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『全校集会』

閑話のつもりで書いたけど扱いに困ったので割り込み投稿します

ちょっとした説明回

二位


 学園では、基礎課程から専門課程の生徒が一堂に会する機会がある。

 入学式卒業式と各行事、表彰式、それとめったにないけれど、追悼の式。


 塩湖崩落事故で、魔物と交戦した二級生が三人亡くなった。ほぼ即死だった。

 マリアベル・カースエリスが現場についた時には、手の施しようがなかった。


 二位にとって、亡くなった三人は知り合いでもなんでもなかったけれど、同級生だ。


(選択科目とかで同じ教室にいたこともあったのかしら。思い出せないけど)


 今頃遺族には、二通の同意書の控えが到着していることだろう。等級付きになると同時に、内容確認と本人の署名を義務付けられる『任務・実験同意書』と『死傷・除籍同意書』は、こういう時のためにある。

 魔物や、一般人の手に余るものを排除する魔術師は、研究職でありながら軍人的な役割がある。資格ある魔術師には、ある程度の取捨選択の権利があるけれど、学生には選択権がない。

 軍人は死と隣り合わせ。今回亡くなった生徒だって、それを承知していたはずだ。


 なんて、理想論だ。


 今回の件は、本当は安全だったはずの演習で起きた、不慮の事故だった。

 仮に危険な任務だったとしても、自分が死ぬなんて想像もしないだろう。友人に軽々しく「またね」と言うし、家族にも「また長期休みに帰ってくるから」なんて約束をして、任務に足を運んでしまう。自分が死ぬのは天寿を全うしてからと、確証もなく信じている。

 それが人間というものだ。


 最初に、二位を含めた二級生が粛々と、大講堂に入場する。一階席最前列は二級生の定位置なので、そこへ流れ込むように手際よく。

 生徒の正装はケープで、式典時には必ず着用する。

 金糸で刺繍がされた裾を靡かせて進み、二位は着席した。

 続いて、三級生から基礎課程の生徒までが順に、大講堂一階席の椅子を埋めていく。


 ――席で落ち着いたはいいものの、隣で洟をすすりながら号泣している女子生徒を、どうすればいいのかわからない。


(たしかこの子って、犠牲者の……恋人? だったっけ)


 この年頃の恋人同士。楽しい時期だっただろうに。

 幸い、二位の反対隣の生徒が、女子生徒を慰めてくれている。人の感情に共感できる人物がいてくれると、こういう時に便利だ。


(……ま、こういうところが神官向きじゃないんだろうなあ)


 こんなに薄情な神官がいてたまるかと、自分でも思う。



 一階席の入場が終わると、次にやってくるのは一級生だ。

 皆と同じく大きく開かれた出入口から入り、中央通路を歩いてくる。

 二位が少し振り向けば、彼らが粛々と入場していく様子が見て取れた。


 一級生の先頭に、アズティス・レオタールがいる。その後ろにカイルとマリアベルが二人で隣り合う。新入生以外の誰もが内心で『魔の三角形』と称する並び。三人以降は、ばらばらと適度な間を空けていた。


 並び順に決まりはない。けれど秩序はある。

 基礎課程までは先着順や仲良し同士で並んでいた生徒たちも、上級生になるほど己の力量を自覚し、その立ち位置を自主的に決める。

 自分は誰の前で誰の後ろにいるべきか。無意識に移動して、結果的に先頭から近いほど優秀ということになる。ここで見栄や意地を張るようでは、そもそも魔術師資格を得るに値しない人格だ。――二級生はまだ人数が多いため、三位以降は思うような並びにならないことも多いけれど。


 一級生の彼らは演壇の前で二手に分かれ、前方左右の階段を上がっていく。特権階級らしく、座席の間隔が広いバルコニー席へ入っていく。壁沿いにぐるりと設けられた座席に着いていった。

 アズティスが二階席の中央に着席する。礼儀正しく座っているはずなのに、女王様御着席みたいな雰囲気になってしまうのはなぜだろう。

 その左右に、マリアベルとカイルが座った。

 生徒全員が着席したところで、照明が落とされた。カーテンが閉められて一瞬の暗闇があり、すぐにライトがつく。

 学園長が号令した。式が始まり、粛々と進行していく。


 二位も全く思うところがないわけではなく、皆にならって喪に伏していた。皆が魔物と戦っている時に、自分は地下で結界に包まれてただ救助を待っていた。どちらがより絶望的だったのかなんて、比べることに意味はないけれど――、こうなっては、ほんの少し罪悪感がある。


