菓子ならいっぱいあるから好きなだけ食べていってください。君は二級生の二位ですっけ。たしか一週間前の、魔法薬実習の」


魔法薬の原料になる植物は妖精の餌にもなるので、アズティスはそちらの方面も明るい。魔法薬の付き添いに、よく選ばれる。


「そうですそれです。あの時はお世話になりました。……あ、失礼しました、名乗りもせずに。わたしの名前は、」

「お茶が入りましたよ二位。砂糖はいくつ?」

「ありがとうございます、二つでお願いします。ええっと、もしかして二位で定着しちゃいましたでしょうか」

「彼女は人の名前をなかなか覚えない。ところで先ほどから魔力がうるさいな、二位」

「……カイル先輩も二位ですよね、一級生の。自虐ですか?」

「緊張するのはわかるが制御しろ二位後輩」

「喧嘩売ってるなら六割引きで買いますよ二位先輩」


 一級生の二位に二級生の二位が突っかかるのを、アズティスは微笑ましく見守った。そしてボーロが山になっている小皿の傍を、指の腹でとんとん叩く。


「おいで、おいで」


 アズティスが一声かけると、どこからともなく現れた一匹の妖精が、ボーロを一粒奪っていった。

羽がついた見目の良い小人――と形容するのは簡単だが、妖精は生態不明の魔法生物だ。

 一粒を皮切りに、妖精が学園中からわらわら集まってくる。ボーロの山を前に一列に並んでいるのは、アズティスの教育の賜物だった。


『――!』

『――。――』

『――――、――――。――――ッ!』


 一匹一粒。お行儀よく手に取って、アズティスに礼を言って飛び去る。妖精にも性格があるのか、長文ではきはきとしている個体もいた。


「妖精ってお菓子食べるんですっけ……」

「食べられます。あ、でも君がこのボーロ食べると痛いことになるから、おすすめしません。私の血と、ちょっとした魔術が入ってるんで」

「うん? 血? 魔術? 入ってるんで? ……とは?」

「契約魔術のアレです。たまにこうして魔力のご褒美あげないといけなくて」


 血は、魔力を多く含む代表的な体液だ。

 人間の魔力を人間が摂取すると、拒否反応がある。地獄の苦しみがある。両者の魔力の質が一致すれば快感だとも言うが、その場合は依存性に問題があったりなかったりするとなんとか。

 ゆえに契約魔術は、人外が相手でなくてはならない。

 ――そんな危険物、他のお菓子と同列に置くのはどうかと思う。

 と言いたそうな後輩を、上級生二人はフォローもしない。


「にしても、おかしいな。ボーロは妖精みんなに行き渡るように予備まで作ってるし、もっと余るはずなんですけど」


 妖精がすべて去った後、ボーロの皿は空だ。


「お菓子ほしさに周回してる妖精がいるとか?」

「妖精の性質からして考えたくないです。私には絶対服従のはずだし」


 あっさりえぐいことを言うアズティスに返す言葉も見つからず、二位は笑って済ませた。

そして辺りを見た。少し静かな、観察する目付きで。


「…………。」

「何か気になります?」

「あ、えっと……、実は、先輩たちがこうしてお茶会をしてるって、話には聞いていたんです。けど、あの……、なんだかお二人の邪魔しちゃいけないとか、そういう雰囲気が……」


 ああ、とアズティスは納得した。

 カイルは態度からしてアズティスを嫌っている。――はずだ。

 そのくせ二人はよく共にいるから、不仲ではない。――という噂だ。

 その真偽や関係性を気にする生徒がいるとアズティスも知っているから、性根の幼い彼女は一つ意地悪をする。


「なんだか私たちのことをよく思ってなかったり、変なことを言ってたりする生徒もいるみたいですけど。実はね、二位。私とカイルは……」

「はい……」


 ごくり。二位は唾を飲む。通りすがりの生徒たちまで不自然にスローペースになっているのにカイルは気付いたけれど、何も言わなかった。


「婚約者なんですよ」

「……ッ!?」


 がさっ! と音がした。すぐそこで男子生徒が植木に激突していた。またすぐそこの柱では、別の女子生徒が頭をぶつけていた。

 カイルが眉を顰めて「おい」と窘めると、アズティスは、


「あっはっはっはっは!」


 楽しそうである。


「か、からかいました?」

「半分ね。だけど半分は本当ですよ。ちっちゃい時によくありますでしょう。大きくなったらこの人と結婚するーみたいな。私とカイルは、まあ色々あるけど、幼馴染みたいなものですから。『大きくなったら結婚しようね』みたいな口約束をしてただけです。それに拘束力はありませんので、あんまり気にしないで」


 アズティスは「こいつが一緒にいるのは、もっと別の理由ですよ」と言って、自分のカップに口を付けた。それ以上教える気はないと態度で示されて、二位はおとなしく引き下がった。

