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二位と悪女

 アズティスはふい、と視線を逸らして「気にしない方がいい」。やはりわかりやすい人だ。

 二位もこればかりは言及の手を緩めない。


「増えていた手紙は、先輩に失礼な内容だったんじゃないんですか? 手紙を届けてから、先輩の様子がずっとおかしかったです。ストレスだったはずです」

「ほんと、きみも私に慣れてきたね。失礼な手紙だってところは認めるけど、それってそんなに知りたいこと?」

「知っておきたいです。何に利用されていたのか知らないままでいたくありません。とってもムカついてるんです。それをやった奴も、わたしに何も言ってくれなかった先輩にも、変なものをのうのうと届けていたわたしにも」


 二位が先輩を相手に、こうもはっきりと意見するのは初めてかもしれない。気持ちを落ち着けようと、まだ温かいカモミールティーの香りを吸い込んだ。

 アズティスは足を組み、視線を床に落としている。横髪を無意味に耳にかける仕草が艶やかで、たった一歳の差だとはとても思えない。

 二位には及びもつかない頭の中で、何を考えているのだろう。


(……聖霊様の生贄候補ね。わかりたくないけど、わかる気がするわ)


 そうあれかしと、誰が願ったわけでもないのだろうに。

 二位が見つめる中、やがて顔を上げたアズティスは、それまでの威圧感を取っ払って「まあいっか」と頷いた。


「きみがそこまで言うなら教えてあげる。ただしカイルには知らせないこと」

「カイル先輩も知らないんですか!?」

「ん」


 驚いた。カイルなら、アズティスの逐一を知っていると思っていたのに。「最近はあんまり会わないんだよね。……まあ今日は……久しぶりに会ったけど……」と、もごもごした補足はあえて聞き流すことにする。

 二位は誰かに言いふらす考えもなかったので、条件を飲んだ。


「わかりました、カイル先輩にも言いません」

「じゃあ、これ見て」


 細長い指が、くい、と空中を掻いた。本棚に突っ込まれていた紙が数枚、見えない糸に引きずり出されるように浮いて、二位の膝に落ちる。ごく自然な魔術だった。


「ちなみにそれは全部、教示要望書って書いてあった封筒の中身。ダメそうなら読まないでいいから」


 ダメそうでもすべて読み下すことを決意して、二位は紙を手に取った。


 一枚目、アズティスの母親の罪をあげつらう内容の手紙。

 この文章は二位も目にしたことがある。掲示物の事件と同じだった。同じものが届けられていたのかと驚きつつ、次の手紙を捲る。


 二枚目、アズティスへの恨みが籠った手紙。

 だいたいこんな内容だ――いつもお高くとまっていて気分が悪い。マリアベルへの態度も悪く、あなたがいるだけで場の空気が濁ることを自覚しているのか。あなたのような人間が学園の代表のような顔をして、大手を振って歩いていられる事実が信じられない。自分は過去の事件などには興味はないが、あなたの存在はそれ自体が害悪である――。


 二位は手紙の主を想像し、心の中で五発殴った。

 紙を捲る。


 三枚目、アズティスを人殺しだとひたすら糾弾する手紙。

 だいたいこんな内容だ――どうしてあなたのような人間が、たった一度の善行でこんなにも評価されているのか。ずっと善良に生きてきた人間が埋没していく中で、才能によって許され注目を集めるあなたを正直に言って許せそうにない。この世はおかしい。あなたは私の大事な人を見殺しにした。どうせそれも忘れているのでしょう、どうせ他の人間のことなどどうとも思っていないのでしょう。許さない――。


 憎悪の滲み出る内容と同じくらい、強烈な筆圧だった。

 思い出されたのは、掲示物事件の際の、ミリィのこんな言葉。


 ――『力があれば何したっていいの? 何をしたって赦されるの……?』


 もちろん手紙の主がミリィであるとは限らないけれど、一部重なる言い分に、不穏な繋がりがあるような気がしてならなかった。便箋のどこにも署名がない。封筒にはイニシャルくらいは書かれていたのだろうかと聞きたかったけれど、ここでの最たる疑問は、とりあえず。