「全員起立。一階席の学生は後ろを見なさい」


 学生は言われた通りに、ほぼ同時にざっと立ち、体を後ろへ反転させる。

 軍隊じみた集団行動の中、最後列の基礎課程の生徒たちが慌てて周囲に倣っていた。


「一級生、アズティス・レオタール」

「はい」


 アズティスが席を立ち、一歩前に進んだ。

 学園長が目線でライトの魔術を操って、飛ばした光球が彼女を照らす。


「彼女は、皆が知るように、最大の功労者である。史上類を見ない多重調律魔術により、多くの命を救ってくれた。その労を汲み、また犠牲者への悔やみを込め、惜別の儀を任せることとする」


 犠牲者が出た事故では、表立った表彰がされない。だからこうしてささやかなお披露目になるわけだけど、(アズティス先輩はあんまり嬉しくないだろうな)と二位は思う。

 今のアズティスは、まとめ役として最適だ。

 生徒間で派閥の問題があっても、崩落事故で活躍したのは間違いなく彼女だから。どのような立場の人間であっても、ここに反論の余地はないだろう。


 アズティスは講堂をざっと見渡して、一礼した。

 不謹慎だけれど、彼女は厳かにしていると普段より数段綺麗だと思う。銀髪が優雅に揺れて、照り返される光が上品で、神秘さすら感じられる。


「まず、三人の尊い命が犠牲になってしまったことに、追悼の意を捧げます」


 アズティスは胸に手を当てた。

 淀みない語りが、講堂内に伝わっていく。けれど囁くようでもあって、静かな声が心にしみる。

 少しためらうような間があって、


「こうして時間を与えられ、このような場でいったいなにを言おうかと悩みはしましたが……、今だからこそ、お話したいことがあります。特に新入生の皆さんに、心に留め置いてほしいことが一つだけ」


 場内はしんと静まり返っている。

 二位の隣の女子生徒は、涙を湛えながらアズティスを見上げていた。


「去年も学生が亡くなりました。

 当時一級生の首位だった女子生徒が一人、演習中に、予想外の襲撃に遭ったのです。

 二級生だった私も、その場に居合わせました。

 学友の一人は足に深刻な怪我を負い、完治におよそ一年をかけました。

 死や重傷はけして他人事ではないことを、改めて考えていただきたく思います」


 そういえば、と二位は思い出した。

 アウルベアの任務の際に、眼鏡先輩から話をされたのだった。


 ――『アズ様は、去年の今頃にも乗っ取りに遭遇した。当時の一級生について、魔物の討伐に参加した時に。……カイルくんもいた。詳しくはわからないけど』


(そういえば去年のその時期、たしかに一級生が死んでたっけ。そっか、先輩方が一緒にいた時に……)


 当時二級生の三人が目立ちすぎて、不遇とも囁かれていた世代だった。それに順位が試験ごとにころころ変わっていたようで、そう目立つ人材がいなかった。

 当時は、追悼式が開かれなかった。遺族が追悼式を拒否したのかもしれないし、『乗っ取り』の被害ゆえに大事にできなかったのかもしれない。


 今回アズティスが、詳細をぼかしながらも去年の件を挙げたのは、学園側の許諾を得てのことと二位は思う。問題児っぽい言動をすることはあっても、だいたいは学園の規則に沿う彼女のことだから。


「去年も今回も、同胞の尊い命を救えなかった事実を忘れることはできません。悲しみと無力感を、心に深く刻んでおります。

 彼らにも、親しい友人がいらっしゃったでしょう。

 本当なら、式の進行は私などではなく、自分にやらせてほしいと思う方もいるでしょう。

 けれど今はただ、声にならない悲しみと祈りを、このひと時に込めていただければと思います」


 胸に当てられていた手が、す、と持ち上げられた。その指先に小さな灯りが灯された。それに倣って、二位や他の学生も指先に明かりをつける。基礎課程のはじめに習う、基本的な魔術だ。

 魔術師には追悼のならわしがあり、その流れに沿っている。


「――『白日』『清閑』『金色』」


 潔白の身で、心穏やかに、金色の光を目指して、


「『精霊の御許へ』」


 安らかに上ってくださいと。

 セツィア国では、時の精霊から連想する「金」や「青」を口上に入れることが多い。

 追悼に使う言葉も決められていて、三つの祈りと共に、精霊へ送り出すのだ。その場の全員が静かに、犠牲者の冥福を祈る。


 隣の女生徒は相変わらず泣いている。二位がふいにそちらに目を遣ると、――冷たい目をした女がいた。泣いている女生徒ではない。そのずっと向こうにいる生徒だ。

 その眼光はアズティスに向いている。

 窺える感情はたったひとつ、憎悪だった。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、二位は咄嗟に目を逸らした。


 この時はまだ名前も知らず、顔も覚えていられなかった。

 けれどのちに判明する彼女の名前は、ミリィという。マリアベル派の生徒だった。

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