 曖昧な衆人環視の中で食べ進めていくが、これほど多種の焼き菓子がすべて胃に収まるわけもなく。腹に溜まってきたと判断したアズティスは、カイルに言う。


「ほら、好きなだけ」


 カイルは礼儀として礼を言うと、メープル味のマドレーヌを一つ、手に持った。それを地面に落とす。


「ちょっ、せんぱっ」


 二位が非難の声を上げる前に、

 にゅ、

 と地面から出てきたのは白い獣の手だった。肉球付きの――おそらく()()が、マドレーヌをぱしっと奪う。


「……えっ」


 白い前足は、いつの間にか発動されていた黒い魔法陣に戻っていった。

 二位が茫然と見つめる先で、その白い手は再びにょきりと出てくる。地面から突き出る哺乳類の前足。それはもうシュールな光景だけれど、カイルもアズティスも我が子を見るような目つきですらあった。

 白い前足が鋭い爪でふりふりと虚空を掻くので、カイルはバタービスケットを渡してあげた。それを嬉しそうに回収してまた出てくる前足に、カイルは「もう終わりだ」と言う。

 前足がしゅんとしながら地面の魔法陣に沈んだ後、交代で出てきたのは黒い手である。指が三本で、動物なのかもわからない何かだった。

 次々に出てくる大小様々な手たちに焼き菓子を配り終えると、焼き菓子で賑やかだったテーブルはすっかり寂しくなっていた。


「……なに今の……?」

「見たことありませんか? ここでいっつもやってますけど。カイルの契約獣って甘いもの好きで、作りすぎたお菓子の消費にもってこいだから、毎回来てもらってるんです」


 一級生ってみんなこうなのだろうか。二位が周囲を見回してみると、周囲の学生――特に五級生は目をかっぴらいて唖然としている。ほっとした。やはり自分の感覚は、おかしくないらしい。

「一級生って変わってるんですね」

「それを面と向かって言える君も変わってます」

「そういえば気になってたんですけど、一級生の人って授業大丈夫なんですか?」


 アズティスが「なんだいきなり」という顔をするので、二位は慌てて付け加える。


「いえあの、他の等級の補助とか任務に行ってるとはよく聞くんですけど、だったら自分たちの授業はどうしてるのかなって」

「……あーそっか、他から見たら不思議かもしれないですね」


 アズティスは納得したように頷いて、


「そもそも一級生って、学業自体はほぼ終えてるんです」

「終わってる?」

「ん。色々と学び終えて、魔術師資格を与えられそうなやつだけ残したのが一級生です。足りない経験を積むのと、魔術師としての適正を見極めるための学生期間。だから授業なんて一日に二コマあるかどうかってくらいだし、暇な教官が自分の専門分野を語りたいからやる、みたいなとこあります。ペーパーテストなんて下級の時に習ったやつの応用だし。ってことで、授業より任務が優先されます」


 わかった?

 と聞きたそうなアズティスに、二級生の二位は引き攣った顔で頷いた。一級生への昇級試験でどんどこ落とされるとか、正規の魔術師並みを求められるという噂は聞いたけれど、どちらも真実だとは。当事者から聞くと生々しくて笑えない。

 一級生の生徒数は、二級生の四分の一もいない。

 一級生と二級生以下の間には厳然とした格差がある。

 それも納得だ。

 

 そろそろ片付けようかというところで、新たな客人集団が現れた。


「失礼する」


 リーダーと思しき横柄な生徒の腕章には『Ⅱ』とある。二級生だ。同じく二級生の二位が「あ」という顔をした。

 マリアベルの信者のうち、過激派の生徒だ。四人で組んできているから、その本気具合も窺える。アズティスの記憶違いでなければ、彼らは生徒会役員か有力貴族の次男三男だ。


「アズティス・レオタール先輩にお尋ねします。懐中時計をご存知ありませんか」

「懐中時計ってものは知ってますけど」

「金色の懐中時計です。マリアベル様の持ち物ですが、先日紛失したとご相談がありました」

「そか。それは残念です」

「何も知らないと?」

「知らないです」


 まるでアズティスが隠したのだろうとでも言いたげだが、彼女はマリアベルの懐中時計など見たこともない。任務時以外はこちらから関わることもないので、濡れ衣もいいところだった。


「懐中時計っていうくらいだから、身近に置いてたんでしょう? 私が自分からマリアベルに近づくわけないし、仮に近づいたりしたら君たちが気付くと思いますけど」

「先輩のような人なら出来るんじゃないですか? 例えばお友達を使って」

「お友達?」

「今もそこらに飛んでる小さな生き物だ」

「……へぇ。私が妖精を使って、マリアベルの懐中時計を盗んだと。おもしろいこと言うね、君」


 声が一瞬低くなる。アズティスなりの丁寧語は、その場で取り払われた。


「なら一匹ずつ呼んで証言させようか? 私がそれを指示したかどうか」

「あなたが飼う妖精であれば、嘘の証言をさせることも可能だろう」

「それはおかしいわね」


 割り込んできた声に、全員が二位を見る。案外好戦的な彼女は「妖精は嘘を吐けないのよ」と冷たく言い捨てる。


「基礎課程を修了すれば誰でも知ってるはずよ。あんたたちより五級生の方が賢いんじゃない? 聖女サマ大事なばっかりにいっつも頭に血が上っちゃっててさー。学園に侍りに来てんの? カースエリス家の使用人になったらいいのに」