「先輩、見殺しとかしたんですか?」

「覚えはないかな。『乗っ取り』とか、ああいうのを人間と分類するなら普通に殺してるし。見殺しってなんだろ?」


 二位はふうん、と一言。

 紙を捲る。


 四枚目、アズティスへの偏執的な愛情の手紙。

 学園の三角関係は、男をもう一人いれれば解決だという主張から始まり、アズティスさんと自分が一緒になれば丸く収まるという意見に収束していた。それと、自分ならアズティスさんを上手に愛してみせること。あんなに冷たいむっつり野郎じゃなくて他の男にも目を向けるべきだと。自分と一緒になればお金に苦労はさせないし、贅沢もさせてあげられること。


 二位は一言、


「ストーカーじゃん」


 アズティスは「だよね」と頷いた。


「私ってもしかして変なやつに好かれる才能があるのかな」

「美人だとは思いますけど……」


 なにせ彼女と最も近い男子生徒が、ストーカーもかくやという変な先輩だ。頭にカイルを思い浮かべた二位は「う゛ぅん」と唸ったきり、コメントに困ってしまう。


 それから五枚目、六枚目と続いた。

 そのどれもが、二位にとっては言いがかりのような内容だった。読むだけで辟易していると、当のアズティスはしれっと「だから言ったじゃん」なんてのたまうものだから、一級生の図太さに感心するのみだ。


(いや、先輩は気にしてないわけじゃないのよね。元気なかったのは本当だし)


 近頃、顔色が悪かったのは見間違いなんかじゃない。二位は自分の目と、アズティスと過ごした時間と経験を信じている。


「君が届けた中で変なのはそれくらいだよ。他はちゃんとした要望書だった」

「そういう問題じゃなくてですね……っ! ……いやもう、先輩、近頃本当にやばくないですか? 前に水かけられてたのも、階段のことだって」


 アズティスの不運にことごとく居合わせていた二位は、気が気ではなかった。これだけ嫌なことが連続していて、踏んだり蹴ったりもいいところだ。自分だったらストレスで大暴れしているか、手紙の主を何が何でも特定して文句を言うし、場合によっては暴力的措置に出ていたかもしれない。喧嘩を売ったのはあっちだ、わたしは悪くないの精神で。

 ただ。


(……連続しすぎじゃない?)


 なにかが引っかかった。

 一拍して、二位は一枚目の手紙を再び読んでみる。アズティスの母親の罪状を並べた文章をまじまじと読み直し、


「もしかして、この手紙と関係があったりするんじゃ……?」


 水をかける、階段から突き落とす。

 どちらもアズティスの母親が行ったとされるいじめ行為だ。加えてこの手紙も偶然とは思えない。

「そうだね」アズティスは頬杖をついて「全部ひっくるめて、組織立ったいじめ行為の一環だ」

 すんなり頷いた。他人事のように。


「恨み買ってるなーって思うよ。私に水ぶっかけたり階段から落としたり、こうやって悪意を送りつけてみたりね。こいつらもけっこう楽しかったんじゃないかな」

「ちょっと意味わかんないです。自分勝手すぎるし、だって意味ないじゃないですか、こんなのやったって、ほんと意味わかんない」


 嫌いだから傷つけてもいいなんて、まともな人間の思考ではない。

 けれどアズティスは「意味?」と不思議そうに小首を傾げて、


「意味だけで動いてるわけじゃないだろ、人って」


 二位は絶句した。


「嫌いな人間を苛むのは、普通に楽しいんだと思う」


 当然のように人の汚い感情を肯定した無邪気に、どんな言葉を吐けばいいのか。

 その瞬間だけは慣れ親しんだ先輩ではなく、別の世界の生き物を見ているような気がした。そんな二位の畏れなど察してくれない――察していても気遣ってくれない――アズティスは、解説を続ける。


「私が嫌われてるって『当たり前』が、塩湖の件から急激に崩れた。それに動揺してるやつらとか、私を陥れたいやつが集まって私に嫌がらせをしてるってのが、いまの状況かな」


 これまで表に出ていなかったアズティス派が、学園で幅を広げるようになった。増大する反対派閥に肩身の狭い思いをしている人間はたしかに存在していて、彼らが寄り集まるのも、むべなるかなといったところ、らしい。


