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実習と五級生

 学園の女子生徒が言うには、怜悧で上品な美貌。

 多くの男子生徒が言うには、冷たくて人を見下したような顔。

 カイルの整った顔は如何ようにも表現されるが、その言葉のどれもが正確だった。鋭い瞳も、すっと通った鼻筋も、薄い唇もバランスよく配置されている。しかし感情表現は乏しく、涙どころか笑顔すらも希少とされる。そんな彼は今、たった一人を探していた。

 礼拝堂の周囲は人が多かった。彼女の尊い姿を一目見ようと、彼女が時の精霊に祈りを捧げている時はいつも混んでいる。

 たしかにマリアベルが目を閉じて両手を組み、真摯に祈る横顔は綺麗だとは思う。一般的に正しい聖女の姿があれなのだろう。――そう思いながらも、カイルは礼拝堂を素通りした。

 白石で舗装された道は、学舎や寮など学園内の棟を繋いでいる。左に曲がるところで、彼は周囲に誰もいないことを確認しながら、真っ直ぐに進んだ。

 道なき林をしばらく歩けば、蔦に絡みつかれた石造りの建物が見えてくる。

 旧礼拝堂。

 両開きの扉を開けてすぐに目に入るのは、正面突き当りの大きなステンドグラスだ。その前には祭壇があり、左右に長椅子がずらりと二列置かれていた。


『あっちの礼拝堂と違って、ここの信徒席は奥行きもあるし広いからね。きっと設計した人も、お昼寝に使うつもりだったに違いない』


 というのが『彼女』の言い分だ。

 差し込む光の中に、ちらちらと細かい埃が光っている。

 果たして探し人はそこにいた。

 上品なワンピースの裾が、緩やかに皺を作っている。細い脚にぴったりと纏うのが黒く薄い肌着で、小さな足を覆うのが茶色の革靴。

 アズティスだ。今日は昼寝の気分ではなかったらしい。緩く波打つ長い銀髪を背に流し、祭壇の前に膝をついて頭を微かに垂れ、祈りを捧げていた。扉が開いた物音になど動じない。

 ステンドグラスに表された時の精霊は、金髪の少年の姿をしている。その手に大きな時計を持ち、堂々と陽の光を浴びて、透明に輝いていた。その輝きは、真下にいる彼女の頭上にも降り注ぐ。

 カイルはアズティスを憎んでいる。けれど美しいとも思う。

 マリアベルよりもずっと。不本意な話だけれど。

 聖女らしいと思う。

 カイルは彼女の気が済むまで待つことにした。適当な信徒席に腰掛け、持ち寄った本を開いた。『精霊におはよう』なんて、ふざけたタイトルだがベストセラーだ。

 時の精霊は世界中の時と季節を動かす。一年が恙なく流れていくのは、時の精霊のおかげだという。


    夏初め 私はクローバーを起こす

    熱の夏 私はアマリリスを育てる

    冬初め 私はコスモスを慈しむ

    凍る冬 私はスノードロップを眠らせる


 カイルが古い詩節に視線を落としていると、


「君は、あんなものを信じていたりするのかな?」


 おかしそうに言われた。

 女性らしい響きの、変に落ち着いた声だった。

 見れば、祭壇の前にいたはずのアズティスが傍らに立っていた。深く澄んだ青色の瞳がカイルを見つめている。


「お前こそ、精霊に祈るより自分で叶えた方が早いと以前言っていたが、何故祈る」

「私でもお願いしたいことの一つや二つあるけど。一発殴らせろこのやろーって」


 アズティスはにこやかに、ステンドグラスを仰いだ。

 時の精霊が持っている時計の文字盤は『Ⅸ』を指していた。

 カイルは本を閉じて、


「明後日、五級生の野外実習に付き沿う生徒が決まった。一級生一位から三位が補助として付けと」

「私とお前とマリアベル? なるほどめんどくさいな、というかたかが五級生の実習にそこまで揃える必要は……、……ん、五級生?」


 アズティスはカイルの方に顔を戻した。


「ちょっと前まで基礎課程だった奴らだろ? 夏初めの試験が終わったと思ったら、もう実習? 急すぎる気がするけど」


 学園では、三年間の基礎課程で『魔術の基礎』と『一般常識』を叩きこまれる。そうしてようやく、五級からの『等級付き』――より高度な専門課程に入れるのだ。

 四月に等級付きになって、ひと月しか経たない五級生なんて、外に出すのは早い。というのがアズティスの言い分だ。


「というかカイル、君はまたなんでここに?」

「ここは俺とお前しか知らないから、急ぎの伝言を頼まれれば俺が来るしかないだろう。もう戻る」

「そーじゃなくてさ、伝言くらいでこんなとこに、」


 アズティスは、そこで思い当たったらしい。


「え、本当にそれだけ? 妖精でも使えばいいと思うけど」


 どこかの誰かが全妖精を手懐けてしまったおかげで、カイルは妖精達から目の敵にされている。それでなくとも妖精は簡単に人と関わることはない。容易に妖精の協力を得られる彼女が特殊なのだと、何度言っても彼女は覚えない。