「貴様、マリアベル様を侮辱するのか……っ」

「あんたらを侮辱したのよ話聞いてなさいよ」

「貴様は聖堂の出だろう! なぜ聖女様ではなくレオタールといる! この女の母親は、」

「はいはい、母親ね。今ここにいる先輩の話ではないわね」

「この女は聖女様の私物を盗んだのだぞ!」

「先輩盗んだんですか?」

「身に覚えはないよ」

「ほら見なさい」


 盗んでないって。と自分のことではないのに胸を張る二位に、男子生徒の中でぷちりと何かが切れた。

 生ぬるい風が頬を掠めて、二位は笑った。


「なーに? やるの?」


 二位は静かに席を立った。呑気にしているカイルの背後を通り、彼女は同級生と対峙する。

 二位の周囲に、ちり、と桃色の電気が弾けた。口元は獲物を見つけた獣のように大きく孤を描いて、瞳をぎょろつかせて、その視界に相手を捉えた。ピンク色の髪は、巻き起こった風を含んで揺れ始める。

 ぱちぱちと静電気程度だった音も、罪人を鞭打つ音のように濃く太くなる。

 そんな彼女を迎え撃とうと、男子生徒も魔力を発した。彼の魔術は風特化のようだ。足元に緑色の魔法陣を展開させて、強い風を編み出していく。

 平穏から不穏に。不穏から険悪に。

 当初のお茶会の雰囲気などなんのその。突如勃発した学生同士の争いに、通りすがりの生徒は教官を呼ぼうと走りだそうとした。

 男子生徒は胸の前で両手を組み、相手を睨んだ。二位はふらりと右手を持ち上げて、中指と人差し指を立てて『銃』の形を作る。

 そうして二人が動こうとしたところで、


「一級生は君たちを監督できる権利があるんだけど、」


 歌うように柔らかい声がした。

 どさ、と。二人が膝を着いた。

 教官を呼ぼうとしていた生徒は、その足を止めた。


「義務ではないし、面倒くさいから、あんまり監督したくないんだ」


 二人がぎちぎちと強張った動きで、声の方を見る。アズティスがいた。ガーデンチェアに座ったまま、テーブルに頬杖を付いていた。にこりと細めた瞳は笑ってなどいなかった。

 静寂が落ちる。

 野次馬たちは、突如始まり突如収まった闘争に困惑している。

 二人に圧し掛かる重みは、二人にしかわからない。


「言いたいこと、わかるかな?」


 躾のなっていない子供に言い聞かせる声色で、アズティスは下級生二人に言い聞かせた。制服のスカートを上品に揺らしながら、足を組み替える。艶っぽい仕草が人目を惹いた。まるでお伽噺の魔女だった。

 カイルは静かにお茶を飲み、本日最後のカスタードプリンに手を伸ばした。


       *


 その様子を窓から見下ろす生徒たちがいた。

 学舎の生徒会室にいるのは、いつものメンバーだ。


「レオタールが盗んだのではないとしたら、いったい誰が」

「俺たちももう一度よく探してみます」

「本当になんでカイル様はあの女と……」

「アズティス・レオタールはあの悪女の娘なのですよ。きっと汚い手を使って、カイル様を傍に置いているに違いありませんっ」


 マリアベルを気遣って、女子生徒たちが強く発言した。周囲も頷いた。けれどマリアベルは否定する。


「違いますわ」

「違うなんてそんな、だって、」

「アズがわたくしの懐中時計を盗んだなんて、証拠はありませんわ。……そもそも、以前から言っていますでしょう。わたくしは既に、カイル様に気持ちを伝えているのです。そしてお断りされているのですから、あの二人について何かを言える立場ではありませんわ」


 ノアイユ公爵家に訴えていれば、公爵家当主から良いお返事がもらえたのだろう。国民から支持される聖女との繋がりは欲しいはずだ。それでもそれをしなかったのは、マリアベル自身の矜持のためだ。


「マリアベル様は、それで良いのですか」

「良いも悪いも言えません。ただ……悔しいとは思います」


 カイルの心に自分がいないことなんて、ずっと前から知っている。

 マリアベルは、カイルとアズティスの複雑な関係を知っている数少ない人間だ。そしておそらく自分は、あのアズティスよりももっと深く、カイルの本心を知っている。


「せめてこの命が、もっと続いてくれればと。今更こんな弱音を吐いても仕方がないのに」

「マリアベル様……」

「命が短いなら、それを逆手にとれば良いのですわ。カイル様の隣に立てないならば、わたくしは誰の妻にもなりません。この恋を秘めたまま旅立てるというのであれば、それはきっと、素敵なこと」


 本心だ。

 そうしてまた、聖女マリアベル伝説が増えていく。

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