「あいつらは安心して私の悪口を言えるおともだちと、ついでに私へのいじめ行為を正当化する言い訳と、方法がほしいんだと思う」


 アズティスの肩に一匹の妖精が着地して、えへんと得意そうに胸を張っている。これまでの解説のほとんどが、妖精を派遣して手に入れた情報なのだろう。情報収集はこの先輩の十八番なのだと、二位は改めて実感した。

 アズティスは頬に人差し指を置いて、やり手の探偵のように思案しながら、


「前もって私の母親の罪を文書で知らせて『罰』を匂わせておけば、あいつらは自分の中でも『これは当然の行いだ』と言い訳しやすくなる。これは妖精の情報と簡単な心理を合わせた推測にすぎないけど、そう間違ってはいない気がするよね」


 二位は生唾を飲みこんだ。

 アズティスの説明に納得はできずとも、理解はできてしまった。


 ――罪人の罪が償われずにいるならば、その身内が清算するべきだ――。


 正論も道徳も差し置いて感情を語るなら、むしろ無理からぬ理屈だと言える。罰の鉄槌を下そうと振り上げた先に獲物がいなくなれば、誰だって代替品を探してしまうものだから。

 そんな傲慢な大義と、ねじ曲がった私怨が混じり合って、学園のそこかしこに潜んでいる。いまこの瞬間にも。

 二位は拳を握り締める。手紙の束をぐしゃぐしゃに丸め捨ててやりたい衝動を堪える。

 静かに過ごさせてあげたいのに、どうして世間は彼女を放っておかないのだろう。それに、


(ここまでわかっていて、どうして先輩はなされるがままになっているの?)


「そいつらをなんとかしてやれないんですか?」

「今のところなんともしない」


 まさか母親のことを気にして?

 そう一瞬でも考えてしまったけれど、即座に否定される。「言っとくけど母上の罪を償おうって気はまったくないよ。私には関係ないし」なんて、あっさりを通り越して無情ですらあった。


「ただこの連中のボスに、すごい借りがあるんだ。ぐうの音も出ないくらいの、弱みっていうかね。できれば対立したくなくて、今は目を瞑ってる。こいつに関しては私が完全に悪いから」

「先輩がなにをしたのか知りませんけどね!? こんな、よってたかって卑怯なことしてる連中は、はっきり言って異常です。ほとんど集団私刑(リンチ)ですよ。これを許容しようとしてる先輩だって、わたしもうなんていうか、あああああああ! って感じですよ?」

「語彙力ね」

「だからもぉ~~~~こうなったらどっちが悪いとかじゃないんですって。ぜったいつけ上がりますからね! 話しあいますか? 反撃しますか!? 最終的には殺るしかねェんですよッ!!?」

「おいこらマルティークのエリート。物騒なこと言わない。一級生権限で処すぞ」


 先輩こそ物騒なことを言わないでほしいものだ。二位は引き続きむくれて、不満をあらわに「だっておかしいですもん」。

 アズティスといると、普段よりぐっと感情が揺さぶられるのは気のせいだろうか。


「そう、こんなでも私、一級生のすごい先輩なんだよね」


 アズティスは改めて口にした。なまじ反論もできない二位には、返す言葉もない。


「その私に『いじめ』なんてするくらいだから、私に弱みがある限り、反撃しないって目算があってのこと。で、私はまんまとそれにはまってたりする」

「性格わっるい奴らですね~~もぉ~~!」

「だからって永遠に黙ってようってわけじゃないよ。ただもうちょっと何があるのか確認していたい。なんにせよ今はあんまり動きたくないから、いい子にしててくれる?」

「……はーい」

「だいじょぶ。我慢できないくらいになったら、私もちゃんと物申すくらいはする」


 この先輩が我慢できない事態って、どれくらいのストレス?


「……やっぱりカイル先輩とか、誰かに言うべきじゃないですか? 教官とかにも」

「だめ。教官に言ったらカイルに漏れるかもしれないし。カイルに言わないでってお願いしたって、その通りにしてくれるかわかんない。ことを大きくしたらそれだけで……あいつに知られる」


 その頑なさに違和感がある。

 アズティスはこの件に関して、カイルに知られないことを最優先にしているようだ。


(カイル先輩に知られたくない理由があるの?)


