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前座

 一部貴族に名が知れ渡ってしまったアズティスのここ最近の任務といえば、ほとんどが貴族の相手だった。

 王都に着いてから七日間。王都に別邸をもつ貴族との面会任務を連続して達成し、今回はとうとうパーティーにお呼ばれしてしまっている。ゲストではなく、前座のキャストとして。


 お金をもらって貴族に会うだけの任務を、魔術師らしいと皮肉ったのはアズティス本人だ。

 そのある意味で魔術師らしい任務が、ここまでエスカレートするとは思いもよらなかった。


 世界で最も優美な魔術に、貴族たちは興味津々なのだという。


 アズティスはパーティー会場の壁を背にして突っ立っていた。半円形の舞台へ続く階段の、すぐ傍だ。残念ながら舞台劇場のような舞台袖がないので、身が隠せない。

 シャンデリアや、壁とテーブルに配置された蝋燭に火が灯っている。なにより伯爵家専属の魔術師が四人、部屋の四隅に立って、ライトの魔術で会場を真昼のように明るく照らしていた。


 入場してくる貴族たちが、物珍しそうな視線で突き刺してくる。

 ドレスとタキシードがひしめく会場の中、アズティスもまたドレスを着用していた。借りたもので若干サイズが合っていないところがあるけれど、見ただけでは違和感もないだろう。


(さて、このパーティーのゲストでいちばん偉い貴族は……)


 アズティスは会場をさっと見渡して、目当ての姿を確認する。


(ほんとに公爵来てる)


 ノアイユ公爵。彼はあまりパーティーには出ないと聞いていたのに。次々と群がる貴族をあしらっている彼は、人々の合間にアズティスと目が合って、ふと笑った。

 こちらも軽く頭を下げておく。


(これが終わったらすぐ着替えて帰ろ。途中で書店とか薬草店に寄ってもいいし。またいつどこぞの貴族に呼ばれるかわかったもんじゃないけど、ひとまずの区切りはつく)


 貴族の金額上乗せ合戦で高騰したアズティスへの指名料は、学園への取り分を除いて、彼女本人に支払われている。ご褒美がある分、頑張れる。報酬の使い道をあれこれと考えていた。


 煌びやかな会場に場違いとも言えるアズティスの姿を見て、ゲストは眉を顰めている。「ねえ、あの顔と髪」「そうねまるであの方のようだわ。たしかあの方の娘が入学しているとか」「学生なのね、どうしてこんなところに?」「ほら見て、まるでかつての氷姫のよう――」


 アズティスはすべて聞こえないふりをする。

 ゲストの中にある人物を見つけて、見なかったふりもした。

 

 ゲストの入場を誘う柔らかな曲が、ぱったり止まる。

 パーティーが始まるのだ。


 アズティスは階段を上っていく。かつ、かつ、かつ。いつものように等間隔に。

 しん、とした会場。その舞台に一人、アズティスは立った。

 皆の視線が集まる中で、彼女は微笑みながら、右腕を前に伸ばして指を鳴らした。


 ぱちんっ、ぱちんっ、ぱちん、ぱちん!


 計四回。一度ごとに、鳴らした音がふわりと飛んでいって――アズティスの魔力が青い光の筋になって――広いホールの四隅につく。そこからじわりと、闇が生まれる。

 きゃあ、と女性のか細い悲鳴が聞こえたけれど、すぐに静寂が戻った。

 会場が真っ暗になった。蝋燭が消え、魔術師のライトさえ闇で圧し潰す。魔術を解かせたのではなく、その上から闇で覆ったのだった。

 そしてすぐに。

 どこか遠いところから、波の音が聞こえてくる。それは徐々に大きくなり、潮の香りすら感じられるようになってくる。

 そして光が生まれた。皆の背後から、夕焼けの眩しい西日が。会場の壁も天井もテーブルすらなくなり、皆はドレスを着たまま、美しい海上を見下ろしていた。

 陸地の影が浮かぶ水平線に、太陽が沈んでいく。橙色に煌めく水平線は鮮やかで、どこか寂しい。


 幻惑の海の、時間が進む。

 夕日が空を滑り落ちて、満点の星が頭上を埋め尽くす。曲線を描くように移動する星々の中から、一際強く輝く星が近づいてくる。あれはなんだとざわめく皆に向かって。海と星空の光景は消え去って、真っ暗な会場の中、権力者であるノアイユ公爵の目の前に。このためだけに先ほどアズティスは、彼の姿を確認したのだ。

 輝く星に見えていたそれは、一匹の雌妖精だ。アズティスと同じ銀髪碧眼で、白いワンピースを着ている。

 雌妖精はちょこんと愛らしくカーテシーをしてみせた。

 そして唖然とする観衆の視線を引き連れながら飛び続け、青い光の粒子を落としていく。


 床に落ちた光を種にして、今度は氷の芽が現れた。

 壁から床から、氷の木が生える。細く背の低い、蔦のような枝が幾本も、床上から花束のようにまとまって、ふわりと上へ向かって伸びる。それがいくつも会場中に。

 暗闇の中でも見える。氷の内部にライトを閉じ込めているからだ。

 氷を扱うのだって、アズティスは得意だ。


 ――『まるでかつての氷姫のよう』


 好きに言えばいい。

 ゲストには、母親と同じ世代の貴族が多くいる。


(氷姫。かつての母上。……上等じゃないか)