 成績を取ることに長けた馬鹿。

 これが、カイルからアズティスへの評価だ。


「……そか。君、妖精使うの下手だったね」


 くす、と微かに笑われて、彼は不快になる。


「ごめん、そんな顔するなよ。私より()()()()()()()飼ってるんだから、そういうの使っていいって、私だって何回も言ってるよね?」

「…………。」

「まあ、素直じゃないところが君らしいよ」


 アズティスはへにゃりと微笑んで、ほてほて歩きだす。

 無表情のカイルは、彼女の隣に並ぶことなく粛々とついて行く。


「リボンは」


 カイルの一言に、アズティスは己の胸部をちらりと見た。


「知らない。失くした」


 白い学生シャツに付属するはずの、ダークレッドの細いリボンタイが無い。


「いつ頃だ」

「着替えた時。机に置いといたと思ったんだけど」


 カイルは驚かない。何かと目立つ自分たちの持ち物が紛失するのは、よくあることだ。


「……ま、いいよ。私、制服似合わないしさ」


 彼女も紛失したリボンに未練はないらしい。

 そうして非日常的な廃墟から抜け出し、学園の歩道へ――正常な日常に、溶け込んでいった。

 二人共、行くところは同じ学生寮だ。

 学園。正式名称『国立魔術研究会附属セーレ学園』は、セツィア王国内で唯一の魔術学園である。五百人に一人という割合で生まれる魔力持ちの子供が集い、力の使い方を学ぶ場だ。

 その広大な敷地の中で、カイル・ノアイユはふらりと消えるアズティスを探し当てるただ一人の匠だった。

 

     *


 世界地図のど真ん中に太い中つ海があるせいで、大陸はざっくり二つ、東西に別れている。

 セツィア王国は西の大陸に属し、時の精霊を深く信仰する魔術大国だ。先の折れた三角帽とたとえられる国土は、決して小さくはないけれど、それよりも広大な敷地を持つ国に囲まれて肩身が狭い。国内の東から南にかけては中つ海と広く接していて、それだけが開放的だった。

 中つ海の海岸より少し内側。先の折れた三角帽の、向かって右のつばの上。そこにはホメキスやセイデニアといった大国との国境があって、険しい山脈と深い森が広がっていて、

 その森の中を、学生集団が歩いていた。


「順位と魔力の大きさって、関係ないんですか?」


 という失礼な問いは、明らかにマリアベルを意識していた。国で一番大きな魔力の持ち主のマリアベルは、一級生といえども三位だ。

 年若い黒髪の女性教官は、のんびりとした口調で答える。


「成績はねぇ、単純に魔力量だけでは決まらないのよー。そんな『生まれ持った』もので成績を付けるなんて、失礼で不平等だものねー。個人情報だしぃ、本人の希望がなきゃ計測もしないことになってるしー。評価されるのは魔術の精度かなぁ」


 五級生上位二十人を、教官一名と一級生三人が引率して、山道を歩いていた。

 学園でいう野外実習とは、学園が民間から請け負った魔物を討伐するついでの、戦闘訓練のことを言う。けれど本日は五級生に合わせた訓練の前段階だ。学園はこの森を出てすぐのところにある。出発してから馬車も使わず、二時間ほど歩いたところだった。

 本日の標的は魔物――たとえば現在十二時の方角に目視できる、緑色の肌をした爬虫類型の魔物だ。後ろ足が異様に発達していて、しっかりした二息歩行をしている。

 リザードマン。数は六体。

 三分もあれば、こちらと衝突するだろう。


「はいストップ」


 一行は教官の一声で足を止めた。

 五級生のはじめてのくんれんにぴったりの相手だ。

 けれど何をするにも、まずはお手本から。

 教官は相変わらずにこにことして、平和そうな口調で言う。


「毎年のことだけど、一級生上位五人くらいの生徒は、魔法実技に何らかの得意分野を持っているのよねー」


 続いて、一級生三人のうち二人を名指しにする。


「たとえばマリアベルさんは治癒とか結界とかの補助魔術で、カイル君の場合は契約魔術かなー?」


 実演せよ、と。

 教官の意を汲んだマリアベルは、自分と五級生の周囲に円形の結界を張った。結界で己のみしか覆えない魔術師も多いけれど、補助魔術特化のマリアベルには造作もないことである。


