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ノアイユ公爵家にて

 アズティスがノアイユ公爵城に招かれたのは二回目だ。

 高台に聳える城館と、それを取り囲む城壁は重厚な石造りだ。城門で学生としての身分を示し、顔を覚えている使用人から頭を下げられながら、貴賓室に案内された。

 夏季休暇に訪れた時にも、ここへ入った。カーペットやカーテンが深い紅色、家具は黒で統一された一室。ノアイユ公爵城の内装はどこもかしこもこの色だ。閉塞感がないのは、大きな窓のおかげだろう。審美眼の怪しいアズティスだって、カースエリス家との格の違いが一目で察せる。


 待たされること数分で、黒髪の男性が入ってくる。若々しい美丈夫だった。


「急な呼び出しに応じてくれたこと、心より感謝する。クロード・ノアイユだ」

「お初にお目にかかります。カースエリス家長女、アズティス・カースエリスと申します」


 立ち上がって挨拶をする。カーテシーはしなかった。


「淑女教育は受けていないので失礼があるかもしれませんが、ご容赦いただけると助かります」

「ふん、構わない。今日は君を学園の生徒として呼び出したからな。元より魔術師は変わり者が多い。些細なことは気にしていられない。……ああ、かけてくれ。遠慮はするな」


 言われたとおりにソファへ腰を下ろし、アズティスは向かいに座った公爵を見る。

 黒髪に、濃い紅の瞳。カイルと似ていた。どっかりと足を組む居丈高な態度は、大輪のように華々しく、いかにも貴族といった感じがする。

 すぐにメイドがやってきて紅茶を注ぎ入れ、アズティスの前に置いた。色も香りもいい。この城で働くすべてのメイドが、きっと最上級の腕前なのだろう。


「本日は、私に用事があると聞いて参りました」

「カイルが君に傾倒していると報告を受けたんだ。それこそ人生を共にする可能性すらあると聞いたんだが、それは事実か?」

「そのような事実はございません。学園で孤立している私を気にしてくれているのです」


 まずは一発。真向からの問いを、アズティスはきっぱり両断する。

 親としてカイルの学園生活を探りたいならと、十分に予測できた質問だった。カイルについて話し合う二者面談のつもりでここにきたのだ。それ以外に呼ばれる理由がない。


「ほう、なるほど。では、カイルをマリアベル嬢と婚約させても構わないと?」

「異存はありません。カイル様であれば、マリアベルの隣で華々しい活躍を望めましょう」

「即答か、温度差が残酷だな。あの子も苦労する」

「勘違いをされているようですが、彼も私に恋愛感情はありません。昔馴染として慕われてはいるのでしょうが……私も友人として祝福いたします」


 公爵の望みがわからない彼女は、ひたすら返答する。声を荒げず、失礼のないように、けれど一歩も引いてはならない。


「アズティス嬢、君の話もよく聞いているんだ。貴重な魔術の使い手で、黒竜を従えるカイルすらも敵にならない実力者だと。息子の相手として不足はないだろうな?」

「結婚相手に、ということでしたら、やはり『聖女』と名高いアリアベルの方が相応しいかと」

「それは意味がない。うちがほしいのは君だ。はっきり言ってしまうと、私は子爵も『聖女』も信用していないのだよ」


 ぴた。

 流暢に返していた声が止まってしまった。

 困惑するアズティスに、公爵はにんまりと続ける。


「初めはカイルの人間関係を調べるだけだったのだが、君の調査をしてからカースエリス子爵家を無視できなくなった」

「というと?」

「子爵から、マリアベル嬢とカイルの婚姻を望むような意思を感じることがある。二人の間をとりなそうとする動きを。それはいい。貴族として、我が家と縁を持とうと思うのは当然だ。爵位が足りていないがな。ただ、そもそもの話になるが、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような節がある」


 アズティスが硬直する。

 公爵は続ける。


「不自然だ。カースエリス子爵は、息女二人のうちどちらを後継とするのか、未だ決定してもいない。順当に長女である君を後継に指名するはずだが、君には必要な教育も受けさせず、あまつさえ縁談を募り、外に出そうとする動きすらある」


