閑話
「カイル君、アズ様のことは何故か敏感。この前も――」
*
一級生に昇級して間もない頃。
霧が立ち込める廃村でのことである。
「耳が痛い」
そう嘆くアズティスの周囲には、複数の魔物の死体が転がっていた。死体はどれも傷の一つもない。
「はんちょー、耳大丈夫ですか?」
「うー……まあ平気。今日のやつはなんでみんな鳴き声がうるさいのばっかりなんだろ」
「嫌そうなのに、今日は元気に突っ込んでいきましたね。やる気満々って感じ」
「なんかちょっとむしゃくしゃしてて」
女子二人、男子三人の五人班だ。
一人当たりの討伐ノルマを一瞬で完遂したアズティスは、補助魔術の使い手に傷のチェックをされる。見た目が無傷だろうが万が一にも怪我があってはいけないということで、これだけは徹底されていた。
足音が聞こえた。荒れた地面の雑草やら小石やらを踏んづけて歩いてくる集団は、一級生の仲間である。同じ五人組で、その先頭には班長のカイルがいた。
「そっちはいくつだった?」
アズティスが聞けば、カイルはさらりと答える。
「二十三。すべて毒猿だ。そちらは」
「二十。一匹だけでっかい蜘蛛がいたけど、他は毒猿だよ。……上々かな」
「一級生を十人も使って当たる任務でもなかったな」
「ん」
まったくだと頷いたアズティスは、カイルが険しい目で見てきていることに気付いていない。「じゃあ粗方は終わったってことで、あとは掃討戦だね。また分かれてがんばろ」と手を振る彼女を、カイルが止めた。有無を言わせない響きだった。
首を傾げた彼女に、
「学園に戻れ」
彼が言う。
「……何言ってる」
アズティスは固く聞き返した。
「教官には俺から伝えておく」
「だからなんで私が戻らなくちゃいけないんだ。君に戦力外通告される筋合いはないよ」
班長同士の睨み合いに、班員たちが固まった。一級生になって間もないといえど、二人は入学時から有名で、その実力の高さを皆が存じている。二人が喧嘩を始めては誰も止められない。戦々恐々としている彼等は、双方の背後でぶんぶん首を振って喧嘩を止める役を譲り合っている。
しかし珍しいこともあるものだ。カイルは普段、理不尽なことは言わない……こともないけれど、今回ばかりは性急すぎる。アズティスも変に短気で、不快を隠さずカイルに突っかかっていた。
カイルは呆れたように、
「不調だろう。熱があるかもしれない」
誰かが「えっ」と漏らした。
「ない」
ぷいっと顔を背けるアズティスに誰もが「図星だな」と思った。
「……アズティス」
「ないものはない」
「この俺が、お前の不調を見逃すと本気で思うのか」
その意味深な発言にちょっと待って詳しく話をと声を出しかけた興味津々な女子生徒がいたけれど、別の女生徒に止められていた。
誰もが目をむいて二人を見守る中、――こつ、と鳴った。カイルが足先で地面を突いた音だった。瞬時に察したアズティスが「君……っ」と声を上げても、もう遅い。
「わっ!?」
突如現れた紐が彼女の身体を拘束していく。成人男性の腕ほどもある太さの紐は、黒く長い毛で覆われている。ふわふわでふかふかで、拘束されればとても幸せな心地になれそうだった。
長い尻尾だ。その持ち主は黒狐だった。カイルの胸ほどの高さがあって、尻尾は九本もあるけれど、アズティスにとってはとてもかわいい哺乳類だ。尻尾の感触に気を取られているうちに、動けないまま狐の上に乗せられた。
狐が「きゅう」と鳴いて、飼主に拘束完了の旨を伝えた。
「学園の医務室だ」
「待て、報酬が、お菓子が、材料が、」
「討伐数は十分だろう。ここが学園から近くて良かったな、それほど時間もかからない。……振動は与えるな」
最初はアズティスに、最後は狐に言って、
「ちょま、まって、私このもふもふは抵抗できない……っ」
「行け」
カイルは短く命令する。と、狐は言い付けの通りに優しく走り出した。
もふもふずるいいいいぃぃ……!
霧の向こうにフェードアウトしていく間抜けな声をBGMに、カイルは「さて、そちらの班のことだが――、」と何事もなく話し出す。班員は話に集中できなかった。
*
「――ということがあった」
「そうなんですか……」
眼鏡先輩が深刻そうに言うから頷いてはみたものの、香ばしい痴話喧嘩の匂いがしたのは自分だけだろうか。
「アズティス先輩とカイル先輩って、仲良しなんですね」
「え、仲良くはないんじゃないかな?」
「仲良くはないだろう」
即答が揃って飛んできた。