「いかがでしょう?」

「うんうん、さすがねー、完璧」


 教官が結界をノックすると、無色透明の壁がそこにある。防壁に関して、マリアベルは他の追随を許さない。

 結界外のカイルはその場に立ったまま、

 こんこん、

 足先で地面を突いた。すると現れるのは、黒い魔法陣。そこから這い出てきたのは白い獣だ。

 白狼。カイルの背丈ほどの高さがある、知性のある猛獣。

 カイルは傍らの獣の首元をくすぐった。そうして向かい来る複数の魔物を見遣って、


「行け」


 最低限だった。

 短くて無駄のない音韻に、弾かれたように、その白色は疾駆する。

 飼主に似たのか、無駄吠えも唸りもしない。そして魔物を食い破った。ぐぎゃ、とかひぎぃだとか汚らしい声ができるだけ聞こえないように、相手の首元を狙えと躾けられている。

 赤い体液が、重い水音を鳴らして木々に飛び散った。けれど桃色の破片を散らかさないから、大型の獣にしては上品な殺し方と言えた。

 白い獣は敵を屠った後、速やかに主の元に戻った。カイルの手が艶やかな毛並みをするりと滑るだけで、獣は満足そうだった。口元が血で汚れたまま、元の魔法陣の中に飛び込んでいった。

 マリアベルの結界が解かれる。

 五級生の男子生徒が、出番のなかったアズティスに訊ねた。


「アズティス先輩は、得意な魔術とかありますか?」

「私はわりとなんでもできます」

「なんでも」

「天才なので。ただちょっと契約魔術に関してはカイルに負けるし、補助魔術に関してはマリアベルの方が上手ですね」

「……それって器用貧乏と違うんですか?」

「万能型って言うんです」


 物は言いようである。

 その会話を聞いていた教官は「ふふ」と笑った。


「うんうん、そうよねー。カイル君が召喚する獣は文字通り桁外れだから、アズティスさんまでそのレベルでやられたら、先生困るなあ。今でも優秀すぎるんだもーん、困っちゃってるよー」


 困っちゃってるよーと言った舌の根も乾かないうちに「さすが今年の一級生は豊作ねー」とのたまう彼女は、嬉しさを隠せていない。


「さっきのだって、カイル君が使役している中では小さい方だと思うのよー?」


 教官がカイルを伺い見れば、彼は「はい」と肯定した。けれど手の内を晒す気はないようで、本人からの詳しい解説は得られない。それも魔術師――秘密主義が多い人種である――としては正しい性質と言えた。

 アズティスは戦闘に参加しなかったぶん、当たり障りのない説明役を買って出る。


「たしかにカイルは契約魔術が得意です。彼の契約獣、もっといっぱい見たことありますし」


 双方の合意と複雑な魔術式の元、魔力の受け渡しを行ってなされる契約魔術。主人の魔力が従者の体を巡ることで、主人は従者への絶対的な支配権を、従者は本来よりも数段強い能力を得る。


「でも妖精を扱うのは、アズティス先輩の方が上手だって聞きました。生き物を使役するのって、相性に何か違いがあるんですか? 術者の好みですか?」

「カイルがね、妖精とかそーいう攻撃向きでない魔法生物とは相性が悪いんです。やってできなくはないんでしょーけど。たしかに術者の好みもあるかもしれませんけど、そもそも魔力の種類に、合う合わないがあるんです。基礎課程でやったでしょう? 元々持っている魔力の質は、死ぬまで変えられないって」

「あ、それ知ってます。でも魔力の質ってそんなに差があるものですか?」

「あります。推し量る指標はないし、感覚的なものではありますが。妖精は私のような、濃厚で甘いらしい魔力を好みますが、カイルの魔力は根っから全然違うみたいなので」


 アズティスは「独特の、純粋な――、んー、と」と言葉を選んだ。

 そして納得のいく単語を見つけた。「例えるなら――」


「私が蜂蜜で、彼はウォッカ。それくらいの違いですよ」


 そして一行は進んでいく。

 途中で五級生が転んだり、毒の実を食べて腹を下したりと些細な事故はあったけれど、実習は一日で終了した。

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