 彼女は何も言えなかった。縁談なんて初めてきいた。

 彼女は一声すらもらさなかったのに、公爵には一瞬で気づかれて「なるほど、本人には知らせずか」


「君を外にやって、マリアベル嬢にカイルを婿養子として宛がい、カイルを子爵家の後継にという考えかもしれない。だが当家とのつながりを持つのに、カイルと仲が良く優秀な長女を使わない理由が、私にはどうにも……わからなくてな」


 公爵はそういうけれど、アズティスは瞬時に理解した。


 すべては、父からマリアベルへの愛ゆえだ。

 マリアベルが好む男性と結婚させようと考えているのだろう。

 愛娘の平穏を脅かすアズティスは嫁に出し、間接的にカイルとの縁を切らせて。そこで生贄として大人しく死んでくれるなら万々歳、といったところか。

 あの最低親父の考えを見透かして、けれどアズティスは、どうすればいいのかわからない。

 直後、


「決めた。やはり君はカイルと婚約させる」


 公爵がおかしなことを言いやがった。

 与えられる情報の多さに、頭がくらりとする。


「カースエリス家など、公爵様にとっては取るに足らない存在のはず。父のふるまいが目に余るようでしたら、私からも父にお伝えいたします。なにより私には悪評がありますし、ノアイユ家の利にはならないと存じます」

「悪評? 半分庶民の次男の結婚相手に? 我が家が今更、そんなくだらない評判の良し悪しを気にするとでも? その程度で揺らぐ公爵家なら、とうに消えているさ」


 公爵は鼻で笑い、


「すべてはカイルのためだ。あれがドレスを贈りたいなんて言い出したのは初めてでね。君を変なところにやろうとすると、あれは何をしでかすかわからない」

「しでかすだなんて……。そんなに危うい方ではないと思いますが」

「危うい。君には悪いが、カイルの首輪になってほしい」


 首輪。

 ――意図がわからない。

 公爵はアズティスにもわかりやすいように補足してくれる。


「君の血筋に妖精の気があるように、ノアイユ家には獣の気が宿っている。カイルは何がどうしてそうなったのか、特にその気が強い」


 妖精の扱いを得意とするアズティスに妖精の血が入っているなら、契約獣の扱いが得意なカイルもまた然り、ということだろうか。


(なんだかわかる気がするな)


 銀髪碧眼が妖精の色なら、黒髪赤眼が獣の色なのだろう。

 血を思わせる赤。脈々と続く血筋を表すような赤、捕食される獲物が流す赤。黒髪は獣の毛色なのだろうか。

 アズティスの頭の中で、黒い狼が夜の森を駆け抜けていく。妖精の儚さとは対極的な、おそろしいほどの存在感。

 すとん、と腑に落ちた。


「彼を制御できる存在が必要になる。なにより親として、子供には幸せになってほしいと思っているんだ。どうだ、君さえ嫌じゃなければ」

「……私は、いけません。彼のためになりません」


 嫌とは言えない。

 けれどアズティスは、婚約なんてそんな――未来を直視するような関係性を築けない。築いてはいけない。

 その理由を公爵に話すべきだろうか。

 考えるまでもない。


「なぜだ。私の望みを断るんだ、明確な理由があるのだろうな?」


(公爵はきっと、理由を聞かなければ納得しない)


 いくら自分が貴族社会からの外れ者とはいえ、理由もなく公爵からの『お願い』を断れる立場にはないのだ。そんなことはわかっているから、アズティスは観念する。

 婚約がなされてしまっても、どうせいずれは打ち明けておくべきだ。それなら早いうちに事情を説明して、納得した上で諦めてもらった方がいい。

 アズティスは一拍置いて、――目を伏せて、


「現時点で、時の精霊の最優先生贄候補は、私です」


 消え入りそうな声になってしまった。

 昔馴染のカイルに話した時とはわけが違う。初対面の大人を相手にするのは、ここまで緊張するのか。言ってしまってから気付いたけれど、嘘吐き呼ばわりされる可能性もある。信じてもらえないかもしれない。けれど言葉にしてしまった以上、引っ込みはつかない。判決を待つ心地で、彼女は俯いたままスカートを握る。