 アズティスの態度。それに、カイルに知られたくない。それと弱み。二位はそれらが繋がっている気がしてならない。


「もしかしてカイル先輩に関係あるんですか?」


 塩湖崩落の際、カイルの弱みがアズティスであることを知った。それなら逆に、アズティスにとっての弱みも、カイルになり得るのではないか。

 そう考えてふと口に出しただけだったけれど、アズティスは否定しない。微かに驚いた顔をして、何かを言おうと口を開いて、閉じて、それから仕方なさそうに笑った。

 肯定の代わりに返ってきたのは、悲しくなるような一言だ。


「二位。私はね、君が思ってるより冷たくて、とっても悪い先輩だよ」


 二位はすかさず言い返す、


「先輩の中ではそうなんですね」

「いや事実として」

「悪い先輩かどうかはわたしが決めますのでおかまいなく」

「きみ、心臓に毛が生えてるって言われない?」


 やれやれまったく、失礼な先輩だ。



 翌日、二位は寮母から手紙を受け取った。

 マルティーク大聖堂独自の、四角いスタンプの赤色封蝋。

 差出人の名前を見る、


(ミラ・イル・フーバー……、って、枢機卿……!? なんでっ!!?)


 胃がひっくり返った心地だった。枢機卿とは、司教位の神官の中から十三人のみ選ばれる名誉ある役職だ。聖職者の中の聖職者と言って差し支えなく、証として名前に『イル』が入る。その座に五年だか六年だかもついている彼は、教会の中でも確固とした地位を築いているらしい。神官ですらない二位は、手伝いの合間に遠目から見たことがあるかないか、くらいの距離があった。

 そんな人から、どうして手紙が?


 二位は部屋で開封前に封筒の表裏を確認し、ライトに透かして見た。教会からの正式な知らせは偽造防止がされていて、光に当てるとマルティーク大聖堂の絵がうっすら見える仕組みになっている。便箋と封筒の厚みにより透けにくいけれど、絵を知っていれば十分に確かめられる。


(……本物ね。中身は……)


 封を切り、便箋を取り出す。文章を読む前に、今度はインクをたっぷり含んだペンを用意して、封筒下の余白の中から「起点」を見定め、ペン先をつける。するとそこから、じわじわと飾り枠の線が伸びていく。

 毛細管現象と魔術を応用した技術で、マルティーク大聖堂の関係者はペン先を当てる位置をきっちり訓練されるのだ。

 これが本物であることを確認して、初めて文章を確認する。


供犠大審判(コムラービス)、日取りが確定したんだ……!)


 この日はとっても大変だから手伝いに来いとのお達しだった。


(12/24。うわ、本気じゃないの)


 十二月二十四日は特別だ。時の精霊の元となった大賢者が生まれた日とされている。よりによってこの日付に生贄確定の式典を被せてくるとは、皮肉なことだ。

 生誕日は国中が通常の仕事を行ってはならず、酪農や農業といった世話が必要な仕事、祭りの屋台、屋台で扱う食品や物品類を売買する程度しか許されない。

 学園でも、同日に降誕祭パーティーが開かれる。学園を挙げてのお祭りで、懇親パーティーよりも派手だ。騒ぎたければ仮装もよし、等級無視で練習試合の場が設けられ、上品なお貴族の子女はドレスを着て大広間で踊ってもいい。飲食の屋台や歌の出し物など、なんでもありの大賑わいだ。


(今年も参加するつもりだったのに、これは無理ね)


 まったくどこのどいつだ、神官ですらない学生を呼びつけたやつは。……枢機卿だ。そんな人が、本当にどうしてわざわざ自分などに直接手紙を寄越してきたのだろう。


 手紙には続きがあった。


 候補の十三人はすでに決まっていること。学園の関係者が複数人いること。さりげなく観察して、異変があったら自分宛てに伝えてほしいこと。

 候補者十三人は、記録上の魔力保有量順に、


 マリアベル・カースエリス

 ステラ・ティーラ

 アズティス・カースエリス

 ミア・グラーバート

 パトリック・ヒーマス

 ユーレ・ブラウン

 ピエラ・ロウェッティン

 ララ・イルエラ

 アシェット・ロイス

 ティナ・シスト

 カイル・ノアイユ

 ニーナ・トレッタ

 イザベラ・ノルトア


 以上の十三名であること。供犠大審判(コムラービス)をもって、魔力保有量の最終確認、そして生贄を確定させること。

 最後に、君には期待している、と一言。

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