 だったら自分も氷姫でいい。


「この木のモデルは、フラワリングクインスと申します」


 アズティスが舞台で初めて声を出した。

 氷の木に、氷の蕾が膨らんでいく。

 内部の光が乱反射して、輝きも増していく。


「実物の花は赤や薄紅、白色などがございます。鮮やかな色合いと可憐な容貌から、他国では『妖精の火』とも称されます。花言葉にも妖精と縁深いものがありますが、なにより、『先駆者』や『指導者』といった意味もございます」


 うすら青く冷たい光は、なにより術者である彼女を魅力的に見せる。


「王国の先導者たる国王陛下と、陛下をお支えし民を守る、高潔なる皆々様のさらなるご隆盛を願いつつ、」


 彼女はスカートを摘まんで得意の礼をしながら、


「花々の開花をもちまして、余興の締めといたします」


 そして花が綻んでいく。

 丸い花弁が重なって、ころんと愛らしい花だった。


 雌妖精の姿はすでにない。妖精すら、アズティスが自分の色をモデルに作った幻惑の一部。

 大切なおともだちを、貴族の見世物にする気は、さらさらなかった。




 会場中の氷は消し去っているけれど、魔術の余韻がまだ尾を引いている。こちらに話かけたそうな気配を察したアズティスは、依頼人であるルーレント伯爵に依頼完了の旨を速やかに伝えると、ドレスから制服に着替えて会場を去った。

 門へ向かって足早に歩いていると、かつかつと追いかけてくる足音があった。


「アズティス!」


 呼ばれた。

 一応、立ち止まってあげた。知っている声だ。できれば二度と聞きたくはなかった。


「カースエリス子爵。お久しぶりです」


 ゆっくり振り返ると、そこにロマンスグレーの髪の男性が立っていた。

 長く会っていないけれど、やつれているように見える。けれど心配はしていない。


「何か用でしょうか。私はすぐに行かなければなりませんが」


 わざと突き放した態度を取っても、子爵はあえて距離を詰めようとしてくる。わざとらしく鷹揚に、にこやかに。


「久しいな。会場にロストン伯爵がお待ちだ、挨拶をしなさい。ご子息がお前と同じ学園に通っていらっしゃって、お前の話もよく聞いていると仰っていた」

「…………。」

「ご子息はおまえの見た目も気に入ってくださっているようで、愛してくださるそうだ。それも長男だ、嫁にいけば貴族夫人になれる。ノアイユ家を出るカイル様といるより、贅沢な暮らしができるんだ、考えてみてはどうだ」


 挨拶をさせるためだけに追いかけて来たのか。他に何かなかったのか。まさかこんなにもくだらないことで、わざわざ父親面をされて、呼び止められようとは。八年ぶりの会話がこれとは。

 いかにもアズティスのためと言わんばかりの顔をして、実際の目的はカイルとの婚約解消であることは明白だ。

 冷えていた心が、ますます凍り付く。

『純愛は素晴らしい』なら、顔も知らない人間とくっつけようとしないでほしい。


「私はとっても優秀ですごく忙しいので、学園に戻ります。では」


 外の方へ向き直ると、手首を掴まれる。ぐぐ、と軋むほど力を込められて、眉を顰めた。


「お前、どういうつもりだ。それにあの手紙は!」


 手紙とは、返信のことだろう。婚約について長々と文句を言われたので、公爵に言ってくださいと書いて送った。アズティス本人としては真っ当な意見だと思うのに、子爵はそれが我慢ならないらしい。


「婚約の件は、私にはどうしようもないことです。そもそもカイル様とは双方の言い分をすり合わせて、一応の納得もしております。騒ぎ立てるほどのことではないでしょう」


       *


 これみよがしに溜息を吐くアズティスに、子爵は少したじろいだ。

 彼の中でアズティスは、まだ幼い子供のままだった。父親からの愛情を欲して花を用意するような、純粋な子供。

 そう、子爵は幼いアズティスが寂しがっていることに気づいていた。どうにか振り向いてもらおうと努力していることも知っていた。けれどこの子供から花を受け取る気には一度もなれなかった。憎い女の子どもだから。それにマリアベルの方がずっと可愛かった。


 アズティスがどのように成長しているのかなんて、微塵も興味が無かった。

 母親のドレスの後ろに隠れながら、弱弱しく見上げてくるイメージしかなかった。

 その本質は今も変わっていないはずだと、子爵は一人で納得した。

 意地が悪くてわからず屋の娘を説得しようと、思考を巡らせる。

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