 公爵はアズティスの一言を噛み砕いて、静かに問う。


「いつからそうなっていた?」


 彼女は、ぱっと顔を上げた。

 公爵は心底わからないという顔をしていた。


「……入学する前には、すでに」

「何があった?」


 アズティスは公爵に、これまでの経緯を説明した。マリアベルが家にやってきたこと、マリアベルが生贄に選ばれたこと、母親が殺され、自分が重傷を負わされたこと。魔力を無理やり上げられたこと。生贄の立場がすり替わってしまったこと。それを笑って話す自分の父親と、もう一人の声のこと。


 自分の父親は、アズティスが事実を知っていることを知らないこと。


「私はいずれ消える身です。いつこの恨みを爆発させるかもわかりません。……カイル様とも、誰とも、未来の約束はできません」

「公表しようとは思わないのか?」

「どうせ信じてもらえないでしょう。カイル様にも話しましたが、マリアベルのように持ち上げられたり、同情されたり、腫物に触る扱いをされるのは嫌なんです」


 加えて、


「それに『供犠大審判(コムラービス)』で生贄が確定した瞬間。それまで聖女として頑張ってきたマリアベルがどんな顔をするのか、楽しみなんですよね」


 聖女信者の反応は予想できる。

 ――悪女の罪は、娘の死をもって裁かれた。我らが聖女は時の精霊に生きることを望まれた、真の加護を与えられし存在なのだ――そういう話が、どうせ広まるのだ。

 人々は勧善懲悪の物語が大好きだ。

 悪者は完全な悪でなければならず、だから完膚なきまでに叩きのめさなければ気が済まない。

 彼らにとって悪は、聖女の恋敵アズティスと、何より母親だ。


 だからアズティスは彼らになにも求めない。この心を慰めるのは、時の精霊に祈ってきたマリアベルの十年間を無に帰してやった瞬間の、器の小さい達成感のみだ。


(でもやっぱり何もしないんじゃつまんないから、最後になにかやってやれないかな)


 とは思うけれど、検討中である。

 まあいずれ最適の時機に、自分の鬱屈した恨みを解き放つだろう。


(私にとっての絶対的な悪は、父親とその周囲……加えて時の精霊と、私を犠牲にして進む世界そのもの。そんなのどうしようもないじゃないか)


 敵は広く大きく、復讐しようにもしきれない。このままならなさに耐えきれなくなって、きっと癇癪を起すだろう。自分のことだから。そんな予感と自負がある。


(黙ったまま、大人しく終わってなんてやらないから。絶対に)


 たとえ綺麗なやり方でなくたって、一矢報いるくらい許されるだろう。誰が許さなくても自分が許す。

 考えるほど、公爵家の次男と婚約なんてとんでもない。と思うのに。


「ひとまず婚約の打診はする。子爵家には断る手段もないだろうから、確実に通る……、通す」


 何を考えているんだこの公爵。


「君がいずれ精霊に捧げられると知って、尚も君の傍にいようとするなら、カイルにも覚悟があるはずだ。君には申し訳ないが、私は君の意思より息子を優先したい」

「失礼ですが、ご冗談ですよね?」

「まさか。この横暴な権力者を存分に恨みたまえ、はっはっは」

「…………。」


 アズティスの父親とは別の方向に厄介な公爵(モンペ)は、どうやら心を決めてしまったようだ。

 こうなってはさしものアズティスも、もはや抵抗のしようがない。すうううう、はあああああ、と深く呼吸して、


「……承知しました。ただ卒業後は、婚約の解消に向けて彼を説得するつもりでいます。それだけはご容赦ください」

「好きにすればいい。ただ獣は、己の群れの主と認めれば忠誠を誓う。番の候補と認めれば、他を蹴落としても手に入れようとする。獲物を定めたら、その首元に食らいつくまでなんでもする。獰猛で厄介な生き物だ」


 いきなり何の話かと怪訝そうにする彼女に、公爵は意味ありげに目を細める。


「捕らわれたくなければ気をつけろ。気ままに飛ぶ妖精は、獣には良い的だ」


 カイルに似て、血のように紅く、獣じみた瞳。


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